ソードアート・オンライン 一人の騎士として   作:ロア

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9話

 《生命の碑》の前で誓ったあの時から、自分がどこか機械的に行動していることを感じていた。

 やることは変わらない。パーティを組んで迷宮に籠もってはレベリングをし、苦戦しているプレイヤーを見かければ手を貸し、頼まれごとをされれば引き受ける。

 頼まれ事とは、実に様々だった。ディアベルの隣に立っていた騎士ということが大きかったのか、俺の知名度はそれなりに上がっていたようで、多くのプレイヤーから依頼を受ける機会があった。

 最前線から遅れがちなプレイヤーのレベル上げを手伝った。

 生産職のプレイヤーに頼まれた資材を提供した。

 材料を取りに行く鍛冶師の護衛を請け負った。

 ソロや数人のパーティでは厳しいクエストの助っ人をした。

 高火力ボスが出現するクエストの前衛を務めた。

 同じクエストであろうとも、違うプレイヤーから頼まれれば力になった。

 たまに頼まれるキリトとアスナの無茶な攻略作戦に協力した。

 噂を聞いたプレイヤーが俺を利用する目的だとわかっていても、俺は従った。

 はじまりの街で、攻略に参加する意欲を見せる初心者に対して手ほどきをした。

 迷宮のマッピングやフロアボス偵察に尽力した。

 フロアボス攻略戦ではダメージディーラーとして斬り込んだ。

 殆どが朧気な記憶だが、今になって思い返してみても、沢山の事を請け負い続けてきた。

 

 そんな俺でも、了承しなかったことが一つだけあった。

 

「……どうしてもだめなのか、セドリック」

「ああ」

「どうしてだ!? ディアベルさんと一緒に騎士を目指してたんだろう! だったら俺のギルドに入って、ディベルさんの意志を継ぐんだ!」

「お前のギルドに所属するつもりはない」

 

 こうしてリンドの誘いを断るのは、もう何度目か数えきれないほどだった。

 リンドが設立したギルド。確か竜の名を冠した名前だったような気がするが、いまいち覚えていない。

 

「セドリック。自分では気付いていないかもしれないが、お前は中層プレイヤーの中で知らぬ者は居ないほどのプレイヤーだ」

「買い被りだな」

 

 確かに顔は知られているだろう。『セドリック』という騎士の名もそれなりに有名になってきた自覚はある。

 だが、知らぬ者は居ない、なんて事はありえない。そこまでの知名度も実力も、俺には無い。

 

「実力だけの話じゃない。人柄の話だ」

 

 リンドが俺の肩に手を置き、俺の顔を覗き込んでくる。

 青く染められた髪が、嫌でも視界に入る。

 

「いいか、セドリック。ディアベルさんはお前を『騎士』と認めていた。一層のボス戦でディアベルさんと肩を並べてから、常に前衛で戦っているお前の事は皆が知っている。お前がうちのギルドに入ってくれれば、きっと中層プレイヤーのみんなは奮起する。お前が居るってだけで、少しでも安心できるプレイヤーが居るんだぞ」

「それがどうした。お前のギルドに入る理由にはならない」

 

 俺を利用するのは構わない。知名度があろうがなかろうが、やるべきことはやる所存ではある。

 俺が拒絶しているのはリンドの()()()だ。

 リンドはディアベルが死んで以来、髪を青く染めた。先陣を切り、指揮を行い、皆を鼓舞した。

 ディアベルを真似ている。ディアベルの後を継ごうとしている。それはわかる。

 しかしその在り方は、まるでレイの後をついていくソーヤを思い起こさせた。例をあげるなら、ソーヤが多用していたピースサイン。あれは昔、レイがよくやっていた癖だったのだ。

 それと同時に、リンドはまるでディアベルの死を体良く利用しているかのようで、俺を苛立たせた。

 

「何度言われようと、俺はお前のギルドに入る気は無い。お前の組織には、もう騎士の矜持が見えないんだ」

 

 何よりも気に入らなかったのは、自分たちを優先しているような素振りがあることだ。前線に身を置こうとしすぎて、周りの人間を蔑ろにしている。見下している。

 自覚があるかはわからないが、そういう雰囲気が確かにあるのだ。

 俺にはそれが受け入れられなかった。

 

 

 

 

 そんな俺に声をかけてきたのは、キバオウだった。

 

「ワイらのギルドに入る気はあるか?」

 

 それだけなら、俺は断っていただろう。しかし、そのキバオウのギルドの在り方は俺を大いに惹き付けた。

 リンドのギルドには無く、キバオウのギルドにあったもの。それは『平等性(フェアネス)』だった。

 自分たちの手で事を為す、というその姿勢。それは俺にとって大事なことだった。

 今まで多くのプレイヤーに頼られ、請け負ってきた俺だ。決して、人を頼りにするのは間違いではない。だが、それが()()()()になってはならない。だからこそ、戦力としては期待してきても、必要以上に俺を頼りにしないキバオウと話すのは楽だった。

 そのギルドは、アインクラッド解放隊。

 俺が所属した()()は、そういう名前だった。

 

 リンドの言うことはある意味では正しかった。

 

 俺がアインクラッド解放隊に所属したことが広まると、以前俺が手を貸したプレイヤーが少しずつ参加を申請してきた。

 その理由はといえば、『セドリックが居るなら理不尽な上下関係や搾取は無いだろう』という信頼だった。

 ギルドに所属すればある程度の収入と装備は約束される。だからこそ人は多く集まってきた。当然レベル上げや戦闘も義務となるが、プレイヤーの数が多ければ、しっかりとパーティを組んで安全に狩りを行うことも可能だった。

 

 俺は、そんなギルドの副隊長として活動していた。

 

 リンドがそんな俺に対してどういう感情を抱いたかはわからない。昔から、キバオウのギルドとリンドのギルドは対立しているのだから。

 一度はパーティを組んでいた事すらある俺が、自分達と敵対しているギルドに所属したとなれば、当然良い感情は抱いていないだろう。

 一応、会議で会話をする時は一定の敬意は持って接してくれている。俺の生き方が昔から変わっていないことに、気付いているのかもしれない。

 そうして、ギルドは少しずつ大きくなっていった。

 俺も、為すべきことを為せるという実感を持って活動をしていた。大規模なクエスト攻略にも率先して斬り込み、達成に貢献した。

 攻略組と呼ばれるようになるのも、時間はかからなかった。

 

 ――25層のあの時までは。

 

 

 

 

 あれだけは、今でも覚えている。双頭の巨人型フロアボス。奴との戦闘で、俺達のギルドは壊滅的な打撃を被った。

 多くのプレイヤーが死んだ。あまりにも大きな犠牲に、ギルドを離れる者も大勢居た。

 安全策を取っていたはずなのに、人が死んだのだ。当たり前といえば当たり前だ。

 

「なに……?」

 

 しかし、予想外だったのは、キバオウが攻略に参加することを控えると決定を下したことだ。

 

「多くのプレイヤーが死んでもうた。これまで死人が出とらんかったのに、大勢の死人を。噂が広まるのは早いもんで、既に多くのプレイヤーが離反しとる。このままじゃギルド崩壊もありうる」

「離反するものは仕方がない。問題はそこじゃない。()()はどうなる? 俺達は現状、それなりに高レベルの攻略組だ。攻略組が攻略をしないのなら、元より存在意義は無い」

 

 俺の侮辱するような言葉に、しかしキバオウは首を振るだけだった。

 

「――臆したのか?」

「なんとでも言えばええ。プレイヤーの命は何よりも優先されるべき、というのが会議での決定や」

「確かにそれは決まった。俺だってその場に居たんだからな。人命を優先することに異論などあるはずがない。だが――攻略から退いたとなればそれこそ、戦闘を行うこともできない一般プレイヤーを救うことはできないぞ。求心力を失ったギルドとなれば尚更だ」

 

 攻略ギルドが攻略をやめて何が残るのか。

 キバオウの代案は、大人数・低階層で安全に狩りを行う。その収益を集め、戦闘職では無い一般プレイヤーに分配するという考えだった。その話は、俺にとって寝耳に水だった。キバオウ一人の考えなのか、それとも他の幹部と話して決めたことなのか。それはどちらでもよかった。仮に他の奴等の意見であっても、キバオウはこれ以上ギルド内の不満を溜め込むような真似はしないだろう。

 しかし、それでも問題は残る。

 

「――その方針に異論はない。だが、前線から退く必要はあるのか? 下層で活動するより、よほど効率が良いだろう。平均レベルも保てなくなるぞ」

「せやから、もう必要無いんや」

 

 キバオウの眼には、僅かな葛藤と確かな諦観が見えた。

 それを見て、俺はやはりこの男が考えを変えないだろうということを察した。

 

「……俺個人が攻略に参加することは構わないか?」

「好きにすればええ。あんたの行動を制限したりはせん。動きづらいなら、副隊長の役職も別のプレイヤーに任せる」

 

 俺は少し考え込んだが、頷いた。

 

「――しばらく一人で行動させてもらう」

「――ほうか。戻ってくると決めたときは、もう一度あんたに副隊長を任せたいと思うとる。ギルドでもフレンドでもええから、メッセ飛ばしてくれや」

「ああ。またな」

 

 俺は少しの間、ギルドを離れることにした。

 

 

 

 

 それから更に数か月ほど経ったある日。

 俺は、ようやく()()()()()()

 

「――こんなにも、変わっていたんだな」

 

 俺は一人になっても、ずっと歩き続けて。

 そこでようやく立ち止まって、周りを見ることができた。

 ゲームが始まってからどれほどの時間経ったのか、アインクラッドの最前線は何層まで到達したのか。

 そういったことを、俺は把握していなかったのだ。

 自分が何も考えずに行動していたという事実に、たった今気付かされた。

 

「……哀れだな」

 

 今更のように、俺は呟いた。

 一層をクリアしたあの日から、こんな風に一人で歩くことなど無かった。

 常に誰かと行動を共にし、頼まれたことを率先して引き受けた。

 ギルドから離れて一人で行動を始めてからも、それは結局変わらなかった。

 

 楽だったのだ。その在り方は。

 

 誰かに頼まれたことを請け負い、成し遂げれば感謝される。そのあと、また誰かが俺に頼み事をしてきて、それも引き受け、完遂する。

 それで疲労が溜まったのなら眠り、起きればまた誰かの決めてくれた方針に従って行動する。フロアボス攻略戦も、結局は攻略ギルドの方針にしたがっていただけだ。

 自分で考えることもなく、言われたことをやればいいだけ。しかも、このデスゲームではそれすらも感謝される。

 そうして過ごしていくのは、とても楽だった。

 

(更に、クエストを繰り返し行うことでレベルは大きく上がった。武器も防具もそれなりの物を手に入れた。スキルの熟練度も上がった。しかし――周りを全然見れていなかった)

 

 昔の俺のトレードマークだった赤の鎧は、今や《軍》から支給された鎧となっている。しかし仮にも大規模ギルドの装備である軍の鎧は、それなりに良い性能だ。今は離別しているとはいえ、俺は一応軍に所属しているのだし、着ていても問題はない。

 副隊長である俺のために作られた特別製の鎧はやはり赤で装飾を施され、標準装備の重装よりも幾分か軽量化されている。

 レイが残してくれた剣(アニールブレード)だけは、まだストレージの中に残っている。

 

 そして、昔と一番変わっているのは使っている剣だ。

 

 今腰に帯びている剣の柄を撫でる。剣の幅も広く、柄も長い。アニールブレードとは、性能も比べ物にならない。

 しかし。この剣をどこで買ったのか、いつ新調したのか。それも覚えていない。

 俺は、本当に無意識に行動していたのだ。

 それを自覚した途端、俺は自分の在り方を見失い始めていた。

 

「……俺、どうしたらいいんだろう」

 

 

 

 

 俺ははじまりの街に戻ってきていた。思い至った理由は一つだった。

 

 ソーヤは、どうしているだろうか。

 

 ずっと、思い出さないようにしていた。

 ソーヤを見れば、否応無しにレイを思い出してしまうから。

 ずっと誰かのために行動しているという自負で、俺はソーヤを意識から締め出していた。

 

 だからこそ、俺はソーヤを求めていた。あいつなら、《セドリック》ではなく、《俺》を見て話してくれるだろうと思ったから。

 

 探すのであれば、フレンドリストを見れば早い。どこに居るか、すぐにわかるのだから。

 しかし、俺はそれをしなかった。広いはじまりの街を、どこを目指すでもなく歩き始めた。

 

 

 

 

 街を歩いていると、プレイヤーがあまり多くないことに気付いた。

 

「……もうこの街を出ているんだろうか」

 

 すでに46層を越える規模で攻略は進んでいる。上の階層に移っていてもおかしくはない。まあ、資金があるのなら、という条件付きではあるが。

 そうなると、もしかしたらソーヤも他の階層に居るのかもしれない。 

 ではやはり、会うのは難しくなるだろう。

 

「……いや、そもそも会ってどうするんだ」

 

 一年近くほったらかしにして、今更俺に何ができるというのだろう。俺は結局、自分が責められるのが嫌で逃げ出したようなものなのだ。ソーヤが「お前を責めたくなる」と言った瞬間、俺の中には確かに自己保身の考えがあった。

 そんな俺が今更ソーヤに会って、何を言えるのだろうか。

 俺はレイの死を受け止めながらも、足を止めなかった。それはソーヤにとって見れば、レイの死にショックを受けていない、と解釈される恐れもある。

 上がりに上がったレベルと、着飾った装備がそれを助長するかもしれない。

 無意識に会うのを避けていること――フレンドリストで場所を確認しないこと――も、俺自身それがわかっているからではないのか。

 

「駄目だな、俺は」

 

 結局、また会わないための言い訳を考えている。

 これでは何もできやしないな、と独りごちたとき。

 

「――?」

 

 耳が、喧騒を捉えた。

 数は四人。少女のもの、少年のもの――男のものが二つ。

 それを聞き分けると、俺はそちらへ歩き出した。

 見えてきたのは、やはり四人。

 

(ほぼ初期装備の少年と少女。それに対する《軍》の二人、か)

 

 本当に、《軍》の人間はわかりやすい。所属しておいてなんだが、俺はあの鎧のデザインはあまり好きではない。

 少女を背に庇うように、少年が吼える。

 

「だから払わないって言ってんだろ!」

「ガキ、納税は市民の義務だ。払わないってんなら、こっちにも考えがあるぜ?」

「お前たちは溜め込んでるだろ? 圏外に狩りにいってんだからな?」

「そんな金なんてあるもんか!」

 

 恐喝だ。《軍》の人間が、一般プレイヤーを脅しているのだ。

 俺は眼を細め、そいつらの背へ声を掛けた。

 

「お前達、何をしている」

「あ?」

 

 粗雑な返事と共に振り向き――俺の顔を見て驚きに眼を見開いた。

 

「ふ、副長!?」

「戻ってこられたんで!?」

 

 《軍》の男達は驚いている。しかし、それは()()()()()()()()()()()()()()()()ではない。

 むしろ、嬉々としている。これ見よがしにも思えるほどに、俺に声をかけてくる。

 

「いや、今は副長ではないんでしたっけ」

「副隊長の階級を退き、今は軍を代表して攻略組に貢献してると聞いています! ご活躍は一兵卒のオレ達にも届いていますよ!」

「名実ともに《軍》最強のプレイヤーでありますな、セドリック殿!」

 

 俺が軍を抜けた理由はそういうことになっているらしい。確かに、俺が離反したということが広まれば、不信感が余計に高まるだろう。

 しかし妙だ。なぜそれをわざわざ話す?

 

「軍、最強……?」

「攻略、組……っ」

 

 その呟きを漏らしたのは、庇われている少女と少年。

 目に見えてわかるほどに怯え、肩を震わせている少女。

 それを庇う少年も、警戒の表情こそ維持しているが、脚が震えている。

 

 二人とも、()()見て怯えている。

 

 それに気付き、ぞっとした。

 俺は、恐喝のダシに使われているのだ。

 こいつらが俺を評する度に、二人は顔が青くなっていく。

 

「聞いてくださいよ。こいつら、街に住んでいながら税を払わな――」

 

 俺は男がその言葉を言い終わる前に、その喉に抜きざまの剣を突き付けた。

 笑い顔のまま、男の表情が固まる。

 

「……今の《軍》は、こんなことをしているのか?」

「え、は、ぇ……」

「――腐ったか、キバオウ」

 

 俺の吐き捨てるような言葉に、もう一人が泡を食ったように逃げ出した。

 見捨てられた形となったそいつは――『圏内』だからダメージを負うわけでもないのに――動くことも出来ずに固まっている。

 

「軍に所属していて、副長(おれ)を知っているということは、それなりに古参なのだろう?」

「は、はい」

「何層からだ?」

「じゅ、十層が最前線の時です」

 

 じっと男の顔を見つめる。確かに見覚えがあるような気がする。

 しかし、絶対に思い出すことは叶わないこともわかっていた。

 

「……当時抱いていた矜持も、フェアネスも消えたか」

 

 俺は剣を握っている右手を引き、ソードスキルを発動する。

 それを繰り出した瞬間、男は咄嗟に腕をかざして防ぐが、ノックバックにより仰け反る。

 その顔には驚愕が浮かんだ。

 無関心に眺めながら俺は剣を構え直し、切っ先を向けた。

 

「抜け」

「――っ」

「腰のものは飾りか? それを振るう感触も忘れたか?」

 

 もしそうだとしたら、生きている価値など無い。

 そう続けた俺の言葉に男は歯軋りをしたが、俺は構わず《デュエル》を申請した。

 《全損決着モード》で。それを見て、男の表情が青ざめる。

 

「なっ――」

「為すべき事を為せないのならここで死ね」

 

 俺は本気だった。何故かはわからない。

 ただ、これまでに堪えていた感情が沸き上がってくるのを感じた。

 いい加減うんざりしていたのだと、今さらながら気付いてもいた。

 

 為すべき事を為すのだ、と自身を騙りながら無気力に生き続けて。過ぎ行く時も忘れ、共に並ぶ者にすら関心を抱かずに戦い続けて。

 その果てに結局、力無き者を貶めるために利用されるのならば。

 

 ――()()()()()()()()()()()

 

「命が惜しければ逃げて恥をさらせ。矜持が残っているのなら剣を取って俺と死合え」

 

 男は躊躇っている。

 

「ただし、逃げるのなら二度と剣を佩くな。死合うのなら殺し殺される覚悟をしろ」

 

 その目には様々な感情が入り交じっているが、結局彼が選んだのは逃走だった。

 どこまでも無様に、しかし最も大事な命を選んだ。

 俺はそれを責めようとは思わなかった。

 ふう、と息を吐き、剣を鞘に納める。

 

「……追い払ってくれたのか?」

 

 その言葉に、俺はゆっくりと振り向いた。

 少年の顔には警戒心と、僅かな期待。

 向き直り、俺は質問を返した。

 

「《軍》は、いつから()()なんだ?」

「え? ああ、わりと最近だよ。数ヵ月前に街にどんどん移り住んできてさ。最初はそこそこ親切にしてくれてたんだけど、最近になって金をたかるようになってきたんだ」

「そうなのか……」

 

 この数ヵ月――《軍》が前線を退いてからの変化を、俺は知らない。

 正確には、知ろうとしなかった。俺は結局、戦うことで周りから眼を逸らし続けていただけなのだから。

 

「ねぇ……お兄さん、《軍》なの?」

 

 少年の背後に隠れたまま、顔だけを出して少女が聞いてくる。俺は曖昧に頷いた。

 

「ああ……」

「なら、なんでオレ達を助けたんだよ」

「……理由がいるのか、人助けに」

「いるだろ。少なくともオレ達には説明してくれなきゃ、あんたを信用できないね」

 

 俺はその言葉に、何故か好感をもった。俺に警戒心をぶつけてくる人間は久し振りな気がする。

 

「……そう言われてもな。俺は横暴を見過ごしたくなかっただけだ。少なくとも、ここに割り込んだときはそれだけの理由だった」

「……攻略組ってのは本当なのか?」

「ああ。フロアボス攻略戦にはいつも参加している」

 

 俺の言葉を聞いて、少年はじっと俺を見つめた。

 その後ろの少女が口を開く。

 

「なんで《はじまりの街》に来たんですか?」

「人を捜している。そうだ、街に住んでいるのなら、《ソーヤ》というプレイヤーを知らないだろうか」

 

 そう聞いた途端、二人の表情が驚いたものに変わった。

 その反応を見て、俺はこの二人がソーヤを知っていると確信した。

 

「知ってるんだな?」

「……はい」

「おい。あんた、《ソーヤ》のなんなんだ?」

「――友人だ。現実(リアル)の」

 

 その言葉を聞いて二人は顔を見合わせ、少し迷っていたようだが、頷いた。

 

「ついてきな、兄ちゃん」

 

 

 

 

 連れてこられたのは、教会だった。

 はじまりの街には幾つか教会があるが、ここは大きなものではない。ここがどうしたんだろうと疑問に思っていると、

 

「ここでちょっと待ってな」

 

 そう言って二人は教会の中に入っていった。

 待てと言われたからには仕方ない、と俺は腕を組み、静かにその場に立って待つ。

 三分ほど経ったか。教会の扉が開き、一人の女性が顔を出した。ショートヘアに眼鏡をかけた、あまり垢抜けた様子は感じられない女性。

 どうしてか、俺の顔を見て少し驚いた様子を見せた気がする。

 

(……若いな)

 

 SAOのアバターは現実の顔が再現されるが、細かい皺などは反映されない。だから余程でない限り外見から年齢を判断することは難しいのだが、この女性は素直に若い部類だろう。

 身長は160程か。それでも顔立ちから歳上――おそらく二十歳ほどだと感じた。

 

「……えっと」

 

 俺がどう切り出したものかとあぐねていると、女性が口を開いた。

 

「中へ、どうぞ」

 

 

 

 

 教会の中へ足を踏み入れると、複数の視線を感じた。

 《索敵》スキルではない。そんな大仰なものは必要ない。そもそも《索敵》スキルなど修得していない。

 何故わかるのかというなら、そこかしこの扉から顔が飛び出しているからだ。興味か、警戒か。どうにも判断しにくいその顔を横目に部屋へ案内され、椅子をすすめられた。

 俺が腰を降ろすと、女性はテーブルを挟んで俺の向かいに座った。

 

「あの子達に聞きました。貴方が《軍》から助けてくれた、と」

 

 言うと同時、ちらりと視線が俺の身体(よろい)に落ちた。

 なるほど、《軍》の鎧を着ている俺を信用できないのかもしれない。

 

「そうなります」

「……でも、貴方は《軍》の鎧を着ていますよね」

「ええ。一応、所属していました」

「いた、ということは……?」

 

 俺は少し視線を落とし、頭を掻きながら応える。

 

「今は、どう言い表すのが適切かわかりません。俺は《軍》を離れて攻略に臨んでいるので」

「攻略組で、軍の……赤い鎧の騎士……もしかして、『セドリック』さんですか?」

 

 俺は唐突に名前を呼ばれ、顔をあげた。最前線ならまだしも、最下層のはじまりの街で俺の名を知っている人がいるとは思わなかった。

 

「ああ、すみません。名乗るのを忘れていました。はい、俺は『セドリック』です」

「あ、こちらこそすみません。私は『サーシャ』と言います。それにしても――聞き及んでいた通りですね。確かに、SAOの中では珍しいくらい『騎士』らしい方です」

 

 『騎士』と称され、俺は顔をしかめた。既に俺の中には、『騎士』と囃し立てられることへの不快感があった。

 

「本題に入らせてもらいます」

 

 俺はその不快感を隠すこと無くそう続けた。

 サーシャと名乗った女性は俺の様子に気付いたようで、姿勢を正す。

 

「話は聞いているでしょう。俺は――『ソーヤ』を探しています」

「……彼とは現実(リアル)の知り合いだ、と聞いています。けれど――」

「信用できない、と?」

「すみません……ソーヤ君は今、とても――その、デリケートな状態です。例えセドリックさんでも――会わせていいものか、どうか」

 

 心底申し訳なさそうに謝るその仕草に、俺は眉をひそめた。言葉を選んでいるが、信用していないのがわかる。

 まあ、疑う気持ちはわからなくもない。

 だがしかし、俺からすれば、この教会の連中の方が信用ならないのだ。ソーヤを知っているのなら、早いところ教えて欲しいのだが。

 

「なら、刺激するような言動は控えます。場所を知っているのか、この場に居るのか知りませんが、あいつに会わせてください。俺が知り合いかどうかも、それではっきりする」

「けれど……」

「お願いします」

 

 俺は頭を下げたが、それでも彼女は渋った。俺は自分が苛立ってきているのを感じて溜め息を吐き、揃えた指を縦に振ってメニュー画面を開いた。

 唐突なそれに、サーシャは怪訝そうな顔をした。

 

「俺はまだギリギリ《軍》所属です。正式に脱退したわけではありませんから。権限もあれば名声もある。だから――この教会を差し押さえるよう指示することだってできます」

 

 俺がこれ見よがしにメニュー画面を指でとんとん、と叩くと、サーシャは目に見えて顔色が変わった。

 

「そんな……!?」

「俺はお願いしました。頭も下げた。()()()()()()()。それでもあなたは渋った。なら、強硬手段に訴えるのは自然なことだ」

 

 信じられないものをみるような目で、サーシャは俺を見ていた。

 サーシャは《セドリック(おれ)》を知っていた。おそらく、俺のこれまでの行動や性格も聞き及んでいたのだろう。

 だからこそ、力でねじ伏せるような俺のやり方を見て、疑問と驚愕を感じずにはいられなかったのだろう。

 

「質問に答えていただく」

 

 俺とて自覚している。これは《セドリック》の行いではない。

 これは、騎士であること(ロールプレイ)を棄てた《俺自身》のやり方だ。

 

「――ソーヤはどこだ」

 

 

 

 

 会ってみると、あっけないものだった。

 サーシャの言葉に従って少し待つことになり、数十分ほどして、教会の入口が開いた。

 外出していたらしく、そこから入ってきたソーヤは、()()()から何も変わっていなかった。

 あの日、俺も着ていた初期装備の上に、革の軽装を纏っていることも。

 共に戦っていた時のように、背中に新たな長槍を背負っていることも。

 きっと、装備は新調したのだろう。だが、それ以外は何も変わっていない。

 そう、()()()と変わっていない。

 

――()()()()()()()()()()()()()()




今回の話は、前回から一年近く経過しています。その間、セドリックはどこで何をしていたのかほとんど覚えていません。意識の大部分を占めていたのはレイやディアベルのこと。必死に罪悪から眼を背け、我武者羅に戦い続けてきました。

そうした状態でいれば当然ストレスが溜まり、それに気付いた結果が今回の行動に繋がっています。
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