家に帰ってすぐに自分の部屋にこもった私は海未が書いた歌詞を読んで思い付いたメロディーを書き出していた。もちろん、これをただつなげただけじゃなんの面白味もない曲になっちゃうからここから色々足していかないとなんだけど……
「なかなか難しいなぁ」
私が個人的に作曲してる歌をさわってるときも思ったけど、歌詞がある歌を作るのは歌詞がない曲を作るのと全然違う。歌いやすさや歌詞とのマッチングを考えると今私のなかで浮かんだメロディーのいくつかは使えない。でもこれは捨てがたいし……なんて考えてるうちにどんどん時間は過ぎてお母さんが呼びに来るまで、1時間くらいかな、の間ではほとんど進まなかった。
「どう? 少しは進んだ?」
「全然」
今日は月二回の通院日、ってさっきお母さんが呼びに来るまで忘れてたんだけどね。
車を運転するお母さんの横で作曲ノートを広げて少しでも音符を増やそうとペンを動かそうと色々考えるけど、全然動かなかった。
これからに対する決意、新たなスタートを切る前向きなココロ……私が海未の歌詞から感じ取ったメッセージはうまく表現したいんだけどな……
「……か、夢花」
「ん?」
お母さんに肩を叩かれてノートから顔をあげるといつの間にか見慣れた病院の風景が広がっていた。
「ほら、早く降りなさい」
そう言われて慌ててシートベルトを外して外に出る。私が心筋症を発症してからずっとお世話になってる病院で、最近建て直したばっからしくて、とても綺麗な白い壁に覆われてる。なんでも最新設備もほとんど揃ってるとか。って私の主治医の朝倉陽菜《アサクラハルナ》先生が言ってた。
「……はい、今回もあまり変化はないみたいね。えっと、今高一だっけ?」
「今年高二になりました。いくら私が小さいからってからかわないでください」
「え……そういえばそっか」
もちろん頼りにはしてるんだけど、若いのにちょっと抜けてる? といかボケてる? とこはちょっと心配になることもある。それに年齢関係ないか。
「じゃあ夢花ちゃんはちょっと……」
「あの……」
「どうしたの?」
私は穂乃果たちとまた一緒に過ごせるようになって気になることがあった。
「学校の帰りにどこかに寄り道ってしてもいいんでしょうか」
朝倉先生は真面目な顔をして私と向かい合った。
「夢花ちゃん、あなたは確かにここ一年運動療法をしてきたことで動けるようになったかもしれない。だから普通の人と同じように動けるんじゃないかって思う気持ちもわかるよ。でもね、あくまでも私が夢花ちゃんの状態をみて決めた運動量だから出来るだけなの。それに水分と塩分の制限をしてるからっていうことももちろんある」
「……」
いつもと違う真面目モードの朝倉先生は少し怖くて、でも私のことを真剣に思ってくれてることはよくわかって何も言えなくなった。
「運動量の制限は今まで通り、ゆっくりとした歩行を多くとも一時間半くらい、完全に心拍数が落ちてからならもう少し歩いてもよし。体育のある日は体育の授業で私が設定した運動をやってそれ以外の運動は原則禁止、帰りもお母さんに迎えを頼むこと」
「……はい」
やっぱりダメかぁ。私としてはやれること増えたし、いいかと思ったんだけどなぁ。
「だから、それだけ確実に守ってくれれば寄り道は構わないよ」
「え?」
「だから寄り道してもいいよ。あ、でも買い食いはしないでね」
「はい!」
やった、これで安心して穂乃果たちと寄り道できる! あでもちょっと不安だから何回か秋葉原とか行ってみてからにしよ。
「じゃあ安心したところでちょっと先に出ててもらえるかな」
♪~♪~♪~♪~♪~♪~♪~♪~♪
診察室に二人残った朝倉と夢花の母親茉莉《マリ》。最近はなかった夢花抜きの話に茉莉は少し緊張していた。
「夢花ちゃん本人にあまり自覚はなさそうですが、残念ながら段々進行し続けています」
「それはいったいどういう……」
「前もお話ししました通り、夢花ちゃんの病気、拡張型心筋症というものは心臓の筋肉が薄くなり、心臓が肥大化して血液を送り出す力が弱まるという病気です。投薬と水分、塩分制限、運動療法を行い進行は遅くなっていますが、快方に向かってはいません」
「っ!」
突然告げられた事実に驚き、茉莉は短く息を吸った。震えそうな言葉を押さえながら茉莉は質問する。
「それでしたらなぜあの子にあんなことを?」
「寄り道の件ですか? あれは彼女にとってプラスになると思ったからです。人との関わりが生きる力になると思うので」
♪~♪~♪~♪~♪~♪~♪
「ゆーめちゃん!」
待合室で作曲ノートとにらめっこしてると私を呼ぶ声が聞こえた。
「あ、美月さん! こんにちは」
声の主はここの看護師さんで私のことを結構気にかけてくれてる澄川美月《スミカワ ミヅキ》さん。私がはじめてこの病院に来たときの担当看護師でこの病院で一番若い看護師って言ってた気がする。
「新しい曲?」
「はい、友達に頼まれて」
「へぇ、友達に。バンドかなんか?」
「スクールアイドルって知ってます? それを目指してる子達に頼まれたんです」
「スクールアイドル、私も知ってるよ! やっぱりARISE良いよね!
……それにしても人のために作曲やるなんてちょっと変わったね」
一瞬興奮した美月さんはすぐに落ち着いて話題を少し変えてきた。変わった、か……確かに作曲自体に負のイメージが連想されやすかったけど、最近は違うかも。これも穂乃果たちのお陰って思うとちょっと悔しい感じはあるけど、きっとそうなんだと思う。
「ね、今日はピアノ空いてるよ」
美月さんに言われたことを考えてると待合室の近くにあるピアノを指差しながら美月さんが声をかけてきた。
「弾かないですよ、まだできてないから。それにできても弾かないです。人に頼まれたものだし」
「え~そうなの、ケチ~」
「ケチって言わないで! でも他の曲なら……」
元々はたまにあるピアノコンサート用に置いてあるのを私は入院してたときから使わせてもらってる。
作曲に行き詰まってたし、少し気分転換に弾かせてもらうことにした。
鍵盤を叩く度に集まってくる視線、待合室全体がひとつになる心地いい感覚を味わいながら私はお母さんがくるまで2、3曲弾いた。