ソードアート・オンライン 一人の騎士として   作:ロア

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7話

 会議は5分遅れで始まった。5分前には広場の席の一番前に座っていた俺は「場所を間違えたのでは」と少々そわそわしていた。

 始まりは青髪の青年が声をあげ、丁寧にも今日集まったことへの感謝から始まった。

 

「今日は、オレの呼びかけに応じてくれてありがとう! 知っている人もいると思うけど、改めて自己紹介しとくな! オレは《ディアベル》、職業は気持ち的に《ナイト》やってます!」

 

 整った顔立ちに、爽やかな笑み。しかも《ナイト》ときた。俺も騎士(ナイト)と呼ばれたことはあるし、装備はディアベルと全く同じ――俺はアンダーを赤色に変えているが――だ。

 しかし、深く人と関わらずに手を貸すだけの俺と、前に立って率先して発言するディアベル。同じ《騎士》を目指していても、その在り方は正反対だなと感じた。

 

「今日、オレたちのパーティーが、あの塔の最上階に続く階段を発見した」

 

 あの塔、と次の階層に続く塔を指して言った言葉に、集まっていたプレイヤーがざわめいた。ほう、と俺も声を漏らした。19階まで到達したどころか、次への階段を見つけるほどにマッピングが進んでいたのだ。

 その言葉を皮切りに、ディアベルはすらすらと言葉を並べていく。

 ここまで一か月も掛かったが、ボスを倒して二層へ到達し――このゲームがクリアできるということを、はじまりの街で待っている皆に伝えなくてはならない。そう述べた。

 当然、場は盛り上がる。その通りだと同調し、騎士を囃し立てる声が広場に響く。

 良い気合と目標だ、と俺も思った。しかし、はじまりの街――と俺はソーヤのことを思い浮かべ、とある考えが頭をよぎった。

 そんな筈は無い、と頭を振って、意識の外へ追いやろうとする。それでも、その考えは頭から離れなかった。

 

(ソーヤは、もしかしたら――)

 

 ――ゲームがクリアされるのを望まない(・・・・)かもしれない。

 

 なんとなく、そう思った。もしクリアして現実に戻れば――蒼斗(ソーヤ)は、一輝(レイ)を亡くしたという現実に向き合わなければならないのだから。

 そこまで考えて、俺はどこか他人事のように考えていることに気付いた。

 

 一輝(レイ)を失ったのは、俺も同じだというのに。

 

 ああ、そうか。きっと俺は、信じていないのだろう。このゲームから消えたとしても、現実で生きている可能性も()()()()()()()()。その可能性にすがり、考えないようにしている。

 ――それと同時に、俺以上に絶望している蒼斗を見てしまったからには、俺が取り乱すわけにはいかない。そう思ったのも理由の一つだ。蒼斗が絶望している様を見たからこそ、どこか冷めるように冷静になった、という側面もあるが。

 

「ちょお待ってんか、ナイトはん」

 

 そんな声を聞いて、俺の思考は中断された。

 俺の隣の人垣が別れ、中にいた男が不機嫌そうな面で立っていた。

 まるで何かの冗談のようにとげとげしいヘアスタイルをした片手剣使いだ。少なくとも、前線で見た覚えはない。あんな特徴的な男は、一度見れば忘れないだろう。

 男は言いたいことがあると告げ、キバオウと名乗った。

 

「こん中に、5人か10人、詫びぃ入れなあかんやつがおるはずや」

 

 何を言っているのか、俺にはわからなかった。あんな見た目と話し方だし――まあ偏見ではあるが――、因縁をつけるのは得意分野なのだろう。

 どのみち、俺には関係ない。そう構えていた俺だが、その「詫びを入れなければならない者」が元ベータテスターであると発言した。

 

「なに……?」

 

 最前列に座っていた俺のつぶやきを耳ざとく聞きつけ、キバオウは俺に目を向けた。

 

「決まっとるやろ!」

 

 そう吠えると、俺にモノを聞かせるように話し始める。

 ベータテスターはこのゲームが始まった途端、ビギナーを見捨てて自分たちだけ率先して街から出て行き、割の良い狩場やクエストを独り占めした。だから、ボス攻略のために稼いだアイテムと情報を提供しろ、という。

 キバオウの言葉に賛同するプレイヤーもちらほら見える。元テスターをあぶり出そうとでもしているのか――ともあれ、キバオウのその発言は、俺にとって気に障るものだった。

 

「それは違う」

 

 だから、そう否定する。キバオウの目が睨むように鋭くなる。

 

「俺はベータテスターの友人に師事し、スキルの使い方やクエストの情報をもらった。そのお陰で俺は今まで生き残ってこれた」

「せやから独り占めはしとらん、とでも言いたいんか? あんたの言うことが正しかろうと、結局は身内で馴れ合っとっただけやろうが!」

「それはアンタの考え方で――」

「だったらそのお友達は!」

 

 俺の言葉を遮り、キバオウは続ける。

 

「身内にだけじゃなく、もっと大勢に教えるべきだったんちゃうんか!? そのせいで二千人が死んだんやぞッ! なんも知らん初心者や、他のMMOでトップ張ってたベテランまでが二千人もな!」

 

 その剣幕に俺はたじろぎ――今の言葉を反芻する。

 二千人が死んだ。()()()()()()()()()が、二千人も死んだ。

 ――ベータテスターのせい、で?

 

「そのベータテスターのお友達が、せめて情報だけでも置いて行ってくれれば、死ぬことはなかったやろうな! せやから文句を言いたいゆうとんじゃ!」

「二千人……ゲームが始まってからの死者が……すべてベータテスターの責任だと――?」

「そうや! ちょうどええ、あんたのお友達を連れてきぃや! 今からでも知っとること吐いてもらって――」

「ふざけるなっ!!」

 

 俺は怒鳴った。唐突なそれに、さすがのキバオウも押し黙り、俺の言葉の続きを待つ。

 

「死者二千人と言ったな――そのうちの一人は、お前が言う《ベータテスター》の友人なんだぞっ!」

 

 その言葉に、周りがざわめくのを感じた。さしものキバオウも、目を見開いて驚く。

 

「なんやと――」

「死んだんだよ、《元ベータテスター》が! あの赤ローブのチュートリアルも始まる前に! 『実付きネペント』の処理にしくじって死に戻りした時になっ!」

 

 だん、と音を立てて立ち上がり、今まで以上の声量で吼える。

 

「現実で死ぬなんて知らずに! 知る機会すら無くて! 誰よりも、何よりも理不尽に死んでいったんだ!」

 

 叫びながら、そこで俺は初めて『レイの死』を実感していくのを感じた。

 自分の口で、自分で言葉にすることで、その死が現実味を帯びていくのを感じた。

 一瞬浮かびかけた涙をこらえるように歯を食いしばり、キバオウにつかみかかる。

 

「だから俺は――っ!」

 

 その時、俺の肩に手が置かれた。激情のままに振り向くと、禿頭の偉丈夫が立っていた。まるで洋画に出てくるような、お手本のような巨漢の黒人。思わず毒気を抜かれ、ぽかんとして見上げてしまう。

 その不躾な視線を男はしっかりと見つめ返し、ゆっくりと首を振る。そこで俺は今の状況に気付き、急速に頭が冷えていくのを感じた。

 キバオウの襟首を掴んでいた手を放し、すまない、とつぶやくように謝罪する。彼も「いや、気にせんで構わん」とばつの悪そうな顔で答えた。

 

「水を差すようだが、発言構わないか?」

 

 キバオウとディアベルと、そして俺に目を向けて聞いてくる。

 頷き、戻るタイミングを逃した俺はキバオウに並ぶようにして場所を空ける。

 

「オレはエギルだ」

 

 そう名乗った男の話は筋の通ったものだった。なによりもキバオウ自身が再三言った『情報』の提供。

 それは、『アルゴのガイドブック』という形で提供されていた。その情報の量や速さからして、これを提供したのは元ベータテスター以外にはありえない、と。

 

(ということは……アルゴはベータテスターなのか? それとも、ベータテスターから情報を仕入れて披露しているのか――)

 

 俺が考え込んでいると、今まで成り行きを見守っていたディアベルがエギルの発言を讃え、キバオウをいさめる。元テスターだからこそ、ボス攻略にはきっと必要なはずだ、と。これから探索を続けてボスの部屋に辿り着けば、再び会議を行いたい。そう締め括って解散させる。

 

「悪かったのぉ。気ぃ悪くさせてもうて」

 

 キバオウが去り際に、そう声をかけてくれた。俺は首を振って気にするな、と答える。キバオウはあまり表情を変えなかったが、やはりどこか申し訳なさそうな雰囲気を醸し出していた。

 そうして人がまばらになった時、ディアベルは俺の肩に手を置いた。

 

「――セドリック。辛いことを思い出させてしまってすまない。オレからも謝らせてくれ」

「……ああ、大丈夫だ。取り乱してしまってすまなかった。ディアベル」

 

 俺の言葉にディアベルは真剣な顔で頷く。そして、少し迷うような素振りを見せたのち、意を決したように、つとめて明るい口調で話し始めた。

 

「なあセドリック。もしよければ、オレ達のパーティーに入らないか?」

「……なに?」

「もちろん、これからずっとってわけじゃない。ボスの部屋を見つけるまでだけでもいい。協力してほしいんだ」

 

 ディアベルはそう言って俺を見つめた。

 俺はすぐには答えなかった。当然だ。勧誘するにしても唐突すぎる。

 

「いったい何が目的だ?」

 

 その誘いは俺を評価しているのか。それともこの状況を利用し、自分の味方を増やそうとでも――

 

「実は、きみのことは前から知っていたんだ」

 

 俺の疑問を察したようで、ディアベルは笑って話し始める。

 

「俺を知っていた?」

「以前、この街で対ソードスキルの訓練をやっていただろう? 迷宮区でも沢山のプレイヤーに手を貸しているって聞いた。なのに、お礼も報酬も要求しない――それを聞いて思ったんだ。きみは――セドリックはきっと、オレなんかよりも立派な騎士(ナイト)になるだろう、って」

「いや、そんな。俺は頼まれたから請け負っただけだ。ディアベルのように率先して皆を引っ張るほうが、よほど騎士(ナイト)らしい」

「ははっ――そう言ってもらえると嬉しいよ」

 

 ディアベルの無邪気にも思える笑顔に、俺もつられて笑う。

 

「だからセドリック。オレはきみを気に入ってる。同じ《ナイト》同士だし、きっとオレ達はいいチームになれるさ!」

「ああ……そうかもな。よろしく頼む、ディアベル」

 

 そう言って俺が差し出した手を握り返し、ディアベルはこちらこそ、と頷いた。

 

 

 

 

 翌日。ディアベルの仲間に紹介されつつ、六人で迷宮区20階の探索を進めた。

 よく統率のとれたチームだった。片手剣や曲刀を持った機動力重視のパーティだったが、敵の攻撃を防ぎ、もしくは相殺する前衛と、ダメージディーラーの役割でそれぞれ分かれている。俺は筋力重視のステータスと武器なので、ダメージディーラーを請け負うことになった。

 出現する敵はコボルト数体だが、ソードスキルを相殺した隙に斬り込むことで、無駄なく敵を殲滅する。

 集団戦とはここまで楽なのか、と思わず声が漏れた。そのつぶやきにシミター使いの男――自己紹介ではリンドと名乗った――が気付き、俺の肩を小突く。

 

「どうだ? ソロとはかなり違うんじゃないか?」

「ああ。今まではコボルト一体にすら真剣勝負だったからな。こんなにもあっさり倒してしまうとは――」

「パーティーもいいもんだろ? 何よりもうちにはディアベルさんがいるからな」

 

 そういきいきとした表情で、リンドは先頭を歩くディアベルを見た。

 ディアベルを見るその目は、尊敬と信頼。まるで、俺とソーヤがレイを見るときのような――

 

「おい、見ろっ!」

 

 その時、ディアベルが声をあげた。敵かと思った俺はアニールブレードに手を掛けたが、彼の表情はとても嬉しそうなものだった。

 その指の先には、巨大な二枚扉。

 

「あれは、まさか――」

「ああ、ボスの部屋だよ!」

 

 その言葉に、全員が歓声をあげた。迷宮に響き渡るそれを聞きながら俺はディアベルに近寄り、どうする、と声をかける。

 

「マッピングはできた。このまま戻って攻略会議を開くか?」

「――いや。ボスの部屋に入ってみよう」

 

 その言葉に、俺だけではなく全員が驚いた。

 

「もちろん、倒すわけじゃない。偵察だ。ボスの姿や名前、扱う武器やスキルに至るまで、少しでも情報を集めるんだ。厳しい戦いになるかもしれないが――協力してくれるか?」

 

 ディアベルの言葉に俺達は少しの間顔を見合わせ、そして頷いた。俺とディアベルが二枚扉の両側に配置し、同時に押す。

 少し押せば、自動的に開く仕組みのようだった。ゆっくりと開く扉の向こうを注視し、ディアベルが前に出る。俺もその横に並ぶように動き、剣と盾を構える。

 そして明かりが順に点いていき、ボス部屋を照らした。

 

 

 

 

 そして夕方。前回と同じ場所で会議を開いた。

 ボスは、巨大なコボルト《イルファング・ザ・コボルトロード》。片手斧と盾を持っていたが、腰の後ろに曲刀のようなシルエットの剣が装備されていた。シミターかカトラスか、ドゥサックか、それともシャシュカでも佩いているのかはわからないが、あの武器が隠し玉(メイン)なのは明らかだった。さらに、取り巻きにコボルトが三匹ポップした。

 きっと体力が減るとあの曲刀に持ち変えるのだろう。そう考えていると、とあるプレイヤーが声をあげた。

 

「新しいガイドブックが出てるぞー!」

 

 内容はボスの細かい情報だった。皆で購入(まあ無料なのだが)し、真剣に内容を読み込む。

 これによると、あの曲刀はタルワール――確かインドあたりで使われる刀剣だ――だそうだ。当然、曲刀カテゴリのソードスキルを使用してくると記載されており、その種類と予備動作も丁寧に書かれている。

 そして、取り巻きのコボルトはボスのHPが減るたび、三度ポップしてくるという。面倒だな、と呟く。ボス戦に出てくる雑魚敵は、下手をすればボス本体よりも厄介になる場合がある。

 

「雑魚を処理するのを優先したほうがいいな」

 

 俺の言葉にディアベルはそうだな、と呟いたがすぐに首を振り、

 

「いや、それよりも取り巻きを相手するパーティーを設定したほうがいい。役割分担をしっかりとしよう」

「了解だ」

 

 ガイドブックを片手で閉じ――裏表紙の赤い文字が目に入る。『情報はSAOベータテスト時のものです。現行版では変更されている可能性があります』、とある。

 

「……それでも、貴重な情報だ」

 

 俺はディアベルに頷きかけ、会議を進めるように進言した。

 

「みんな、聞いてくれ! これから入念に情報を整理していきたい!」

 

 そして会議はパーティー分けとアイテム分配の取り決めをして終了した。俺はアタッカーであるD隊のリーダーとなった。

 俺なんかがリーダーでいいのかと不安を覚えたが、「お前なら信用できる」とパーティーメンバーに肩を叩かれ、なし崩しに任されることになった。

 ディアベルはもちろん、エギルやキバオウもそれぞれ分隊のリーダーとなっていた。

 

(……そういえば、あの青年は?)

 

 黒髪で灰色コートの片手剣使い。彼も相当な実力者であるはずだ。姿を探すと、以前パン屋で見た、物々しいフードのプレイヤーと二人でパーティーを組んでいた。少し離れたところの二人を見る限り、どうやらあぶれたようだが、コンビではパーティーとしての役割は任せられるか不安が残る。俺の危惧を聞いたディアベルは彼らに対し、

 

「君たちは、取り巻きコボルトの潰し残しが出ないように、E隊のサポートをお願いしていいかな」

 

 そう言った。E隊は取り巻きを処理する役割だ。フードのプレイヤーは反感を覚えたようだが、青年は「重要な役目だな。任せてくれ」とどこか飄々とした風に言った。

 ディアベルが次の内容に移る際、俺はその二人に声をかけた。

 

「損な役回りですまない。だが取り巻きとはいえ、くれぐれも慎重に頼む」

「……失敗すれば貴方達に迷惑がかかるから?」

「失敗すれば、お前達の命が危険だからだ」

 

 フードを被ったプレイヤーの不機嫌そうな言葉に、間髪入れずにそう返す。フードを被った頭が俺の言葉に面食らったように押し黙ったが、少しの間を置いて、

 

「……そう」

 

 と返してきた。そして、そう返された声が女性のものだったことにようやく気付き、俺は思わず目を見張った。

 女性プレイヤーなど珍しい。助太刀したパーティに何度か女性が居たことはあるが、ボス攻略に出てくるようなレベルを有している人はいなかったように思うが。

 

「あー、その。心配してくれてありがとう。俺達は大丈夫だ。あんたもボスの相手をするんだし、気を付けろよ」

 

 青年はそう答えながら、フードの彼女を目で示してばつが悪そうに笑う。あまり口外しない方がいい、という意図だろう。確かに、こんなむさ苦しい場所で公言するのはよくない。そういった意図を汲み取り、俺も苦笑して頷いた。

 

「ああ、任せておけ。では、俺はこれで」

 

 頷く二人。コンビではあるが、この二人の相性は悪くなさそうだ。なんとなくそう感じた。

 

「セドリック! ちょっと来てくれないか!」

「ああ、すぐに向かう!」

 

 

 

 

 やれやれ、とトールバーナの宿に戻って椅子に腰掛け、ぐったりと背に持たれる。

 

(これが、酩酊ってやつか……?)

 

 あれから幾つかの細かな作戦会議の後、士気を高めるための前哨戦(えんかい)が催された。その中には酒もあり、未成年の俺は飲むべきか否かを真剣に葛藤したのだが、結局煽ってしまった。

 飲んだ際、ほのかな甘味と、飲み込んだあとに込み上げてくる熱っぽさを感じた。アルコールを摂取すればきっと現実でもこうなるのだろう。プラシーボ効果かもしれないが。

 だが、不快ではない。心なしか、少々興奮状態にある。もしかしたら一時的にパラメータも上がっているかもしれない。

 酒にパラメータ上昇の効果があってもおかしくは無いな、と考えていると、扉がノックされた。

 おう、と答えてから、「そういえば声は通らないんだった」と思い出し、立ち上がって扉を開けた。

 立っていたのは()だった。

 

「……アルゴ? なんだ、こんなところに」

「よう、セド君。悪いが急ぎの用なんダ」

 

 なんだ、と聞く前にアルゴは言葉をかぶせてきた。

 

「アイテムトレードのことは知ってるナ?」

「トレード……」

 

 デスゲーム初日に、ソーヤが自分のすべてを俺に渡してきたことを思い出す。

 

「ああ……プレイヤー間の取引ってことしか知らん」

「オレっちはその仲介――まあ正確にはメッセンジャーだけど――も請け負ってるんダ」

「働き者だな」

「ありがとヨ。で、《セドリック》の武器を購入したいって話が出てル」

「……はあ?」

 

 俺の武器? アニールブレードのことか?

 

「なんためにだよ」

「理由はよくわからン。が、同じ剣を持ってる他のプレイヤーにも話が出てるし、レア物の剣が欲しいんじゃないカ?」

 

 その口調は随分と投げやりだ。疲れているのだろうか。

 

「そもそも、その相手とやらは誰なんだよ? なんでわざわざ俺の剣を欲しがるんだ?」

「聞いてもいいけど、それも情報料をいただくヨ」

「なんだと……」

「オレっちは情報を売る方でも、売らない方でも商売してるんダ。知りたけりゃ(コル)を払うんだナ」

「はっ……大した商売女だな。そのうち金が貯まったらお前の胸のサイズでも教えてくれよ」

 

 その言葉に、さすがのアルゴもむっとした表情になり――おや、と呟いた。

 

「ああ……さっきから言葉遣いが変だと思ったラ。酔ってるんだな、セド君」

「ん……そう……かもしれん?」

「ははぁん……紳士でお人よしな騎士様も、酔うと横暴なセクハラ男、ってことカ」

 

 ニヤニヤとアルゴが言う。

 

 ――もしかして今、俺にとって非常に不利益な情報が渡ってしまったんじゃないか。

 

 このままではいかん。効果があるかはわからないが、ストレージから水瓶を取り出して一気に飲み干す。

 ぷはぁ、と俺が飲み切るのを待って、アルゴが切り出してくる。

 

「ちなみにSAOじゃ酒を飲んでも酔っぱらうことは無いゾ」

「なにっ――」

「きっとセド君は雰囲気に酔ったんだナァ」

 

 ニヤニヤ。その嗤いと共に呟かれた情報に、自分が『酔った振りをして女性に不埒を働く下劣な男』だということを思い知らされ、俺は顔を覆って天を仰いだ。

 もっと簡単に言えば、絶望した。自分は誠実な人間であろうとしていたのに。

 

「で、どうするんダ? 金を払うのか払わないのカ」

 

 やけに楽しそうな声で聴かれ、少し冷えた頭でゆっくりと思考し、慎重に発言する。

 

「まずは買い取り依頼に関してだ。断らせてもらう」

「アイヨ」

「……えらく簡単に引き下がるんだな」

「セド君に関してはそこまでご執心じゃ無いっぽくてナ。買えないならそれで構わないそーダ」

 

 つまりは、俺から買えなくても不利益にはならない、ということだろうか。

 むう、と考え込み、

 

「……では質問を変える。ほかのプレイヤーにも話が行ってると言っていたな。それは何人だ?」

「100コル」

「……わかった。払わせてもらう」

 

 素早くウインドウを操作し、送金する。

 

「今のところ、アニールブレードの購入を持ち掛けられてるのはセド君ともう一人だけダ」

「そのもう一人の名は?」

「200コル」

「聞かせてくれ」

 

 送金。

 

「名前はキリト(kirito)。セド君は会ったことも話したこともあるゾ」

「キリト……」

 

 その名前を呟き、考え込む。俺と話したことがあり、アニールブレードを持っているプレイヤー――と、そこでつい数時間前に話した男を思い出した。

 

「――あの黒髪で、灰色コートの少年か?」

「ン」

 

 頷くアルゴ。

 

「あの剣士は、キリトという名前なのか……」

「もういいカ?」

「ああ、ちょっと待て。なぜ俺とキリトだけに持ち掛けられているんだ?」

「それに関しては、売れる情報は無いな」

 

 聞いていない、ということか。情報屋も、知らない情報を提供することはできないだろう。

 

「では、俺とキリトの共通点は?」

「400コル」

「ちっ……」

 

 送金する。これでも前線に潜って日々戦っているのだ。このくらい端金だ。

 

「セド君とキー坊の共通点カー」

 

 顎に手を当てて少し考え込み、あっけらかんと言い放つ。

 

「無いナ」

手前(テメェ)

「そうおっかない顔するナ。本当に共通点は無いんだヨ。背モ、顔モ、戦闘スタイルモ、性格モ、女癖の悪さモ、財布の紐の緩さモ」

「ふむ……ならば、なおさら解せんな」

 

 そう考え込み始めた俺を見てアルゴが、

 

「満足したカ? じゃあオレっちはこれデ」

「待て。情報屋にあと一つだけ聞きたい」

「なんだヨ。オレっちも暇じゃないんだゾ」

 

 この時の俺は、やはり宴会の興奮が残っていたのだろう。

 頭が冷え切っておらず、図に乗っていた時の勢いのまま、言葉を紡いだ。

 

()()()()()()プレイヤーはどうなっている?」

 

 だから、そんなことを聞いてしまった。

 しかしそれを聞いてもアルゴの表情に変化は無い。意図的に無表情を保っているのだろう。

 

「……SAOのプレイヤーは全て、はじまりの街の『黒鉄宮』にある石碑に名前が刻まれてル。死亡したプレイヤーの名前には線がひかれ、死亡時刻と原因が書き込まれるんダ。それ以外には情報は無イ」

「……そうなのか。初めて知ったよ」

 

 いつになるかはわからないが、必ず見に行かなくてはならないだろう。

 じゃあ次だが、と俺は続けた。

 

「あと一つって言ったロ」

「質問は、な。これは依頼だよ」

 

 俺は1000コルほどをストレージから取り出す。ちゃり、という音と共に、革袋が実体化される。

 

「この金を、はじまりの街に居る《ソーヤ》というプレイヤーに届けてほしい。頼めるか?」

「ソーヤ……聞いたことない名前だけど、依頼なら引き受けるヨ。スペルは?」

「soyaだ。昔のままなら青髪で、小柄だ」

「何か伝えることはあるカ?」

 

 一瞬口を開き、閉じる。少しの逡巡の後、そうだな、と切り出し、

 

「『金で許してもらおうとは思ったわけではない。だが、少しでも前を向いてほしい』と」

「ン……わかったヨ」

 

 さすがというべきか、言葉の意味を追求してくることはなかった。

 

「依頼金はどれくらいだ?」

「ンー。はじまりの街までなら、200コルってとこかな。人探しの代金はまけとくヨ」

「いいのか? 前もまけてもらったが」

「このくらいいいサ。セド君は()()()だしナ」

 

 なにか含みのある物言いだった。まるで後ろめたいことがあるかのような言い方に、俺は首をかしげた。

 それを追求する前にアルゴはニヤリと笑い、

 

「ま、情報料で充分貰ったしナ!」

「金輪際お前から情報は買わん」

 

 悪どい商売に騙された俺が憮然と言い放つと、冗談冗談、とアルゴは笑った。

 

「それじゃ、今後とも御贔屓にナ」

「ああ――依頼の件、頼む」

「任せときナ」

 

 そう言ってアルゴは踵を返して歩いていった。

 

「……こんなことを頼んで、すまない」

 

 俺はその背中を見送りながら、呟くように謝罪した。

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