東方果実錠   作:流文亭壱通

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決意

◆寺子屋・裏庭

 

 

 コウタたちの元から走り去って、あたしは寺子屋の裏庭にいた。

 少し大きめの岩の上に膝を抱えながらポツンと座る。

 

「はぁ……」

 

 なにやってんだろ、あたし……。

 自分の無力さに苛立っているからって、コウタたちに八つ当たりして逃げるように走

 ってくるだなんて。

 ばっかみたい……、まるで子供じゃないの。

 

 あたしは……、何もできなかった。

 弾幕も、スペルカードも通じなかった。

 渾身の一撃だったのに……。

 おまけに慧音に怪我までさせてしまった。

 全てはあたしが弱いからだ。

 なにが『護りたい』よ!

 こんな未熟で自分の力量すらわからない大馬鹿者がそんな大層な想いを持つなんてお

 こがましいにも程がある。

 

 ほんっとうに最っ低!

 今すぐこの場で消えてなくなりたい……!

 あたしなんか!あたしなんか!

 外来人の人間にも及ばない役立たずよ!

 

「うっ……ひぐっ……ぐすっ……」

 

 溢れ出る涙が止まらない。

 両手で顔を覆い、せき止めようとしても無意味に終わる。

 

「うぁぁぁあああん!あああああああああ!」

 

 泣き叫んだ。

 西に傾く夕日が照らす中、一人で。

 まぶたが腫れ上がるのも気にすることなく、やりようのない想いを投げ捨てるよう

 に。

 

――ポン

 

 不意に頭に手を乗せられる感覚。

 恐る恐る顔をあげると、そこにはあたしの頭に手を乗せるコウタがいた。

 

「あっ……!」

 

 見られた!

 一番泣き顔を見られたくないやつに。

 みるみる頬が熱くなっていく。

 

「な、なんで追ってきたのよ……!」

 

 そっぽを向きながら悪態をつく。

 少しでもぐしゃぐしゃな泣き顔を至近距離で見られないようにという、ささやかな抵

 抗。

 

 コウタはそんなあたしに囁くように話しかける。

 

「心配だからに決まってるじゃないか」

 

 やめて……。

 

「あんたに心配される筋合いなんてないわよ!」

 

 やめてよ……、そんな慰めは!

 

「それでも心配なんだ。お前は大切な仲間なんだから」

 

「……仲間」

 

「あぁ、だから俺はお前のことが心配だ」

 

「……本当に仲間だって思ってる?」

 

「当たり前だろ、何言ってんだよ」

 

「でも、あたしは……!あたしはあんたみたいに戦えない!何の役にも立たない!それでも仲間って言えるの!?」

 

「あぁ、言えるさ」

 

「……っ!」

 

「戦えなくても、俺にとっては信頼できる仲間で、大切な友達だ」

 

「あたしは天人なのよ!人間よりも上位の種族なの!なのに人間の外来人に出来ることが出来ないだなんて……!」

 

 感情が高ぶり、思わず立ち上がる。

 泣き顔を見せぬよう顔を背けるのすら忘れながら。

 

「確かにお前は強い種族かもしれない。けどな、けど……。背負わなくていいものまで背負い込み過ぎるな」

 

「あたしは背負わなくちゃいけないの!あたしは異変を起こしていろんな人を傷つけた!それなのに、そんなあたしを慕っておねえちゃんと呼んでくれる大切な存在が出来たの!だから、あたしは……!その子を護るために……っ!」

 

 心の内を投げつけるように叫ぶあたし。

 でも、あたしは全部叫びきれなかった。

 

「あっ……」

 

 叫びきる前にコウタに優しく抱きしめられたから。

 

「……そうか。よかったな、てんこ。なら、なおさらお前は戦っちゃいけない。お前が大切に思うその子は、お前が戦って傷ついたら悲しむだけだ。お前は天人で人間よりも力があるかもしれない。でも、種族とか関係なしにてんこは、一人の女の子だろ。それに元々インベスは俺が倒すべき敵だ。その戦いに巻き込みたくない」

 

「でも……」

 

「安心しろ」

 

 あたしの肩を抱いて真っ直ぐに見つめながらコウタは言った。

 

「お前もお前の大切なものも、この幻想郷って世界も全部俺がまとめて護る!あのベルトは俺にしか使えない。俺にしか出来ないことをやり遂げるための力だからだ。だったら俺はその力で戦えない全ての幻想郷の住人の代わりに戦う。それが、俺が今背負うべき責任ってやつだ」

 

 そう言ってコウタは微笑んだ。

 力強い眼差しにはまぶしいほどの輝きが宿っている。

 

 とても変な気持ち。

 恥ずかしくて顔を見られたくなかったのに、今は視線を外せない。

 絶対に頬が真っ赤になってるってわかるのに、コウタの顔に勝手に集中してしまう。

 真剣な眼差しと優しく朗らかな表情、肩に伝わる大きくて温かい手の感触、そして息

 遣いまで感じる近い距離。

 この状況に頭がクラクラする。

 

 なんなのよ、この気持ちは!

 なによ、一人の女の子って……!そんなこと言われたの、初めてだからどう反応して

 いいかわからないじゃないの!

 それにどうしてコウタはそこまで……。まるで、自分を進んで犠牲にするみたいな口

 ぶりじゃない!

 

「ばか……」

 

「えっ?」

 

「離しなさいよ、ばか!痛いじゃない……」

 

「あっ、すまん。つい……」

 

「つい、じゃないわよ!人が泣いてるときに勝手に追いかけてきて強引に抱きしめるだなんて!」

 

「おい、ちょっと語弊のある言い方すんなよ」

 

「うっさい!ばーか!あんたじゃなかったら、あたしに気安く触るだなんてボッコボコに殴ってるんだからね!」

 

「な、なんだよそれ。意味わかんないぞ」

 

「ふん!『全部まとめて俺が護る』だなんて格好良いこと言ってたけど、あたしの責任はあたしの責任!あんたになんか背負わせないわよーだ!」

 

「お、俺はお前のことを思ってだな!」

 

「あたしは逆にあんたのこと思って言ってんのよ!」

 

「はぁ?」

 

「あたしはインベスと直接戦えないかもしれない。でもね、あんた一人に戦わせるなんてできない。少しくらい手助けしたいの!巻き込みたくないだなんて言っても、こっちから勝手に巻き込まれてやるんだから!」

 

「てんこ……」

 

「あんた一人にだけ背負わせるなんて、たまったもんじゃないわ!良い?今度もう一度このあたしを差し置くようなこといったらぶん殴るからね!」

 

「……わかったよ」

 

 小さな溜息をつき、半ばあきれた表情しながらもコウタは了承した。

 

「よろしい!」

 

 涙などもう流れていなかった。

 コウタに抱きしめられたからとかでは決してない、はず……。

 でも、さっきまでの弱いあたしはもういない。

 この馬鹿が身を滅ぼさないよう、そしてあたしの大切なものを護るために頑張る。

 そんな強い使命感に燃えている。

 

 あたしは強くならなきゃいけない。

 コウタのためにも、自分のためにも。

 そして、美代のためにも。

 

 

「おほん。帰ってくるのが遅いと思って来てみれば、仲がよろしいことで」

 

 気づくと背後に慧音がいた。 

 なにやら変な誤解をしているような気がする。

 

「あ、慧音?あのね、別にそういうんじゃなくて」

 

「いや、気にすることはない。男女の間柄だ、何があってもおかしくはないだろう」

 

「いやだから違うの!コウタとはそういう関係じゃ」

 

「隠さなくてもいいじゃないか。葛葉、お前も隅には置けないな」

 

「なんのことだかさっぱりわかんないんだけど……」

 

「はっはっは!比那名居!意中の相手はなかなか手強いらしいぞ」

 

「だから違うんだってば~!!」

 

 さっきの真剣な雰囲気の中でした決意はどこへやら。

 慧音は終始あたしをからかい、コウタは疑問符を頭上へ浮かべ続けるのだった。

 


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