東方果実錠   作:流文亭壱通

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ここからは俺のステージだ!3

◆寺子屋・裏庭

 

 コウタが去ってから小一時間。

 あたしはお花摘みをしたいという女の子に付き合ってツワブキの花を品定めしてい

 る。

 女の子の名前は美代というらしい。

 人里に暮らす人間の百姓の娘だと美代は話してくれた。

 

 天人でしかも先日異変を起こしてしまった私に対してここまで心を開いて接してくれ

 る子供たちに、正直驚きを隠せない。

 

 ……恐れられ、蔑まれ、拒絶されると思っていたのに。

 

 あたしが異変を起こした張本人だと知らないだけなのか、それとも知っていてなお寄

 ってきてくれているのか、それはわからないけれどこんなにもあたしに笑顔を振りま

 いてくれる子供たちに対して、心の奥が揺さぶられた。

 

 ……あたしは、あたしはこんなにも力にあふれた、未来への希望たちを失うようなこ

 とをしてたのね……。

 本当、最低よね……。

 それなのに今じゃ何事もなかったかのように、こうして触れ合っているなんて。

 ますます自分自身が嫌になるわね……。

 

「てんこおねーちゃん!これあげるー!」

 

 考え事をしていると美代がツワブキで作った髪飾りを差し出してくる。

 

「あたしはてんこじゃなくて、てんし!」

 

「えー!こうたおにーちゃんはてんこって呼んでたよ?」

 

 うっ……、子供って意外と鋭いのね……。

 

「こ、コウタは勝手にそう呼んでるだけなの!ホント、何度言っても治らないんだから」

 

「じゃあ、てんこおねーちゃんはこうたおにーちゃんのこと嫌いなの?」

 

「べ、べつに嫌いってわけじゃないけど……」

 

「じゃあ好きー?」

 

「えぇ!?えーと、ねぇ……その……」

 

 も、もう!なんで子供のくせにこんなこと聞くのよ!

 あ、あたしはあいつの協力者なだけなんだから、好き嫌いの感情なんて……。

 

 

『俺はお前がどんな過去を持ってようが気にしない。お前が俺を受け入れてくれて協力してくれるように、俺もお前を受け入れる』

 

『子供と遊んでる時のお前は穏やかで自然に笑ってて可愛らしかったぞ』

 

 ふと過去に言われた言葉が脳裏に浮かんだ。

 それによって頬が熱くなる。

 

「あ、おねーちゃん赤くなってるー!」

 

「そ、そんなんじゃないわよ!」

 

「そーなの?」

 

「そう!そうなの!」

 

「えいっ!」

 

「わっ!?」

 

 美代が強引にツワブキの髪飾りをあたしへ被せる。

 

「もう!いきなりなにすんのよ!」

 

「これをかぶってたら、こうたおにーちゃんに好きになってもらえるよ!」

 

「だ、だからあたしたちはそんなんじゃないってば!」

 

「でも、てんこおねーちゃん。こうたおにーちゃんのこと考えてるときすごくうれしそうだったよ?」

 

「……っ!」

 

「けーねせんせーがね、言ってたんだ―。誰かを好きになったら素直じゃなきゃいけないって」

 

 ……美代は言いながらあたしの膝へと乗ってくる。

 そして身体をあたしに預けるように頭を胸に落とす。

 

「あたしね、おとうさんやおかあさんにね、天人のひとは怖いって教えられてきたんだ。おもしろ半分に異変を起こすからって。あたしもお友達がこの間の異変でけがしちゃったから天人のひとって怖いんだなーって思ってた。でもね、あたしはてんこおねーちゃんが好きだよ!人間のあたしとこんなに遊んでくれるんだもん!」

 

 えへへと笑うその笑顔と美代の言葉に目頭が熱くなった。

 同時に自らの行いで彼女の友達を傷つけてしまったのだという罪悪感も湧き起こる。

 だが、一番強い想いは、あたしに対して素直に好意を口にしてくれるこの子を絶対に

 悲しませたりしちゃいけないんだという使命感や責任感にも似たものだった。

 

 自然と目から零れ落ちてくるこの雫は、あたしが久々に流した嬉しさの涙。

 長い間あたしが忘れていた感情。

 この子はそれを一瞬で思い出させてくれた。

 

 凄いわね……、子供って。

 こんなに小さいのに、何か大きな力を持っている……。

 

「てんこおねーちゃん泣いてるの?どこか痛いの?」

 

 美代が振り向き言う。

 

「め、目にゴミが入っちゃったの」

 

「そっか!じゃあおまじないしたげる!」

 

「おまじない?」

 

「けーねせんせーが教えてくれたの!行くよ~!痛いの痛いの飛んでけ~♪」

 

 美代がそう言ってあたしの頬を撫でる。

 

 目が痛いって言ってるのに何で頬なのよ、まったく。

 そう思いながらも純粋な美代の行いにほっこりとする。

 

「ありがと、もう痛くないわ」

 

「よかったー!」

 

 あたしが美代を撫でるとえへへとまぶしい笑顔を浮かべてくれる。

 それは直近で最もうれしいことだった。

 撫で終えるとお次は美代の肩に手を置き、しっかりと顔を見つめる。

 そして先ほどうやむやにしてしまった質問の答えを伝えた。

 

「……美代、さっきコウタのこと好きかって聞いたわよね」

 

「うん」

 

「今はまだわからないの。でもね、あいつといるとすごく楽しいわ。それが好きって感情だとしたら、コウタのこと……好きかもしれない」

 

「ふーん」

 

「あたしは正直好き嫌いってのがいまいちわかってないけれど、美代が遊んでくれるからあたしを好きと言ってくれたのだとしたら、あたしはコウタをすべて受け止めてくれたから好き、ってことになるのかも」

 

「……うん?」

 

「ふふ。ちょっと難しかったかしらね、これが多分大人の好き嫌いよ。きっとね……」

 

「そうなんだ」

 

「そうなの!」

 

「「プッ!」」

 

「「あははははははは!!」」

 

 なんだかやり取りがおかしくって二人同時に吹き出してしまった。

 

「さ、もっとお花摘んで押し花にでもしましょ」

 

「うん!向こうの摘んでくるー!」

 

 美代は元気に駆け出し木陰に咲くツワブキを摘みに行く。

 その後ろ姿を見ているだけで、なんだか優しい感情が自分を包んでいくみたいに感じ

 る。

 

 もし子供がいたら、こんな感じなのかもね……。

 

 最近は会話の回数がすっかり減った父母を思い浮かべながらそんなことを考えた。

 父母はあたしが生まれてこんな気分になったのだろうか。

 今はわからない。

 きっとこれが親の心子知らずってことなのかもしれない。

 

「きゃあ!」

 

 考えに耽っていると美代の悲鳴が聞こえた。

 毛虫でいたのかと思い、声のした方へと向かう。

 

「どうしたのよ、そんな声を出して」

 

 枝をかき分け、美代の姿を探す。

 

「おねーちゃん!たすけてぇ!」

 

「ギュアァ……」

 

「え……?」

 

 そこには見たことのない異形の者に今にも襲われそうになっている美代の姿があっ

 た。

 どうやら腰が抜けて動けないらしい。

 

「ギュアァ!」

 

 じりじりと異形の者は美代との距離を詰めている。

 今までに目にしたことのない怪物だ。

 少なくとも幻想郷には存在しない怪物。

 丸みを帯びた身体、短い手足、大きな頭にひっついたような小さな目、鼻、口。

 耳につくつんざくような声で鳴くそれは、明らかに美代を狙っているようだ。

 

「美代!伏せてなさい!」

 

 腕に力を込め、応戦の準備をする。

 美代は何とかその場に伏せ、身をかがめた。

 

「はぁ!」

 

 けん制の意味も込め、弾幕を放つ。

 放った弾幕は真っ直ぐな軌道を描き、全弾怪物へと命中した。

 その隙に一気に美代のもとへと駆けつける。

 

「おねーちゃあん!」

 

 途端に痛いほどの強い力でしがみついてくる美代。

 相当怖かったのね。

 

「大丈夫、もう大丈夫だから」

 

 安心させるためこちらもぎゅっと抱きしめ語りかける。

 美代が小刻みに震えているのがはっきりとわかった。

 

 徐々に弾幕の衝撃で舞った砂埃が晴れてくる。

 全て弾幕は命中した。

 例え正体不明の怪物でも、天人であるあたしの弾幕ならすぐには動けないはず。

 

「ギュアァ!!」

 

「な、なんですって!?」

 

 砂埃が晴れた先には、倒れ込む怪物ではなく、先ほどの攻撃が全く効いていないと言

 わんばかりの怪物が立っていた。

 

「そんな!弾幕は全て当たったはずなのに!!」

 

「ギュアァ!ギュアァ!」

 

 怪物はひどく激昂しているようだ。

 明らかにこちらを敵視し、今にも飛びついてきそうだ。

 

「ギュアァ!」

 

「キュイィ!」

 

「キュオォ!」

 

 こちらの状況が悪化するのに拍車をかけるように怪物の仲間と思われる他の二体まで

 現れる。

 一体こいつらは何なのだろうか。

 どこからこの二体は湧いて出てきたのだろうか。

 いくら自問自答を繰り返したところで意味はない。

 

 とにかく美代を安全なところまで守らないと!

 

「近づくんじゃ、ないわよ!」

 

 力を込め、弾幕を放つ。

 威力も数も先ほどより強く多くした。

 

 これなら何とかなるはず。

 

 だが、あたしの予想はまたはずれた。

 

「「「…………?」」」

 

 この三体の怪物どもはまったく弾幕を寄せ付けなかった。

 そのうちの一体は首まで傾げている。

 

「どうして、どうして効かないのよ!」

 

 苛立ちともどかしさに任せ、がむしゃらに弾幕を放つ。

 ことごとく命中はするが、全くと言っていいほど怪物にダメージを与えられない。

 

「こうなったら……!」

 

 これ以上弾幕を撃ってもこちらが疲労するだけ。

 ならば、少しでもこいつらから離れないと。

 

「美代、しっかり捕まってて!」

 

「う、うん……」

 

 不安げな顔をする美代。

 なんとしてでもこの子だけは守りたい。

 その一心で宙へと舞い上がる。

 

「ギュオ?」

 

 面食らったようで怪物たちは動揺しているようだ。

 どうやら彼らに飛行する能力はないらしい。

 そのまま美代を抱きしめたまま寺子屋の上空を旋回し、庭へと飛んでいく。

 

 あの慧音って教師に変な怪物が侵入してるって伝えないと!

 このままじゃ他の子供たちにも危険が及ぶかも……。

 そんな不安がよぎり、焦りが全身を包み込んでいった。

 少しでも早くと、空を飛ぶことに一点集中する。

 

 数分飛び、先ほどまで自分がいた寺子屋の庭の上空へと出た。

 美代に衝撃が加わらないよう、静かに着地する。

 

「慧音は?慧音はどこ!?」

 

 周囲を見渡すと、庭の中央に子供たちを集め怪物と交戦する慧音の姿があった。

 

「まさか、こっちにまであの怪物が現れてるなんて!」

 

 とにもかくにも慧音のもとへ急がねば。

 弾幕があいつらに聞かないのは承知の上だけれど、一人より二人のほうがまだマシの

 はず。

 

 美代の手を握りしめ、慧音たちのもとへと走る。

 

「くっ!こやつらは一体何なんだ!?」

 

 無数の弾幕を絶え間なく放ち続けるが、あたしの時と同じようで怪物はまったくダメ

 ージを受けていないようだ。

 

「加勢するわ!」

 

 美代を他の子供たちのところへ連れて行き、慧音の隣で弾幕を放つ。

 

「すまん!感謝する!」

 

 慧音は弾幕を放ちながら振り返り、子供たちに言う。

 

「お前たちは教室に戻って隠れてるんだ!ここは先生とお姉さんで食い止める!」

 

「やだこわいよー!」

 

「そんなのむりだよー!」

 

 子供たちは恐怖でなのか、立ち上がろうともせずその場に座り込んだまま。

 その様子を見て慧音は諭すように言う。

 

「大丈夫だ、君たちならできる!私の生徒だろう?なら勇気を出して逃げるんだ!」

 

 慧音の言葉に子供たちは少し俯きながら考えたが、数人が立ち上がり逃げ始めた。

 他のまだ立ち上がれないこの手を取って、教室を目指し走っていく。

 

「さっすが先生ってやつね!」

 

「無駄口を叩いてる暇はないぞ!」

 

「そうね、でも一言だけ言っておくわよ」

 

「なんだ」

 

「あたしは、お姉さんじゃなくて!天界は天人の比那名居一族が娘、比那名居天子よ!」

 

「なら、私は寺子屋の教師、上白沢慧音だ!」

 

「スペルカードを使うわよ!援護頼んだわ、慧音!」

 

「任せろ!」

 

 子供たちが離れたのを確認し、宙に舞う。

 右手に力を集中し、念じた。

 

――来なさい、緋想の剣!

 

 瞬間、右手に燃え盛る刀身を持つ緋色の剣が現れる。

 

 一撃で、仕留める!

 

 そのままスペルカードを掲げ、怪物どもへと狙いを定めた。

 

『地符「不譲土壌の剣」 !!』

 

 スペルカードを発動させ、気質を緋想の剣に込め、一直線へ地面へと降下し、剣を突

 き刺す。

 途端、怪物たちの両脇の地面が隆起し、挟み込んだ。

 

 これだけ派手にやれば、いくら弾幕が効かなくとも、耐えられないでしょ。

 

 地面に降り立ち、慧音と頷き合う。

 

 「これで、おしまいよね……」

 

 「わからんが、スペルカードの威力ならば奴らもただでは済まんだろう」

 

 土埃が上がり、静寂が訪れた寺子屋の庭に、奴らの声は響いていない。

 ということは、これで決まったってことだと思う。

 安堵のため息をついても、いいわよね。

 

 だが、それは時期尚早だった。

 いや、正しくはあたし自身の油断、そして驕り。

 隆起した地が轟音とともに爆散し、先ほどまでの達成感は一瞬にして砕かれた。

 

 そして、そこに再び立っていたのは先ほどまでの怪物ではなく、身を深緑に染め、大

 きなかぎづめを携えた虎のような姿をした者だっ た。

 怪物ではなく、まさに戦うための戦士と言った風貌のそいつは、奇声をあげ、こちら

 へ一歩ずつ歩み寄ってくる。

 しかも同時に三体。

 弾幕も効かず、スペルカードすらも通用しない彼らにこれ以上何をすればいいのか皆

 目見当もつかない。

 

「まさか……ここまでなの……!」

 

 このあたしが。

 天人であるこのあたしが、恐怖している。

 今まで戦ってきた全ての相手を凌駕するほどの力を持った未知の敵に対して。

 

「嘘よ……こんなの嘘よ……」

 

 言葉で強がってはみるが、全身の震えがその言葉を否定している。

 

 自分では何もできない、こいつらには勝てない、と。

 

「ま、まだだ!スペルカードを使えるのは一人だけではない!」

 

 慧音が叫び、宙へ舞う。

 右手を天に突き出し、詠唱を始める。

 

『産霊「ファーストピラミッド」!』

 

 スペルカード発動と同時に三体の使い魔を召喚し、布陣を組ませる。

 そして、位置についた使い魔が怪物へと大きな光弾を無数に射出した。

 次々と命中していく光弾。

 しかし、怪物は蚊に刺されたような顔を浮かべるだけで微動だにしない。

 それどころか先頭に立った怪物は光弾をいとも簡単に弾き飛ばした。

 

 一発は庭の奥の森へ着弾、爆発。

 もう一発は慧音へ目がけて飛んでいき、直撃した。

 

「うああああああああ!!」

 

 悲痛な叫びをあげ、そのまま下へと落下する慧音。

 

 そんな姿を目の当たりにしているのに、足が動かない。

 頬にはいつしか一筋の雫の跡が。

 

 情けない、情けない、情けない!!

 どうして?どうして動けないの!?

 あたしは、あたしは天人なのよ!

 護りたいものも見つかった!絶対にこれだけは護ると誓った!ほんの少しの間でも仲

 間や友達だと思える人が出来た!

 なのに何故それが原動力として機能しないのよ!

 恐怖心が、不安感が何だってのよ!!

 

「ぐっ……!」

 

 葛藤をしている間にも怪物はすぐ近くまで迫っていた。

 地に倒れ込んだ慧音は、首根っこを掴まれ宙へと掲げられる。

 苦悶の表情を浮かべながらも、四肢をばたつかせ抵抗するが、そんなことはお構いな

 しで怪物はもう一方の手を振りかぶる。

 

 だめ……どうしようもできない……!

 なにも、なにもできない……あたしには……!

 あたしはなにもできない弱虫だ!

 天人だからと思いあがって異変を起こすような愚かで哀れで役立たず!

 こんなあたしが誰かを護りたいだなんて……、一瞬でも思っちゃいけなかったんだ!

 

 誰か……誰か助けて……!

 

「……けて……」

 

 決して届かないであろう言葉を絞り出すように口に出す。

 それが何の意味も持たないと知りながら、それでも。

 

「うぅっ……ぐすっ……だれか……だれかたすけてよぉ……!」

 

 普段なら流さないあたしの弱い涙。

 理性のダムでせき止めているはずの物が容赦なく流れ出す。

 涙でぐしゃぐしゃになりながら叫ぶ。

 

「……誰か助けてよ!慧音を!美代を!この寺子屋を!誰でもいいから助けてよ!お願いだからぁ!!」

 

「……あぁ、助けるさ」

 

「えっ……」

 

「変身!」

 

【オレンジ!】

 

「ハァァァァァァアアアアアアア!オラァッ!」

 

【ロックオン!】

 

「ハァッ!」

 

【オレンジアームズ!花道オンステージ!】

 

 軽快な機械音と青年の声がこだまする。

 

「……ここからは、俺のステージだ!!」

 

 あたしの目の前には、きらびやかな琥珀色の鎧に身を包んだ一人の武者がいた。


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