東方果実錠   作:流文亭壱通

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ここからは俺のステージだ!2

◆寺子屋内

 

「なるほど、君たちは香霖堂の手伝いなのか」

 

「あぁ、これをここへ届けるようにって言われて来たんだ」

 

 廊下を歩きながら事のいきさつを話し、慧音へ霖之助から預かった小包を渡す。

 慧音が受け取り、包みを開けると、中から重厚な黒い本が出てきた。

 

「ふむ、確かに私の頼んだものだ。相変わらず霖之助殿は良い品を送ってくださる」

 

「それ、一体何なんだ?歴史書って言ってたけど」

 

「うーむ、どう説明したものか……。神智学の書でな、すべての事象、想念、感情が記録されている世界記憶の概念がつまったものの一部だ」

 

「お、おう……」

 

「ちなみにこの書にはだな……」

 

「あ、もういいや……」

 

「そうか?ここからが面白いんだが……」

 

 到底俺には理解できない話だろう。

 聞いたところで、意味はないはずだ。

 

「まぁ、せっかく来たんだ。何もない所だが、ゆっくりしていってくれ」

 

「いや、配達だけの予定だったし……」

 

「遠慮などいらんさ。どうせあの店にはほとんど客も来ない。それに、また霖之助殿は無縁塚にでも行って物を蒐集しているのだろう?なら、茶を飲んでいくくらい問題ないはずだ。だろう?」

 

「……まぁ、そういうことならお言葉に甘えて」

 

 言葉を交わしているうちに段々と慧音への照れはなくなっていった。

 とても心根が優しく寛大な人なんだなと感じる。

 

「うぅ……いたーい……」

 

「しっかりしなさいよ、頭突きされただけじゃないの」

 

「けーねせんせーの頭突きはいたいのー……」

 

 俺と慧音の少し後ろを未だ目の回っているルーミアをおぶった天子が続く。

 どうやら先ほどはルーミアが俺に飛びついた瞬間に慧音がルーミアへ頭突きをかまし

 たらしい。

 

 相当の威力なんだろうな、あの様子じゃ。

 にしても数分も目を回すほどの頭突きって一体……。

 

 ルーミアをおぶっている天子はルーミアのうわごとへツッコミを入れながらも会話の

 相手をしてあげている。

 嫌そうな顔をしてはいるが、内心は嬉しいのだろう。

 俺の知る限りじゃ、最近こんな風に会話をしていなかっただろうからな。

 

「けーねせんせー!授業はー?」

 

 不意に子供の声がした。

 そちらへ目を向けると、生徒だろうか。

 数人の子供たちが慧音へと走り寄って来ていた。

 子供たちと言っても、その姿や身なりは様々だ。

 普通の人間のような子、背中に羽を持つ子、触覚が生えている子。

 言わずもがなだが、ここは幻想郷。

 こういうものなんだと、強引に納得した。

 

「あぁ、そうだ。授業の途中だったな……」

 

 慧音は生徒からの問いかけに少しバツが悪そうな顔をしてこちらに視線を戻す。

 

 授業中だったのに飛び出してルーミアに頭突きをかましたのか……。

 いやぁ……、熱血的というか真面目というかなんというか……。

 

 なにやら慧音はあごに手を当て考え込む。

 その間も途中で授業をすっぽかされた生徒たちは不満げに声を上げ続けている。

 そして、数十秒ほど。

 思いついたかのように俺を一瞬見やり生徒たちへ視線を戻すと口を開く。

 

「……今日はこれから課外授業だ!」

 

 

◆寺子屋・庭

 

「わー!お姉ちゃんもっと高く―!」

 

「これで限界よ!」

 

「えー!もっとー!」

 

「我慢しなさいよ!!」

 

 何だろうか、この状況は。

 視線の先には子供たちと戯れている天子の姿がある。

 いやいや付き合っているといった雰囲気を醸し出してはいるが、どう見ても内心は楽

 しくてたまらないといった感じだ、

 その証拠に天子の顔には輝く笑顔が張り付いている。

 

 あいつのあんな顔を見るのは初めてだ。

 何だかんだ言って、中身は年相応?の女の子って事か。

 

 『課外授業』。

 そんな名目で、何故か俺たちはお茶をする予定が寺子屋の生徒たちと戯れることとな

 っている。

 慧音の思い付きらしいけれど、まぁ、ちょっとはこういうのもいいかもしれない。

 ちなみに天子は俺の代わりに子供の相手をしているだけで、数十分前までは俺が遊ん

 で遊んで攻撃の餌食となっていた。

 悪い気はしないけど、子供は元気だからかなり疲労がたまってしまった。

 

 今は休憩がてら寺子屋の縁側に座って、微笑ましい天子の姿を眺めている。

 天子のことは顔よりも後姿を見ることのほうが多かったから、こんな風に笑ってる姿

 を見ていると新鮮だ。

 それに、結構可愛い……。

 

 って、何を考えてんだ俺は。

 

「お疲れのようだな」

 

 俺が頭を振って邪念を振り払ったとき、慧音がやってきた。

 

「あぁ、子供は元気が一番だって言うけれど、ちょいと元気すぎなんじゃないか?」

 

 俺の問いに慧音は笑って答える。

 

「ふふっ。うちの生徒たちは様々な種族の子供だ。人間の枠で考えるとそうかもしれないな」

 

「てんこからさんざん種族間の争いが絶えないって聞かされてたから、こういう場所があるだなんて思いもしなかった」

 

「それは、事実だ。だが、私はそれを好ましくないと考えている」

 

 ふと慧音の顔を見やると憂いを帯びた表情をしていた。

 遠くを見つめ何かを思い出すかのように彼女は話を続ける。

 

「私は歴史についての能力を持っていてね、必然的に歴史に接することが多いんだ。それを読み解いていくと、今現在の幻想郷における種族間の争いは単なる誤解や思い違いばかりが原因なんだ。私は子供たちの教育を通して、そんな争いが少しでも収まってくれればと思って、ここで寺子屋の門を構えている。が、現実とは虚しいもので私のこの寺子屋を古来より差別意識を持って生きてきた者は疎ましいらしい。そういう者たちの考えや心をいつかは動かせるよう、私は尽力していきたい。偽善的で詭弁かもしれんがな……。」

 

 そう言って慧音は笑顔を浮かべる。

 と、言ってもその笑顔は非常に悲しいものだ。

 

「……偽善だろうが詭弁だろうがいいじゃないか」

 

「そうだろうか」

 

「あぁ。他人がどう言おうが、どう思おうが、諍いのない平和な日常を望むことは悪いことじゃない」

 

「しかし、私は少し迷っている。もしかしたら私はうわべだけの綺麗事で、生徒たちを出しにしているだけなのではないかと……」

 

「そんなこと、あるわけない」

 

「だが……」

 

「そんなこと考えんな!」

 

「え……」

 

「あいつらの笑顔を見ろ!子供たちはそんなこと、ちっとも思っちゃいないだろ!あんたを先生と呼んであれだけ慕ってんのは、あんた自身の心のやさしさがわかってるからだ!もしあんたが本当に子供たちを出しに考えているような自分勝手な奴なら、あんな楽しそうに笑うわけない!迷う必要なんかない、あんたはあんたの信じる平和を実現することを考えるんだ!」

 

「葛葉……」

 

「俺の居た世界の子供たちは……、自分が傷ついたり、大切な人が目の間で力尽きるのを見て悲しみに暮れてた……。俺はそんな子供たちばかり見てきた……、戦いの中で……。だから俺はこの世界に来てこんなにも笑って楽しそうにしている子供たちの姿を見れて良かった。初めてこの世界に来て良かったと思えたんだ。そう思わせてくれるこの場所を作ったあんたはすごい。もっと自分の信念を信じろよ!自信を持てよ!」

 

「そうか……、そうだな!」

 

 慧音は立ち上がり、俺へ向き直って言う。

 

「ふふふ。まさか外来人の人間にこんな説教を喰らうとは思ってもいなかったよ」

 

 そんなことを言われ、熱くなった自分を少し反省する。

 

「わ、悪い。そんなつもりじゃなかったんだ。気を悪くしたんなら、謝る」

 

「いいや。むしろ感謝するよ、葛葉。お前の言葉で目が覚めた。私はここで、寺子屋を続ける。いつか誰もが笑い合い、手を取りあって暮らせる世の中になるように」

 

「……慧音」

 

 ニッコリと笑む慧音には、さっきの憂いや悲しみはすでに無くなっていた。

 爽やかな、希望に満ち溢れたいい笑顔だ。

 

「さて、そろそろ休憩にしようか。彼女も相当堪えたろう」

 

 視線を天子に戻すと、地面へ四つん這いになって大量の汗をかきながら息を切らして

 いた。

 その上に容赦なく子供たちが乗ったりしている。

 

 うわぁ……、ご愁傷さまだな、てんこ……。

 

「だ、だずけでぇ……」

 

 消え入りそうな掠れ声でこちらへ助けを求めているが、今の俺には何にもできやしな

 い。

 すまん、てんこ。

 

「ほーら、お前たち!あまり容赦ないとお姉さんが二度と遊びに来なくなるぞー!」

 

 見かねた慧音が助け舟を出すと、はーい!と子供たちは素直に天子から離れていく。

 天子はその場でへたり込み、安堵のため息をついた。

 

「そうだ、茶を淹れてきたんだ。生徒の相手は私が代わるから、彼女と一緒に一服していてくれ」

 

 慧音が急須と湯呑みを差し出す。

 

「あぁ、ありがとう」

 

 礼を言って二つの湯呑みに茶を注ぐ。

 

「それじゃ、私はこれで」

 

 慧音は颯爽と生徒たちのほうへと走っていく。

 

「あぁ~……死ぬかと思ったわ……」

 

 そこへ天子がちょうど戻ってきた。

 俺は天子へもう一方の湯呑みを差し出す。

 

「おつかれ。慧音が飲んでくれってさ」

 

「そう……」

 

 天子は湯呑みを受け取り、ぐいっと一気に飲み干す。

 

「はぁ~……おいしい……」

 

 そう呟きながら俺の隣へと腰かけた。

 

「ったく、あいつら人が疲れてるのがわかんないのかしら」

 

「気づかないくらいに楽しんでるんだろ。良いことじゃないか」

 

「向こうにとってはね!付き合わされる方はただただ大変なだけよ……」

 

「そういう割にはお前も楽しそうにしてたじゃないか」

 

「そ、そんなことないわよ!」

 

「そうか?随分と良い笑顔で遊び相手をしてたじゃないか。さっきもなんだかんだ言ってルーミアをおぶってやってたし」

 

「べ、べつに好き好んでやったわけじゃないわよ!」

 

「へぇ~?」

 

「な、何よその意味深な気持ち悪い笑いは!」

 

「子供と遊んでる時のお前は穏やかで自然に笑ってて可愛らしかったぞ」

 

「は、はぁ!?」

 

「もっと素直になれよ。素直なてんこのほうが、俺は好きだけどな」

 

「す、好きって……え、えええ!?あ、その……えっと……」

 

 俺がそんなことを言うと急に頬を赤らめしどろもどろになる天子。

 一体何をそんなに照れてるんだ、こいつは。

 

「まぁ、あれだ。あんまし意地張らずにやった方がいいぞって事さ」

 

「そ、そう……へぇ~……。そんなのが、ねぇ……」

 

 明らかに目が泳いでいる。

 もしかして、褒められるのに慣れてないのか?

 

 まぁ、こんな天子も面白いし、いいか。

 

「で、この後はどうする?そろそろ帰るか?」

 

「……こほんっ!そ、そうね。流石に疲れたわ……」

 

「よし、じゃあ帰ろう」

 

 湯呑みの残りを飲み干し、立ち上がる。

 天子はおぼんに二つの湯呑みを整然と並べると、俺に続いた。

 

 と、その時。

 天子へ走り寄る女の子がいた。

 

「あまんとのおねーちゃん!」

 

 キラキラした眼差しで天子へ話しかける。

 その子の目線に合わせて屈んで天子が答える。

 

「なーによ!またあたしをおもちゃにして遊びたいの?」

 

「ううん?」

 

 ふりふりと首を横に振る子供。

 天子は首をかしげながら、普段では考えられないやさしい笑顔で問う。

 

「じゃあ、一体どうしたのよ」

 

 女の子は少しもじもじしながら言う。

 

「おはなつみ、したいの……」

 

「お花摘み?」

 

「うん」

 

「でも、あたしもう帰らないといけないのよ」

 

「えっ……」

 

 途端に悲しそうな顔をする女の子。

 それを見て天子はどうしたらいいのかわからないといって表情で俺へ視線を向ける。

 

 二人してそんな顔するなって、まったく。

 

「俺が先に帰って霖之助に伝えとくから付き合ってやればいいじゃないか」

 

 天子も女の子のお願いに応えたいだろう。

 こうやって子供たちに囲まれて過ごすことなんて滅多にないだろうし、天子も笑顔に

 なれるならその方が良いと思った。

 

「そう……、いいのかしら……?」

 

「気にすんなって!」

 

「じゃあ……」

 

 女の子に視線を戻し天子は笑顔で言った。

 

「わかったわ、お花摘みしましょ!」

 

 それを聞いて女の子はこれ以上ないというほどまぶしい笑顔で頷いた。

 

「うん!」

 

「それじゃあまた後でな、てんこ」

 

「ええ」

 

「慧音―!俺は店に戻る!てんこのことは置いていくからよろしく頼んだ―!」

 

 慧音へ一応帰る旨を伝える。

 慧音は生徒たちの押し合いへし合いの中で声が出せないのか、身振りだけで了承の意

 を示した。

 それを確認し、俺は女の子の前へ屈む。

 

「じゃあな、お嬢ちゃん!」

 

 女の子の頭をやさしく撫で、立ち上がり踵を返す。

 

「あ、コウタ!」

 

 歩き出そうとしたとき、天子が俺を呼び止めた。

 振り返ると、天子は少し照れくさそうに頬を染めながら小さくつぶやくように言った。

 

「ありがと……」

 

 短い一言だが、とても気持ちが温かく綻んだ。

 

「あぁ!」

 

 手を振り上げ、俺は寺子屋を後にした。

 初めて天子から貰った感謝の言葉を胸に大事にしまい込みながら。


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