とある科学の魔法士たち   作:過労死志願

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偽物の救い

 夏休みが始まる前日の夜。

 

「あ~。やっぱりないな~。まぁ、そりゃそうだよね。風紀委員が全力で探して上がっているサイトをたたいているところなんだから……私が見れるサイト程度じゃ、見つけるのは至難の業か……」

 

 寮の自室にて、一般的女子中学生佐天涙子は、PCを長く見すぎて固まった体を解きほぐすように、椅子に座ったまま大きく伸びをする。

 

 彼女の目的は最近有名になっている都市伝説……レベルアッパーの捜索だ。

 

 昼間の友人たちの会話で、その存在が実在することを知り、自分も超能力者になれるかもと思った彼女はいてもたってもいられず、こうしてネットサーフィンをして捜索を行っているわけなのだが……。

 

「あ~あ。もう今日はあきらめて、新しい音楽でも落とす? でも最近高くなってるからな……」

 

――ただのファイル落とすお金もばかにできないのよね~。と、ほんのわずかに自分の通帳に入っている預金残高を思い出し、顔を引きつらせる涙子だったが、とりあえず行きつけのサイトは覗いてみる。

 

 その時だった。

 

「ん?」

 

 彼女が、サイトに飛んだ瞬間、いつもはカーソルが変形しない場所――サイトの名前の一番端の文字――で、矢印がクリック可能の指さしへと変わるのを。

 

「これ……隠しファイル?」

 

――昨日までこんなのなかったのに? と、首をかしげながら興味本位でクリックを押す涙子。そして、その開いた隠しファイルの題名は、こう記されていた。

 

《level upper》と……。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 虚空爆破(グラビトン)事件の犯人が倒れた。

 

 その報告が風紀委員に入ったのは、つい先ほどのことだった。

 

 まっさきにその場に急行したのはディー。初春が風邪のため面倒を見る後輩もおらず、虚空爆破事件からずっと徹夜続きだった彼は、同僚である固法美偉から強制的に休暇をもらっていた。だからこそ彼は、誰よりも素早くその病院に駆けつけることができた。

 

 そして、

 

「エド!? どうしたの、こんなところで?」

 

「ディー……」

 

 そこには茫洋とした表情で、集中治療室に入った虚空爆破事件の犯人を見つめる、知り合いの少年の姿があった。

 

「おにいちゃん……もう、起きない?」

 

「知り合いだったの?」

 

「まぁ、いろいろあってな」

 

 ディーの驚いた顔の質問に返答を返したのは、近くを通りがかった医者にいろいろ聞いていたシオンだった。

 

――さすがに、エド一人で来させるようなまねはしなかったんですね。と、ほんのわずかながら育て親らしい姿を見せるシオンの姿に、ディーはわずかに瞠目する。そして、

 

「いや、ちょっと勢い余って強く殴りつけすぎちゃったかなと思って心配したぜ。よかった~俺が原因じゃなくて」

 

――やっぱりこの人、人間としてどこか間違っている気がする……。と、シオンが口にした全力全開の自己保身の言葉に思わずひきつった笑顔を返す。

 

 そこでようやく、

 

「ディー先輩!? 来ておられたんですの?」

 

「あれ? エド君とシオンさんもいるじゃない? どうしたんですか」

 

 御坂美琴をともなった、白井黒子が姿を現した。

 

「ちょっと、青春のばかやろうしちゃった相手のお見舞い」

 

「「はぁ?」」

 

「シオンさん。話がややこしくなりますから、あなたはあちらの控室に行っていてください?」

 

 なんだよなんだよ~。と膨れながら、近くの喫煙室へと向かっていくシオンの背中を見送り、ディーはいまだに治療室から離れようとしないエドにも、話しかけた。

 

「エド。この事件は必ず僕が何とかするから、だから少し休んで来たら」

 

「……はい」

 

 いつものように従順に。だがしかし、どこか悲しそうな顔でそう答え、その場から離れるエド。そんな彼の姿に歯を食いしばりながら、ディーは事件がまだ解決できていないふがいない自分に憤りを覚えた。

 

「白井さん」

 

「はい……ですの」

 

「休暇は取りやめて、僕の捜査に加わる。この事件、さっさと片を付けないとかなり危険なようだ」

 

「わかりました。固法先輩にもそのように」

 

「助かるよ」

 

――まったく、優秀な後輩を持って僕は幸せだ。と、ディーが小さく笑い、

 

「やぁ、待たせたね。ディー君」

 

「!!」

 

 ようやく聞こえてきた懐かしい声に、ディーは振り向きながら思わず顔をほころばせた。

 

「先生!」

 

「今は教員はやっていないが……まぁ、君からはそう呼ばれたほうがいい気がするね」

 

 その相手はわずかに苦笑を浮かべながら、笑顔を浮かべるディーに肩をすくめる。そして、

 

「あったのはザイン先生の葬儀以来だったかな? ほかの方々は初対面なので自己紹介をさせてもらおう。水穂機構病院院長と、そちらにいるジャッジメントのデュアル君から招聘を受けた、木山春生だ。大脳生理学を研究している」

 

 目に大きな隈を宿した、白衣の美女が姿を現した。

 

「それにしてもここは暑いな……。なんでも、近くに落雷があってまともに設備が使えないらしいが……」

 

「「「っ!?」」」

 

 突如脱ぎだすというサービスどころか、わけわからなさ過ぎて、逆にホラーな映像の提供とともに……。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 天樹錬は参っていた。

 

「暑い……」

 

 学園都市を襲う、夏特有の凶悪な熱気にだ。

 

「ほんと……日本の夏ってなんでこんなに暑いんだろうね……。学園都市も学園都市だよ。仮にも都市一つを最先端科学で覆っているんだから、都市一つに効く冷房設備でも作ればいいのに」

 

 それはもう擬似的氷河時代が起こせる科学技術だと思われるのだが、今の錬にはそんなもの関係ない。

 

 今の彼にとって重要なのは、どうすればこの熱気から逃れることができるのかということだ。

 

 そして、古今東西外出中に涼を取れる手段など限られているわけで、

 

「仕方ない。ちょっと危ないけど裏路地でも通るか……。今日は当麻もいないし、早々武装無能力者集団(スキルアウト)にあったりしないだろう……」

 

 そういって彼は一歩、暑い日差しがシャットダウンされる、日陰だらけの裏路地へと足を踏み出した。

 

 だが、彼は自覚していなかった。友人とはさすがに比べるべくもないが、彼自身も相当な……トラブル体質だということを。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 佐天涙子は、気まずそうな表情を浮かべながら、友人たちが決して通らないであろう裏路地を、黙々と歩いていた。

 

 彼女の脳裏には、先ほど友人である白井黒子や、病み上がりなのを押してやってきた初春飾利。そして、彼女たちの先輩であるデュアルことディーが話していた言葉がリフレインされる。

 

『レベルアッパーを持っている人を、捜索して保護。それが今後の方針ですわね』

 

『使用者の副作用とか、能力が急に上がって犯罪行為に走る人とかが増えているみたいですからね』

 

『僕は木山先生と共同して、あの音楽についてもっと解析を進めてみるよ。そうすれば、レベルアッパーの被害を減らせるかもしれないし』

 

――風紀委員は完全にレベルアッパーをつぶす方向で動いている。それを悟った涙子は、つい怖くなってしまい友人たちから逃げるように、その場から離れた。

 

 もうすでにレベルアッパーをダウンロードしてしまったなんて言えなかった。そして、そんなものを今でも使いたいと思っているなど言えなかった。

 

 彼女は、その友人たちとは違う無能力者だった。レベル0――完膚なきまでの凡人であると証明するその数値は、友人たちの前では出さなかったが彼女にとっては苦痛だった。

 

 レベル1の初春だけだったときはまだ耐えられた。だが、レベル4や頂点であるレベル5の白井や御坂にあってからは、その強さにあこがれ、そのかっこよさに羨望し、その強大さに絶望した日々だった。

 

 別に彼女たちにあったことを、友人になったことを後悔したことはない。ただ、せめて……私も、

 

「あの人たちの友人だって……胸を張って言えるような力がほしかったの」

 

 涙子がそうつぶやき漏らし、思わず立ち止まった時だった。

 

「は、話が違うじゃないか!! さっき電話で話したときは10万円でレベルアッパーを譲渡してくれるって……」

 

「さっき値上げしたんだよ! こいつがほしけりゃもう10万持ってきな」

 

 通りがかった裏路地の奥――取り壊しが予定されていたビルの前で、太った高校生と明らかにやばいとわかる男が3人、言い争いをしていた。

 

 いや、それは言い争いというよりも、

 

「ふ、ふざけるな!! だったらその10万は返してグッ!?」

 

「ガタガタうるせぇな……。10万ぽっちで誰がやるかっつんてんだよ!!」

 

「最近は上がっていたサイトが次々とつぶされているからなっ!!」

 

「かねがねぇならとっとと帰りやがれっ!!」

 

 一方的な恐喝だろう。太った高校生は、男二人から猛烈な暴力を振るわれ悲鳴を上げながらうずくまる。

 

 そんな光景を見て、涙子は思わず物陰に隠れた。

 

 助ける。という選択肢はなかった。なぜなら自分は非力なレベル0な上に、女子中学生。大学生くらいに見える、男3人からあの太った高校生を助けるには全く力がたりない。

 

だから、

 

――な、なんで今日に限ってこんなことしてんのよ!! やるなら私の見てないところでやってよ!! と、痛む良心に目をつぶり、必死に強がり交じりの悪態をつきながら、その場から離れようとして、

 

「っ……!!」

 

 それでも、体が命令を無視して逃げようとしてくれないのを感じ、彼女は思わず唇をかみしめた。

 

――何やってんのよ私。

――こっちは数か月前まで小学生だったんだよ?

――襲われているのは顔も知らない赤の他人だし、

――見捨てたって誰も文句は!!

 

 内心の賢い自分の声とは裏腹に、彼女の足はゆっくりと……しかし確実に、人を殴る音が聞こえる現場へと向いていた。そして、

 

「おい。そいつ使ってレベルが上がった能力を試してみろ」

 

「ははっ!! おいおいマジかよ」

 

「お前今日で死んじまうかもな!!」

 

「ひっ……や、やめて……助けてくれっ!?」

 

 そんな明らかに危険すぎる事態になった現場へと、

 

「や、やめなさいよ」

 

「「「あぁ?」」」

 

 とうとう、足を踏み入れてしまった。

 

「そ、その人怪我してるし……警備員(アンチスキル)にも、連絡した。すぐこっちくるって……言ってたんだから、だから!!」

 

 やめなさいよ!! と、彼女が告げる前に、

 

「なに抜かしてんだクソガキ」

 

「っ!?」

 

 彼女の後ろ髪をかすめ、暴力をふるっていた男たちのうちの一人――白いジャケットを着た、明らかに危険度がほかの二人より高そうな男――が、はなった蹴りが、彼女が立っていたすぐ横の壁に、たたきつけ轟音を立てた。

 

 戦闘が日常茶飯事の白井や御坂ならば、おびえることなどない大したことのない恫喝。だがしかし、ただの一般学生である涙子には、それでも十分な恐怖を与える恫喝だった。

 

「ガキがごちゃごちゃいうじゃねーか。だがなぁ、なんの力もねぇ、非力な奴が指図をする権利はねーんだよ!!」

 

 その白いジャケットの男が、そういいながら凶悪に嗤ったとき、

 

「あぁ……こらこらそこのヤンキーども。あんまりいたいけな年下いじめるんじゃないよ? かわいそうじゃないか」

 

 突如、その裏路地にもう一つ声が響き渡る。

 

 またか……。と言わんばかりに、男たちは顔をしかめながらその声が聞こえた方向へと視線を向ける。

 

 そこに立つのは、日本人らしい黒目黒髪の普通の少年。特に強そうにも見えなければ、男たちのような恐怖も感じない、白いシャツに黒いスラックスといった学生服夏仕様をした少年で、

 

風紀委員(ジャッジメント)じゃないけど、さすがに見逃すのは寝覚めが悪い……か。まったく、当麻の不幸が本気で伝染してるわけじゃないよね?」

 

 至って自然に――天樹錬は、佐天涙子を助けるために凶悪な雰囲気を放つその空間へと足を踏み出した。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 涼しい裏路地の日陰の中を「やっぱり、僕の判断は間違ってなかった!」と、意気揚々と歩いていた錬は、つい行き会ってしまった目の前で広がる光景に、思わず顔を引きつらせる。

 

――ヤンキー三人。太った人が一人。女の子が一人。

――ヤンキーたちが超暴行。女の子止めようとするも返り討ち。

――女の子もつかまり髪引っ掴まれて押し倒されている。

――いまここ。

 

「何が悲しくて夏休み初日にこんな事件に合わないといけないのさ……」

 

――上条菌が本気で感染しちゃったかも……。後で真昼兄に精密検査してもらおう。と、内心で固く誓いながら、

 

【Iブレイン戦闘起動。運動係数制御デーモン「ラグランジュ」常駐。知覚倍率を20倍、運動能力を5に設定】

【並列起動。短期未来予測デーモン「ラプラス」常駐】

 

 自分の脳裏にある、《情報の海(グローバルネット)》に開いた二枚の窓に指示を出すことによって、錬のIブレインは唸りを上げ彼に異能の力を与えるために瞬く間に世界を改変する。

 

「あぁ? なんだてめぇ?」

 

 そんな錬の姿を見ても、不良たちは何の脅威も抱いた様子はなかった。まだ能力を使っていない錬を、いつも通り自分たちの恫喝でおびえるただの学生だと勘違いしているのだ。

 

――侮ってくれるならむしろ好都合だ。と、こちらに無防備に近づいてくる一人の不良の姿に、錬は小さくため息をつきながら構えをとる。

 

――このまま、能力なんて使わないまま倒せるに越したことはないんだし。

 

 内心で錬がそんなことを呟いていることなどつゆ知らず、

 

「邪魔すんじゃねーよ。てめーもきれいにすりつぶされたいのか? あぁ!?」

 

 と、錬の眼前に立ち凄んでくる不良の顎を、

 

「よっと!!」

 

「!?」

 

 五倍に加速された錬の掌底が、情け容赦なく打ち抜き、一撃でその意識を刈り取る!

 

――背が低いからこんなことできるんだろうけど……なんだろう。言っててすごく悲しい。

 

 ちょっとだけ背が低いことに感謝してしまった自分に涙を流しながら、錬は即座に行動を開始する。白目をむいた男の影から飛び出し、残る不良二人に向かって疾走を開始した。

 

 戦闘ではナノセカント秒の隙すら致命につながる……とは言わない。能力者とはいえ相手はしょせん一般学生。寮でやっている魔法士同士の模擬戦の常識を持ち出すのはばかばかしいし、ナンセンスだ。

 

 だがしかし、現状的は人質を取った状態。油断していいわけでもない。

 

「っ!! なかなか鍛えているみてぇだな。だがなぁ、こっちにゃレベルが上がった能力があんだよ!!」

 

 ばたりと倒れた男をみて、目を見開いた下っ端二号。だが、その顔にはまだ余裕があり、その背後にはそこらに転がっていた、取り壊し予定のビルの廃材――鉄パイプや鉄板が浮かび上がっている。

 

――念動力(サイコキネシス)? あのサイズ鉄製品をあの数浮かせるなんて、結構レベルは高そうだけど……。

 

 そこで錬は思わず目を眇めながら、

 

「そんなことしなくても、その力で僕の体の動きを止めればすぐに決着ついたろうに」

 

 能力の使い方がまるで分っていない。能力を使っての戦闘はド素人以下だった。

 

――いったいどうしてこんな人がこんな強力な能力を? と、錬は内心で首をかしげつつ、それでも疾走をやめない。そんな連の姿を見て、

 

「はっ!! 馬鹿か! ただの自殺志願者かよ!!」

 

 下っ端二号はそう言って笑い、錬に向かって情け容赦なく浮遊させた鉄材たちを射出する。だが、

 

【攻撃感知。危険度・小】

 

 二重写しのように錬の視界に広がる、世界の写し鏡である情報の海。その中に鮮やかな赤の線が描かれた。そのすべては、予測される鉄材たちの攻撃軌道。錬はその中から最も可能性が高いのものを選別し、その線に触れないように走りながら体を滑り込ませる。

 

 あっさりと空を切る鉄材たち。それを見た下っ端二号は目を見開き、

 

「なっ!?」

 

 何かを言いかけたが、当然錬はそんな暇を与えてやるつもりはない。

 

【運動係数制御。右腕の運動を10に再設定】

 

 超過運動ギリギリの部分加速。それによって尋常ではない速度を得た錬のコブシは、接近を完全に許してしまった下っ端二号の顔面へと突き刺さり、その体を意識もろとも吹き飛ばす。

 

「ふーっ。さて、残るは君一人だけみたいだけど、どうする?」

 

 そして、完全に白目をむき気絶している下っ端二人組に小さく鼻を鳴らしながら、錬は戦闘がひと段落ついたのを期に、一応の降伏勧告を白い上着のやばいヤンキーさんにしてみる。

 

 その背後に唖然とした様子で座り込み、錬の戦闘風景を見ていた少女に「安心して。すぐ助けるから」と、いう気持ちを込めた視線を送りながら。

 

 だが、白い上着の返答は、

 

「おれたちはよ――」

 

 当然、

 

「盗みや暴行恐喝や薬――やばいことは大概やってきたが、その最後にはいつも、てめーみたいな警備員(アンチスキル)風紀委員(ジャッジメント)っていった、正義の味方とやらがやってきて、うざってー目にあってきた。だからよぉ……強い力を手に入れたら、いっぺんギタギタにしてやりたかったんだよ!!」

 

 徹底抗戦!

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 涙子は目の前で行われている光景に思わず目を見開いていた。

 

――すごい……あのひと、能力もなしにあんな人たちを!? と。

 

 そこにはおおいな勘違いがあるわけだが、さすがの彼女も気づいていないだろう。何せいま錬が使っている能力は《ほんのちょっと運動能力があがる。めちゃくちゃ知覚速度が上がる》と《可能性が高い攻撃の軌道がいくつか予測できる》というもの。ビジュアル的に能力を使っていることが全く分からないに二つだ。

 

 つまり、涙子の目には錬が鮮やかなステップで敵の攻撃を躱しながら、一撃でその意識を刈り取っているようにしか見えないわけで……。

 

「能力がなくても……あそこまでできるの?」

 

 彼女の目に、希望が宿る。能力なんてなくても、やっていけるんだという希望が!

 

 能力なんてなくたって、あの強い友人たちと――並び立つことができるんだと。そういった希望が。

 

 その時だった、

 

「ギタギタにしてやりたかったんだよ!!」

 

「っ!?」

 

 最後に残っていた白い上着のヤンキーが、猛獣のような鋭い動きで錬に襲い掛かった。だが錬はその行動に全く反応を返さない。迎撃準備すらとっていない!?

 

――危ない!! 涙子は思わずそう叫びかけたときだった、

 

「はぁ。仕方ないな……」

 

 襲い掛かるヤンキーを完全に無視し、錬は一歩踏み出す。

 

 もはやヤンキーと至近といっていい。そんな中踏み出してしまえば、錬とヤンキーの距離はもはやコブシを交わせないほど近くなる。

 

――錬の攻撃が封じられる!! 涙子がそう危惧した瞬間、

 

 錬の体がヤンキーの体にめり込み――飲み込まれ、

 

「は?」

 

 驚く涙子をしり目に、ヤンキーの体の中から信じられない速度の右ストレートが飛び出す!

 

「ギャッ!?」

 

 そして、そのストレートが放たれた先から、肉と骨を殴りつけるがゴッという不気味な音が響き渡り、見えない何かが吹っ飛んだ。

 

 唖然とする涙子。そしてその数秒後、錬を飲み込んだヤンキーがまるで幻のように掻き消え、涙子の眼前に白目をむき気絶した先ほど消えたはずのヤンキーが瞬時に出現して、

 

「え? えぇ!?」

 

 わけのわからない光景に、涙子が目を白黒させる中錬は小さくつぶやいた。

 

「ごめん……ぼく、光学系の目くらましは通じないんだ」

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 情報世界は嘘をつかない。錬の兄である天樹真昼がいつも言っている言葉だ。

 

 まぁ、さすがに魔法士がかかわるとウソ云々を置き去りにして改変されまくりなのだが、それ以外についてなら確かに情報世界は正直だった。なにせ、現実世界の写し鏡だ。魔法士たちに改竄されない限り、情報世界は現実の視覚でとらえられる以上の情報を魔法士たちに提供してくれる。

 

 つまり、

 

「ぶっちゃけ、光をあやつって違う場所に象結ばせようが、その後ろに光学情報だけ抜いた人間の情報があったら、そっちが本体だってバレバレなんだよね……」

 

 錬の通報によってやってきたアンチスキルに拘束されるヤンキーたちを見て、錬は思わず苦笑交じりのつぶやきを漏らした。

 

 男の能力の名前は偏光能力(トリックアート)というらしいが、いささか魔法士との相性が悪すぎた。おそらく錬とぶつからなければそれ相応の戦果を持ち帰れただろうに……運が悪いことこの上ない男だ。

 

「まぁ、僕も人のこと言えないけど……」

 

 そういって携帯を取り出し時間を確認する錬。事情聴取などもあったせいか、現在はすっかり夜七時。寮で夕食を作って待ってくれているフィアを割と待たせてしまっている時間だ。

 

――これはまた怒られるかな? フィアじゃなくて月夜姉に……。と、自分の彼女を、遺伝子的に実の弟である自分以上に猫かわいがりする姉の姿が割とはっきりと浮かんでいしまった錬は、そのフィアを悲しませた罰として阿修羅のように怒り狂う彼女の姿も浮かんでしまい、思わず背中に冷たい汗を流す。

 

 その時だった。

 

「あ、あの……さっきは助けていただいて、ありがとうございました!!」

 

 先ほどヤンキーたちから助けた少女――佐天涙子というらしい――が頭を下げてきたので、錬は笑いながらひらひらと手を振り受け取っておく。

 

「いや、あのまま逃げるのも寝覚めが悪かったしね。気にしないでいいよ」

 

「それに、能力なんてなくたってあんなことができるなんて……わたし、感動しました!!」

 

「……ん?」

 

――何かものすごい勘違いを受けているような……。と、涙子の言動からようやくそのことに気付く錬。だがしかし、いまさら気づいても後の祭りだ。

 

「あの、攻撃を完全に予測していたかのような回避に、不良たちを一撃で仕留めるパンチ! 最後の敵の本体を一撃で見破ったのは、あれ気か何かで相手の気配を察知したんですか!?」

 

「え、えええ!? え、えっと……なにか勘違いしている」

 

 と、あわてて誤解を解こうとした連だったが、そこで彼はようやく自分の置かれた立ち位置を思い出す。

 

 天樹錬――能力名《魔法士》。その中でも完成型とされる能力《悪魔使い》。その能力は他者の能力の複写と保存。そして、それらを二つまでなら同時展開できる並列起動能力。つまり学園都市でいうところの、実現不可能と定義づけられた――《多重能力(デュアルスキル)》。

 

 とうぜん、涙子の勘違いを解くためにはそのことを説明しなくてはならない。だがしかし、こんなとんでも事実を発表してしまったら、錬どころか寮にいる情報制御関係者たちにも迷惑がかかってしまうわけで……。

 

「あ、あはははははははは!! うん、そうだよ!! 僕くらいになるとあの程度の目くらましは通じないんだ!! だって相手の気配がわかるからっ!!」

 

 やけっぱち気味にそう叫ぶ錬に、涙子は目を輝かせた。

 

「やっぱり!! 私能力開発に行き詰っていて……いろいろ迷っていたんですけど、おかげで吹っ切ることができました!! 別に能力だけがすべてじゃないって、あなたに教えてもらえましたから!! これからあなたのことを、師匠って呼ばせてください!! あ、メルアド交換していいですか?」

 

「うん。いいよ!! どんとこ~い!!」

 

 何やら盛大な墓穴を掘ってしまっている気がしないでもない錬……。おそらく彼はこの選択を後悔することになるだろうと、自分でも割とはっきり自覚していたが、いまさらどうしようもない。

 

 とりあえず、このとき佐天涙子はレベルアッパー事件の難から逃れることに成功した。かわりに、巨大な爆弾を抱え込んで……。

 




あれ~? サテンさんをただ助ける話だったはずなのに……あるぅえ~?
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