ソードアート・オンライン 一人の騎士として   作:ロア

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6話

「よっし、いつでもいいぜ」

「――行くぞ」

 

 俺は『スラント』を発動し、彼に向けて全力で繰り出した。

 その急激な加速に対応しきれなかったのか、彼は剣で防ぐ間も無くその身に食らい、衝撃と閃光が散った。

 うおぉ、と周りがどよめいたが、目の前の彼はHPが減っていない。俺は剣を担いで立ち上がるために手を差し伸べる。

 彼が昨日提案してきたのは、俺を仮想敵とした対ソードスキルの訓練だった。

 

「うお……町の中じゃHP減らなくても、こんな衝撃伝わってくるんだなぁ」

「平気か?」

「ああ、大丈夫。デュエルだったら負けてたな、こりゃ」

 

 HPの減らない『圏内』でも、デュエルと呼ばれる決闘を行う際はダメージを負うらしい。だが、それは逆に言えばデュエルをしなければいくら攻撃を受けてもHPは減らないと言うこと。

 確かに、ソードスキルを相手に訓練するには良い考えだ。

 街中で抜刀でき、ソードスキルを発動することもできるとは知らなかった。まあ、通り魔染みたことをしても無意味だし、知っていてもどう、ということではないのだが。

 周りのプレイヤー達も俺達の事情を知っているので、仲裁しに来たりはしないし、人によっては「次俺にも頼める?」などと聞いてきたりする。

 俺はそれに頷きを返しつつ、もう一度目の前の彼に向けて『スラント』を打ち込んだ。

 

「うお、りゃっ!」

 

 今度は同じタイミングでソードスキルを発動させた彼は、俺の『スラント』に交差させるようにして、『ホリゾンタル』を打ち込んできた。

 ガギィ、という鈍い音が響き、お互いに大きく腕を弾かれる。

 硬直が解けた瞬間、俺は退かずに『ホリゾンタル』を発動する。それに気付いた彼はとっさに剣を割り込ませるが、ソードスキルを剣で受けきるには、おそらくかなりの筋力差が必要だ。

 レベルが同じ辺りの俺と彼では、お互いにソードスキルをただの剣で防ぐことはできない。システムのアシストのまま腕を振り抜くと、火花を散らしながら剣がぶつかりあい、彼を吹き飛ばす。

 

「あいってて……んー、どうすりゃいいんだろう」

「盾で受け流すのがいいんじゃないか?」

「それよりも、後ろに下がって距離とったら相手はスカるんじゃ?」

「でもソードスキルってちょっとだけ追尾するし」

「でも、やっぱ一対一だったら避けて斬るのが一番良さそうだな――できるかどうかは別として」

 

 周りのプレイヤーも対策がどうこう、と話を広げていく。

 俺も盾で受け流すか避けるタイプだ。避けるならもう少し……敏捷力にもう少し(・・・・)だけ振るべきだな、と考えを纏めておく。

 

「うしっ! でも、だいたい見えるようになってきた。単発技しか使わないんだったら、何人かで行けば対処できるかな。サンキュ!」

 

 吹き飛ばされた彼は、しかし楽しそうにそう発言すると「授業料だ」と言って50コルを渡してきた。

 モンスターを一匹狩っても精々30~40だ。ソードスキルをプレイヤーにぶつけただけで金を貰おうとは思わない。

 

「いいっていいって。無理言ったのはこっちなんだから」

 

 そう言って彼は北口へ向かった。そっちに仲間が待っているという。

 

「すみません……次、お願いできます?」

 

 控えめに申し出てきたのは、両手棍を持った青年だった。まあ、町の広場でこんな対策講座みたいなことをしたら、自分もやっておきたいと思うのは当然か。

 頼まれたのを断る気にもならず、俺は同じようにアニールブレードを構えて確認をとると、『スラント』を発動した。

 

 

 

 

 『ソードスキル』に対する対処は、文字を見ただけではやはり難しいのだろう。順番待ちのプレイヤーの中には例のガイドブックを開き、『スラント』と『ホリゾンタル』、『バーチカル』――俺はこれをあまり使わないが――がどういう技なのかを確認してから俺と立ち会っている。実際に使われているのを、順番待ちの際に何度も見てもいる。

 にも関わらず、システムによって繰り出される剣技のスピードに初見で対応しきれない人は多い。

 俺も最初はコボルトのそれに対して必死に盾を構えただけだし、受けきれずに押し負けたのだ。それも、威力ブーストの乗っていないコボルトの基本技に。

 そういう意味では、俺がここで身を以てソードスキルの速さを教えることに、意味はあるのだろう。ベータテスターならともかく、対人なんてしたことない――デスゲームでやろうとすらしないのだが――新規プレイヤーは、ソードスキルと相対したことが無い。

 

「うわぁっ!?」

 

 そんな状態でコボルトに挑み、こうして目の前の片手剣使いの彼のようにソードスキルを食らったりすれば――俺のものよりは威力が低いだろうが――大ダメージは必至だ。

 

「ご、ごめん。もう一度お願い!」

 

 そんな状況だからだろうか。この広場では俺だけではなく、感化されたように他の武器種を持ったプレイヤーが、それぞれのソードスキル体験講座を開いている。もちろん授業料は無料だが、人によってはアイテムやコルをくれることがある。俺は断りをいれるが、それでも押し付けるように渡してくる気の良い人間は居る。

 俺は『スラント』を繰り出す。それを俺の右手側へ避け、『ホリゾンタル』をカウンター気味に打ち込んできた。

 ガツンとした衝撃と火花のような光が俺の視界で瞬き、思わずたたらを踏む。

 反撃は無意識だったのだろう。慌てたように俺を気遣ってくるが、痛みもダメージも無いので問題は無かった。

 

「大丈夫だ。今のはいい一撃だった」

「ありがとう、なんとかなりそうだ。あ、よかったらこれどうぞ」

「……ああ、ありがとう」

 

 渡されたポーションをストレージにしまい、その後広場にいるほとんどのプレイヤーにソードスキルを打ち込んだときには、時刻は昼を回っていた。

 

 

 

 

 やれやれ、と俺はベンチに座り、パン屋で買ったドーナツのような焼き菓子を口に運ぶ。いくらダメージが出ないとはいえ、プレイヤーに向かってソードスキルを打ち込むというのは、それなりに精神が削れる。まあ、おかげで『スラント』と『ホリゾンタル』はかなり身体に馴染んだのだが。

 

「ふぅー…………」

 

 水を飲み、ぼーっとする。

 

「……いかん、のんびりしてられん」

 

 午後からは迷宮に入るつもりなのだ。俺は店で購入したポーションの整理を済ませると、左手で例のガイドブックを参照しつつ、ドーナツ染みた焼き菓子を咀嚼する。ほのかな甘味と少しパサつきつつもしっとりした食感は限りなくドーナツに近いのだが、なにか決定的に相容れない部分があるのでこれはドーナツではない。

 残りを口に放り込むと、もうひとつ袋から取り出そうとし――ベンチの後ろに誰かが立っていることに気付いた。その場から飛び退き、アニールブレードの柄に手をかけた。

 

「……なんだ?」

 

 口の中のものを嚥下しながら、俺は困惑した。そいつは、先程のソードスキル講義大会で見た顔ではない。少なくとも俺の知り合いではないし、通りすがりなどで見たこともない。

 なぜなら、そいつは女性だったからだ。かなり小柄――俺の胸元ほどまでしかない――で、布と革の防具に身を包み、左腰には(クロー)。そしてもっとも奇妙なのは、顔の両頬に三本ずつ、髭のようなペイントが描かれていることか。見ようによっては盗賊(シーフ)に見えなくもない。俺はますます目付きを鋭くする。

 もしかするとイベントクエストに関係したNPCの類いだろうか。こんな珍妙なプレイヤーなど存在するかも疑わしい。

 俺が飛び退いて丁寧に警戒までしている様に、その女はにひ、と笑った。心なしか無邪気そうな、しかしどこか底の見えない笑い。

 

「お人好しのナイトが居るって噂を聞いてサ。裏付けを取りに来たんダヨ」

 

 独特の鼻声染みたイントネーションだが、人を不快にさせるものではない。しかし、なんだこいつは。裏付け? お人好し? 

 

「……なに?」

「噂になってるんダ。進んで人を助けて、あげくにソードスキルの訓練相手まで請け負う騎士様が居るってナ。中にはNPCじゃないかって噂もあるガナ」

「それが、俺だと?」

 

 俺は一先ず柄から手を離す。

 

「……誰だ、お前」

「ありゃ、オレっちを知らなイ? その本作ったのオレっちなんだけどナァ」

 

 その本、と俺の左手のガイドブックを指した。この本がプレイヤーの委託販売によるものだという事はすでに知っていた。たしか、名前は――

 

「『アルゴ』……?」

「そうそう、人呼んで『鼠のアルゴ』。情報屋サ」

 

 『情報屋』。読んで字のごとく、情報を売るのだろう。クエストの情報などだろうか。

 

「……情報を売ってくれる情報屋の存在を知らないとはな。情弱とは俺のことか」

 

 俺の自嘲気味な言葉に、アルゴとやらはクスクスと笑う。

 

「情報屋と言ったが、なんの情報を扱ってるんだ?」

「そりゃぁ、ありとあらゆる情報だヨ。細かいクエストからレアアイテム、プレイヤーの個人情報までナ。オネーサンのステータスだって売っちゃうヨ」

 

 オネーサン、と言って自分を示すように腕を組む。オネーサンなどというが、こいつはいくつなのだろう。話し方や見た目からしてあまり年をとっているようには見えないが、だからといってレーティングギリギリの『少女』でも無いように思える。

 ――ああ、なるほど。それも金を払えば教えてもらえるのかもな。

 ともあれ、悪質なプレイヤーでは(おそらく)ないようなので、俺はベンチに座り直し、ドーナツであろう焼き菓子を一つ取り出すとアルゴに渡す。

 少し驚いたような顔をしたが、ドーモ、と言うと受け取って齧り始める。

 

「で、なんの用だ」

「裏付けを取りに来た、って言ったじゃないカ」

「ああ、お人好しの騎士がどうとか言っていたな」

「そうそう……まあ、もう裏なんて取れたようなもんだがナ」

 

 なんの事だかわからずにアルゴを見る。『鼠』を名乗る少女はニコニコ笑って、俺が渡したドーナツに似た焼き菓子をぷらぷらと揺らす。

 

「確かにお人好しダ」

「そうだろうか」

「NPCじゃないんだよナ?」

「ああ。俺はプレイヤーだよ」

「名前は?」

 

 俺は一瞬悩んだ。こいつにどこまで話したらいいものか、と。

 

「ありゃ、オレっちを疑ってル?」

「……あまり信用はしていない」

 

 初対面だしな。名前を騙っているだけの可能性も無い訳じゃない。

 アルゴ(疑)は少し悩んだあと、メニューを開いて操作する。

 すると、俺の目の前にウインドウが出現した。

 

『《argo》からフレンド申請が届いています。受諾しますか?』

 

 俺がチラリと目を向けると、うむうむと頷いている。

 

「名刺代わりだヨ」

「……そうか」

 

 『〇』を押す。アルゴ(真)は――あらかじめフレンドリストを開いていたのだろう――ウインドウを一瞥し、俺の名前を呼ぶ。

 

「『セドリック』? ふうん……変わった名前だナ」

「鼠が言うことか」

「にゃハハ、まあそれは言うナ」

 

 アルゴはベンチには座らず、その立ち位置のまま背もたれに腕を置くようにして話を続ける。

 

「で、そのセド君はなんだって人助けなんてしてるのかナ?」

「理由がいるか、人を助けるのに」

「そうだヨ。こんなゲームの中でも人助けなんてよっぽどのお人よしダ。そうまでなった理由はあるはずだロ?」

「知り合い関係だよ。助けられなかった奴がいるんでな」

「……フーン」

 

 こいつは情報屋で、おそらくこれも情報収集の一貫なのだろうか。プレイヤーのデータも売るとか言っていたし。

 しかし、こうして質問してくるアルゴの目には、単純な『興味』があるように見える。

 

「アルゴ。お前はプレイヤーの情報も売ると言っていたな」

「金を払ってくれるなら、オレっちが知ってる情報ならなんでも売るゾ」

「なら――」

 

 『レイ』の情報が欲しい。そう聞くことは簡単だった。情報屋なら、もしかしたらチュートリアル前に死亡した人間がどうなるかを知っているかもしれない、と。

 だが、自分のその発言は現実逃避だとどこかでわかっていた。そもそも、いくら情報屋でもレイのことなど知らないだろう。

 あいつはこのゲームでは、俺とソーヤの二人としか関わっていないのだから。

 そう考えて口をつぐんだ俺に、アルゴは少し不思議そうにしていたが、

 

「何もないなら、質問再開していいカ?」

「俺の事を聞くよりも、クエストの情報でも集めた方がいいんじゃないか?」

「これも大事な情報収集。目立つプレイヤーの情報はよく売れるからナ」

 

 こいつ、俺なんかの情報を集めて商売する気か。知られて困ることは話していないと思うが、なんとも不安を煽られる言い方だ。

 そこで俺はこれから迷宮に行くことを思いだし、

 

「ああそうだ、マップのデータは売ってるか?」

「ウン、売ってるヨ」

「迷宮区のマップデータが欲しい。今あるぶん全部」

「アイヨ。初回サービスとドーナツのお礼で200コルにまけとくカラ。今後ともご贔屓にナ」

 

 手をあげて応えると、アルゴは満足したのか伸びをすると、凄まじい速さで走り去っていった。かなりのスピードだ。あの速さを出すためには、敏捷力に全振りでもしているのだろうか。

 ともあれ、俺は中身が空っぽになった袋を『クズカゴ』のオブジェクトに放り込んでマップデータを開く。

 迷宮区の地図を買ったのは、最前線が今どの辺りかを知るためだった。マップを見る限りでは、迷宮区は今16階辺りまで攻略されているようだ。

 ガイドブックにも、階層にはそれぞれコボルトが出てきて、武器種や体力の増減はあれど難度的にはほとんど同じだと書かれている。ソードスキルにさえ気を付ければなんとでもなるということだ。レベル上げと素材集めを目的に、俺は迷宮にもぐりこむ。

 剣、槍、片手棍、片手斧とバリエーション豊かなコボルト達を倒して経験値を稼ぎながら、時折すれ違うプレイヤーと挨拶を交わし、素材を集めてトールバーナへ戻ると武器や防具を強化する。

 

 

 

 

 そうして迷宮区に潜るようになってさらに数日が経つ頃には、俺のレベルは12にまで上がり、アニールブレードは『鋭さ3』に『丈夫さ2』の+5になり、防具はそれぞれ+2になっていた。追加されたスキルスロットには、気紛れに両手剣スキルを選択してみた。片手直剣を使っていたら出現するものらしい。

 両手で握った大剣から繰り出す一撃は、店売り武器でもアニールブレードよりも高い威力を発揮した。まあ使い勝手が良い片手直剣が主武装なのは変わらないが、気分転換としてたまに使ってみるのもいいだろう。

 そして――

 

「大丈夫か! 手を貸すぞ!」

「おお、あんたか! 悪い、援護頼む!」

 

 前衛(タンク)が消耗している三人パーティを見付けたので、前を支えるためにコボルト三体のタゲを引き受ける。

 このパーティはレベルがそれなりにあったようで、数分足らずでコボルトを殲滅した。

 

「ふー、ちょっと危なかったな。ありがとよ、セドリック」

「いや、大丈夫だ。だが、いくらレベルがあっても油断するなよ。クリティカルを貰ったら死にかねないぞ」

 

 面目ない、とタンクの男が頭をさする。

 

「助けてもらった身で言うのもなんだけど、今から街に戻るつもりなんだ。回復の時間も掛かるし、護衛ついでに一緒に来てくれないか、セドリック?」

 

 迷宮区の入口までなら構わない、と頷き、先導して歩き出す。

 

「あんた達、俺の名前を知っているのか?」

 

 先頭を歩きながら、俺はそう聞いた。

 この三人に見覚えはある。何度か迷宮ですれ違ったこともあるし、ソードスキルの特訓にも居た。

 しかし、名前までは聞いていない。お互いにそうだと思っていたのだが、どうやら向こうは俺の名を知っているようだった。

 

「赤い鎧の騎士『セドリック』だろ? 知ってる奴はそこそこいるぜ。あんたに世話になったダチもいるしな」

 

 ま、オレも世話になってるけどな、と続けて陽気に笑った。

 

「名前については、情報屋がお前のこと売ってたぞ」

 

 なるほど。あの情報屋(ねずみ)、本当に俺の名前を売ったらしい。

 今度会ったらいくらになったのか聞いてみるか、と内心で考える。

 

「けど、セドリック。あんたソロだったんだな。てっきりどこかのパーティに引き抜かれてるのかと思ったけど」

「ああ、まあな」

 

 本当は人と関わるのが不得意なだけだが、それを言う必要はないだろう。

 

「誰かと組もうとか考えてないのか?」

「今のところはな。一人のほうが気楽に動ける」

「それもそうだろうけど……もうすぐ組むのが必要になることもあると思うぜ?」

 

 なんだその言い方は、と聞き返す。

 

「噂じゃ迷宮区の19階に到達したパーティがいるらしい」

「19階、だと……?」

 

 俺達がさっきまでいたのは18階だ。それよりもさらに進んでいるということになる。

 更に言うなら、確か迷宮区は全部で20階だったはずだ。

 

「それは、つまり――」

「ああ」

 

 ――もうすぐ迷宮区を踏破できるかもしれない。

 

 

 

 

 男達から聞くと、今日の四時からトールバーナでボス攻略会議が開かれるという。初耳だ。俺は彼らを入り口まで送った後、また迷宮に潜ってレベリングをするつもりだったが、会議のことを聞いて一緒に街へ戻ることにした。

 

「何時からなんだ?」

「えーと、4時からとか言ってたな。あそこの噴水広場でやるらしい」

「わかった。では」

「おう。今日はサンキューな、セドリック」

 

 お互い様だ、と答え、北口の門で別れる。

 4時、か。どう時間をつぶしたものか。

 

「……ひとまず、武器の修理をしておくか」

 

 そう呟きながら武具屋へ向かって修理を頼むと、売り物に変化が無いかを確認する。

 剣も盾も、陳列された商品に変化はない。俺が今装備している鎧と盾が一番性能が良い

 

「……一層では今の装備が限界かもな」

 

 もしかしたら、他の村のクエストで強力な剣が見つかったり、店に売り出されることもあるかもしれないが――アニールブレードはレイが俺に残してくれた剣だ。しばらくはこれで戦っていきたい。

 修理を終えた剣を腰に装備しなおすと、小腹を満たすためにパン屋へ向かう。

 

「さて、何を食おうか――」

 

 そう考えて商品を眺めていると、やけにフードを目深に被った人物が売り場に入ってきた。

 背は低く、しかし物々しさを感じさせるその人物だが、俺はその場を退いて先を譲る。何を買うかも決めていないのに、場所を取っていては迷惑だ。

 俺の行動に気づいたその人は、俺に向かって小さく会釈をした。

 

(……悪い人ではなさそうだ)

 

 顔は見えないが、礼儀はある。どうやら剣士のようで、腰に装備されているのは珍しい細剣(レイピア)だ。いや、レイピア自体は珍しくもなんともないのだが、使用者(フェンサー)を見たことがないので、単純に驚いた。

 もの珍しさもあって少し眺めてしまったが、その視線には気付かなかったようだ。フードを被っているせいもあるのだろう。

 その人物はパンを一つだけ購入し、人目を避けるようにそそくさと立ち去って行った。

 

「黒パンか……」

 

 今あの人が買っていったのは値段が一コルの素朴なパンだ。いい趣向をしている。俺も前から必ず買っているものだ。値段が安くそれなりに大きさもあり、固めではあるがしっかりとパンの味わいがある。そのシンプルなパンは――給食で出されたコッペパンが好きだったような――俺の質素な好みにかなり合っていたのだ。

 ほんの少しだけだが、謎の親近感が湧いた。まあ、見たこともない人だし、だからどうというわけではないが。

 ついでに菓子パンも購入して代金を支払い、手で弄びながら店の扉を開き――外に立っていた人物にぶつかりそうになった。

 

「っと、失礼」

「あ、いや。大丈夫だ」

 

 俺の謝罪に手を振って答えたのは少年だった。いや、少々背が低いのと、顔が童顔染みているからそう感じるだけか。背中に剣――アニールブレードを背負い、小さなチェストガードの上に灰色のコートを羽織った、黒髪のプレイヤー。

 

「「あ――」」

 

 顔を見ると、同時に声をあげた。

 何故なら、面識があるからだ。この青年とは迷宮区の奥で何度かすれ違ったことがある。

 言葉を交わしたことは無い。だが同じソロで、何よりも同じ剣(アニールブレード)を持っている片手剣使い(ソードマン)同士だ。お互いに興味を持つのは当然だろう。

 しかし、関わったことはなかった。かなりの実力者のようで、モンスターに苦戦していることも無かった。俺が助けることも、向こうに助けられることもなかった。

 つまりは顔を知っている、というだけだ。話すことがあるわけでもない。

 

「では」

 

 俺は軽く呟くように言うと、彼も「ああ」と頷き、店に入っていった。その場を後にし、いつかのベンチに座ってパンを齧った。

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