東方果実錠   作:流文亭壱通

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第三章
ここからは俺のステージだ!


◆香霖堂店内

 

 霖之助の店で働きはじめて数日が経った。

 最初はどんな無理難題が来るかと思っていたが、意外にも任されるのはごちゃついた

 店内の整理や掃除。

 近隣住民への配達など、雑用的なものばかりで正直拍子抜けしてしまった。

 それに何故かは知らないが、当初は俺が香霖堂で働くことに否定的だった天子も一緒

 になって手伝いをするようになった。

 彼女曰く『あんたに協力してあげるって約束したんだからあたしも手伝うのが当然じ

 ゃない!』とのこと。

 どんな意図があるのかは知らないけれど、人手が多いのは有難いことだ。

 

「よし、こんなもんだな」

 

 棚の埃を払い、書籍を五十音順に並べ入れる。

 やるからにはとことん。

 ここまできれいにすれば、霖之助も文句は言わないだろう。

 

「あー、もう!何でこんなに落ち葉があんのよ!」

 

 店先で掃き掃除をしている天子の声が店内まで響く。

 手伝うとは言うくせに、悪態はつくのかよ……。

 まぁ、そろそろ2時間は経ったころだ。

 休憩にしよう。

 

「二人とも。そろそろ手を止めてくれ」

 

 そう思ったころ、店の奥から我が雇い主が現れた。

 何やら小包を抱えて。

 

「なによ、一体」

 

 ぶつくさ言いながら天子も店内へと戻ってくる。

 俺たちが二人とも戻って来たのを確認すると霖之助は一つ咳払いをして言う。

 

「ちょっと届け物をしてもらいたくてね」

 

「届け物?一体どこへ?」

 

「なに、それほど遠くはない。人里の寺子屋さ。古い友人がいてね、歴史書が入荷したら送ってほしいと頼まれていたんだ」

 

「友人ならあんたが直接届ければいいじゃないの」

 

「そうしたいのはやまやまなんだけどね、僕はこれから仕入れに出かけねばならないんだ。それほどお客も来ないだろうし、君たちが行ってくれると助かるのだが」

 

 ポン、と小包を叩きながら霖之助はこちらを見やる。

 天子が乗り気でないのはいつものことだし、この際無視していいだろう。

 人里なら確か歩いて一時間もかからなかったはずだ。

 

「わかった。ちゃんと届けるよ」

 

「うむ、頼んだよ。大事な友人だからくれぐれも粗相のないようにね」

 

「ったく、また安請負して……」

 

「別に俺一人で行ってもいいけど」

 

「む……い、行くわよあたしも!」

 

「いや、無理しなくても」

 

「無理してないわよ!」

 

「さっき嫌そうだったじゃないか!」

 

「うっさいわね!」

 

「いいから、さっさと行って来てくれ」

 

「すみません……」

 

「ごめんなさい……」

 

 

◆人里

 

 

「なんでそんなに素直じゃないんだよ」

 

「生まれつきなのよ!悪かったわね」

 

「悪いとまでは言ってないだろ」

 

「ふん!」

 

 ここまでツンケンされると扱いに困るなぁ。

 大体、協力してくれるの有難いけれど、霖之助のもとで働くことに関してはノータッ

 チでもいいはずなのに。

 なんで悪態をついてまで手伝おうとするのか。

 店にいるときはほとんど不機嫌だし。

 

 舞に似ている部分もあるけれど、この辺は似てないな。

 だからこそ扱いに困っているんだが。

 

「ほら、ここじゃないの。配達の場所」

 

 天子が口に出しながら立ち止まり、指差す。

 

『寺子屋』

 

 達筆な字で板に書かれ、門に提げられている。

 

「ここ、みたいだな。よし、行こう」

 

 敷居をまたぎ敷地へと踏み込む。

 門の先には広々とした庭が広がり、平屋建ての日本家屋が鎮座していた。

 子供たちの声だろうか、賑やかな声が家屋の中から響いてきている。

 

「へぇ~、こんな場所もあるんだな。幻想郷にも」

 

 そもそも幻想郷に子供が存在していると思っていなかった。

 いや、当たり前と言えば当たり前なんだろうけれど。

 ここ数日間、幻想郷では子供を見かけなかったからな。

 

「ここは幻想郷唯一の寺子屋。一番子供が集まっている場所ね」

 

「そうなのか。とにかく驚きだよ、学校があるだなんて」

 

「がっこう……?」

 

「あぁ、その子供たちが勉強するとこってことだ」

 

 わざわざ寺子屋っていうのは何故だろうとは思っていたけど、まさか学校が通じない

 とは。

 

「まぁ、学が無きゃ生きていけないわけだし?あって当然じゃないの」

 

「天子もこういうとこに通ってたのか?」

 

「……あたしは比那名居一族の娘よ?教育係が家にいて、そいつに教わってたわ」

 

「そっか……」

 

 なるほど。

 我の強さの原因はそういうとこにもあるのかもしれないな。

 気づくとすでに家屋の玄関前に到着していた。

 

 呼び鈴を探すがどこにも見当たらない。

 仕方なく引き戸を開き、中を覗いてみる。

 質素だが趣のある日本家屋の廊下が長く伸びている。

 見た目だけならとてもここが寺子屋だとは思えない。

 だが、廊下の奥から子供たちの声が響いてこなければだが。

 

「ごめんくださーい!香霖堂でーす!」

 

 ひとまず声をかけてみる。

 だが、廊下の奥の喧騒にかき消され、俺の声は届かないようだ。

 

「参ったな、聞こえてないみたいだ」

 

「入っちゃえばいいじゃない、中にいる人に用事があるんだから」

 

「いや、流石にそれはあまりにも失礼だろ」

 

「返事しない方が悪いのよ」

 

 言いながらずかずかと天子は中へ上がりこもうとする。

 

「駄目だっての!」

 

 腕を引き、天子を制する。

 結果的に中に上がるにしても、勝手に入るわけにはいかない。

 

「ったくもう!あんたって変に律儀ねぇ」

 

「お前が変に礼儀知らずなだけだろ」

 

「はぁ?ちょっとそれどういう意味よ」

 

 ここで言い合っていてはまた誰かに怒られるのが目に見えている。

 天子の腕を引き、廊下の奥の部屋があるだろう方へと引っ張っていく。

 

「あ、ちょっ!引っ張らないでよ!ていうか気安くあたしに触るなぁ!」

 

「はいはい、わかったわかった」

 

 こちらがまともに受け答えするとなぜか口喧嘩が勃発する。

 先日や今朝の香霖堂のことを鑑みれば明らかだ。

 今後は少しでも流すようにしないと。

 

「ちっともわかってないじゃないの!いいから離せー!」

 

 小言を放つ天子を引っ張り奥へ歩くと、天子の抵抗の声もかき消させるほどの賑やか

 な声が一際大きくなった。

 おそらくここが寺子屋の教室だろう。

 窓からそっと中を覗いてみる。

 

 と、その時だった。

 

「おいしそーな人間めーっけ♪」

 

 喜々とした幼い少女の声がこだまする。

 声のした方を向くと、そこには闇が広がっていた。

 そしてその中心には金髪のボブヘアーに赤いリボンを結び、白黒の衣装をまとった幼

 女の姿があった。

 その幼女を取り巻くように闇はまるで生きているかのごとく蠢いている。

 しかも至極当然だと言わんばかりに中へ浮いている、というよりかは最早飛んでい

 た。

 天子からいろいろと聞き及んではいたが、まさかこれが妖怪なのか?

 自らが想像していたモノとは全くと言っていいほど合致しない容姿に驚きを隠せな

 い。

 

「あなた外来人?どーしてここにいるの?」

 

 不思議そうな顔をしてこちらへ問いかけてくる幼女。

 敵意があってのことなのかそれとも友好的なのかはよくわからない。

 問いかけられたならば答えなければならいのだろうが、幼女の幼い見た目以上に周囲

 を徐々に取り囲みつつある闇の不気味さによ って息を呑まざるを得ない。

 

「あれー?聞こえてないの?」

 

 幼女は俺がこたないことに対して不満を持ったらしい。

 不敵に笑うとゆっくりと地面へと降り立ち、俺の前まで歩いてくる。

 

「…………な、なにか用か?」

 

 ようやく絞り出した声は目の前で起きている事象を受け止めたくないという本能によ

 って掠れたようなものだった。

 嫌に背に汗をかきまくっている。

 

「なぁーんだ、しゃべれるんじゃない」

 

 かなり身長の差がある幼女は俺のことを見上げながら言う。

 

 ど、どう対応したらいいんだ?普通に会話すればいいのか?

 天子ならまだしも、この子はどっからどう見ても子供の姿をしている。

 闇みたいなのがぶわーってなってるのを見る限り、妖怪なのは間違いないんだろうけ

 れど……。

 

「あー!じれったい!なにやってんのよ」

 

 俺が話すのを忘れていた腕を無理やり振りほどいて天子が幼女に向かって歩み寄る。

 

 そ、そうだ。天子も確か人間ではないって言ってたはず。

 なら、穏便に済ませてくれるかもしれない。

 まだ昼なのに周りがこの子の闇で覆われて真っ暗なのはすごい不安感を煽るし、命の

 危険すらも感じる。

 ここは任せたぞ、天子!

 

 何とも情けないかもしれないが、この幻想郷において俺は最適な交渉手段も知らな

 い。

 下手をすれば、天子の言ういざこざに発展するかもしれない。

 ここは我が協力者様にお頼み申そう。

 

「……あまんと?」

 

「ええ、そうよ」

 

「はじめまして」

 

「はじめまして……って!何でいきなり自己紹介なのよ!」

 

「けーね先生があいさつは大事って言ってたの」

 

「そ、それもそうね……って、ちがーう!」

 

「なにがー?」

 

「あたしが言いたいのはこの状況はどういうことかっていうことよ」

 

「……どのこと?」

 

「この闇よ、見てわかるでしょうが。何のために能力使ってんのかって聞いてんの」

 

「そーなのかー」

 

「いや、だから説明しなさいよ。返答次第ではこっちにも考えがあるわよ」

 

「あたしはルーミア」

 

「あたしは比那名居天子。天の子と書いててんしよ……って!だからそうじゃなくて!」

 

「それ、食べてもいい?」

 

「「…………は?」」

 

 しばらく横で傍観していたが、ルーミアと名乗った幼女のいきなりの発言に俺と天子

 は声を合わせて驚嘆する。

 

 な、なにを言ってんだこの幼女は。

 今明らかに俺の方を指さして言ったよな……。

 いや、待って。わかんない、俺聞いてない!

 何?食べるって。そんな殺伐としたとこだったっけかこの幻想郷。

 

 幼女の赤い瞳が俺の姿を映し、きらりと光る。

 いい意味でなく悪い意味でだが。

 

 …………やばい。

 これは本格的にやばい。

 

 背の汗はさらに量が増え、シャツをぐっしょりと濡らす。

 逃げようにも闇に包まれているため平衡感覚がマヒし、どちらが逃げ道なのかさえ分

 からない。

 

「あ、あんたねぇ……冗談にしても笑えないわよ、それ……」

 

 天子が引きつった顔でルーミアへ言う。

 だが、意に介さないのかただ単に不敵な笑みを浮かべるだけである。

 そして天子を無視するかのように横を素通りし、さらに俺へとにじり寄る。

 

「あなた、食べていいよね?」

 

 そう言ってにんまりとほほ笑むルーミアに狂気を感じ、後ずさりする。

 

「……い、いや……だ、だめだ!って言っても意味ないのか……?」

 

「こたえは聞いてなーい♪」

 

 言うが早いか口を広げながらルーミアは再び中へ浮きあがり飛びかかってきた。

 

 まずい!そう思った瞬間にはもう遅い。

 天子が振り返りざまにルーミアを抑えようとするがその手は虚しく空を切る。

 もう避ける暇もない……、ここまでか……!

 

「こらぁぁぁあああ!!ルーミアアアアア!」

 

 ゴツンッ!

 死を覚悟したその瞬間、女性の怒声と共に衝撃音が響き渡った。

 

「……え?」

 

 恐る恐る目を開いてみる。

 先ほどまで眼前に迫っていたルーミアの姿は、ない。

 天子は俺と同じく何が起こったか把握できずに目を泳がせている。

 

「大丈夫かい?君たち」

 

 あたふたしていると耳に心地いいハスキーボイスが耳へ入って来た。

 見上げるとそこには青いロングスカートに青い帽子をかぶった銀髪の女性がいた。

 落ち着いた雰囲気の、天子とはまた違った美人だ。

 天子はまだ美少女だが、この人は明らかに美人という方がしっくりくる。

 

 うっわ……、すっげぇ美人……。

 思わず見とれる。

 

「うぅ~……せんせーひどーい……」

 

 そんな俺をこの場に呼び戻すような痛々しい声が聞こえる。

 そちらへ目を向けると数メートル先にルーミアがおでこをなでながら、目を回してい

 た。

 

「ひどいのはお前だろう!客人に対していきなり能力を使って食べようとするだなんて。いくらお前が人食い妖怪だろうとも、場くらい弁えなさい!」

 

 先生とルーミアが呼ぶ女性は一喝すると、俺へと向き直る。

 

「すまないね、うちの教え子が迷惑をかけたようで」

 

「え……あ、いや……その……」

 

 唐突に話しかけられて困惑してしまう。

 その理由は彼女が膝をつき俺へ手を差し伸べているだけでなく、顔が近いからであ

 る。

 頬が赤く染まる感じが自分でもよくわかった。

 

 お、俺ってもしかして結構女性に免疫ないタイプなのか……?

 姉ちゃんや湊さん、舞に対してはこういうことはなかったんだけどな……。 

 

「おや、顔が赤いね。もしやルーミアに何かされたのか?」

 

「あ、その!大丈夫です!ほら、こんなにピンピンしてますから!ええ!」

 

 不埒な目で見てたなんて間違っても悟られちゃならない。

 わざとらしいくらいその場で飛び跳ね、バク転してみせる。

 珍妙な物を見る目で見られたけれど、変な風に見られるよりかは幾分マシだ。

 天子は明らかにみるみる呆れ顔になっているが。

 

「そ、そうか。それはよかった」

 

 女性が言う。

 彼女は少しひきつったような笑顔をしているが、気のせいだろう。

 天子がゴミを見るような目で見ているのもきっと気のせいだ。

 

「私の寺子屋へようこそ、客人。私は上白沢慧音。この寺子屋の教師兼責任者だ」

 

「お、俺は葛葉紘汰。よろしく……」

 

「あぁ、よろしく」

 

 自己紹介が終わると慧音は天子へ視線を移し話しかける。

 

「君は……、確か天界の……」

 

「……比那名居天子よ」

 

「まぁ、そんなに不機嫌にならないでくれ。私は君の起こした異変について糾弾するつもりもない」

 

「そう……」

 

 あまり天子は気分がよろしくないようだが、気にしないといった感じで再び慧音は俺

 へ向き直る。

 

「まぁ、ここではなんだ。中へ入ってくれ」

 


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