東方果実錠   作:流文亭壱通

7 / 16
交渉

◆幻想郷・魔法の森入り口付近・香霖堂

 

「御免くださーい!」

 

 扉を押し開けると、埃っぽいような木の香りが鼻につく。

 薄暗い店内にはレトロな木を基調とした雑貨が多く並んでいる。

 中には陶器、古臭い電子機器など所狭しと置かれており、足を踏み出すスペースを探

 すのに苦労するほどだ。

 一声かけてはみたが、反応は依然ない。

 商品と思しき壺の列を慎重に越えながら、何とか店内へと踏み入れる。

 

「すみませーん!」

 

 もう一度声をかけてみる。

 自分の声が反響して戻ってくるのが少し不気味だ。

 その時、数秒ほどの間をおいて店の奥から物音がした。

 どうやら不在ではないらしい。

 

「あのー!」

 

 念を押すようにもう一度声をかける。

 すると今度はちゃんと声が返ってきた。

 

「少し待ってくれたまえ、今そちらへ行くから」

 

 若い男の声だ。

 てっきりこんな内装だから中年のおっさんが出てくると思ったんだけど。

 まぁ、イメージで判断するつもりはないけれど。

 がさごそと物をかき分けるような音とともに足音が近づいてくる。

 店主が出てきたようだ。

 

「やぁ、いらっしゃい。すまないね、お待たせしてしまって。僕はこの『香霖堂』の店主、森近霖之助だ」

 

 本の束を手近な机へと置きながら、店主らしき男はこちらへと向き直る。

 先ほどの声の主は銀髪に眼鏡をかけ、民族衣装のような衣服を身にまとった姿。

 すらっとした高身長で、さっぱりとした目鼻立ち。

 森近霖之助と名乗ったそいつは、俗に言う美形の少年だった。

 

「ん?君、見ない顔だね。人間のようだが、珍妙な身なりを見るに……。外来人かな?」

 

 俺を見下ろすように睨め回すと、腕を組みながら言う。

 

「あ、あぁ……。俺は葛葉紘汰、どうやらこの世界で言う外来人ってやつらしい」

 

 視線を下に下げられながら話すのは少し息苦しく感じる。

 そんな俺のことをよそに霖之助は言葉を続けた。

 

「ふむ、外来人がこんな店に一体何の用かな?言っておくけど、元の世界に戻る道具なんてここには……」

 

 霖之助が言い終わる前に後方から天子が遮る。

 

「お生憎さま、あたしたちが探してるのはそんな代物じゃないの」

 

 霖之助は顔をしかめながら俺の後方へと目を移す。

 そして天子の姿を見るや否や語気を荒げた。

 

「……比那名居天子。どういう風の吹き回しだい?比那名居一族のご令嬢が人間、しかも外来人を連れて下界へやってくるなんて」

 

「別に?あたしは探し物を手伝ってやってるだけよ。それ以外の理由はないわ」

 

「そうかい。ま、くれぐれも問題は起こさないでくれたまえ。君の起こした異変の後始末はまだ済んでいないのだからね」

 

「わ、わかってるわよそんなこと!」

 

「どうだか。自らの欲のために異常気象を起こした人物の言うことだから、いまいち説得力に欠けるね」

 

「……くっ!」

 

 天子が唇を噛みしめ、怒りを抑え込むのが俺にまで伝わってきた。

 

「おい、その辺にしとけって。俺たちは言い争いに来たんじゃないんだ」

 

 天子が過去に過ちを犯したのが事実だろうが、こいつはあまりにもひどすぎる。

 俺に言葉に霖之助は肩をすくめながら言う。

 

「ま、いいさ。それでご用件は何かな?」

 

 その悪びれた様子のない態度を見て憤りを感じたが、ここで喧嘩腰になっては元も子

 もない。

 まずはここへ来た目的を話さなければ。

 

「えっと、ショーウィンドウに飾ってあるものことなんだけど……」

 

 目的の物を指差しながら言う。

  

「ショーウィンドウ?あぁ、そういえば今朝新しい商品が入ったね。これのことかな?」

 

 戦極ドライバーとロックシードを手に取りながら、霖之助は俺を一瞥する。

 

「確か名称は『戦極ドライバー』と『ロックシード』。ユグドラシル・コーポレーションが開発したベルトバックル型生命維持装置および戦闘システム。果実を模した装備を出現させ、それを身に纏うことにより戦闘能力を飛躍的に向上させる次世代型兵器。やはり、外界からの流れ物だったんだね」

 

 霖之助はまるで最初からそれが何なのか知っているかのように淡々と言ってのけた。

 

「な、なんでお前がそれを!?」

 

 異世界の人物がこいつの名前や用途を知っているはずがない。

 まさか、ユグドラシルはこの世界にも手を出してたのか?

 俺が慌てふためくのを眺めつつ、霖之助は続ける。

 

「別に驚くことじゃないさ。これは僕の能力でね。あらゆる物の名前と用途がわかるだけさ。使い方まではわからないし、ましてや知るつもりもない」

 

「の、能力……だって?」

 

 何だよその変な力は。エスパーか何かなのか?

 大体、詳しい内容を知りすぎていて、そんなの信用できるか。

 

「君は僕を特異な奴だと感じているんだろうけれど、それは間違いだ。僕はこう見えて人妖でね、人間と妖怪のハーフなんだ。だから能力が使えるのはこの幻想郷においてそう珍しいことじゃない」

 

 こいつもまた天子と同じ人外ってやつなのか……?

 本当に頭がおかしくなりそうだ。

 しかし、そんなことで驚いている暇はない。

 さっさと本題に入って、さっさと帰ればこれ以上不愉快な気分にならなくて済むだろ

 う。

 

「実はそれ……、俺がこの世界に来た時に落としたものなんだ。だから、その……。いきなり来てこんなこと言うのはおこがましいかもしれないけれど、それを返してくれないか?俺にとってそいつは、命よりも大切なものなんだ」

 

「ほう……、それはそれは災難だったね。大切なものを紛失してさぞ不安だっただろう」

 

「じゃ、じゃあ……!」

 

「だが、僕としての答えは『否』だ」

 

 霖之助は俺を見据え、睨めつけるような眼差しで言い放った。

 その眼は俺を明らかに見下し、軽蔑するような光を持っている。

 

「な、なんだよそれ!ふざけんな!俺はそのベルトを手にした時から大きな責任を背負ってるんだ、それを簡単に投げ出すわけにはいかないんだよ!」

 

「たとえこれが君が失くした物であっても、今は立派なうちの商品なんでね。僕も慈善で商売してるんじゃないんだ、ただで渡すほどお人好しじゃない」

 

 憮然として霖之助は続ける。

 

「それに、君は今これを命よりも大切だと言ったね?なら聞くが、なぜそんなにも大事なものを不可抗力とはいえ失くしたりした?大きな責任を背負ってるだって?笑わせないでくれたまえ。本当に大事なものならどんな状況でどんな事が起ころうとも、紛失したりなんかしないはずだ。肌身離さず持っているべきものを紛失した時点で、君は責任を放棄したも同然だ。それなのにも関わらず、お次はただで返してくれと戯言を言う。君は甘すぎる。そんな薄っぺらで背負った責任すら果たすこともできないような奴に僕の商品はたとえいくら出されても渡せない」

 

「…………」

 

 言葉が出なかった。

 霖之助の言うことは正しい。それ故に、俺は何も言い返すことが出来ない。

 せいぜい拳を強く握りしめることだけしかできない。

 だからこそ自分自身の過ちに苛立つ。

 

「ちょっと……黙って聞いてれば随分と好き勝手言うじゃないの!」

 

 何も言えない俺とは対照的に天子は霖之助に物申す。

 

「事実を言ったまでさ。その証拠に、彼は何も言えないでいるじゃないか」

 

 そうだ。そもそもの原因は俺が管理を怠ったからだ。

 少々、横暴かもしれないが、霖之助の言い分は筋が通っている。

 自らの未熟さと何も口にできない情けなさで肩が震える。

 

 そんな俺の状態を察してなのかさらに天子は畳みかける。

 

「でもそれがコウタの持ち物なのには変わりないでしょ!あんたそれを商品として堂々と商売するわけ?とんだ悪徳商人ね!」

 

「人聞きの悪いことを言うね。僕はこいつを相応の値段で買い取っているんだ。それがもともと遺失物だろうが、取引は正式に成立している。何の問題もないと思うけどね?」

 

「取引上問題なしでも、そんなんじゃ納得できないわよ!」

 

「感情論はよしてくれたまえ。僕は論理的に物事を進めるタチなんだ。不満というのなら正式にこいつを君が買い取って彼に渡してくれればいい」

 

「あ、あんたねぇ……」

 

 駄目だ。霖之助のほうが一枚上手だ。

 天子や俺がいくら噛みついても意味がないだろう。

 

「……いくらよ」

 

 天子が怒りを押し殺した声で静かに問う。

 霖之助は眉をひそめ、腕を組み少し思考しながら口を開く。

 

「……そうだね。値段をつけるとすれば……、五百ってとこかな」

 

 値段を聞いた天子は飛び上がる勢いで声を張り上げた。

 

「ご、五百ですって!?家が一軒建つ額じゃないの!」

 

「当然だろう。こんなに珍しいものは滅多にお目にかかれないんだ。もし売るのであればそれ相応の代金を貰わないとね」

 

 天子はギリギリと怒り抑えるのに必死でそれ以上は何も口にしなかった。

 いや、正しくは口に出せなかったのだろう。

 俺には正直この世界の通貨価値などわからないけれど、もし天子の言ったことが本当

 なら、相当な額だ。

 今から用意しようとしたところで到底無理だろう。

 

「代金を支払えないのであれば、さっさと帰ってくれたまえ。僕もこう見えて暇じゃあないんだ」

 

 これ以上俺たちに出来ることはないのだろうか……。

 そう考えている間にも霖之助は、奥の部屋へ戻ろうとする。

 天子は何か言いたげだが、言葉が出ずに口をパクパクするだけだ。

 駄目だ!何とか粘らないと。

 何か……、何か手は……。

 

「……ちょっと待ってくれ」

 

 俺の声に霖之助は立ち止まり、向き直る。

 もうこうなればヤケだ。

 

「……何かな?」

 

 霖之助は不機嫌そうに睨み付けるようにこちらを見つめている。

 射抜くような視線に少しばかりひるみながらも、俺は覚悟を決め、切り出した。 

 

「お、俺をここで働かせてくれないか?」

 

「……何だって?」

 

「俺をここでしばらく雇ってくれ。そいつを取り返すためなら、俺は何でもする!どんな仕事もやってみせる!だから、頼む!」

 

「ちょ、ちょっとコウタ!あんた何言って……」

 

 俺の申し出に霖之助も天子も面食らったようだ。

 でも、俺に考えられる打開策はこの程度しかない。

 深々と頭を下げ、視線を霖之助へ戻すと、霖之助は小さく溜息を吐きながら眼鏡をく

 いっと掛けなおす。

 

「……本気なのかい?」

 

 凄みを利かせた声で俺へ問いかける霖之助。

 どうやら俺の真剣な想いを受け止めてくれたようだ。

 

「ほ、本気なわけないじゃない!こいつ、今ちょっと混乱して……」

 

「僕は君じゃなく、彼に聞いているんだ。口を挟まないでくれ」

 

「……うぐっ」

 

「葛葉紘太。本気でここで働くつもりかい?」

 

「あぁ、勿論だ」

 

「どうして?」

 

「そうすればあんたも少しは俺のことを信用してくれるかもしれないだろ」

 

「なるほど、だがもしそうならなかったら?」

 

「そんなことには絶対ならない」

 

「どうしてそう言い切れる?」

 

「それだけ本気でやるつもりだからだ」

 

「……ふむ」

 

 押し問答を数回繰り返し、霖之助は再び腕を組み思考を巡らせる。

 そして、数秒。

 思考が終了したのか俺へと視線を戻し口を開いた。

 

「言っておくが、賃金は低い。それなりに仕事もきつい。それに、僕が君を見直すかどうかもわからない。それでも良いというのなら、好きにするといい」

 

 俺の申し出を霖之助は渋々ながら了承してくれた。

 これで首の皮は繋がった。

 一方で天子は何やら納得できていなさそうにあからさまな不機嫌顔で俺を睨み付けて

 いる。

 

「じゃあ、早速明日から来てくれたまえ」

 

 手短に用件だけを伝えると霖之助は足早に奥の部屋へと戻っていく。

 それを見て俺がほっと一息をつこうとした途端、天子が詰め寄ってきた。

 

「あんた!勝手な事やってんじゃないわよ!」

 

「取り戻すために行動しただけだろ。何をそんなに怒ってんだ」

 

「取り戻すためとはいえ、何もあんな奴に雇ってもらう必要はないじゃないの!」

 

「確かにいけ好かない奴かもしれない。でもあいつの言ってることも事実だし、信用させるにはそばで働いた方が一番でいいだろ」

 

「……はぁー。あんたって馬鹿だとは思ってたけど、本当の馬鹿ね……」

 

「おい、馬鹿はないだろ!」

 

「うっさいわよ!ばーかっ!」

 

「なんだよてんこのくせに!」 

 

「それはあんたが勝手に呼んでるだけでしょうが!」

 

「うっさいてんこ!」

 

「何ですってー!!」

 

「君たち、店内で騒ぐなら外でやってくれないか!」

 

「すみません……」

 

「ごめんなさい……」


 ▲ページの一番上に飛ぶ
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。