東方果実錠   作:流文亭壱通

16 / 16
第四章
新たな仕事


 

◆香霖堂

 

「まったく!君の横暴には怒りを通り越して呆れたよ」

 

「……すまん」

 

「比那名居天子!君も君だ、なぜ彼を止めなかったんだ!」

 

「……ごめんなさい」

 

「はぁ……」

 

 俺と天子に叱責したのちに深い溜息を吐く霖之助。

 椅子から静かに立ち上がると、俺たちの前へとゆっくり歩み寄る。

 

「まぁ、雇い主としての不満はここまでにして、だ。話を聞いたよ、どうやら僕の友人とあの寺子屋を救ってくれたらしいね」

 

「え、どうして……」

 

「慧音から聞いたのさ。くれぐれも二人を責めないでくれと念押しまでされてね」

 

 そっか、慧音のやつ気を回してくれたんだな。

 まぁ、なんというか助かった。

 霖之助の説教は長くなるからな。

 

「いま、僕の説教は長くなる、と考えただろう」

 

 うぐっ!す、するどい……。

 

 眼鏡をかけなおし、霖之助は続ける。

 

「まぁ、いいさ。今回の件はこの辺で勘弁してあげよう」

 

 その言葉に俺も天子もほっと胸をなでおろす。

 だが、俺はそのまま安堵に浸らずに、腰につけているロックシードと戦極ドライバー

 を外し、霖之助へ差し出した。

 

 霖之助は面食らったような顔をして、俺の顔とロックシード、戦極ドライバーへ交互

 に視線を移す。

 

「……なんのつもりだい?」

 

「俺はまだこれを正式に返してもらったわけでも買い戻したわけでもない。緊急時とはいえ、勝手に持ち出して使ったんだ。きちんと返すよ、これはまだ霖之助の物だからな」

 

「コウタ……、ホントにいいの?」

 

 天子が残念そうな表情でつぶやくように言う。

 

「いいんだ。俺は約束したからな、ここで雇ってもらって信用してもらえるようになったら返してもらうって」

 

 霖之助は俺からその二つを受け取ると、レジの上へと静かに置いた。

 

 またしばらくお別れだな……。

 インベスが今後も現れると分かっているわけじゃないし、約束は約束だ。

 霖之助へ再び預けるのが道理だろう。

 

 天子は少し納得のいっていないような表情をするが、以前とは違い素直に俺の行動を

 許してくれた。

 

 霖之助が再び俺たちへ向き直る。

 手を後ろで組み、少し笑みを浮かべながら口を開く。

 

「まぁ、君の意思は汲もう。かなり横暴ではあったが、しっかりと義理は通そうという心意気は僕も嫌いじゃない」

 

 そして一つ咳払い。

 今度は一転して真剣な眼差しで霖之助は言葉をつなげる。

 

「さて、君たち二人には今日まで五日ほど働いてもらった。雇い主として、しっかりと働きに応じた報酬を払わねばね」

 

 そう言って腰巾着から俺の見たことのない紙幣の束を取り出し、枚数を数える。

 

「一日の基本報酬として、二十。そして商品の破損や本日の迷惑料を差し引いて、ざっとこんなものだね」

 

 『圓壱』と大きく書かれた紙幣の束を俺と天子へと差し出す霖之助。

 枚数をざっと見ると俺は五枚、天子は三枚だった。

 天子は初日に壺を何個も割ったからその分多く引かれたのだろう。

 

「……たったこれっぽっちじゃコウタのベルトは買い戻せないわ」

 

「まぁ、そんな気を落とすなよ。最初なんだからこんなもんだろ」

 

 そんな俺たちの会話を聞きながらも、霖之助はまだ紙幣を数えるのをやめない。

 

「おい、もう支払いは終わったんじゃ」

 

「まだ、だよ。今日の一件で君たちには特別報酬を出さないとならないからね」

 

 特別報酬……?なんだそりゃ。

 ボーナス、みたいなもんか?

 

「特別報酬は、これさ」

 

 霖之助は先ほど俺が返したばかりの戦極ドライバーを差し出す。

 

「…………え」

 

 天子と顔を見合わせる。

 霖之助の行動の真意が見えず困惑するしかない。

 

「僕との約束は果たせなかったが、君は君自身の責任とやらを果たしたんだ。これは君に返そう」

 

「で、でも」

 

「それは君にしか使えないんだろう?ならば、僕が保有していても意味がない。怪物が出るたびに強引に商品棚を荒らされては僕も困るからね」

 

 そっと戦極ドライバーを手に取る。

 

 やっと、やっと戻ってきた。

 俺にしか出来ないことをやり遂げるための力。

 フェイスプレートに浮かび上がるアーマードライダーの横顔がきらりと光る。

 ずっしりと背負った責任がこもっているような重量感。

 

 今、俺は再び鎧武になった。この瞬間から。

 ビートライダースのアーマードライダー鎧武ではなく、幻想郷を守護する鎧武者、鎧

 武に。

 

「……ありがとう。霖之助」

 

 俺のことを少しでも認めてくれた事へ感謝の意を伝える。

 霖之助は目を背けながら、言う。

 

「ふん、礼はいらないよ。返すべきものを返しただけだ」

 

「最初から素直に返せばよかったじゃないの……」

 

 おいおい、余計なこと言って水を差すなよ……。

 

「おほん。さて、この件はこれ終わりにして、君たちに仕事がある」

 

 咳払いをして切り出す霖之助。

 誰が見ても照れ隠しだと分かる素振りと当人は気づいていない。

 挙動不審だぞ、目も泳いでるし。

 

 そんな霖之助の様子はどうでもいいと言わんばかりに天子が問う。 

 

「仕事って何よ。また配達?」

 

「いや、違う。もっと重要な仕事だ」

 

「重要な仕事?面倒なことじゃないでしょうね?」

 

「残念ながら、その通りさ」

 

 まったく、息をつく間もないというかなんというか。

 昨日の今日でまた面倒事を押し付けられんのかよ。

 

「んで、その重要な仕事ってのは一体何なんだ?」

 

 俺の問いに霖之助は手を顎に当てつつ答える。

 瞳に真剣な光を灯しながら。

 

「これは依頼されたものではなく、あくまでも僕個人の頼みなんだが」

 

 もったいぶるような霖之助の口ぶりに焦れたのか天子は急かすように言う。

 

「前置きなんていいから、さっさと言いなさいよね」

 

 天子の態度に少しだけムッとしながらも霖之助は続ける。

 

「単刀直入に言おう。君たちにはこの幻想郷の警備を頼みたい」

 

 幻想郷の、警備だって?

 なんだってそんな……。

 

「警備って、そもそもそんなことする理由は何なんだよ」

 

「君だってわかっているだろう。インベス、といったか。あの怪物が二度と出てこないという保証はどこにもない。それと同時にまた出現するという保証もないが、念には念をだ。少しでもリスクを回避するためだよ」

 

 確かにインベスの脅威はまだ去ったわけじゃない。

 現時点で戦えるのが俺しかいないのもまた事実。

 ならあえて俺に警備をさせて迅速に行動させた方が被害も少なくて済む。

 理屈で考えれば納得はできる。

 

「理由は分かったけれど、この幻想郷をあたしたちだけでカバーするなんて無理な話じゃないかしら?」

 

 天子の言うとおりだ。

 それほどこの幻想郷については知らないけれど、俺と天子の二人でカバーできるの

 か?

 まさかそんなに狭いわけでもないだろうし。

 いくらなんでも無理難題すぎるぞ。

 

「そういうと思って、助っ人も用意したよ」

 

「「助っ人?」」

 

 天子と声を合わせて聞き返す。

 

「君たちよりもずっと経験のある者たちだ。連携して頑張ってくれたまえ」

 

 そう言って霖之助は店の奥へと入ってしまった。

 

「…………」

 

「…………」

 

 天子と顔を見合わせ、同時に首をかしげる。

 

 警備しろといきなり言われ、尚且つ助っ人と連携しろって言われてもなぁ……。

 

「って!そもそもどこへ向かうか言ってないぞ霖之助!」

 

 店の奥へ声をかけるが返事はない。

 そのかわりに、紙切れがレジ上に残されていた。

 

『人里にて待て 霖之助』

 

 紙切れにはそう記されていた。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。