なまけものの悪魔のお話   作:魚の目

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二話

 とある地方都市に町の地名を冠した駒王学園という名称の学校法人が存在する。

 元は伝統ある女学生の花園であったものの歯止めの掛からない少子化の波に押されて近年共学化されたばかりだった。年々男子生徒の入学数は増えてきてはいるがそれでも未だ過半数を大きく切っている。なので何らかの特徴があったり、問題があったりする男子生徒は悪目立ちしてしまうのが最近の常だった。

 

 前者で言うならば、現在2年生であるコーカソイド系の非常に端正な顔立ちをした木場祐斗が挙げられる。顔が良いだけでなく運動神経抜群であり座学も優秀、おまけに性格も良いとくれば年頃の女子生徒達が色めき立つのも無理もない。

 

 後者で言うならば、今も存在しているかは不明だが本人たちの名誉の為に名前は伏せるが同じく2年生の3人が槍玉に挙げられるだろう。理由としては教室でエロ談義を始めたり女子生徒の部活動の様子を鼻息荒く見つめていたりなど犯罪ではないが問題視されるような行為が目立つからである。

 

 そしてもう一人。

 最高学年である3年生に上述の3人よりも多少地味ではあるが、学生と言う身分としてはある意味彼ら以上に性質の悪い元祖駒王学園の問題児と言われる少年が居た。居眠り常習犯で人の話も碌に聞かず身の回りの世話を自身のメイドであるらしい同級生の少女に任せるという学生にあるまじき振る舞い。その癖直前にちょっと教科書を読んだだけで試験の成績だけは学年上位を維持し続ける世の中を舐め腐ったような態度が鼻につく。

 上記の悪評はタイダー・ベルと言う名の留学生の少年のものだ。

 

「まーた大きな赤ちゃんが手を引かれてるよ」 

 

「いい加減慣れたけど、いつもいつもソーマさんも大変よね」

 

 メイドであるらしいソーマという少女に手を引かれながら登校するタイダーの姿は彼が入学して以来駒王学園の朝の風物詩となっていた。無論彼には厳しい視線が向けられているが、向けられる視線に込められた感情には様々なものがあった。

 怠惰を通り越して人間的に破綻している彼の性質には侮蔑や嘲笑が。

 冴えない顔立ちに浮かぶだらしなく緩んだ表情と力の無い態度が何とも言えない腹立たしさを掻き立てる不快な男が、街を歩けば誰もが振り返るような美少女を侍らしているという事実には特に男子生徒からの嫉妬と反感を買っている。

 

 その反面、ソーマに向けられる視線は数多くが同情を占めている。

 彼女の容姿の良さをやっかみタイダーとの関係を面白おかしく囃し立てる者もいるが、高校生活の大部分を人格破綻者の介護に費やされて不憫だと言う声が概ねの意見である。タイダーがソーマ以外とほぼ会話せず、ソーマも自身やタイダーについて周囲に多くを語らないため、タイダーの親に弱みを握られているとか借金のカタに売られたなど根も葉も無い噂が立っていたりもする。

 

「見ろよイッセー、ソーマ先輩と怠惰先輩だぜ。……朝からお手々つないで登校なんて、吐血しそうなくらい羨ましいぜ」

 

「おっぱいは残念だけどそれ以外はやっぱり良いよなー。俺マジ好みだわ。……怠惰先輩ってソーマ先輩と手を繋ぐだけに飽き足らず昼には手作りのお弁当を食べさせて貰ってるんだろ?……俺たちと大差ない扱い受けてるのに、世の中って本当に不公平だよな」

 

「おまけに家に帰れば弱みに付け込んで人には言えないあんなことやこんなことまで……くっ、憎しみで人が殺せればっ!」

 

 女学生による部活の朝練を見学(マイルド表現)していた男子生徒3人も周囲のざわつきからタイダーとソーマに気が付いたようだ。おおよそ他の者たちから好意を抱かれないような自分たちの行為を棚に上げ、思い思いに胸の内を吐き出す3人。彼らも噂を信じているようだった。

 

 登校風景を目撃した学生達からの厳しい視線を一身に受けている当のタイダーと言えば、全く堪えた様子の無いお決まりのだらしなく緩んだ表情のままソーマに手を引かれていた。そもそもこの程度の視線で根を上げるような性根をしているのならば、とっくの昔に改心していたであろうことは明白だ。タイダーの面の皮は核シェルターの壁よりも分厚く、心臓には毛どころかケブラー繊維が生えているような有様であった。

 タイダーの手綱を握っているソーマについても主同様気にしていないらしく涼しい顔で校舎を目指している。最低限登校させるようにとタイダーの両親から仰せつかってからおよそ2年。入学当初は突き刺さる視線に顔を赤面させながら登校していたが流石に3年目ともなれば否が応にも慣れてしまったのだろう。彼女は視線を物ともせず桜が綺麗に咲いてましたね、とどこか他人事のようにタイダーに話しかけたりしていた。

 

 そんな2人に近づく者がいた。

 

「おはようございます、タイダー。それにソーマも、朝から大変ですね」

 

「おはようございます、蒼那さん。いつものことですので問題ありません」

 

「おはよう」

 

 2人に挨拶をしてきた人物は同級生で駒王学園の現在生徒会長を務める支取蒼那であった。蒼那に対してソーマは立ち止まり聞く者の涙を誘うような文言を付け加えながら挨拶を返し、授業以外では生徒・教師を問わず人の話を無視することに定評のあるタイダーも珍しいことに挨拶を返していた。その光景を見ていた者たちは先ずお堅い印象のある生徒会長がソーマは別としても問題児筆頭のタイダーに自ら絡みに行ったことに驚き、ついでタイダーが短いながらも挨拶を返した事に目を見開いた。

 

「うそ、あのタイダーが挨拶を返すなんて……」

 

 というような声がちらほら聞こえてくる程度には珍事である。

 そんな評価を受けるタイダーが蒼那を無視しなかったのには、蒼那が抱える事情に理由がある。

 

 タイダーがそのままベルフェゴールを名乗るには問題があるということでベルという姓を用いているのと同様に、蒼那自身もわざわざ日本風の偽名を用いている。

 彼女の本来の名はソーナ・シトリー。元ソロモン72柱の悪魔であり現在も冥界において名家に名を連ねるシトリー家のご令嬢である。

 つまるところタイダーは、同じ悪魔であり名門の出である彼女を無視すると関係をこじらせる可能性があるため、後の面倒よりも先の面倒を取っただけである。自分の利益しか考えていない点だけについては悪魔らしさのあるタイダーであった。 

 

 当のソーナがタイダー達に話しかけた理由としては、同じ名門出身の悪魔であるタイダーを見かけ生来の気真面目さから挨拶をしないのは失礼に当たると判断したのが一点。そしてもう一点、ソーナ程ではないが真面目な気質で何かと気が合い、日頃からタイダーの事で苦労しているであろうソーマの事を気にかけてである。

 

「あなたもあなたでいつも通りですね、タイダー。もう少し背筋を伸ばして見てはどうですか?」

 

「なぜ俺が背筋をのばさないといけないのだ?」 

 

 タイダーがベルフェゴール家の出でありその中でも特に「怠惰」を体現しているというのは悪魔の中では有名な話であり、それについてはソーナも同じ学び舎で過ごしたこの2年余りでよくよく思い知らされていた。同じ悪魔としてはベルフェゴールを正しくその身で体現するその姿勢に呆れつつも尊敬してはいるが、学園の風紀を司る者としてソーナは苦言を零さざるを得なかった。対するタイダーはベルフェゴールである自分がそんな事をする必要は無いと言わんばかりに質問を返してきた。

 

「……余りにもだらしが無いと、その内ソーマに愛想を尽かされてしまうかもしれませんよ」

 

 タイダーのいっそ清々しさすら感じられる態度に、ついつい悪魔として女としての本音が漏れ出てしまうソーナ。眷属悪魔であるとはいえ何故ソーマは特に嫌がりもせずにタイダーの世話を焼くのか、この学園に入学して以来のソーナの疑問であった。

 ソーナの小言を受けたタイダーはいつも通り緩い感じに泰然自若としている……と言う訳でも無かった。タイダーはソーナが駒王学園に入学して以来初めて見た、いつもより多少真剣な眼差しでソーマを見つめながら言葉を発した。

 

「お前は俺がだらしないと愛想を尽かすのか?」

 

 声についてもいつもより多少真剣味が感じられるという異常事態にソーナは内心驚く。そんな外野をよそにタイダーの質問を受けたソーマは困ったように首を傾げながら返答した。

 

「タイダー様がだらしないのは当たり前のことなので別に気にはなりませんが……もうちょっと速く歩いてくれると遅刻ギリギリにならずに済むので嬉しいですね」

 

 ソーマの返答に再度衝撃を受けるソーナ。

 確かにこれまで嫌な顔一つせずにタイダーを世話してきたソーマではあったが、改めて本人の口から気にしていないなんて聞くと根が真面目なソーナにはちょっとばかり刺激が強かったのだ。これが噂のダメンズスキー……?という風な感じで生徒会長が内心でキャラ崩壊を起こしているのを尻目に、タイダーはこれまた珍しいことに眉根をちょっとばかり歪めて悩むそぶりを見せた。悩むこと数瞬、タイダーは言葉を口から絞り出した。

 

「……分かった」

 

 そう言うとタイダーはソーマの手を掴みながらも自分で歩き出した。

 タイダーに引っ張られ少しばかり体勢を崩したソーマに、突然のことに面食らったソーナ。名前が紛らわしい2人は、タイダーの歩行速度がドン亀も良いところなので直ぐに追い付き並んで歩き出した。

 

「話の流れからしてタイダーは歩く速度を今までよりも速めているのだと思うのですが……これ、速くなってますか?」

 

「秒速で言えば大体0.1mほど速くなってますね。素晴らしい進歩です」

 

 話の流れからタイダーの意図を予測したソーナに対して、ボケてるのか真剣なのか良く分からない返答をよこすソーマ。主従揃ってマイペースな2人に頭痛を覚えながら、ソーナは2人と共に校舎に向かっていった。

 

「何を話してるのかは聞こえなかったけど、怠惰先輩と生徒会長って仲良いのか?……元浜はどう思う?」

 

「表情を見る限りそうでもない気がするのだが……そう言えば以前リアス先輩とも話し込んでるのを見たことがあるぞ」

 

「なにぃ!あのリアス先輩と、だと……?」

 

 残された学生たちもまた彼らと同様に教室へ向かおうと急ぐ中、3人の男子学生たちがその場に残って先程の光景について話し込んでいた。坊主頭の少年が、元浜と言うらしいメガネの少年の返答を受けてわざとらしいほど大げさに驚いてみせた。残ったもう一人のツンツン頭の少年は、口元に手を当てながら何事かを悩み込みながら友人らしい2人に話しかけた。

 

「……松田、元浜。お前たちも気付いたかもしれないが、俺は怠惰先輩について一つ気付いたことがある」

 

「どうしたイッセー。羨ましさで頭がおかしくなったか?」 

 

「それは俺たち3人に共通することだと思うが……まあいい、聞こうじゃないか」

 

 イッセーと呼ばれたツンツン頭の少年を茶化しながらも、松田と言うらしい坊主頭の少年とメガネの元浜少年は耳を傾ける。真剣な表情を浮かべるイッセー少年に対して残る2人は喉を鳴らしながら発言を待つ。もうそろそろ予鈴がなるということで彼ら以外に学生の姿は無く、静かな緊張感を場が包む。緊張感が頂点に達した瞬間、鳴り響く予鈴と共にイッセー少年は口を開いた。

 

「怠惰先輩は俺たちと同じ、面食いで女好きの変態だ」

 

「アホらし。早く行こうぜ元浜」

 

「予鈴鳴るまで付き合わせやがって。イッセーに期待した俺たちがバカだったよ」

 

 イッセー少年の拍子抜けな発言に気を削がれた2人は足早に立ち去っていった。

 

「ちょ、俺が悪かったって、だから待ってくれ!」

 

 残されたイッセー少年が2人を追いかけていくことで、校舎の外に残る人影は無くなり静寂が訪れた。

 

 なお、拍子抜けではあったものの評価そのものは妥当であるという事で、3人組の手によってタイダーの悪評に怠け者以外に面食いの女好きが追加されることになった。

 

 

 

 

 




 三人称で周囲からの評価を少々。
 このお話は視点がころころ変わるのでご注意を。
 
 ソーナとソーマを打ち間違えそうになること数回。
 何故私は懲りずに同じ間違いを繰り返すのか。

 2015.10.29追記

 冷静に数値だけで考えると会長は別に薄く無いので該当箇所を削除、修正
 
 2015.11.07

 色々修正。
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