ソードアート・オンライン 一人の騎士として   作:ロア

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8話

 ざっ、ざっ、と土を踏む音が、迷宮区に入るとコツ、コツ、という堅い音に変わる。

 それが大人数で行進すれば、それなりのサウンドエフェクトとなって響き渡る。

 この足音はモンスターのポップに関係するのだろうか。そう内心で考えながら、俺達は雑魚を殲滅し続け、とうとうボスの部屋の前へ辿り着いた。

 ディアベルが剣を床に突き立て、堂々とした振る舞いで声をあげ、士気を高める。

 俺はその鬨の声を聞きながら、静かに戦意を高揚させていた。

 どくどくと、胸が高鳴っていく。仮想現実であるというのに、呼吸がわずかに苦しくなるような錯覚も覚える。

 しかし、不快ではない。

 

「ふーっ……」

 

 息を吐き出し、僅かでも身体を落ち着かせようとする。

 武者震いとでもいうのか。それとも、自分では気付いていないだけで、恐怖しているのか。

 だが、やはり不快ではなかった。そもそも、高揚感は良い緊張の表れだ。極端な緊張は悪影響であるが、程よい緊張に包まれた身体は、普段よりも格段に動きが良くなるものだ。

 まあ、VRではあまり関係ないかもしれないが。

 ディアベルが扉を開けて突入すると、俺は真っ先に剣を抜き、それに続いた。

 ディアベルの隣に並び、お互いに頷き合う。俺たちの後ろにチームのメンバーが追い付き、タンクの部隊が前に躍り出る。

 

 ゆっくりと部屋に灯りがついていき、そしてボスの姿を明るく照らす。

 赤く、獰猛な顔。雑魚のコボルトとは比べ物にならない巨大な体躯。盾と片手斧を携え、腰の後ろに湾刀を佩いている。

 イルファング・ザ・コボルトロード。その名前が表示されると同時、コボルトの王はその口を開き、咆哮した。

 

「戦闘、開始!」

 

 隣から発せられたその言葉に、今度こそ俺も大きく鬨の声をあげた。

 

 

 

 

 ディアベル率いるC隊が、四段あるHPのうち一本目を削り切った。

 

「アタッカーをD隊へ交代する! セドリック、頼むぞ!」

「了解した!」

 

 ディアベルのその言葉に、何時でも支援に入れるように構えていた俺達D隊が突撃する。

 ヘイトはB隊が引き付けてくれているし、既に行動パターンは見極めている。俺達は大振りな攻撃の隙に、単発のソードスキルを叩き込む。

 同じ箇所に連続で打ち込まれてコボルトロードが僅かに怯み、真っ先に斬りかかった俺へと視線を向けた。

 

(来る――っ)

「セドリック! 凌ぐんだ!」

 

 ディアベルの声を聞きながら、俺は意識を集中し、背を向けずにその場で身構えた。下手に逃げようとするのは危険だ。

 大上段に振りかぶられた右手の斧を見て、俺は向かって左側へ身を投げ出すようにして跳んだ。俺が立っていた場所へ、斧が凄まじい勢いで叩き付けられる。

 即座に床を転がって立ち上がり、追撃に備える。コボルトロードの腕は俺へと引き絞るように構えられている。

 

「薙ぎ払いっ!」

 

 俺は姿勢を低くし、盾を構えた。斧は盾に打ち付けられるが、しかしその表面を滑るようにして俺の上を通過する。

 受け流しは成功。次は――

 

「っ!? ちぃっ!」

 

 向き直ると同時、即座に切り返してきた斧が盾に叩き付けられた。俺は凄まじい衝撃に呻き、しかし足を踏ん張って受けきった。

 体勢が悪かったせいで、わずかな硬直を強いられる。その隙を逃さず、コボルトロードの構えた斧が光を帯びた。

 ソードスキルだ。俺は硬直が解けると咄嗟に剣を構え、袈裟に振り下ろされる斧にホリゾンタルで斬り結んだ。

 ほんの一瞬拮抗したが、俺が全霊の威力ブーストで打ち込んだそれは、奇跡的な割合で奴のスキルを相殺した。

 おおっ、と周りがどよめくのを聞き、

 

「アタック!」

 

 俺は腕を弾かれながらそう叫んだ。コボルトロードのソードスキルを相殺して生まれた隙に、D隊だけでなく、B隊も乗じてスキルを打ち込んだ。

 またもや発生したコボルトロードの怯み。HPも眼に見えて減少する。俺は今度こそバックステップを繰り返して距離を取り、知らぬうちに止めていた呼吸を再開する。

 

「無事か、セドリック!」

「ああ、なんとかな!」

 

 答えながら、ポーションを煽った。僅かだがダメージが盾越しに伝わってきた。飲んでおくにこしたことはない。

 

「油断するなよ! 危なくなったらすぐに交代させる! 焦らずやるんだ!」

「ああ!」

 

 ディアベルの激励に応える。

 正直、今のは血の気が引いた。僅かでも盾の位置がずれていれば食らっていたかもしれない。

 パラメーターを筋力に全振りしているならともかく、敏捷にも振っている俺は、コボルトロードと斬り結ぶのはそれこそ命懸けだ。

 その時、B隊のエギルが硬直時間を作り出した。

 

「ソードスキルっ! 打ち込め!」

 

 飛び込み、がら空きの腹にアニールブレードを叩き込む。短い硬直時間が終わると同時に飛び退き、B隊が威嚇(ハウル)でヘイトを稼ぐ。

 

(……良い流れだ)

 

 俺はそう感じた。攻撃と陽動がはっきりとしていて、それぞれの役割に集中できる。タイミングがしっかりと見極められ、無駄の無い攻勢に出られる。

 それは、ディアベルの指揮の賜物だ。

 カリスマ性がある、とでも言うのか。指示を聞くと身体が勝手に動くと錯覚するほどに、スムーズな行動に移れる。

 天賦の才だ。よく通る声、堂々とした喋り方、戦闘の呼吸。すべてが噛み合い、ディアベルという男を騎士たらしめている。

 

(ディアベルについていけば……)

 

 彼はきっと、俺を活かしてくれる。

 それこそレイのように俺を導いてくれる。

 俺が胸を張って騎士として生きていけるように、先陣を切ってくれるだろう。

 

「う――おおおおぉぉぉぉぉっ!」

 

 そんな高揚を感じながら、俺は咆哮をあげる。

 全力のソードスキルを、コボルトロードに叩き込んだ。

 

 

 

 

 HPの二段目を俺達D隊が削り、さらに三段目を削り切った。

 最後の一段に突入した際、大きな歓声があがる。

 コボルトロードが咆哮し、両手の盾と斧を放り投げた。

 

「全員後退! C隊、行くぞ!」

 

 ディアベルが先導し、コボルトロードを取り囲む。腰の後ろに回された手が、湾刀の柄を握り、鞘代わりのボロ布を振り払った。

 掲げられた刃は、きれいな鋼色で光を反射した。

 

「――っ」

 

 その刃は、タルワールではありえなかった。

 俺はそれなりに刀剣の知識がある。だからこそわかる。

 タルワールは、刃に波紋など浮かんでいない。

 

「あれは――」

 

 あのような波紋が浮かぶのは、研ぎ上げられた日本刀の類しかありえない。あの長さは大太刀――もしくは野太刀と呼ばれる種類の日本刀だろう。

 俺がそう判断した途端、コボルトロードは高く飛び上がり、回転しながら刀を薙ぎ払った。

 範囲攻撃。コボルトロードを囲んでいたC隊が、すべて薙ぎ払われた。

 あまりにも突然だったその流れに、俺は咄嗟に動けなかった。

 だから。

 スタン状態になって動けなかったディアベルに。

 目にも止まらぬ三連撃が打ち込まれるのを、目の前で見ることになった。

 

「ディア――」

 

 弾き飛ばされる。地面に叩きつけられ、滑りながらもHPは減少し続けていく。

 黒髪の青年――キリトが駆けつけると同時、ディアベルの身体はポリゴンの破片となって爆散した。

 それは、モンスターの撃破エフェクトとはどこか違っていて。

 それは、あの日見たレイの死に様を彷彿とさせて。

 俺は無意識に叫びをあげていた。

 

 

 

 

 俺だけではない。ほぼ全員が、ディアベルの死に狂乱していた。

 リーダーであり、騎士であり、誰よりも頼りにしていたディアベルが、死んだ。

 あんなにも、あっさりと。

 

 ――最初に、レイが死んだ。

 ――次に、ディアベルが死んだ。

 ――なら、俺はいつ死ぬ?

 

 死への恐怖などない。現実でも死にかけたことなどないのだから、ゲームの中で死を実感することなど、あるわけがない。ゲームでの死が現実の死になる――それが嘘か真かはどうだっていい。

 

 けれど、もう二度と会うことが叶わないというのは、何故か理解できた。

 

 俺にとって自分が生きるか死ぬかなど、どちらでもよかった。現実世界での目的も、将来の夢も無い。()()()()()()()()()()()()()()()

 俺にとって、さして生きる意味など無いのだ。

 だから正直に言ってしまうと、俺は自分の生死はどうでもよかった。

 俺にとって重要なのは、友を亡くしたということ。

 ()()、目の前で亡くしてしまったということ。

 

 ――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

(俺はまた――見ているだけだった)

 

 その事実に。

 ぞっとするほどの自己嫌悪が沸き上がる。

 

「セドリック!」

 

 俺の腕を誰かがつかみ、引きずっていく。それが誰かはわからない。

 誰でもいい。放っておいてくれてかまわない。

 俺はもう、ここで死んだってかまわない。

 何も為すことができないのなら、生きていたって無意味だ。

 そんな呆然としていた頭が。

 意識を放棄していた俺の耳が。

 剣戟をとらえた。

 

(――剣?)

 

 ゆっくりと、それが聞こえる方向へ目を向けた。

 いつの間に動いたのか、黒髪の剣士――キリトと、フードを被っていた少女であろう二人が、コボルトロードと戦っているのが見えた。

 

(――戦っている)

 

 ――まだ、終わっていない……?

 

「……はっ!?」

 

 急速に意識が戻ってきた。頭を振り、まばたきを繰り返して覚醒させる。

 俺は何秒呆けていたのだろう。戦闘中に呆けるなど愚の骨頂だ。HPが減っていないのは奇跡に等しい。

 俺が意識を飛ばしていたその間が、何秒なのかはわからないが――その間、キリト達は狂乱していた俺達とは違い、たった二人でボスと戦っている。

 そう認識した途端、キリトがコボルトロードのスキルを食らって倒れた。

 

「――っ!」

 

 また、やられる――!

 少女がキリトを庇うように突っ込む。俺が息を漏らした途端、隣の男が駆け出した。

 エギルだ。両手斧を構え、追撃を仕掛けようとしたコボルトロードの野太刀を弾き返した。

 それを見届ける前に、今度こそ俺は駆け出していた。死なせるわけにはいかない。あの黒髪の剣士を。その隣に立つ少女を。そう無意識に感じ取り、俺は右手のアニールブレードを構えると、ノックバックしたコボルトロードに片手剣突進技《ソニックリープ》で斬り込んだ。

 

「――らぁ!」

 

 顔面に斬撃を叩きこまれ、コボルトロードが大きくひるんだ。

 硬直が解けると同時にバックステップで距離を取り、キリトと少女を確認する。

 ポーションを飲んでいたキリトは俺と目が合うと、感謝をにじませた表情で頷いた。

 コボルトロードがノックバックした隙にエギルだけではなく、他に4人のプレイヤーが戦線に復帰してきている。

 それを確認すると俺もキリトに頷き返し、二人を庇うように剣と盾を構えた。

 

 

 

 

「右水平斬り!」

 

 キリトの指示を聞くと同時、コボルトロードのソードスキルを盾を構えて防ぐ。

 曲刀スキルではありえない凄まじいスピードに俺は思わず呻くが、歯を食いしばってしのぎ切る。

 その隙に他のプレイヤーが攻撃してコボルトロードのHPを減らす。

 

「来るぞ!」

「おう!」

 

 タンクのプレイヤーが、両手剣で防ぐ。わずかな硬直も逃さず、少女がレイピアを打ち込んだ。

 コボルトロードがそちらを向こうとするが、俺の発動した威嚇(ハウル)でヘイトをこちらに向けさせる。

 刀が脇に構えられた。

 

「左斬り上げ!」

 

 キリトの声を聞きながら、俺はレイの――いや、一輝の言葉を思い出していた。

 

 ――迷宮区のサムライもどきが使うカタナスキルってのがあってな。めちゃくちゃ早くて、反応もできずに切り捨てられちまったよ。

 

 一輝は、カタナスキルに敗北したという。確かにこの速度は脅威だ。キリトの指示がなければ、俺は何度斬り捨てられているかわからない。

 それほどまでの速度と鋭さを前に、俺は心の中で込みあがってくるものを感じた。

 

(レイには越えられなかった壁――)

 

 盾に食い込みそうな程に鋭い刃に肝を冷やしながら、俺は自分を奮い立たせる。

 

(なら、これを凌げれば――っ!)

 

 カタナスキルを打ち破ることができれば、俺はレイを少しでも越えられるのではないか。

 そんな気持ちが、沸き上がってくる。

 

「うおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 またもや、俺の口から雄たけびが放たれる。盾で受け止めるのではなく、刀がぶつかる瞬間に、盾を突き出すようにしてバッシュで迎え撃った。

 金属が擦れあう音が響き、しかし大きな硬直をコボルトロードに強いる。

 それを確認するまでもなく、俺は叫んだ。

 

行動遅延(ディレイ)!」

 

 なぜなら、俺はこの効果を知っていたからだ。

 盾による防御において、何よりも重要なもの。

 それは所謂『ジャストガード』だ。攻撃が当たる瞬間にバッシュで武器を迎え打つことで、確実に隙を作ることができる。迷宮に籠もり、雑魚のコボルト相手に修練を積んでいた成果が、いまここで発揮できた。

 

「グッジョブ!」

 

 エギルが流暢に叫び、スキルを打ち込んだ。

 俺は少しずつ、自分が変わっていくのがわかった。神経が研ぎ澄まされ、身体が思い通りに動くのを感じる。

 盾で確実な隙を作りだし、攻撃を加える。盾持ちの基本に忠実なそれを、俺はこの時完璧にこなすことができていた。

 それに、言い知れぬ高揚感を抱いた。

 ハイになっていると言ってもいい。俺はこの時、おそらく獰猛な笑みすら浮かべていただろう。

 

 

 

 

 最終的に、コボルトロードに止めを刺したのはキリトだった。わずかに気が緩んで瓦解しかけた戦線を、間一髪で斬り抜けたのだ。

 斬撃、爆散、静寂、歓声。

 その流れの間、俺は荒い息を吐きながら、剣を支えに立ち尽くしていた。

 

(なん、で――)

 

 そして、先ほどまでの自分に気付いた。

 高揚のままに吼え、剣を振るっていた。油断の許されない命がけの状況下で。

 俺は笑っていた。楽しんでいた。

 

(俺は――)

 

 いや、考えても詮無いことだ。

 無理矢理にでもその考えを締め出し、剣を鞘に納めると、キリトのもとへ歩いていく。

 エギルと少女に讃えられていたキリトが、俺に気付いて視線を向けた。

 

「ああ、あんた……」

「……キリト。お前のおかげで救われた。感謝する」

 

 俺はそう言って、右手を差しだした。

 キリトは――おそらく名前を呼ばれたことと、純粋な感謝を向けられて――驚いたような表情を浮かべたが、すぐに照れくさそうな表情になって握手に応じてくれた。

 大した剣士だ。背も高くは無いし、顔も凛々しくはない。けれど頼もしさを感じさせる、不思議な男だった。

 

「――なんでだよっ!」

 

 そこで、リンドが叫んだ。見たことのない表情を浮かべ、涙を流しながらキリトを睨んでいる。

 

「――なんでディアベルさんを見殺しにしたんだ!」

 

 その言葉は――決して俺に向けられたものでは無いのに――俺の胸に突き刺さった。

 どくどくと、心臓が跳ねる。

 キリトが見殺しにした。そう断言するのは、キリトがコボルトロードのカタナスキルを知っていたから。それを教えていればディアベルは死なずに済んだ、という理由。

 

「――無茶苦茶だ」

 

 俺は思わず呟いた。リンドはそんな俺に向けて同意を求めてくる。

 

「セドリックだってそう思うだろう!? そいつは自分一人だけボスの使うスキルを知ってたんだ!」

「それは……」

 

 そう、首を振る。俺には納得がいかなかった。

 

「それを知っていたとして、教える時間は無かった。そもそもボスの使う武器がカタナだとわからなかったのは――偵察を行った俺達の不手際じゃないのか?」

「な、に――?」

 

 俺が納得いかないのはそこだ。スキルを知っていたか知らなかったかではなく、ボスの武器を見極められなかったのは、先に偵察を行っていた俺達の責任だ。

 それを踏まえずに他人を糾弾することは、俺にはできなかった。

 そうして更に追求しようとした瞬間、キリトを指して一人の男が言った。こいつは元ベータテスターだ、と。

 それを聞いて、俺は思わず呟いてしまった。

 

「なるほど……確かに、それなら知っているのも頷ける」

 

 俺の不用意なつぶやきは、悪い方向に捉えられてしまった。俺の言葉に、隣のキリトが硬直した。

 

「そうだろう!? 元ベータテスターならカタナのソードスキルだって知ってるし、ボスの武器だってわかってたんだ」

 

 水を得た魚のように、リンドが発言した。

 俺は自分の状況に気付き、腕を振って否定する。 

 

「違う! カタナスキルを扱うモンスターは上層に出てくるはずだ! 使われるスキルはどんなモンスターであれ同一の物なんだから、対応できてもおかしくは――」

 

 俺はそこで言葉を区切った。リンドが信じられないものを見るような目で、俺のことを見ていたからだ。

 

「……なんでそんなこと知ってるんだよ?」

「昔、元テスターの友人が言っていた」

 

 俺をじっと見る。そうしていたリンドの口から出た言葉は、

 

「……お前も元ベータテスターなんじゃないのか?」

「なっ……」

 

 俺に対する疑心だった。

 

「お前、そいつと手を組んでるんじゃないのか――ディアベルさんを裏切ってたのか!?」

「ち、違う! 俺は確かに友人が居て――」

「それも作り話かもしれないだろ!」

 

 その言葉を聞いて、俺は自分の顔が憤怒に染まったのがわかった。

 なぜなら、意気揚々と俺を責めていたリンドが、気圧されたように恐怖を浮かべたからだ。

 

「せ、セドリッ――」

「もう一度言ってみろ」

 

 アニールブレードの柄に、手を添えた。

 

「次にレイの死を愚弄してみろ……その時は、俺はお前を許さない」

「――っ」

 

 頷いたリンドを見て、俺は僅かに抜いていた剣を鞘に納めた。

 俺の怒りの感情に、周りのプレイヤーは俺が真実を語っているとわかったらしい。

 俺に対しての疑心は、その場で解消された。

 

 

 

 

 しかし、俺への追求は終わったが、キリトへの糾弾は終わらなかった。

 キリトに始まり、元ベータテスターへ負の感情の矛先が向いた時、キリトが大きく宣言した。『素人のテスターと一緒にされては困る』と。

 ベータテスターとチーターを組み合わせた『ビーター』という蔑称を自ら認め、自分以外の元テスターを侮蔑し、ふてぶてしく去っていった。

 わかりやすい豹変と、わかりやすい演技。ベータテスターに向きそうだった憎悪を一手に引き受けたのがよくわかった。

 

 しかし、それはあくまでキリトを知っている人間に限る話だった。

 

 俺はキリトがどういう人物かわかっているつもりだ。ボスを倒した後に浮かべた、俺の感謝に対する笑顔。根が悪人であったなら、あんな笑顔はできないはずだ。

 しかし、キリトを知らない人間があの演技を見れば、それが奴の正体だと信じても仕方がないことだと思われた。

 更に言うなら、真っ先にキリトを糾弾した声が大きかったのも影響しているだろう。ネットに居る人間は、良くも悪くも大声の意見に同調しやすい連中が多いのだ。

 自分が是と感じていても、大勢が否と言えばあっさりと自分の意見を曲げる。是という考えを取り下げ、最初から否であったかのように振る舞う。よくあることだ。

 

 しかし、それは俺にとって耐えられないものだった。

 

 キリトが次の階層への階段に消えた後、リンドが話しかけてきた。

 

「……セドリック。疑って悪かった」

 

 それは、『下賤なビーター呼ばわりされかけた』俺に対する憐憫と謝罪だった。

 哀れまれているようにも感じた。

 

「――ディアベルさんのためにも、あんな奴に先を越されるわけにはいかない」

 

 そうリンドがつぶやいた言葉に、俺は歯ぎしりをした。

 ダメだ。キリトを悪者にして、それでいいのか。キリトに責任を全て背負わせて、現状に甘んじるのか。

 

「――後で向かう。先に行け」

 

 しかし俺はその場で発言することは無く、それだけ答えた。ここでもう一度言っても、なんの意味もないだろうから。

 リンドは俺の表情に何を感じたのかはわからないが、C隊のメンバーを連れて歩いていった。

 D隊のメンバーも、俺の肩を慰めるように叩いて歩いていった。

 

「――くそっ」

 

 頭を振って顔を上げ――近くに立っているキバオウと目が合った。

 そういえば、先のベータテスターに関する問答で、キバオウは一言も発言していなかった。

 俺を覗き込むようなその目には、呆れのような感情が見えた。

 

「キバオウ、あんた――」

 

 俺の呟きに、

 

「あの程度で騙されるとは、阿呆ばっかやのう」

 

 そう、吐き捨てるように言った。

 間違いない。キバオウもキリトの演技に気付いている人間の一人だ。

 

「……そうだな。皆、単純すぎるんだ」

「ほんまにな……お前さん、セドリック言うたか?」

「ああ、そうだ」

「あんたは他の連中とは違うみたいやな」

「どうだか――結局、俺はあいつにすべて背負わせてしまった」

 

 その言葉を聞いたキバオウは満足そうに頷き、

 

「セドリック。あんたは見込みがある。せいぜい失望させんとってくれ」

 

 ほな、と手を軽く振りながら歩いて行った。

 キバオウは決して、キリトのように優れた剣士という印象は無い。

 だが、見た目とは裏腹に話のわかる男だと、そう思った。

 

 

 

 

 二層の主街区に到着した俺がまず向かったのは、一層のはじまりの街にある黒鉄宮だった。一層が攻略された喧騒を感じ、俺達を讃える声を聞きながら、俺は覚束無い足取りでその場を離れていった。

 黒鉄宮に向かった理由。それはすべてのプレイヤーの名前が刻まれているという石碑を見るためだ。

 石碑を見上げ、一つずつ、名前を確認していく。

 

 すぐに、ディアベルとレイの名前を見つけた。

 

 その上に、一本の線を刻まれている――ディアベルとレイの名前を見つけた。

 

「――っ」

 

 死んだ時刻も一致する、同名のプレイヤーという可能性は無い。

 俺はそう認識したと同時、膝から崩れ落ちた。

 今更だ、とも思う。ディアベルはともかく、レイに至っては一か月近くも前の事なのだ。

 なのに俺は――今更溢れ出してくる涙を止められなかった。

 

「ディアベル――っ」

 

 目の前で助けられなかった、SAOにおける初めての友。

 

「一輝――っ」

 

 一番最初に死なせてしまった、最も仲の良い親友。

 

「ごめん――二人とも、ごめん……」

 

 俺は嗚咽と共に謝罪を漏らす。

 この時、とうとう俺は『もしや現実では生きているのではないか』という希望を抱くことは無くなった。

 死んだのだ、一輝は。ディアベルは。あの日ソーヤが味わった絶望を、俺は今更理解し、実感した。

 この絶望を受け入れられずに、ソーヤは心を閉ざしたのだ。

 その絶望を理解した俺は、一人泣き崩れた。

 

「俺が動かなかったから――俺のせいで、お前たちを死なせてしまった……!」

 

 俺が行動していれば、亡くすことは無かった命。

 俺が庇っていれば、救えたはずの命。

 その自責の念は、俺の胸に深く刻み込まれて。

 俺の自己犠牲精神を、著しく肥大させるきっかけとなった。




この作品は、第一層を丁寧に進めてきましたが、ここからはかなり時間が飛びます。もしかしたらこれよりも長く一つの層を描写することは無いかもしれません。

作品の書き方が変わるというわけではありませんが、かなり時間が飛ぶので、一応断っておきます。
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