時は少しさかのぼり、
「終わったな……」
周囲にズタボロにされた警備員や警備ロボットが転がる、戦場のような様相を呈した道路の上で、一切無傷の姿で立っていた木山春生は独白するかのように呟く。
その眼前では、一枚の特殊プラスチックシールドを片手に、背後でアンチスキルの隊長と思われる女性をかばった一人の女が立っていた。
「それにしてもよく粘る……。ふつうこれだけの惨状を引き起こす能力を食らえば、君も同じように倒れ伏すしかないと思うのだが」
「あ、
――ふむ……。興味深い意見だ。と、木山はつぶやきながら防弾チョッキの胸あたりに刻まれている女性の名前を見つめる。
――黒沢雪。白と黒でなかなか対比がいい名前だ。と、何気なく考えつつも、木山は冷静な声で告げる。
「だが、さっきの戦闘でもうわかっただろう? 君たちでは私には勝てないと……。特に戦力があった先ほどまでならまだしも、君はもうたった一人だ。私に勝てる可能性はゼロに近いと思うが」
「ええ……。常識的に考えたら確かにそう。
だが、雪の顔に浮かんでいた不敵な笑みは、木山の言葉を聞いても決して変わらず、
「でも気づいてる木山さん? あなたが私たちと戦闘を開始してから、もう結構な時間がたっているのよ?」
「増援を期待しているのか? やめておけ。私が逃走経路に何の細工もしていないと思っているのか? この私が通った後の道路はすでに爆弾によって寸断されている。おまけに、警備員のデータバンクに対するハッキングもすでに始まっているころだ。隠さなければいけない情報が多い君たちは、今頃そちらの復旧にてんてこ舞いのはずだが?」
「誰が警備員の増援を当てにしているって言ったの?」
自身の否定の言葉をさらに否定し返した雪の言葉に、木山は思わず眉をしかめ、
「まさか、風紀委員に期待しているのか? だったらなおのこと愚かだな。彼らの活動が学校内のもめごと限定のはずだろ?」
「そう……レベルアッパーなんて辛気臭い物作ってばらまいているから知らないのね、あなたは」
雪はそんな木山の言葉を笑い、一言、
「あなたが起こしたレベルアッパーは、とある事件を引き起こし風紀委員の弱点をさらけ出したわ。詳細は省くけど、そのため風紀委員と警備員は、その弱点を克服するためある条約を結んだの。それは……風紀委員の、警備員監修のもとでの学外活動の許可」
「なんだと……?」
その言葉を聞くと同時に、木山の顔色が変わる。
なぜなら彼女は知っているからだ。
風紀委員に所属するとんでもない速さでこの現場に駆けつけかねない存在がいることと、その存在に義理立てしそうな……学園都市最強を。
「さて、あの子の能力なら……そろそろここにつくころかしら?」
雪がそう言った瞬間、
「雪さん!」
空から声が響き渡り、十二の閃光が木山の周囲に突き立ち爆発する!
「「え……?」」
木山と雪。双方思い描いていた攻撃とは全く違う攻撃が飛来したことにより、思わず間抜けな声を上げる。そんな二人の間に降り立ち、
「雪さん!! 大丈夫ですか!?」
自分の母親の友人に心配そうな声をかけるのは、はちみつ色の髪をポニーテールにまとめた、常盤台中学の制服を着たとある少女。
「セラッ!? どうしてここに!?」
「う、初春さんが心配で……。それにこの状態……お、お母さんはどうしたんですか!? 無事でいますよね!?」
必死といった様子で自分に話しかけてくるセラを、雪はあわてて盾の背中に隠しながら、衝撃に備える。
「いいからセラ。隠れて!! 真昼君がとんでもないこと言い出したわ!!」
そんな彼女の姿を見て、木山も嫌な寒気を感じ周囲を見渡す。
そして、先ほどコンクリートの槍をぶつけた巨大なビルの上から、おびただしい数の光が瞬くのを感じ、
「っ!?」
彼女の中におさめられたいくつもの能力を起動。周囲に光を強制的に捻じ曲げるエネルギー場を、複数の能力で組み上げる。
瞬間、数百近い閃光が雨のように道路に降り注ぎ、その一切を溶解・粉砕!
巨大な地響きとともに木山たちが立っていた高架道路を崩落させる!
…†…†…………†…†…
「今の……お母さんの!!」
「D3
――まぁ狙撃っていうか明らかに砲撃だけど……。と、D3を使っていたころのレノアにはない圧倒的な破壊力に嫌な汗を流しながら、雪は眼前ギリギリのラインで崩落を止めた道路の姿にため息をつき、盾を目の前からどける。
――《騎士》の能力を使って体内の運動エネルギーを調整していなかったら防ぎきれなかったわね。
眼前の道路の惨状にそんな感想をいだきつつ、雪は黙って道路の下を除く。
そこには道路崩落にもろに巻き込まれた木山がいたはずだ。
だが、だからといって油断はしない。
多重の能力を持つ彼女が高々数十メートルの高さにある高架道路から落下した程度で、大した被害を受けるはずがないと、異能はびこる寮で過ごしていた雪は知っていたからだ。
そしてその予想は、
「どこを見ている?」
「っ!?」
最悪の形で的中した。
木山は雪が予想した高架下には存在していなかった。
「こっちだ」
「っ!?」
崩落のがれきを足場にし、信じられない高さに跳躍した彼女は、雪の上空に存在しており、その振り上げた手の先には、荷電粒子によって熱く熱された巨大な瓦礫の塊が浮遊していた。
「いったいどんな秘密兵器を持っていたのか知らないが、残念だったな警備員。ここで君たちを戦闘不能にしてから、あちらにも足を延ばすとしよう。あれだけの砲撃だ。リチャージに時間がかかるだろうしな」
木山はそう言って無造作に手を振りおろし、それによって制御されていた念動力は容赦なく、赤く発熱する瓦礫を雪たちに向かって振り下ろす。
盾を持っていない雪は、もうその攻撃を防ぐことはできない。
絶体絶命のピンチ。
だが、
「いかせません……」
そのピンチは、
「お母さんを傷つけるなんて……」
はちみつ色の髪を持つ少女が、空間の隙間から取り出した12の正八面体の結晶のうちの二つによって、
「絶対に許しません!!」
ゆがんだ空間に取り込まれ、まるで悪い冗談か何かのようにその飛来軌道をゆがめ高架下へと落ちて行った。
その光景に唖然とする木山をしり目に、少女――セレスティ・E・クラインは宣誓する、
「初春さんのためにも……お母さんのためにも、あなたはここで捕まえますっ!!」
さらに空間から取り出される10の正八面体。それはまるで渦を巻くようにセラの周りを高速で飛行し、数秒後停止。
それぞれの正八面体は、木山のほうを向いていた頂点から、亜光速で飛来する荷電粒子をうちはなった!
…†…†…………†…†…
荷電粒子が起こした爆発によって、今度こそ木山は高架下へと落ちる。
それを追いかけるように高架道路から飛び降りたセラの脳裏には、高速で展開される無数の窓。
【D3・C~L空間閉鎖解除】
【空間曲率制御開始。重力改変】
【「Lance」C~L:射出】
脳裡をひらめく窓に命令を叩き込み起動させるのは、先ほど木山を空から叩き落とした荷電粒子。
光使いの絶対的攻撃力を保証する閃光。Lance……情報制御によってあらゆる物理法則から解き放たれた、殲滅兵器――荷電粒子砲。
――でも……。と、セラは先ほどの攻撃の再感知した現象に悪寒を走らせる。
脳裡に残った窓に記載された文字は一文字。
【高密度AIM拡散力場を感知。危険度・無】
だが、セラがその窓を見たとき木山は能力を使っている様子を一切見せなかった。
つまり彼女が使ったのは、
「まったく、驚いたよ」
「!?」
セラがそこまで考えたとき、落下中に木山が余裕綽々と言った様子で話しかけてきた!
「まさか、君まであの攻撃を使えるとは……。いや、初めに撃たれた荷電粒子があったな。あれは君が使ったものだね? だとするなら、いったいどうやって……荷電粒子砲なんて学園都市ですらまだ実用化に至っていないはずだが……」
と、小さくぶつぶつつぶやきながら木山は、
「だがまぁ、それが荷電粒子だとわかっているなら防ぐのは簡単だ」
「えっ!!」
セラがその言葉を聞き小さくうめくのと同時に、Lanceが起動。木山の行動を封じようと亜光速の速さで飛来するが、
「甘いな」
「そんな!? どうして!」
その軌道はまるで水面にでも入り込んだかのように緩やかに曲がり、木山をよけて的外れな大地へと叩きつけられる。
その数秒前にセラの脳内で開いていた窓にはまたあの文字。
【高密度AIM拡散力場感知。危険度・無】
「どういう理論で君の荷電粒子が成り立っているのか知らないが、最初からターゲットが違う場所にあるなら、それは外さざる得ないだろう」
「それはっ……錬さんが言っていた!!」
錬が以前話していた、厄介な女子中学生に絡まれる原因となった事件の主犯……偏光能力。
それによって侵されてしまった現実世界の視界が、セラに正確な狙いをつけさせなかった。
魔法士になるために作られ、戦闘訓練を受け続けていた錬たちにとっては、情報的視界と現実的視界の共通使用は呼吸をするほどたやすいことだが、母親から普通に生まれたまたまIブレインをたまたま持っていただけの一般的生活を送ってきた幼いセラにとっては、二つの視界で世界を見ることはかなりの負担となる。
そのためセラは、普段は情報的視界を使わずに一般的な視界で生活を送り、能力を使うときも窓を開き処理命令を送るだけで本格的な情報的視界を使用せずともいいよう、真昼に能力を調整してもらっていた。
そのことが今回は仇になった。通常の魔法士なら即座に看破してしかるべきの木山の策略を、彼女は見ぬことができなかった。
あわてて情報的視界へと自分の視界を切り替えようとするセラ。だが、普段使いなれていない能力の起動は0,001秒ほどの隙をセラに作らせる。
無数の能力を支配下に置いた木山にとって、その隙を突くことは児戯にも等しい行為で、
「君の正義は立派だが……実力が伴っていないな」
「あっ……」
瞬間、木山の手から一条の閃光が走りセラを襲う。
あわててD3を眼前に飛来させ、その閃光の軌道をそらすセラ。
だがその隙に、セラと同じように落下速度を減衰させることによって、緩やかに地面に降り立った木山はそのあたりに転がっていた空き缶用のごみ箱をテレキネシスによって持ち上げ、
「終わりだ」
「っ!?」
それをいまだに滞空するセラの周囲にばらまく。そして、そのセラの周囲を空き缶――アルミ缶が覆い尽くしたとき、それらは一斉に収束を開始する。
その聞いたことがある光景に、セラは次に何が起こるのかを悟った。
【高密度AIM拡散力場を感知。危険度・大】
「っ!? ……
Iブレインが告げた警告に、悲鳴を上げるセラ。
いくら空間そのものを捻じ曲げる力を使っても、まだ能力制御が甘いセラでは全方位からの爆破を完全に防ぎきることなどできない。
体に走るであろう激痛、思わず目を閉じ、体を丸めるようにしてかばうセラ。
そして、彼女は覚悟を決め、
やさしく、柔らかい腕に抱きかかえられたのを感じた。
「え?」
驚いて目を開くと、彼女はいつの間にか先ほど自分がいた場所とは違うはるか遠くの地点へと移動しており、先ほどまで自分がいた空間を爆破によって埋め尽くされるという奇妙な光景を目撃していた。
あわてて視線をめぐらして、木山の姿を探すセラ。そして、木山の前にいつの間にか頼れる先輩――御坂美琴が立っているのを発見し、思わず目を開く。
「大丈夫セラ?」
――どうやってここまで? さっきまでいなかったのに!? と小さく首を傾げるセラ。そんな彼女の頭上から、聞きなれた優しい声がかけられ、セラは目を見開きながら頭上を見上げる。
そしてそこには、見慣れた、中性的な、色素の薄い少年――デュアル・N・ファクトリーの顔があった。
「ディー君!!」
「まったく。君が現場に来てるって真昼さんから聞いたときは肝が冷えたよ……あんまり無理しないで、セラ」
「うっ……ご、ごめんなさいです」
いつもとは正反対の立場になりながらも、自分のように怒るでもなく優しく諭してくるディーに、思わずしょげるセラ。そんな彼女を、お姫様抱っこの体勢からゆっくり地面に降ろした後、苦笑を浮かべたディーは、その頭をやさしくなで、
「でも、初春さんのこと心配してくれてありがとう。あっちには黒子ちゃんに行ってもらっているから、君もすぐに合流して」
「あ、あの……ディー君は? 木山さんと戦うんですか?」
そういって、腰の竹刀袋から二振りの警棒を取り出すディーに、セラは思わず問いかける。
「僕は風紀委員であり……騎士だからね」
そして、ディーのそんな返答を聞いたセラは小さく歯噛みをした後、
「……ディー君も、無理しないでください。木山さんは多分、錬さんよりもたくさん能力を持ってます……」
「それはまたすごいね……」
――気を引き締めないと。と、あくまで緊張感のない淡い笑みを浮かべるディーの姿に、セラは小さく首をかしげた。
怖くないのだろうか? と。さっきの自分の姿を見ていたならわかるはずだ。木山の能力はとても強力で、下手をすれば魔法士であっても、大きな怪我をするかもしれない相手だと。
本当は怪我どころでは済まない規模の能力なのだが、戦闘に今まで参加したことがないセラが想像できるのは、そのくらいが精いっぱいだ。
だからこそ、そんな風に純粋に自分のことを心配してくれるセラに、ディーはいつものように笑みを浮かべて、
「確かに怖いよ。僕だって……傷を負うのは嫌だし、痛いのは怖いよ。でもね、それ以上に……」
そこでディーはちょっと顔を赤くしながらも、しっかりとセラの瞳を見て、
「セラを失いかけたほうが、一番怖かった」
「っ……!!」
「だから僕は今、それほど怖くない。久しぶりに僕は……ちょっと怒ってるんだよ?」
そう告げたディーは警棒の柄についていた小さなボタンを押し……
そして、その鞘の下から出てきたのは刀身が短めな二振りの剣。
白と黒の刀身の下についた、情報制御を使うための緑の結晶体が唸りを上げディーのIブレインに接続し、その演算を補助する。
そして、
「だからセラ。早く上に行って黒子さんと合流して。ここから先は、ちょっと君には見せられない」
そう告げた瞬間、ディーはセラの眼前から消え、
「それに僕が一番怖いのは……君の目の前で人を殺してしまうことだから」
「っ!!」
ディーの悲しそうな一言を聞き、セラは小さく息をのみ、
「……また、ですか」
やはり最後にはディーに助けられるしかなかった自分に、小さく歯噛みをするのだった。