「……終わった」
インベスを倒した、何とかこの寺子屋を守れた。
その達成感に包まれる。
【ロックオフ】
変身を解き、荒らされた庭を見渡す。
地面が大きくえぐれたりしているが、すぐに元に戻せるレベルだろう。
にしても、どうしてインベスが……。
見たところどこにもクラックは見当たらないし、もしクラックがあるとするならばそこら中にヘルヘイムの植物が植わっているはずだ。
既に消失してしまったのか、もしくはクラック+ヘルヘイムの果実=インベスという式が間違いなのか。
それに初級インベスではなく、上級インベスが三体も同時に出現するのもおかしい。
さっき人里で聞いた話じゃ頭でっかちな怪物というからてっきり初級インベスだと思ったんだけど……。
「コウタ……」
自分なりに状況を整理していると、不意に背後から声をかけられた。
「てんこ……。大丈夫だったか?」
天子がまだ収まらない震えを押し殺しながらそこに立っていた。
俺の問いかけに小さくうなずく天子。
「そっか……、ならよかった」
「まったく、一体全体何がどうなっているのか……」
天子に続いて慧音も歩いてくる。
それだけじゃない、寺子屋の生徒たちも続々と。
どうやら子供たちに怪我はない様だ。
それだけでも不幸中の幸いか。
「なぁ、葛葉。今の姿は……、今の武者はお前なのか……?」
負傷した左腕を抑えながら慧音が問う。
「あぁ。戦うための、護るための力だ」
「そうか……。只者ではないと思ってはいたが、まさか本当に只者ではなかったとはな……」
言いながら傷の痛みに顔を歪める慧音。
よく見れば出血している。
「……すまない。もっと早く駆けつけられていたら、そんな傷を負わせずに済んだのに」
「気にするな、大した傷じゃない。それにお前が責任を感じることではない」
「でも……」
「結果的にお前は私たちの命を救った、それでいいだろう?」
慧音の後ろには俺を見つめる子供たち。
「こうたにーちゃんすげー!」
「かっこよかったー!」
俺に対して次々と賞賛の声をあげ、キラキラと目を輝かせていた。
そして、先ほどまでの出来事などなかったかのように笑顔浮かべる。
相当怖い思いをしただろうに。強いなぁ、こいつらは。
「…………」
しかし、てんこ未だ俯いたまま口を開こうともしない。
外傷はないが、精神的な苦痛を感じているようだ。
何か声をかけようかとも思ったが、気の利いた言葉が浮かんでこなかった。
仕方なく俺は慧音へと向き直り言う。
「とにかく中へ入ろう、慧音。傷の手当てをしないと」
「……あぁ、そうだな」
◆寺子屋内・慧音の書斎
「なるほど……。あの怪物たちは元々葛葉の世界の存在なのか」
「厳密に言えば俺の居た世界にやってきたまた別の世界『ヘルヘイム』の存在になる。俺が知っているのは、奴らは好戦的で好奇心や空腹によって人々を襲う。そしてその正体は……」
言いかけて思いとどまる。
この先に続く言葉を言ってもいいものなのか。
『その正体はヘルヘイムの果実にその身を侵された人間の成れの果て』
こんなことを言えば、もしかすれば俺自身も非難の対象になるかもしれない。
「正体は……なんなんだ?」
慧音は途切れた俺の言葉に疑問を投げかける。
「いや……その……」
「…………まぁ、言いにくいことなら今は深く詮索はしない。いずれ整理がついた時で構わんさ」
言い淀む俺の心中を察したのか、慧音の方から引き下がってくれた。
傷を負っているのに気遣うだなんて、本当に優しい奴なんだな……。
本来なら、責められてもいいはずなのに。
インベスは元々俺が戦っていた相手だ。
もし今後も現れるとするならば、幻想郷の住人たちには戦わせちゃいけない。
天子と慧音は自らの意志で戦ったに過ぎないかもしれない。
しかし、その結果はご覧の有り様だ。
今後は俺がインベスと戦わなければ、慧音のような怪我人が増えるかもしれない。
いや、運が悪ければ死者が出てもおかしくはない。
この世界に出現したインベスは元々の戦闘相手であるアーマードライダーの俺が倒さ
ないと。
それがこの世界においての俺の責任と、義務だ。
この幻想郷を、沢芽市と同じには絶対にしない。
「なぁ、葛葉」
考え込んでいると慧音が引きつったような声で呼びかけてきた。
「あ、あぁ……どうした?」
「その、あまり強く包帯を巻かないでくれ……。逆に傷が痛む……」
無意識のうちに力が入ってしまっていたらしい。
「わ、悪い!」
急いで包帯をゆるめる。
なにやってんだ、俺……。
応急処置をするつもりが、これでは本末転倒じゃないか。
――ガタッ!
「…………」
向かいに座っている天子が急に無言で立ち上がる。
結構な勢いだったために、俺も慧音も視線をそちらへ向けた。
視線に気づいてはいるのだろうが、天子は何も言葉を発さずに扉の方へ小走りで移動
する。
「おい!どこ行くんだよ」
「……別に」
「別に、とは言うがそんな状態で出て行かれたらこちらも心配なんだが……」
「……どこだっていいでしょ!」
天子は叫ぶようにそういうと扉を乱暴に開け閉めして走って行ってしまった。
「てんこ……」
「……相当に、落胆しているのだろうな」
「落胆、か……」
「まぁ、無理もないさ。私もそうだからな」
慧音は左手に握り拳を作り、見つめながら話す。
「インベス、といったか。あの怪物には私たちの攻撃が全く通じなかった。最後の頼みの綱の『スペルカード』でさえ、な」
言って深いため息を吐く。
正直、慧音や天子たちをはじめとする幻想郷の住人たちがどのように戦うのかはわか
らない。
けれど、それが全くインベスに通じないとすれば、今対抗できるのは明らかに俺一人
だけだ。
定かでなかったとはいえ、インベスとの戦闘を意図せず彼女たちに強いてしまったこ
とが非常に心苦しい。
「とはいえ、私は後悔してはいない。微力ながら、戦い、結果この寺子屋を守れたのだからな。欲を言えば自分の大切なものは自分で守りたかったが、お前という助けがなければ成し得なかったこと。言っても詮無きことだ」
そして視線を天子が出ていた扉へと移す。
「だが、彼女はそれでは納得がいかないようだがな……」
「それは……あいつが天人だから、なのか……?」
「……さぁな。私に聞くより、本人に聞いてみたらどうだ?」
「でも、俺はあいつになんて声かけたらいいのかわからない……」
「別に言葉なんて必要ないさ」
「えっ?」
「ただ、そばにいてやればいい。放っておけば、簡単にぽっきりと折れてしまいそうだからな」
簡単に言うなよ……。
あいつとは慧音や霖之助と比べればちょっとだけ付き合いが長いってだけで、完全に
分かりあってるわけじゃないんだ。
だからといって、放っておくわけにもいかない。
仕方ない、か。
「じゃあ、ちょっと行ってくる」
扉を開き、そのまま部屋を後にした。