なまけものの悪魔のお話   作:魚の目

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いちわ

 まどろみの中でぼんやりとする思考。

 小鳥のさえずりと誰かがパタパタと忙しなく動く音が聞こえる。

 それらにつられる様にうっすらと目を開く。ぼやけた視界で窓の方を見てみるとカーテンの隙間から光が微かに入り込んでいる。朝か、と体質的な問題で過敏に反応してしまう朝日に背を向けるように寝返りを打つ。

 二度寝しようともう一度瞼を閉じると、同時に部屋の扉が開く音が聞こえた。次いでしゃっとカーテンが開けられ声を掛けられる。

 

「タイダー様、朝食の用意が出来たので起きてください」

 

 小鳥のさえずりよりもなお美しいソプラノの声が耳を優しく擽り、起床を急かす様に体も揺すられる。欠伸をしながら、二度寝を邪魔する不届き者に声を掛ける。

 

「なぜ俺が早起きしないといけないのだ?」

 

「今の時刻である6時半の起床は特に早起きというものでは無いです。早く起きないと学校に遅刻してしまいますよ?」

 

「なぜ俺が遅刻してはいけないのだ?」

 

「良いからさっさと起きやがってください」

 

 聞き心地の良いソプラノで吐かれる暴言に堪えかね目を見開くと目の前に現れたのは美しい少女だった。朝から動いているからか、頬に赤みのかかった白い肌に彫りが深く整った顔だち。少々たれ目がちな(みどり)の眼は職務を全うしようという意思の見えるきりりとした目付きになっており、綺麗な桃色の唇は真一文字に閉じられていた。日差しを受けキラキラと輝く金色の長髪は後頭部にてバレッタで纏められているらしい。

 黒と白を基調とした長めのエプロンドレスにホワイトブリムが良く似合っている彼女は、我が眷属悪魔であり名前をソーマという。

 

 彼女の両親の事は知らないが、何故女の子にソーマなんて男っぽく聞こえる名前を付けたのだろうか。ソーマとはバラモン教の経典であるヴェーダにおいては興奮飲料として知られ、またギリシャ語で肉体を表すという点についても何ともいかがわしい。

 俺の両親程で無いがネーミングセンスに欠けているのは間違いない。そんなソーマに再三の質問をばっさり切り捨てられ、布団を剥ぎ取られて無理くり上体を起こされる。

 

「ただ二度寝がしたいだけだというのになんと無体な。お前に我が眷属としての誇りは無いのか、ソーマよ」

 

「放って置けば二度どころか三度も四度も寝てしまうではないですか。誇りを持ち出すならまずは誇れるような振る舞いを身に着けてからにしてくださいませ、タイダー様」

 

 主からの詰問に涼しい顔で凄い言葉を言い返してくるソーマに立ち上がらせられ背中を押されて洗面所へ向かいうがいをさせられる。朝食後には歯磨きも待っている。以前に悪魔なんだし虫歯になる訳無いではないかと文句を言った覚えがあるが、不潔の一言で黙らせられた。

 主に向かって不潔とは不敬な奴である。

 うがいが終った後はまたもや背中を押され、今度はダイニングにあるテーブルに連れていかれる。イスに座らされ、ぼんやり待っているとテーブルの上にコーンポタージュやトーストなど朝食がどんどん置かれていく。

 どうやら今日のソーマはパン食の気分のようだ。

 朝食を並べ終わったソーマが隣の席に座る。

 

「それではタイダー様」

 

「うむ。いただきます」

 

「頂きます」

 

 俺の言葉にソーマも続く。日本に住むということでその間は日本スタイルで行こうと決め(られ)てからはや2年が過ぎ、3年目に突入したのだから慣れたモノである。

 ところで普通メイドなんかは主人と一緒に飯何ぞ食わない。

 眷属であり俺の専属侍従をやっているソーマも一般論で言えばそうするべきなのかもしれないが、他でもない主人の俺が許可している。自分が食べているところを腹をすかせた少女に見せびらかす趣味もなく、そして何よりも。

 

「んぁー」

 

「はいはい。仕方のない主ですね」

 

 自分の手を使わず、ソーマに食事を食べさせて貰えるからである。

 何分生来の面倒くさがりでそれを直す気も毛頭ない。

 ソーマを眷属とする前は自分で食べていたものの正直苦痛で仕方なく、今となっては自分の手を使って食事をするなどとてもではないが考えられない。

 ぶっちゃけると食事事体そんなに必要でもないのだが、ソーマからの不健康の一言で毎日三食しっかり摂ることを義務付けられた。

 

「お味はいかがですか?」

 

「うむ。んぁー」

 

「……何となく伝わりますが言葉は省略しないでください」

 

 自分で言うのもなんだが果たして本当に伝わっているのだろうか。

 横目に表情を見る限り呆れてはいるものの気分を害した様子は無い。なので「うむ、美味いぞ」という意図は確かに伝わっているように思える。不味かった時も「うむ、不味いぞ」を短くして「うむぅ」とちょっとだけ唸るような語尾になる程度の違いなので良く判断出来ているなと感心する。

 

「あっぱれ。んぁー」

 

「タイダー様、せめて主語は入れてください。……どうぞ」

 

 ツッコミを入れながらも俺の口元に料理を運ぶソーマは従者の鑑である。

 拾って以来そう仕向けてきたのは自分であるが、とても都合良く育ってくれたものである。

 

 ソーマ自身も俺が咀嚼している間に手早く自分の分を食べているが、がっついているような印象はまるで受けずむしろ品の良さも感じられる。俺の咀嚼スピードが遅いというのもあるだろうがこうも手際が良いのには何か秘訣の様な物があるのだろうか。

 あったとして真似する気は無いが。

 

「ごちそうさまでした」

 

「お粗末さまです」

 

 ようやっと食べ終わり手を合わせる。

 やらないとソーマに怒られるので取り敢えず形だけである。食事の挨拶といい、言葉回しといい、少しばかりソーマは日本にかぶれ過ぎでは無かろうか。

 確かヨーロッパのどこかで拾ったような気がするのだが……面倒だから良いや。

 

「では歯磨きしてきてくださいね」

 

「頼む」

 

「頼むじゃありませんよ、もう。……早く洗面所に行きますよ」

 

 いつも通りソーマからの歯磨きの要請には「頼む」で答える。

 ソーマは俺にもっとしっかりして欲しいらしく突っぱねられるのが分かっていながらも毎朝自分で歯を磨くように俺に言ってくる。それでも頼むといえば折れてくれるのはチョロいだけなのか否か。

 背中を押されながら再度洗面所に向かう。洗面所につくとソーマが俺の歯ブラシを手に持ち歯磨き粉をつけてからこちらに向き直る。

 

「タイダー様、あーんしてください」

 

「んぁー」

 

 ソーマが喃語を使いながら俺に口を開けるよう急かすので仕方なく口を開ける。赤ちゃん扱いされている様に見えるが仮にそうであっても別段気にしない。図体がでかい分赤ちゃんよりも性質が悪いだろうがやっぱりその辺は無視である。

 しゃこしゃこと口の中を丁寧かつ縦横無尽に歯ブラシが駆け巡る。ソーマに磨いてもらうのが割と気持ち良くて気に入ってるのは内緒である。

 

「お水行きますよ」

 

「うむ」

 

 コップで口の中に水を流し込まれたのでぐちゃぐちゃゆすいでから洗面台に吐き出す。何だか一日が始まった気分である。

 

「私は身だしなみを整えますのでタイダー様もお着替えなさってくださいね」

 

 メイド服から学校の制服に着替えるのであろうソーマから着替えを急かされるもどうにも面倒である。

 

「頼む」

 

「セクハラです」

 

 よっていつも通りソーマに着替えの手伝いを頼んでみるが、これまたいつも通りに拒否される。

 

「そういうプレイは結婚した後、奥方となさってください」

 

 元の容姿とヴィクトリアンメイド型メイド服が合わさりとても清楚な風貌であるソーマの口からプレイとか卑猥な言葉が出てくるとちょっとドキッとするがそれはさておき。進退窮まった俺は多少表情をきりっとさせながらソーマに告げる。

 

「俺と結婚してくれ」

 

「洗面所で求婚するおバカさんはきっとタイダー様だけでしょうね。アホなこと言ってないでさっさと着替えてくださいな」

 

 3日ぶり328回目の求婚はアホなことと切り捨てられ、切り捨てた本人であるソーマはさっさと自室に戻ってしまう。

 ふむ、一体何がいけないのだろうか。

 ソーマの事は嫌いどころか寧ろ大好きなので本気の求婚なのだが。取り敢えず今度求婚する時は洗面所以外の場所にしよう。

 そう決意した俺はソーマの助力が無いのでちょっとやる気を出しながら気怠い体を動かし、制服その他もろもろの置いてある自室に向かう。部屋に着きのそのそ着替えていると丁度着替え終わった頃に扉をノックされた。

 

「タイダー様、お着替えは終わりましたか?」

 

「うむ」

 

 短い返答から肯定のニュアンスを感じ取ったらしい制服姿のソーマが部屋の中に入ってくるその目線の先は俺の体。どうやら最終チェックらしい。

着替えすらゆっくりである俺だが、今日は自己ベストを更新したという自信がある。どうよと言わんばかりに多少胸を反らしながら採点を待つ。

 

「自己ベストを5秒ほど更新されたようですが、シャツのボタンを掛け違っていますよ。襟元が曲がっているのも減点です」

 

「むう」

 

 凡ミスにより審査員から厳しい判定を貰ってしまった。

 多少乱れていても良いじゃないかと言えばきっとお小言を頂くハメになるのでお口のチャックを閉める。ソーマはしょうがないと言わんばかりの目付きのまま俺の服装の乱れを直していった。

 

「それでは行きましょうか。今日はいつもより多少余裕はありますがそれでも所詮タイダー様なので急ぐに越したことはありません」

 

 酷い暴言を吐かれた気がするが反論の余地が無いので押し黙る。言い返せないのが分かった上での発言である事は明らかだ。

 まったく、酷い従者もいたものだ。それでも甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるので嫌いにはなれず寧ろ大好きだが。

 

「頼む」

 

「はいはい、行きますよ」

 

 差し出した手をソーマに引かれながら今日も今日とて学校へ向かう。

 

 

 こんな感じで『番外の悪魔(エキストラ・デーモン)』が一柱である俺こと、タイダー・ベルフェゴールの一日は始まるのだった。

 

 

 

 




 某魔王様リスペクト、という訳でも無いのだがいつの間にかこんなのに。 
 なお絶対無敵なロボアニメに出てくる同名の彼とは関係ない模様。

 ところで、こんな要介護系オリ主に需要はあるのだろうか。
 少なくともダメンズスキー型世話焼きメイドヒロインには需要がある気がする。 

 2015.10.31

 ちょっと経過年数を修正。

 2015.11.02

 ソーマの発言を修正。

 2015.11.07

 ソーマの描写を追記
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