トールバーナに着いたのは、それから一週間後だった。道中にいくつか村を見付けては、目ぼしいクエストを進めて金と経験値を稼いだ。そんなことをしていたらやたらと時間が経ってしまった。
そして、到着したトールバーナは中々の広さが感じられる街だった。建物はけして豪華なものではないが、風情のある街並み。NPCも多いが、プレイヤーもそれなりの数がいる。こんな賑わいを見せている街は、
二週間近くホルンカ等の『村』で過ごしていた俺は、久し振りの『街』に感激し、きょろきょろと見回しながらトールバーナを歩いていく。
初めて見る街と言うに相違無いのだが、おのぼりさんのように見られると考えたら妙に気恥ずかしい。
「さて武器屋は、っと」
RPGゲーマーの剣士としての性か、新しい街に来るとどうしても最初に武器・防具屋を探してしまう。
しかし自制する気もメリットもデメリットも無いので、欲望に従って街を歩いていく。装備を売っている店は中央広場に近いところにある場合が多い気がする。
「あった」
これは武具屋というべきか。一軒の店のなかで、武器と防具に分かれた二つのカウンターが設置されている。
まずは武器を見てみた。おそらくこの店で一番性能が良い剣は『スチールブレード』だろうが、攻撃力がアニールブレードよりも素で低い。
ガイドブックに書いてあったが、ネペントの胚珠を落とす花付きのネペントは、ポップする確率がかなり低いレアモンスターだったらしい。下手をしたら三日まるまる狩ってもでないそうだ。
つまり、あのクエストは恐ろしく厳しいクエストだったということ。
そんな幸運だったと知った時は、思わずガッツポーズをしてしまった。16年間生きてきて一番気合いの入ったそれをやった事に、「俺も一人のプレイヤーなんだな」と今更ながら実感する。俺のゲームラックも捨てたものではない。
そういうわけで、そんな面倒臭いクエストの報酬である武器が街の店売りに性能で負けたら、中々に心が折れるだろう。新しい街に来て高い金で剣を買ったのに、次のダンジョンで宝箱から出てきた、なんて時よりも、よっぽど。
「剣はいらないな。武器強化が出来るようだからアニールブレードを強化するとして、買うなら防具を優先するか」
続けて防具を見せてもらう。防具に関しては、手甲ひとつ見ただけで性能が大きく変わっている。
考えてみれば当たり前だ。俺の盾と鎧はホルンカで買った物なのだ。軽金属装備としては初期装備に近いだろう。
「……少し高いな」
しかし、性能も重量も見た目も、かなり良さそうなものが揃っている。この『ナイトアーマー』なんかはそれが顕著だ。アンダーウェアに胴鎧と肩にプレートが着いているシンプルなものだが、それ故に落ち着いたデザインになっている。盾にも、『カイトシールド』という心惹かれるものがある。
手持ちのコルと素材を鑑みて、今のブロンズアーマー一式を売り払えば、ナイトアーマー一式が買える。その場合はカイトシールドが買えなくなるが……まあ、それなら他の手段で稼げば良いか。
「……よし」
俺はそう判断し、胴鎧と手甲脚甲を売り払い、ナイトアーマーを購入する。
と、そこで購入を確定する前に、一つ新しい項目が出てきた。防具の色の種類があり、好きな色を選べるようだ。といっても、肩と胸部を包むプレートではなく、その下に着用されるアンダーウェアの色のようだが。
俺は『赤』を選択し、即時装備を選択。俺の全身に新品のアーマーが装着された。
少し重いが、頼りがいのある重さだ。
店を出て、金を稼ぐためにモンスターを狩りに行くかと考え、それならクエストも探してから行こう、と更に考えを重ねていく。
金を稼ぐというのは基本的にモンスターを狩ることだし、クエストによっては『モンスターを○○体撃破』系のものがあるので、それを併せて進めれば一石二鳥となるだろう。
◇
SAOに慣れてきたこともあって、トールバーナに来てからは順調に自分を強化し、金も稼ぐことができている。まあ、
初期装備だったラウンドシールドも売却して念願のカイトシールドを買い、左腕に装備している。レベルも10になり、自分なりに良い流れだと感じている。
特に、俺がこの街に来た翌日に例のガイドブックが更新――新刊の発売というべきか――され、トールバーナ一帯のクエストや、その他の情報が手に入れられたのが大きい。
そして、ガイドブックに乗っていた基礎情報を参考に、俺はいま武器屋に来ている。
「武器の強化をお願いしたいのですが」
そう、筋骨隆々な店主に告げる。
武器強化システムは、『
それぞれがどういう効果のものかは名前からしてわかりやすいので、俺はまず『鋭さ』を上げることにした。
その旨を伝え、素材とコルを要求される。承認すると、素材を炉の中に入れ、炉から真っ赤な光が溢れてくる。俺から受け取ったアニールブレードを鞘から抜くと、赤い光に満ちた炉に差し込む。その色が剣に移ると炉から引き出し、金床の上に乗せ、手に持っていたハンマーで叩き始める。
その動作は恐ろしく正確で、一ミリのブレもないように見えた。NPCというシステム上の理由によるものなのか、それとも鍛冶職人ゆえの技術なのかは判断がつかない。
十回ハンマーで刀身を叩き終えると、剣全体が光に包まれ、それが消えると同時に鍔元から切っ先に向けてきらりと光った。
それを鞘に納めて俺に丁寧に渡してくる。
武器情報を見ると、『アニールブレード+1』とある。なるほど、こうして武器を強くしていくのか。少しだけ、刀身の輝きが増した気がする。
同じように剣をもう一段階強化し、防具もそれぞれ+1にすると、見事に財布は空っぽになった。
「よし――行ってみるか、『迷宮区』」
防具も更新し、剣も少しだが鍛えた。片手直剣の熟練度も上がっている。
資金稼ぎにもいいだろうし、俺は迷宮区へ踏み込んでいった。
◇
最近知ったことだが、トールバーナ周辺、ひいては迷宮区まで踏み込んでいるプレイヤーはかなり少ないらしい。デスゲーム――プレイヤー間ではこの呼称が流行っている――が始まって三週間が経っている現在、はじまりの街を出て
しかし同時に――今現在、アインクラッドでの死者が千八百人を越えている、という話を聞いた。
俺は目の届く範囲で人を助けているつもりだが、俺の行動パターンは他のプレイヤーと違うのか、それともフィールドが広いからか――あまり他のプレイヤーと会うことがない。だからこそ、俺は皆が外に出るのを忌避しているものだとばかり思っていた。
例えば、もし一歩でも外に出て、イノシシにどつかれて転んだとする。ひどく慌てて――もしくは腰を抜かして立ち上がることが出来なければ、そのままハメ殺されることだってありうる。ソーヤも最初はあのイノシシに追いかけ回されていた。
そんなことがありうるのだから、外に出たら死ぬかもしれない。そんな一パーセントでも可能性のある『死』を恐れて、街からほとんど出ていないのではと考えていたが、どうやら検討違いだったようだ。
(……俺は)
俺は、死ぬのが怖くない――というより、やはりどこか信じられていない、というのが一番の理由なのかもしれない。しかし、現にレイはこの世界から居なくなり、ソーヤはそのショックで自暴自棄になった。
俺の行動原理は――そんなことになる人間を増やしたくない、というものに近いのだろうか。
……いや、そんな聖人君子じみた考えは俺に合っていないだろう。そもそも、現実ですら事故に遭えば死んでしまうのだ。ゲームだから
まあ、俺の行動原理はともかく、死ぬかどうかという件に関しては、個人的に考えていることがある。
『これはゲームであっても、遊びではない』
これは、SAOのキャッチフレーズとして使われていた茅場晶彦氏の発言だ。今となっては、死を前提としたゲームなのだから、遊びで行動することなどできない――そう考える者が多いだろう。
しかし、と俺は思う。
どこまで行っても――命が掛かっていたとしても――これは『ゲーム』であり、たとえ遊びではなくとも、それ以上でも以下でもない。死にゲーであっても、一回も死なずにゲームをクリアすることもできる。ならば、どこまでいっても『ゲーム』なSAOは、落ち着いて慎重に進めれば、ある程度の安全は確保できるはずだ。
そんな現実逃避じみた考えが、俺を多少なりとも動かしているのは間違いない。もちろん、モンスターと戦うときは最大限の注意を払っているが。
「ん……モンスターか」
そんな事を無意味に考えていると、ポップする時特有の青い光が出現した。
革鎧のようなものに身を包み、同じく革のヘルムを被った人型のモンスターだ。右手には、あまり輝きはないが、片手直剣を持っている。
『ルインコボルト・インファントリィ』。コボルトというのは――ドイツ語だったかフランス語だったか――ヨーロッパ系の単語で、英語ではゴブリンと訳されると聞いたことがある。つまり、こいつはファンタジーにおいて外すことのできない二足歩行モンスターだ。
俺は剣を抜いて、カイトシールドを前にするように半身に構える。
「先手――」
俺は剣を担ぐように構え、駆ける。ソードスキルが発動し、それは強力な袈裟斬りとして繰り出される。『スラント』。『ホリゾンタル』と同じで、初期から使える袈裟斬りのソードスキルだ。
「――必勝!」
俺の『スラント』はそれなりの威力ブーストにより、そこそこの威力とスピードを備えている。コボルトは剣で受けたが、ソードスキルに押しきられ、吹き飛ばされた。
コボルトの頭上に表示されているHPゲージが、三割ほど減る。剣で受けてあれなのだから、クリティカルで決めれば瀕死にさせられるだろう。
俺は、追撃のために前傾して走り出す。コボルトが立ち上がり、剣を大きく振りかぶる。そのがらあきの腹に『ホリゾンタル』を叩き込んでやる、と考え――コボルトの剣が青い光に包まれるのが見えた。
「――っ!?」
俺は踵でブレーキを掛け、危険を感じて盾を構える。
コボルトは弾かれたように凄まじいスピードで袈裟斬りを叩き込んでくる。俺の盾に正面からぶつかり、その衝撃に俺は踏ん張りきれずに押しきられるが、後転するようにして体勢を立て直す。
「『スラント』……! 使われるとこんな感じなのか」
人型モンスターが動物や植物と違う点。レイから聞いていた――『アルゴ』とやらのガイドブックにも書いてあった――が、手に持った武器によって対応したソードスキルを使ってくる、ということだった。
話には聞いていたが、敵のソードスキルを見る――というよりも、自分に向けて使われるのは初めてだったので、その速さに思わず防御することしか意識に無かった。
しかし、反応できない速さではないようにも感じた。俺は気を取り直し、もう一度『スラント』を発動する。
が、コボルトはそれをサイドステップで避け、カウンターぎみに剣を薙いでくる。
運良く盾に引っ掛かったおかげでダメージは殆ど無く、減ったかどうかわからないほどだったが、俺は自身の認識の甘さに舌打ちをした。
「なるほどな。スキル頼りも良くないか」
ソードスキルの練度も
相手はこちらのやることをしっかりと覚え、それに対応してくる。スキルは威力の面で決め手となるが、それをしっかりと当てられるようにならなければ、まともに戦えない。
「……おおっ!」
そのためには、『俺』自身の剣の腕が必要だ。スキルをただ発動するだけではなく、自分の技によって剣を振り、敵を倒す必要がある。
ダッシュで駆け寄り、左から右に薙ぎ払う。コボルトはそれをバックステップで避け、その手に握る剣をもう一度振り下ろしてくる。
俺はそこで下がらず、盾を構えて更に一歩踏み込むと、打ち込まれる剣に向けて、光を帯びた盾で押し返すように受ける。
俺の盾とコボルトの剣がぶつかり、振り抜く前のコボルトの右手が弾かれる。
その隙を逃さず『ホリゾンタル』を発動し、がらあきの胴に思いきり振り抜いた。
上半身と下半身が分断され、ポリゴンの光となって消えていった。
「はぁ……はぁ……なるほど、これがSAOの真骨頂というわけか」
大きく息を吐き、今までとは違う戦闘に少々気落ちする。
「訓練が必要だな」
俺は気合いを入れ直すと、剣を握ったまま迷宮を進み始めた。
◇
コボルトに斬り込み、お互いの剣をぶつけ合うと同時に踏み込んでシールドバッシュ。俺はすぐさま袈裟斬りを繰り出し、それがコボルトのHPを減らすと同時に手首を返し、右に斬り払う。
コボルトが苛立ったように剣を右脇に構えると青く光りだす。『ホリゾンタル』だと判断した俺はバックステップで大きく距離をとり、多少の余裕を持って避ける。
ソードスキルはソードスキルで相殺できるが、仕様なのか、お互いに腕を弾かれる。その硬直時間は俺もコボルトもほとんど同じなので、戦闘を仕切り直すには良いが、反撃するには間に合わない。
回避するか、盾で受け流すのが最良だ。もっとも、仲間がいたら、弾かれた隙に斬り込んでくれるのだろうが。
俺は考えを中断し、剣を構え直す。コボルトはまた、俺が突進して『スラント』を打ってくると踏んでいるのだろうか。構えている剣の位置からして、おそらくそうだろう。
俺は切っ先をコボルトに向けながら腰に引き付けるように構え、床にすれすれになるまで前傾すると、ソードスキルとして認識される。
「お――らぁっ!」
俺は大きく床を蹴り、コボルトとの距離を一瞬で詰めると、右手の剣を突き刺した。
突進技の『レイジスパイク』。敵との開いた距離を詰め、加速をのせた突きを繰り出す使い勝手の良いソードスキルだ。
今まで剣による斬り払いや上段斬りに慣れていたコボルトは突然の突きに反応できず、俺のソードスキルをクリティカルで食らい、そのHPを全損させた。
「よし、良い感じだ」
俺は良い手応えを感じ、アニールブレードを鞘に納めてぐっと拳を握る。
コボルトの動きや、使ってくるソードスキルは難しいものではない。それはこれが一層であり、初めてのソードスキルを使う敵だからという理由もあるだろうが、それでも対応できない相手ではない。
俺個人の剣技はまだあまり優れたものではないが、それは経験を積んでいくしかないだろう。
メニューのスキルの欄を開くと、片手用直剣の熟練度が50に達していて、『modify』の文字が明るくなっていることに気付いた。
「なになに……便利機能みたいなものか」
スキルを自分好みに強化していけるオプション機能だ。俺はとりあえず、『ソードスキル冷却時間短縮』を選んだ。これにより、ソードスキルを連続で使える間隔が短くなるだろう。
さて、と。そんな操作をしながらも迷宮区を歩くにつれて、俺のウインドウに表示されたマップに表示されるエリアがどんどん広がっていく。
こういったマップを埋めることを、ゲーム用語でマッピングというらしい。マップを埋めていくタイプのゲームはあまりやっていなかったので、新鮮に思った。
真面目な性分故か、こういうのは隅から隅まで埋めたくなった俺は、別れ道をそれぞれ回り、時々宝箱を見付けてうきうきと開けたりした。中身が短剣だったのでがっかりしたが。
上に繋がる階段も見付けたので登ってみた。
階層が上がるにつれ、槍や片手棍を使ってくるコボルトが出現したが、そのスキルはレイやソーヤのを見たことがあったので、初見でもなんとか対応できた。
迷宮区二階のマップを全て埋めたところであまりの広さに辟易し、もう時刻は夕暮れなので一度街に戻ることにした。
◇
ガイドブックによると、迷宮区は全二十階らしい。あの広さが二十階分だと、と俺は驚愕して慄いた。
迷宮区から町の北口に戻ってくると、通りすがりのプレイヤーが驚いたように駆け寄ってくる。
「あの、君! いま北口から戻ってきたよな?」
急に話し掛けられて驚いたが、ここは圏内なので脅されたりはしないだろう。安全だと判断し、俺はとりあえず、目の前の男に向けて頷いた。
「ってことは、迷宮区に行ってきたのか?」
「ああ、行ってきた」
そう応えた俺の言葉に、目の前の男だけではなく、周りのプレイヤーも関心を寄せてきた。視線がこちらに向いている。
俺は困惑した。トールバーナに居るということは、周りのプレイヤー達も迷宮に挑んでいるのではないのだろうか。
「迷宮区には、ソードスキルを使ってくるコボルトが出てくるんだろ? その……どうだった?」
「どう、と言われても……使ってくるのはプレイヤーのと同じものだ。自分や仲間の使う武器と同じなら、難しくは無いと思う」
話を聞くと、トールバーナに居るプレイヤーの大半は、『ソードスキルを使ってくるコボルトが出現する』という情報に気後れしているらしい。
迷宮の中には明らかに誰かが通った後だと判断できる状態のものがあった。開いていた宝箱などがそうだ。だが、迷宮にまで挑んでいるプレイヤーは少数なのかもしれない。
「でもさ、スキルってことはかなり速いんだろ?」
「確かに、通常攻撃に比べれば剣速は早い。だが、威力ブーストは乗っていないように感じたな。おそらく俺のような素人のソードスキルよりも、スピードは遅いと思う」
「どんなふうに対処した?」
「俺は、盾で防いでいただけだ……」
質問攻め、というのか。この事態に慎重になるのはよくわかるが、スキルに関しては俺より詳しいものが居るだろうし、わざわざ俺に聞かなくても良いのでは。
そういったことを伝えると、少し申し訳なさそうに頭を掻いた。
「まあ、そうなんだが。トップ集団に『ソードスキル対策教えて!』ってなんか言いづらくてさ」
「対策、と俺に聞かれても。盾を構えていろとしか言えないぞ」
うーん、とそいつは悩み、いいことを思い付いた、と言わんばかりに掌に拳を打ち付けた。
「コボルトが使うソードスキルって、あんたのより弱いんだよな?」
「片手直剣を使うコボルトだけならな。少なくとも、遅れを取りはしなかった」
「厚かましいお願いになるんだけど、あんた、明日時間ある?」
「ああ。午後から迷宮に行こうとは思っているが、午前中は武器強化くらいだな」
「じゃあさ、明日……」
俺はその頼みに驚愕しながらも、まあ、構わないが、と承諾した。