#1 始まりの日
「……ふぅ、よいしょっと」
桜の花びらが舞い散るなか、この一年で登りなれた長い坂道を上りきると、校門を淡い桃色に彩られた音ノ木坂学院高校が見えてくる。私、
今日は始業式、私の新しい一年の始まりの日。
ーー私、今日まで生きられたよ。
校門と昇降口の間で桜を見上げながら、声には出さないけどそんな感慨にふけってみる。
「夢花ちゃん、おはよ!」
突然後ろから声をかけられて、私は少し驚きながら振り向く。
「ああ、美優《ミユ》か。おはよ」
去年一緒のクラスだった美優だった。去年はなんだかで一番一緒にいたかも。あの子達とはあれだったし……
「あっ、ごめん……驚かしちゃった?」
「まあ、ちょっとね。でも大丈夫だよ」
「でも、夢花ちゃんは……」
まだ心配そうな美優。まあ、私のこと知ってればそうだよね。
「大丈夫、それくらいじゃこれも止まらないよ」
胸にそっと手をおいて私は美優の顔を見る。それから少し頑張って速く歩いて
「ほら、クラス分け見に行こ。早くしないとおいてくよ」
「あ、待ってよ!」
美優の声が聞こえたけど、そのまま掲示板に歩いていった。
私の胸、正確に言うと心臓には拡張型心筋症っていう大きな爆弾を抱えてる。さっき美優にしすぎなくらい心配されたのはこれがあるから。もちろん多分あのくらいなら大丈夫だとは思うけど、些細なことでもすごく心配されちゃってそれが結構辛い。この小さい学校じゃあ珍しいから少なくとも二、三年のほとんどが知ってると思う。心配してくれてるのかもしれないし、どう接していいのかわかんないのかもしれないけど、みんなの接し方がまるで腫れ物を扱うみたいでなんか嫌な気持ちになる。実際、先生たちもそういうところあるし、あんまりこんな生徒いないと思うから仕方ないことかもしれないけど。私としては普通に、いつも通りでいいんだけどなぁ……
私だって最初はやりたいこと何もできなくなって、大好きだったことも奪われて、しばらくどうしていいのかわかんなかったし、イヤになって関係ない人に八つ当たりしてた。こうやって考えられるようになるまで結構時間かかったから、みんなに普通にっていうのは難しいかもしれない。だけど私は出来るだけ普通に生活したい。とにかく生きてたい。それがみんなにわかってもらえると嬉しいんだけどな。
「夢花ちゃん? どうかした?」
ぼんやり考えてたからか不思議そうな顔した美優が私の顔を覗き込んでた。
「ううん、なんでもないよ。今年はクラスどうなるかなって考えてた」
「確かにね〜。あ、あそこだ! 見てくるよ、ちょっと待ってて」
クラス分けの一覧を見つけた美優が前に頑張って進んでく。平均より小さい私とあんまり背が変わんないからちょっと大変そう。さすがにあの中に入るのはこの体じゃなくてもいやかも。人混みを眺めてると美優が帰ってきた。
「夢花ちゃんと私別々になっちゃったよ……」
「そっか。でも二クラスしかないんだから会いに行こうと思えば行けるし、ね」
「そうだよね!」
そういえばあの子たちはどうなんだろ? 一緒じゃないとうれしいけど、いつまでもこんな風にしてるわけにもいかないよね……ほんと、どうしよ
「そういえばさ、なんであんなに人集まってたの? 去年はどうだったかわかんないけど、あれが普通なの?」
校内に入った私はさっき気になった人の多さを質問してみる。
「……それを私に聞く? 私、別に留年したわけじゃないよ! ていうか私たちが最初にあったの入学式だったよね!?」
「確かに。わかるわけないよね」
「もう、たまに夢花ちゃんって変なこと言うよね」
そんなに私変なこと言ってたかな……無自覚なら怖いけど
「でも今日は特別かも。ほらあれ」
「ん?」
美優が指さした廊下の掲示板にでかでかと貼ってあったのは
「は、廃校……?」
と書かれてた。いや、私だってだんだん生徒数が減ってきてたのは知ってたし、そうなるかもとは思ってはいたけど、いざそう言われるとやっぱりショックだった。一応今いる生徒が卒業するまでは無くならないみたいだけど、それでもやっぱりさみしいな……
「え! 夢花ちゃん、あの子大丈夫かな!?」
「へ?」
突然話を振られて変な声が出た。美優の視線を追うと廃校の張り紙を見て倒れたらしい人が両側から友達に支えられてた。
「……あの人たちが何とかするでしょ。ほら、早くいかないと間に合わないよ」
「う、うん。そうだね」
そう話してる間にその人は保健室に運ばれていった。私はみんなに抜かれながらゆっくり教室に向かう。途中でさっきの人たちに追い付いたけど、私は目を合わせないように横を通り抜ける。
「……あっ」
そんな声が聞こえた気もしたけど、私は立ち止まらないで教室に入った。
……あ、美優忘れてた。ごめんね、美優。
教室でまず前に貼ってある名簿を確認する。……よかった、あの三人は違うクラスみたい。でも二クラスしかないのに去年も今年も全員違うなんてある意味すごいよね。
なんとか他のこと考えて意識しないようにしてたけどやっぱ無理。私が教室に入った瞬間から聞こえてきた、ほら心臓が悪い子だよ、とか、可哀想、とかひそひそ聞こえる私の話。まあ去年ほどじゃないけど、気になるものは気になる。私はちょっと気を付けてもらえば良いのに何でこうなるんだろ? 段々慣れてもらうしかないよね。去年一緒だった子が隣の席だったからここからうまく伝えていけるといいな。
「よろしくね」
「うん。よろしく、白崎さん」
そのあと、私たちのクラス担任の先生がSHRで改めて廃校についての説明をしてくれた。よく聞くとまだ廃校が完全決定な訳じゃないみたい。入学希望者が定員を下回った場合、廃校になるってことだった。
「定員を下回った場合、かぁ……」
「私たち生徒会も何かしようとしてはいるみたいだけど、そう簡単にはね……」
休み時間に遊びに来た美優と廃校阻止できないかって話をする。あ、さっきのことはちゃんと謝ったよ。
結局、生徒会の美優はまだしも、一般生徒、特に私みたいな人は大人の決定を覆すような影響力があるわけない。でも、もしかしたら……あり得るかもしれないひとつの可能性が思い浮かぶ。あの三人なら……もしなにか手伝えることがあれば手伝いたい。でもいまさら、だよね。
「美優もなにか手伝えそうなことがあったら言って。協力するから」
「うん、ありがと。そろそろ私戻るね」
「うん、また」
休み時間の終わりを告げるチャイムを背に、美優はあわてて教室に戻った。