音楽室に近づくと前に穂乃果を見つけたときみたいにピアノの旋律ときれいな歌声が聞こえてきた。
「穂乃果!」
結局、音楽室まで穂乃果に追い付けなかった私は扉の前にいる穂乃果を呼ぶ。
「夢ちゃん、しー」
私の声に振り向いた穂乃果がくちびるに人差し指を当ててそう言った。
言いたいことは分かるけど元々そんなに大きな声で呼んでないって。
「あの子だよ、西木野さん」
穂乃果が指を指した。
すぐに入るのも今は演奏中だから悪いし、なにより私がもっとこの子の歌を聞いていたい。前に聞いたときも思ったけど本当にきれいな声。
そう思って聞いてるうちにいつの間にか演奏が終わっていた。
「あ、穂乃果はいいよ」
「えー、なんでなんで」
私が一人でいくことを伝えると私が予想してた通りの答えが返ってきた。
「こっちに付き合うより、自分の練習が優先、でしょ」
「でも……」
「いつ終わるかわかんないことで時間を無駄にしちゃだめ。少しでも練習しとかないと。ただでさえ時間がないんだから」
「……わかった」
渋々だけど折れてくれた。
穂乃果と別れたところで、私は音楽室に入る。
「こんにちは」
「だ、誰……ですか」
私のリボンを見て上級生だってわかったらしい西木野さんは無理やり敬語をつけた。
「私は二年の白崎夢花。よろしくね」
「一年の西木野真姫、です」
うん、知ってる。自己紹介は返してくれた。礼儀正しいけどちょっと素直になれない子、なのかな?
「あの……」
「あ、ごめん、何?」
つい病院でやってた人間観察をしちゃった。初対面の人にはよくやっちゃうんだよね。小泉さんたちにやらなかったのは急いでたからかな。自分でもその辺がよくわかってない。
「私に何か用、ですか?」
「うん、ちょっと。今歌ってたの、自分で作ったんだよね?」
そう聞いた瞬間、西木野さんが体をこわばらせた。
「……そうですけど」
「すごくいい曲だと思う。西木野さんの声にもよくあってた」
「あ、ありがとう、ございます」
「それでね、ちょっと相談にのってほしいことがあるの」
「相談? なんで私が」
面倒くさそうに視線を私からはずしても話だけは聞いてくれそうな西木野さんを見て少し笑いがこぼれた。
「なんですか」
笑われたのが不服だったのか面倒くさそうな視線を私に向けながら、言外になぜ笑ったのかという非難が込められてる。
「ううん、何でもない。作曲関係のことなんだけど、私のまわりにできそうな人が居なかったから」
話をするとなんだか西木野さんの表情が曇った気がした。まるでなにかを我慢してるようで。
「まあいいや。まだいるでしょ? あっちのピアノ借りて勝手にやってるから」
「え……」
私は無理やりやってもらうことにした。もうなんだか方法が穂乃果みたいだけど、なりふりかまってられないし、しかたないよね。
西木野さんがもう一台のピアノに座ったまま私を見てる。わざと私は気がついてないふりをしてμ'sの始まりの曲を演奏する。一度に全部弾くって実は結構体力使うんだけど、これで協力してもらえるならそのくらい、ね。何度もは無理だけど。
一通り弾き終わったところで私が違和感を感じてるところをもう一度弾く。
「ここなんか変な感じするんだよね~どうすればいいかな?」
独り言、っていうには少し大きい声で呟く。
「私に聞いてるの?」
「別にそういう訳じゃないよ」
「……そう」
私から視線をはずして自分の作業をし始める西木野さん。私は同じ箇所を何度も、でも少しかえながら弾く。もちろんほとんどは自分が考えるため。でも少し、西木野さんに聞いてもらうためって言うところもある。
「うーん……」
休憩もかねて一旦今弾いた旋律を考える。やっぱりどれもなんとなくしっくりこなかった。
「どうしよう……」
もう西木野さんのことなんて忘れて真剣に考えてたとき、触ってないはずのピアノからきれいな旋律が流れた。
「これならどう?」
西木野さんだった。まあ当然なんだけどさ、私と西木野さんしかいないし。
「……どうって聞いてるの」
少し恥ずかしそうに私に聞いてくる西木野さんはなんだか可愛かった。
「確かに流れにもよくあってるし、いいと思う」
「明るい曲だからって暗いところがあっちゃダメなんてことはないのよ」
「なるほど……」
確かに私は明るい、前向きっていうテーマに囚われてそういう旋律で全部構成しようとしてたけど、もっと自由に考えてもいいのかも。
「あとはどこ?」
「え……」
「どこって聞いてるのよ」
「手伝ってくれるの?」
「別に先輩のためじゃないですけどね。私の作業の邪魔なので!」
素直になれないのはよくわかったけどその言われ方はちょっと傷つくよ。
まあ、せっかくいってもらえたから手伝ってもらうけどね。
「あとはここと、ここと、あと……ここ」
楽譜を見ながら二人で相談を始める。
「先にいっておきますけど、次はやりませんよ」
手を止めないで私にそう言ってくる。
「どうして?」
「こういう曲あんまり聞かないから。それに……」
悲しそうな表情で西木野さんは言い淀んだ。
「それに?」
「私の音楽は終わってるから」
諦めがその言葉には込められていた。その理由を聞こうとして私は彼女の名字にひっかかりを覚えた。そういえば確か私が最初に運ばれた病院って……
「西木野病院……」
「そう、私はそこの娘。だから大学は医学部って決まってるのよ」
「……」
「だからしかたないじゃない。余計なことはしてられない」
「……そっか」
せっかく出来るのに出来ないってつらいよね。なんかさみしいよ……
「こんな感じでどう?」
西木野さんが書き直した譜面で弾いてくれた。それで気になったところを私が指摘してまた相談する。
次はないっていってた西木野さんも結構ノリノリで手伝ってくれた。
結局、下校時間ギリギリまでかけて私も、西木野さんも納得がいくものは出来た。
「ありがとね、真姫ちゃん」
「うぇぇ、べ、別に……」
きっと真姫ちゃんがいなかったらこんなに良い曲にはできなかった。
「じゃあね、真姫ちゃん」
「え、ちょ、ちょっと! 人に頼むだけ頼んで用事がすんだら先に帰るってどういうことよ!」
私は真姫ちゃんを無視して、ピアノを片付けてドアに手をかける。
「ねえ、真姫ちゃん」
「なによ」
「自分がやりたいことをせっかくやれるんだから、諦めない方がいいよ」
「え……?」
「人間、いつ自分がやりたいことできなくなるか分かんないんだしさ」
「……どういう意味よ」
真姫ちゃんの言葉を無視して私は音楽室を出た。
真姫ちゃん、その言葉の意味は自分で見つけないとだめだよ。
さて、いよいよだ。この曲から始まる。この曲のライブの出来でこれからが変わる。
穂乃果たちが、μ'sがいい『START;DASH!!』がきれますように。