ソードアート・オンライン 一人の騎士として   作:ロア

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4話

 村に辿り着いたのは、6時になった頃だった。ネペントが出現する森はかなり入り組んでいたが、ゲームだからというべきか、しっかりと歩ける道が作られていて、森を抜けられるルートが決まっていた。

 しかし、真面目に道を進んでいたら相当な数のネペントと戦うことになり、なんとか村に辿り着いて『圏内』に入ったときには、買い込んだポーションは残り二個しか残っておらず、剣と盾は耐久値がかなり減少していた。

 予備の剣を購入しておくべきだった、とかなり肝が冷えた。

 

「ステータスっと……」

 

 それでも、2、3時間ほぼ丸々探索と戦闘だったことにより、レベルは4になった。レベル二つ分のステータスアップポイントを筋力に4、敏捷性に2振りわけた。

 安全な村についたことで一息つきながら見回すと、村の中にある武器屋を見つけた。

 助かった、と思いながら、武装をストレージに収めてから武器屋の店主に話し掛け、剣と盾をメンテナンスしてもらう。

 数分足らずで終わったそれを装備しなおし、礼を言って周りを見渡す。村人に混じって、プレイヤーらしき人物もそれなりに見掛けるが、特に話すこともないので村を散策する。

 

(……レイは良いクエストがある、と言っていたが)

 

 大きな村ではないが、NPCはそれなりにいる。武器屋の隣にある道具屋でポーションを買い足し、ストレージでアイテムを整理していると、道具屋の店主と男性NPCが会話を始めた。

 

「アガサちゃんの病気、まだ治らないんだって?」

「ああ。うちで扱ってる薬草を届けてやってるんだが、あんまり効果が無いらしい」

「可哀想に……やっぱり、普通の薬草じゃ無理なのかな」

 

 これ見よがし、と言ってもいいくらいに、俺の耳にその会話が入ってきた。

 そんな会話に当然興味を惹かれ、俺はそのNPCに話し掛ける。

 

「あの、その話を詳しく聞かせていただいても?」

「おや、剣士さん……最近、村の娘が重い病気に掛かってしまって。村の一番奥の家にその娘と母親が居るから、話を聞いてやってくれないか」

 

 その時、俺の目の前にウインドウが表示された。クエストの表示だ。

 

(……『森の秘薬』?)

 

 クエストを受ける、とボタンを押し、「わかりました、行ってみましょう」と答える。

 

「頼んだよ、剣士さん」

 

 名前からして、薬を取ってくるクエストだろうか。考えながら、一先ず言われた通りに民家へと向かう。

 たぶん、村人から話を聞かなくても、直接この民家を訪ねた場合もクエストを受けられるんだろうな、と考えた。

 ノックをしてから入ると、女性が鍋をかき回しながら挨拶をして来た。奇妙なことに、リアルの人間と見分けが付かないほど精巧な彼女の頭の上に、見事なハテナマークが浮かんでいる。

 珍妙なそれを気にしながら、俺は村の人に話を聞いてきた、と用件を伝えると、女性は丁寧に説明してくれた。

 長い話に戦闘疲れでぼうっとしていたが、更新されたクエストログから要約すると、『娘の病気を治すために必要な《リトルネペントの胚珠》を採ってきてほしい。もし採ってきてくれたら、剣を差し上げる』というものだ。

 

(……レイが言っていたのは、この事だったのか)

 

 ネペントに関するクエストで、報酬は剣。確かに、俺に最適なクエストだ。ネペントのパターンを覚えろと言われたのも納得だ。

 胚珠は花付きのネペントからしか採れないらしい――が、俺は何の気なしにアイテムストレージを開く。

 

(……胚珠はさっき見たような――ああ、これだ)

 

 先ほどアイテム整理をした際、そんな文字を見た気がした。そう感じて探すと、《リトルネペントの胚珠》がアイテム欄にあることを見付ける。さっき森を探索中に三匹のネペントを相手した際、花を咲かせた個体を倒していたのだ。レアモンスターなのか、群れのリーダー的な個体なのかはわからないが、後にも先にも花付きの敵は一体だけだったのでよく覚えている。

 こういうクエストは、クエストを受けていなければモンスターが出現しない場合もあるが、今回は違ったようだ。もしくは、近くにクエスト進行中のプレイヤーが居て、ポップした花付きネペントを俺が狩ってしまったのか。

 ともかく、手に入れていたそれをオブジェクト化して差し出す。運が良かった、と思った。さっき道具屋で売り払わなくてよかった。

 

「これのことでしょうか」

「まあ、既に見付けていたのですか!? ありがとうございます!」

 

 先程までの暗い表情を一変させ、頬を上気させながらお礼を言う。

 NPCとは思えないほどの感情表現に、俺は思わずたじろぎ、少しの達成感が胸に生まれた。

 今お礼を、と女性はチェストから一本の剣を取り出し、俺に渡してくれた。

 

「ありがとうございます」

 

 俺はそう呟いて剣を両手で受けとる。スモールソードとは違って、かなりの重さがある。それを受け取ったらクエストが完了したとログが更新され、クリアボーナスの経験値が得られる。

 ギリギリでレベルアップには届かなかったが、これならすぐに上がるだろう。

 女性は胚珠を鍋に入れて薬湯として煎じはじめた。家を見渡すと、奥に扉がある。あの部屋に病気の娘が居るのだろう。

 

「……では」

 

 病気の娘とやらに興味がないわけではなかったが、あまりのんびりしてもいられない。俺は女性の背中に向けて頭を下げると、家を出た。

 

「『アニールブレード』、か」

 

 それをウインドウで装備すると、左腰のスモールソードが光と共にアニールブレードに変わる。

 引き抜き、剣身を眺める。リーチはスモールソードより長く、かなり重い。しかし、筋力振りの俺でもこの重さなのだから、この剣がどれほど強いのかがわかる。

 よし、と呟いて剣を鞘に納め、これからどうするかを考えた。

 メニューを開くが、クエストなどはなく、道標もない。

 

(……レベル上げをしておくか)

 

 そう考え、村の奥――西側の森へと向かう。

 ゲーム(・・・)が始まって、今日は二日目だ。俺がソーヤとの仲違い染みた別れのあとに丸一日眠り続けた、とかなら三日目かもしれないが、おそらく二日目という認識で大丈夫だろう。

 二日目でレベルが4。さて、これが早いのかはわからないが、俺が寝て過ごした昨日の夜から狩りを続ければ、間違いなくこれ以上にレベルは上がるだろう。

 つまり、どこかに居る『一番強いプレイヤー』とはそれなりに差が開いているだろうと推測した。

 俺は最強を目指すわけではないが、それなりに強くはなりたいと思っている。何よりも攻略に参加するのなら、レベルは必要な筈だ。

 

「さあ、新しい剣の練習台になってもらうぞ」

 

 そこまで考えをまとめると、目の前に見慣れたネペントが出現する。腰のアニールブレードを抜き、俺はその植物に向けて構えた。

 

 

 

 

 ほどなくしてレベルが5になり、ポイントを2、1で振る。そろそろ筋力に偏ってきたから、敏捷にも振っていくべきだろうか。力こそパワーを座右の銘とする俺には少し気に入らないが、この『ゲーム』で好き嫌いなど言ってはいられないだろう。

 狩りの報酬を確認しつつ、ホルンカに戻ろうと歩を進めていると、聞き覚えのある破裂音が聞こえてきた。

 

「――いまの?」

 

 同時に、嗅いだことのある悪臭が僅かに漂ってくる。これは――『実付き』の音と臭い。

 嫌な予感を感じ、俺は音が聞こえた方へ走り出した。距離は近かったようで、少し走ると大量のネペントが見えてくる。

 その群れの真ん中にはプレイヤーが、二人背中合わせで武器を振っていた。それぞれ両手剣と両手斧という、筋力振りの武器だ。HPはまだ緑を保っているが、既に二割は減っている。

 まずいな、と俺は剣を抜き、『威嚇(ハウル)』を使うと同時、盾の面に剣の鍔を打ち付けて音を鳴らす。こうして音を立てることで、多少ヘイト値に影響をもたらすだろうと考えての行動だった。

 それの効果かは知らないが、全てのネペントが俺を睨むようにこちらを向いてきた。

 俺に気付いた両手剣使いが声をあげる。

 

「悪い、助かる!」

「タゲは引き受ける! ネペントの数を減らしてくれ!」

「おう!」

 

 俺の言葉に威勢の良い返事を返し、二人はそれぞれソードスキルでネペントを攻撃していく。

 俺は盾でネペントのツルを防ぎ、腐蝕液を避けつつ、隙をついて通常攻撃で少しずつダメージとヘイトを稼いでおく。

 二人はそれなりにレベルはあるらしく、武器によるものか、攻撃力が俺よりよほど高いようで、早いペースで撃破していく。殲滅するのに時間は掛からなかった。

 

「ふぃ――死ぬかと思った」

「いやぁ、まったく――」

 

 俺はそう座り込んだ二人に駆け寄り、ポーションを一つずつ渡す。

 それなりに大柄な二人組だが、顔はそこまで厳つくはなく、親しみやすさを醸し出している。

 

「無事か?」

「ああ、あんたのおかげで助かったよ。ありがとな」

「いや、気にするな。『実付き』は攻撃したらネペントが集まると聞いた。気を付けろよ」

「ああ、思い知ったよ……」

 

 ともかく、無事でよかった。俺がそう言うと、二人は更に感謝の言葉を続けた。

 

「いやー、しかしあんた盾うめぇな。軽の革鎧からして、(タンク)じゃねぇよな?」

「盾は練習したからな。あと、そうだな……俺は壁よりも遊撃――その中でも、どちらかといえばアタッカー寄りだ」

「そんなら、あんたはパーティー組んでるのか?」

 

 俺は首を振った。

 

初期(・・)にパーティーを組んでいた奴は街にいる。今はソロだ」

「……なるほど、大変だな。アタッカー寄りってのもそれが?」

「それは性分だ。近付いて叩き斬るタイプなんでな……そうだ、お前たちは街から来たのか?」

 

 俺の問いに、二人は頷いて答えた。

 

「街の様子は、どうだ?」

「あー……街にはほとんどのプレイヤーが残ってる。暴れてる奴はいないけど、あんまりいい雰囲気じゃねぇぞ」

「……そうか」

 

 そこまで話すと二人はポーションを飲み終えた。

 

「回復ポーションまで、サンキューな。あんた良い奴だな」

「いや、人を助けるのは当然のことだ」

 

 俺はそう言った。

 と、もう一人が少し躊躇うように聞いてきた。

 

「なあ、余計なお世話かもしれないんだが……もしかしてあんたお人好しか?」

「ん……いや、そんなつもりはないが」

 

 俺は真面目な部類だが、ゲームオタクであったりすることから、おそらく真面目系クズに該当するだろう。

 内心そんなことを考えながら、それがどうした、と聞き返す。

 

「いや、なんだ。ネトゲに限ったことじゃないんだけどさ。こんなご時世だし、人助けは立派なことだと思うけどな。ロールプレイも悪かないし。けど、ネットゲーマーは一癖ある奴が多いし、下手したら騙されたり、利用されることもある。気ぃつけろよ」

「……そうか。わかった」

 

 俺は忠告を素直に受け取ることにした。

 

「まあまあ、そのおかげでオレ達が助けられたのは事実だ。本当にありがとな」

「あ、そうそう。それはマジで感謝してるぜ」

 

 機会があればまた会おうぜ、と握手を交わし、二人は森を抜けていった。

 

 

 

 

 それから数日後。いつものようにホルンカの道具屋でポーションを買い足そうとしていると、ガイドブックなるアイテムを見付けた。

 

「攻略本? SAOに?」

 

 不思議に思い、手に取る。表紙には一対の耳と髭が左右に三本のびた、おかしなマークが載っている。『大丈夫。アルゴの攻略本だよ。』というなぜだか信用できなさそうな一文が綴られている。

 しかも値段は無料である。怪しさがカンストしていたが、まあ、タダなら損はしないか、とポーションと共に購入し、『アルゴ』とは誰だろうなどと考えを巡らせながらパラパラと開いてみる。

 

「……ほう」

 

 思わず声が漏れた。見た目によらず、クエストや出現モンスター、ドロップするアイテムのことまで細かく書かれていて、簡易ながらマップデータも記載されている。

 俺は道具屋で売っている甘酸っぱい果物を囓りながら読み進める。

 この第一層は広大な空間で、村も町もフィールドもかなり広く作られているらしい。それを眺めながら、俺はこの先どうするかを考える。

 ここから北東に、トールバーナという町がある。一層の中で最北の村だ。そこは次の層に繋がるダンジョンである『迷宮』に近く、一層の中ではもっとも栄えている町らしい。俺が先日助けたあの二人も、攻略に参加するべくそこを目指していたのだろうか。

 まあ、まだ一週間だ。そんな急に迷宮が攻略されるわけでもないだろうが、そんな町となれば、防具なども良いものが揃えられるかもしれない。

 

「行くか」

 

 レベルが6になり、効率が少しばかり悪くなってきた俺は、ホルンカから移動することに決めた。レベル6で一つ解放されたスキルスロットには『軽金属鎧』をセットしておいた。ブロンズアーマーがホルンカの武具屋でも売っていたので、今はそれを購入して装備している。

 そして、顔馴染みと言ってもいいくらい通い詰めた武器屋に寄って、武具のメンテナンスを頼む。いくら通ってもまけてはくれなかったし、対応も変わることはない。

 隣の道具屋でポーションを買い貯め、食料品を買ってオブジェクト化し、手に持って歩き出す。

 パンに村の畑で採れた野菜を挟んだサンドイッチを見て、ふとソーヤのことを考えた。意識して考えないようにしていたのだが、今の自分の行動について考え、ソーヤの身を案じた。

 ソーヤは、なにか食べているのだろうか。俺に全財産を渡して以降、あの部屋に閉じ籠っているとしたら、この一週間何も食べていないことになる。そもそも宿にすらもう居ないだろう。

 別にこのゲームで餓死はしない。空腹感は感じても戦闘中には忘れたりするし、何かに集中すれば気にせずに過ごすことも不可能ではない。俺も最初の二日間は――ゲーム内で食事を摂れるということを知らずに――空腹で倒れそうになったが、バッドステータスにはならなかったし、HPも減らなかった。

 

「だとしたら、ソーヤは――」

 

 もしかしたら、ずっとあの街でうずくまってるのかもしれない。空腹なんて感じないほどの悲壮感の中で。

 食料を届けることはもちろん考えたが、あいつが俺に会ってくれるとは思えなかった。

 

「……今度、様子を見に行くか」

 

 そう呟いてサンドイッチを口の中に放り込むと、俺は北東に向けて走り出した。

 本当に行くかどうかは、自信が持てなかったが。

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