ソードアート・オンライン 一人の騎士として   作:ロア

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21話

 メッセージを開いた彼が血相を変えて駆け出すのを、私は慌てて追いかけた。

 ただごとでないのは一目でわかった。向かう先も、悪寒にも似た予感で察しがついてしまった。

 転移門広場を突っ切り、彼が転移門に飛び込んだ。私も間髪入れずに地を蹴って続く。

 

(やっぱり、《はじまりの街》……っ)

 

 向かう先は、聞かずともわかった。

 あの教会に辿り着くと、セドリックは扉をノックをするとほぼ同時に蹴破る勢いで開け、サーシャに詰め寄った。

 私はそれを止めようとしたが、サーシャはセドリックの眼を見返し、事実だけを告げた。

 

「本当、なのか……っ?」

「……はい」

 

 二人とも声が震えていた。私も、思わず右手の手首を抑えた。

 

「……なぜだ」

「……わかりません。食事中に、急に――ッ」

 

 サーシャは口元を抑えた。大粒の涙がぼろぼろと溢れる。周りの子供たちも、全員が声を押し殺すように泣いている。

 セドリックも、ひたすらに追及したいだろうに、サーシャ達のその様子を見て、横暴な態度だった自分を必死に抑えている。

 

 私は部外者だった。

 

 私は、あまりにもその人を知らなすぎる。

 私には場を収める権利も、口を挟む権利も、同じように悲しむ権利も無かった。

 

「――黒鉄宮に行く」

 

 セドリックがサーシャにそれだけ告げ、教会を飛び出した。

 私はサーシャから頷き掛けられた。私も頷きを返し、彼を追う。

 私は部外者だけど。何も知らないけれど。それでも、彼のパーティメンバーであり、相棒だ。

 《生命の碑》の前で、立ち尽くしている彼を見付けた。追い付き、隣に立つ。

 

「あ――」

 

 ゆっくりと、彼の手が伸ばされ、指が碑の表面を撫でていく。

 

「あ、あ――」

 

 《soya》と書かれた名前。

 

「あぁあ――ッ」

 

 ()()()()()()()()()()()()

 

 そして。その隣の《error》という文字。

 

「エラー……?」

 

 ここには死因が刻まれるはずだ。

 モンスターに倒された。水に溺れた。毒でやられた。高所から落下した。プレイヤーに殺された。様々な理由があるが、HPを完全に消失させた直接の原因が、そこには刻まれるはずだった。

 そこに、《error》と。簡素に表示されているその一単語。

 

「ふざけるなッ!!」

 

 セドリックが吼えた。拳を《生命の碑》に叩き付ける。

 紫色の、破壊不能オブジェクトの表示がその拳を阻む。

 

「メシ時に死んだ!? 原因は知らんだと!? なんなんだよそれはッ!!」

 

 何度も何度も拳が叩き付けられ、その度に紫の光が無機質な音をたてる。

 無意味だとはわかっていても、止められるものでもない。

 

()()()()()ッ! なんの説明もなしに俺の友達を殺しやがって! 何がゲームだ……何が遊びではないだ!! 理不尽なんだよ!」

 

 拳が軋み、今度は蹴りつけた。筋力振りの彼の打撃は生半可な重装プレイヤーすら吹き飛ばすだろうに、破壊不能オブジェクトの《生命の碑》は嘲笑うかのようにびくともしない。

 

「蒼斗――ッ!」

 

 額を押し付け、絞り出すように吐いたその言葉(なまえ)

 

「うっ……あぁ……」

 

 崩れ落ち、涙する彼。私は隣に膝をつき、そっと彼の肩に触れる。

 セドリックはすがるように私の手を握り締めた。

 

「いつも――いつもそうだ! 何かをすれば救えたはずだった! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 悲壮な絶叫だった。

 常に正しく、誠実であろうとする彼のその慟哭は、見ているこちらが辛くなるほどに悲痛なものだった。

 

(きっと、何度も失敗を繰り返してしまったんだ、この人は)

 

 泣き崩れている彼。

 見るのは、()()()()()()()

 なんとかしなくてはならない。

 でも、どうすればいい?

 

「セドリック……」

 

 彼の名前を呼ぶことしかできない。彼の手を握り、背を撫でて慰めることしかできない。

 彼が私に心を許してくれているとは思う。

 けれど、更に踏み込んでいいのか、私は逡巡していた。

 客観的に考えれば、ここまでの様子を見てきたなら、全部聞いても良いはずだ。

 でも、いざ口に出そうとすると声が出ない。

 不用意なことをして、嫌われたくないと思ってしまう。

 私は、こんなにも身勝手なのか。

 

「……すまない」

 

 セドリックはぽつりと呟き、顔を拭うと、握っていた手を離して立ち上がった。

 離された手を反射的にまた握ろうとして、制止された。大丈夫だ、と言わんばかりに手を振って。

 会ってからされたことのない、言葉は無いが、やんわりとした拒絶。私は行き場の無くなった手を握り、立ち上がる。

 

(もっと早く、何か言うべきだった)

 

 私が足踏みしている間に、彼はまた自分で感情を抑え込んでしまった。

 これでは、私がいる意味がない。

 

「――すまん」

 

 セドリックは重ねてそう言った。

 私は首を振る。

 

「……友人を、亡くしたんですね」

 

 わかりきったことを確認するしかなかった。傷付ける言葉だとわかっていても、こう聞くしか話の糸口がない。

 

「……ああ」

 

 掠れるような声とともに頷き、

 

「これで、三度目だ」

 

 そう呟いた。

 私が息を呑むと、セドリックは泣き笑いのような表情を浮かべ、簡潔に説明してくれた。

 

「最初に一人」

 

 子供の頃からの友人だった。

 

「一層のボス戦で一人」

 

 隣に立ち、共に戦う騎士だった。

 

「そして、これでまた一人」

 

 最初に死んだ友人の弟で、一番の親友だった。

 

「なんで、友達ばっかりいなくなるんだろうな。しかも、今回に至っては理由もわからずに」

「そう、ですね……」

 

 理由。そう、理由だ。何故《ソーヤ》と呼ばれる彼が死んだのか。

 サーシャの言葉を考えるに、食事をしている最中に亡くなったとのことだった。それに関して、もっと話を聞いても無駄だろう。彼女達だってわかっていないはずだ。

 わからないことを、「どうしてだ」と聞かれるなんて、これほど辛いものは無い。

 私は少し考え込み、アスナに連絡を取ってみる。私の知り合いの中で一番情報や人脈を持っているのはアスナだ。少なくとも私が一人で唸るよりはよっぽど力になる。

 『プレイヤーが亡くなる際、《error》と表示される死因に心当たりはありますか』とフレンドメッセージを送る。

 返事は一分ほどで返ってきた。

 

『ごめん、わからない。けど、もしかしたら団長なら何か知ってるかもしれない』

 

 団長? ヒースクリフが?

 

『団長はシステムに詳しいんですか?』

『少し前なんだけど、最近フレンドになった人が、ゲームのシステムのことで色々な質問をしたの。その時、さすがに難しいんじゃ、と思った質問にもしっかりと答えていたから、かなり詳しいと思う』

 

 ゲームの仕様にそこまで詳しいとは不思議なものだが、同時に、団長なら何を知っていても不思議ではないと感じる部分もある。賢者然とした、理知的な振る舞いのせいだろうか。

 

『わかりました。団長に会ってみます。急にすみません、ありがとうございます』

『全然大丈夫。シルビア。もし、私に何か力になれることがあったらなんでも言ってね?』

 

 その文章に、私は申し訳なさを感じる。こんなことを聞けば心配させてしまうのは当たり前だ。

 しかし、頼もしいのも確かだ。迷惑をかけたくはないが、もしもの時には彼女の力は心強い。

 

『その時にはお願いします』

 

 そう送り、ウインドウを閉じる。

 

「セドリック。《血盟騎士団》のギルドに戻りましょう。団長なら、何か知ってるかも知れないそうです」

 

 憔悴しているセドリックの手を握り、私は引っ張るようにして転移門へ向かった。

 

 

 

 

「なるほど」

 

 事情を聞いた団長は、一言呟くと、眼を閉じて考え込む。

 セドリックと初めて顔を合わせた、ギルドマスターの部屋。

 その広い部屋に置かれている半分の円卓の中央に、団長は座っていた。左右にはギルドの幹部用の椅子があるはずだが、今は団長以外誰も座っていない。

 暫し考え込んでいた団長は、ゆっくりと眼を開く。

 

「戦闘行動によっての全損ではないのだな?」

「居合わせたプレイヤーの証言ではな」

 

 セドリックが答える。

 

「食事をしている最中に、死んだと言っていた」

「…………」

 

 顎に手を当て、団長は考え込む。

 もしくは説明する言葉を組み立てているのか。悩んでいるというよりは、答えを選択しているといった印象だ。

 

「《圏内》では、いかなる手段を持ってもHPを減らすことはできない。システム的に保護されているからだ」

「それで」

 

 セドリックが急かす。普段は団長へ忠誠を誓い、丁寧に仕えている彼も、今は余裕がない。

 

「だが、そのプレイヤーは亡くなった。となれば――それは、()()()()()()()()()()()の可能性がある」

「関係ない、だと――?」

「SAOからログアウトする方法は、ゲームをクリアするほかは無い。退()()した者も、ゲーム内で死んだなら、その原因は必ず《生命の碑》に刻まれる。それが無いということは、SAOの中には、直接的な原因は無いということだ」

「だから、その原因はなんだ!?」

 

 セドリックの苛立ちを交えた聞き方。私も眉をひそめた。どういうことなのだろう。

 

「つまりは、だ」

 

 団長は手を組みながら言った。

 

「そのプレイヤーの、()()()()()()()()()()()()()。SAOとは関係のない、外的な要因によって」

「――なん、だ。それは」

 

 呆然と問い返す。その際、ダンッ、とセドリックは床を踏み締めた。地団駄。平時なら子供っぽいと笑われるような行動も、今の彼が行うと笑うことなどできはしない。

 そのセドリックの態度にも微塵も動じず、考えられるのは、と団長は切り出した。

 

「例えば、衰弱死。SAOのサービスが開始されてから、一年と五ヶ月ほどが経過している。その間、現実の身体は食事を摂ることも出来ず、病院などの医療施設のベッドに横たわっているだろう。当然――」

「身体は衰えていく……」

 

 私の呟きに、団長は頷いた。

 

「もちろん点滴等で栄養は供給されるし、電気刺激による筋力の維持も行われているだろう。だが、それも限りはある。仮にそのプレイヤーの肉体が、平均より体格が劣るものであれば、その分限界がくるのも早いだろう」

「体格……」

  

 確かに、一度見ただけだが、《ソーヤ》というプレイヤーは、青年というより少年に見えた。恵まれた体躯とは言えなかっただろう。

 

「他にも、可能性だけならいくらでも考えられる。看護師や医師のミス、自然災害による停電等の施設機能の麻痺、見舞い客によるナーブギアの取り外し……それらによる、偶発的なゲームからの切断による死亡も()()()()()

「それが理不尽だって言うんだ!!」

 

 セドリックは怒鳴った。

 震える拳。憤怒に見開かれた瞳。眉間に刻まれた深い皺。ひきつった頬。食い縛られた歯。

 私はつられて、顔が歪むのがわかった。

 ゲームの中で死んだら、現実でも死ぬ。それは嫌だし、信じたくないし、認めたくないが、そういうルールだと言われれば従うしかない。

 けど、今回のそれは違う。《ソーヤ》はそのルールの埒外で亡くなった。

 ゲームの中で死んでいないのに、現実で何も抵抗できないまま衰弱し、身体が耐えきれずに命を落とした。

 これは、あまりにもひどすぎる。

 受け入れられるわけがない。

 

「なんなんだよ……これは! なんで、こんな……ッ!」

 

 セドリックは両手で額を抑えるような形で仰け反り、

 

「なんで、オレ達が、こんな目に――っ」

 

 団長は、そんなセドリックに対して両目を閉じた。

 私はまたしても、どう声をかければいいのかわからなかった。

 

「セドリック――」

 

 それでも、行動はできるはずだ。  

 私は歩み寄り、彼を抱きしめた。言葉が思い付かないなら、触れて慰める。

 いつか私が彼に伝えた方法だ。私がやらずにどうする。

 身長の高い彼に抱きつくと、私の頭は彼の胸元に収まってしまう。それでも、痛み、嘆いている彼を落ち着かせるには必要だ。

 

「……酷なことだとは思う」

 

 団長は眼を開き、組んだ手を卓に起きながら言う。

 

「少し休むといい。その状態で攻略に参加するのは難しいだろう」

「団長……その、私も……」

「――ついていてやるといい」

 

 団長はやむなしと頷いた。

 私は頷き、セドリックの手を握って部屋を後にした。

 

 

 

 

 戻る頃には、日が沈みかけていた。

 セドリックの部屋に着くと、私は彼をベッドに座らせた。夕日が眩しいが、日除けも何もない。

 少しだけ、落ち着かない。夕日は、あまり好きじゃないから。

 

「……すまない」

「いえ、大丈夫です。謝ることはありません」

 

 つらいのは貴方なのだから。口には出さず、彼の隣に腰を下ろす。

 会話は無かった。

 何を話せばいいか、わからない。

 とりとめもない会話などをして、慰めになるとも思えない。

 でも、傍にいたい。

 彼を、一人にしたくない。

 アスナにメッセージを送る。『すみません。しばらく、私とセドリックは攻略を降ります』、と。

 いつも返信の早いアスナだが、今回は返事がなかった。見てはいるだろうけど、先程のプレイヤーの死因の件と関係があるとわかっているのだろう。

 

「オレは……」

 

 セドリックがおもむろに呟いた。

 

「いつか……赦されると思ってた」

 

 顔をくしゃりと歪めて。

 

「戦って……苦しんで……耐えて……そうすれば、いつか、『お前は頑張った』と……『お前を赦す』、と」

 

 嗚咽を漏らしながら。

 

「いつか……みんなに言ってもらえると思ってたんだ――っ」

 

 もう、こらえることはできなかったのだろう。彼は大粒の涙を溢し、声をあげて泣いた。私は、そっと彼の頭を抱き寄せて撫でる。

 ()()()、と彼は言った。

 曖昧な表現に対する、勝手な推測にはなるが……。

 

 それは、きっと、亡くなった友達の家族を指しているのではないだろうか。

 

 もし、ゲームをクリアして、生きて帰れたとして。

 友人を亡くした彼は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 その際、どのようなことを言われるのか。

 なんでお前が生きててあの子が死んだんだ、と謗られるだろうか。

 あの子は死んだけど、貴方だけでも生きててよかった、と慰められるだろうか。

 どちらを言われても、きっとわだかまりは残る。

 セドリックの罪悪は残る。

 それを、ずっと抱えていたのだろう。

 不安で、怖くて。彼だってつらいのに、もっとつらい人達を相手に、何を言われるのかとずっと苛まれていたのだろう。

 

「なのに、オレ、は――」

 

 その、唯一残っていた友達も死んでしまった。

 彼は、本当に一人になってしまったのだ。

 一人で、全部背負わなくてはならなくなったのだ。

 

「大丈夫です」

 

 慰めにはならないかもしれない。

 

「言ったでしょう。私は、何があっても貴方の味方でいます。どんなときでも貴方の傍にいます。」

 

 だから、せめて私は。

 私だけは、どんなことがあろうとも彼の味方でいる。

 彼を救いたいと思う私の行動原理に、嘘偽りは微塵もない。

 

――()()()()()()()()()()()()()()()()、変わることはない。

 

「シル、ビア……」

 

 セドリックは私の顔を見る。

 泣き腫らした顔を、私もしっかりと見つめ返す。

  

「……ありがとう」

 

 彼は、とても寂しげな笑みと共にそう言って。

 

「……すまない」

 

 コンコン、と扉がノックされた。

 アスナからのメッセージが届いている。件名は『いまセドリックさんの部屋にいる?』とある。訪ねてきた相手はアスナだろう。

 

「アスナのようです。少し話をしてきます」

「ああ」

 

 私はベッドから立ち上がり、部屋のドアへ向かう。

 

「シルビア」

 

 セドリックに名前を呼ばれる。

 

「はい?」

「……ごめんな」

 

 すまない、ではなく。

 儚げに笑っての、その言葉。

 

「――ッ」

 

 なにか、言わなければならないと感じた。

 もう一度、控えめに扉がノックされる。

 

「気にしないでください。私は、貴方のパートナーですから」

 

 にこりと笑って言う。セドリックは、その弱々しい笑顔を崩さなかった。

 私も笑みを崩さずに頷き、廊下に出て後ろ手に扉を閉める。

 

「アスナ。すみません」

「ううん、こっちこそ急にごめん」

 

 私ではなく、セドリック絡みの件であると察しがついているのだろう。アスナはちらりと部屋の中を気にする素振りを見せた。

 私は少し悩み、首を振る。芳しくない。

 

「しばらく、時間がいると思います」

「そっか――わかった。二人が抜けた分はなんとかするから大丈夫」

「すみません……私が付き添うのは余計かも知れないですが……」

「ううん。シルビアが必要だと思う」

 

 アスナは迷うことなく言ってくれた。

 自分の判断に迷いがある私には、そう断言してくれるのはありがたかった。

 ありがとうございます、と私は頭を下げた。

 

「もし、伝言などあれば」

「攻略のことは気にしないで、とだけ伝えてくれれば。セドリックさんは責任感が強いし、気にするかもしれないから」

「わかりました」

「シルビアも無理しないでね」

「私は何も問題ありませんよ」

 

 私に、アスナは真剣な表情で頷いた。

 私のことも心配してくれている。ありがたい話だ。にこりと笑う。

 

「では」

「うん」

 

 私は軽く頭を下げて扉を開け――

 

「えっ――」

 

 愕然とした。その私の表情を見て、アスナが何事かと部屋の中を覗き――

 

「うそ――」

 

 ()()()()()()()を前に、二人で呆然と立ち尽くした。

 夕日が、無人となった室内を明るく照らしている。

 その光を反射して光るものがある。

 ベッドの上に置かれた、《サンセットブレード》。

 彼の、剣。

 

「シルビア!」

 

 アスナに声をかけられて引き戻された私は、すぐにメニューを開き、フレンド欄を見る。フレンドの現在地から彼を――

 

「なん、で――」

 

 ――探し出そうとした、のに。

 私のフレンド欄には、《cedric》の名前が消えていた。

 

「うそ、なんで――」

 

 パーティは解消され、フレンド欄からも消えている。

 彼は、私との繋がりを絶ったのだ。

 

「なんで、セドリック――っ」

 

 私は激しくなる動悸を抑えながら、すがるようにアスナを見た。

 アスナはウインドウに向けていた眼を私に向け、首を振る。

 

「だめ……私のフレンドにも居ないし、ギルドからも脱退してる。インスタントメッセージも届かないし、もう、この層には――」

()()()()()――?」

 

 最悪な想像をしてしまった。私は走るのももどかしく、転移結晶を取り出し、

 

「転移! 《はじまりの街》!」

 

 驚きの表情を見せたアスナを残し、私は転移した。

 転移が完了すると同時、転移門広場から全力で疾走する。《生命の碑》まで。

 飛び付くように碑の表面を見る。

 《cedric》の名前。

 線は、刻まれていない。

 

 ()()()()()

 

 がくんと力が抜けた。膝をつきそうになるけど、ここで座り込んでいるわけにはいかない。

 すぐにまた転移門へ向かい、《グランザム》の血盟騎士団本部に戻る。

 セドリックの部屋の前で、アスナは待っていた。

 

「生きてます」

 

 私の言葉に、アスナは胸を撫で下ろした。

 

「でも、それならどこに……」

 

 自分の声が震えるのが、自分でもわかった。

 覚束ない足取りで、私はベッドまで歩いていく。

 さっきまで、ここにいたのに。

 ここに、並んで座っていたのに。

 手を握っていたのに。

 

 もう、彼はどこにもいない。

 

「なんで、どこか行っちゃうんですか――」

 

 声の震えは嗚咽に変わる。

 

「セドリック……っ」

 

 涙が溢れてくる。本当に、つい数分前まで、ここにいたのに。このベッドに座っていたのに。この手で、触れていたのに。

 感触も、温度も、この右手で感じることができていたのに。

 右の手首を左手で握りしめる。

 

「どうして、1人で……」

 

 背負おうとするの。

 どうして、頼ってくれないの。

 そんなに私は頼りにならない?

 

「……っ」

 

 ベッドの上の、《サンセットブレード》に手を伸ばす。

 ずしりと重たい。私では片手で振るのはやっとの重さ。

 《夕暮れ(サンセット)(ブレード)》という名の剣を、彼は軽々と振るっていた。

 

『でも私、あんまり夕暮れってあんまり好きではないんですよね』

『だって、終わっちゃうじゃないですか。一日が』

『夕暮れって――』

 

――()()()()()()()()()()()()()()、なんですよね

 

「だから……夕暮れは嫌なんです――っ」

 

 私はその剣を握りしめ、声をあげて泣いた。


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