『初春……目を覚ましなさい、初春!!』
「ん……うんぅ? だれ?」
「誰ではありません!!」
突如耳元で響き渡った怒声に、初春飾利は思わず悲鳴を上げ飛び上がり、気絶の状態から起床する。そして、
「し、白井さん!? 来てくれたんですね!!」
「当たり前ですの。大事な同僚を人質にとられてわたくしが黙っているとお思いですか?」
見覚えのある高貴な制服をまとったツインテールの少女――白井黒子がこちらの顔を覗き込んでいるのを確認し、初春は思わず泣きそうになりながら安堵の息をつく。
「あ、そ、そうだ! 木山先生は!?」
「今はディー先輩とお姉さまが対応していますの。ディー先輩はともかく、お姉さまがいるのですから、あちらのほうは心配ないかと」
「そうですか、ならだいじょう……」
ぶですね。と、初春が言いかけた時、彼女の眼前にあった道路崩落した道路の下方から、巨大な爆炎が上がったのは。
「なっ!?」
「お姉さま!?」
さすがにシャレになっていない爆破だったため、レベル5を信頼しているとはいえ不安をぬぐいきれなかった二人は、あわてて崩落した道路の淵へと駆け寄りその下を覗き込む、
「うそ……」
「お姉さまが、押されている!?」
そこには、電撃を何らかの能力でことごとく受け流され苦戦を強いられている御坂美琴の姿があった。
…†…†…………†…†…
――面倒な相手ね!! と、御坂美琴は額から電撃を放ち、木山に送りつけながら今回の敵の評価を下す。
――複数の能力を使いこなすだけでこれだけ強くなるなんて、絶対的出力じゃ勝っているけど、戦略の多彩性で負けるなんて経験、はじめてよ!?
美琴の電撃能力はその出力威力もさることながら、その能力の応用性が頭一つ抜け出た能力でもある。
電流を直接操ることによっての生物じみたプログラムを操る電脳戦は言うに及ばす、戦闘に関しては、上条当麻との戦いで披露した砂鉄の剣や雷撃。近代建築物にある鉄分を使った壁面走行や、磁力を使った高速移動。そして切り札の超電磁砲。
おそらく第一位を除けば、学園都市レベル5の中でも随一の応用性にとんだ能力だと、美琴は自分の能力を思っていた。だが、
「根本的に違う能力を複数使用だなんて……インチキ臭いにもほどがあるわよ!?」
「仮にも一万の脳を統べているんだ。それを考えるとこのくらいの反則はまだまだかわいいほうだと思わないかい?」
「思わないわよ!?」
そうか。それは残念だ。と、美琴のツッコミに何の感慨を示した様子もないまま、美琴が放つ電撃を何らかの能力で受け流し、まったく的外れの方向へと飛ばす木山。
そんな彼女に舌打ちを漏らしつつ、美琴は強力な磁力を能力によって生成。粉みじんになって大量に作り出された砂鉄をまるで生物のようにうごめかせ、
「いけっ!!」
指示を下し、無数の帯にして突撃させる。その砂鉄の帯は砂鉄一粒一粒が高速振動するミリ単位の刃を持ったチェーンソー。その切れ味はそんじょそこらの刃物では比べ物にならない威力を誇るが、
「ふん」
木山は鼻を鳴らし、アスファルトに舗装された大地を地盤ごと持ち上げた手にすることによってその攻撃を一蹴。
「なっ!?」
「その程度かね? レベル5」
そう言いつつ、木山は念動力によってそこらに転がっていたアルミ缶を二つ投擲した。
――虚空爆破!? 先ほどのセラと木山の戦闘風景を見ていた美琴は、木山の狙いを即座に看破しあわてて、電撃を放ちそのアルミ缶を融解、爆散させる。
「なるほど、ではこれならどうだ?」
「っ!?」
だが、そんなもの無駄なあがきだといわんばかりに木山は再び彼女の能力範囲内にある空き缶すべてをテレキネシスで持ち上げ、美琴に投擲する。
数十ちかい空き缶が、美琴に向かって殺到する。だが、美琴は仮にもレベル5。この程度の攻撃に、ひざを折るわけにはいかなかった。
「舐めんじゃないわよぉおおおおおおおおおおお!!」
電圧を最大限まで上げ、最大出力の電撃を殺到する空き缶たちに向かって放つ美琴。空間をほとばしるそれらの電撃は、美琴に向かって殺到する空き缶たちを次々と撃ち落し殲滅していく。
だが、
「どうよ!!」
美琴がすべての空き缶を落とし終え、不敵に笑いながら木山に人差し指を向けた瞬間、
「油断大敵だ、レベル5」
木山のとっておきの手札、テレポートを使って美琴の背後……完全な死角に潜り込んだ空き缶が、彼女を背中から打ち据えるような爆破を起こす!!
「存外大したことがなかったな、レベル5」
爆炎にのまれた美琴の姿に、わずかばかりの拍子抜けといった雰囲気をにじませた木山が肩をすくめ背を向ける。
そして、
「まだですよ木山先生。まだ僕が残っています」
「っ!?」
そこに目を丸くして「あ、あれ!? いつの間に!?」と驚く美琴を抱えながら立っていたディーを発見し、思わず彼女は瞠目した。
「って、ディー先輩!? お、おろしてください!?」
「あぁ、ごめん御坂さん。あと、ここからは僕がやるから、君はちょっと離れていて」
「え、えぇ!? で、でも、言っちゃ悪いですけどディー先輩が勝てるような相手じゃ……それに、私まだ戦え」
「御坂さん。僕は風紀委員だ。非戦闘要員というわけでもない僕が、一般人に戦わせたままのんびりそれを観戦というわけにはいかない。それに、これ以上一般人を犯罪者と戦わせるのは、何かと体裁が悪いしね」
ここは風紀委員の顔を立てると思って。と、淡い笑みを浮かべるディーの顔に、美琴は何も言えなくなり思わず黙りこむ。
だが、
「何を言っているんだディー君?」
今度は逆に木山の方が黙っていなかった。
「君も見ていただろう? 常盤台の能力者も、そこにいるレベル5も私にはかなわなかった。君ごときの普通の能力者が、私に勝てるわけないだろう?」
「なっ!?」
私はまだ負けてないわよ!? と、負けず嫌い精神を発揮して食って掛かろうとした美琴を何とか抑えつけつつ、美琴を地面に下したディーは、両手に持った双剣をだらりと下げるように構えながら、一歩木山に向かって足を踏み出す。
「木山先生……あなたは一つ誤解をしている。一つはレベル5
「戯言を……」
「あともう一つ。あなたはどうやらエリザベートさんに並ぶ成果を見つけたと思っているみたいですが、それは大きな勘違いだ」
「なに?」
ディーの言葉はさすがに研究者として聞き逃すことができなかったのか、わずかばかりに目を細めディーをにらみつける木山。そんな彼女の視線を平然と受け流しながら、ディーは美琴に向かって小さく謝罪を告げる。
「ごめんね、だましていて」
「え?」
「初春さんと白井さんにもあとで謝っておくよ……」
――突然何を? と、思わず目を見開く美琴をしり目に、ディーは普段の気弱な様子など微塵も見せないまま、いつもの淡い笑みを浮かべて告げる。
「あの人が学会を抜けてからすぐに学園都市へといったあなたは知らないだろう、木山先生。エリザベートさんが世間から隠してでも完成させた技術を。あの人が最初で最後に追い求めた、机上に空論の最極地を」
それを僕がお見せします。と、双剣を構えたディーは言った。
「情報制御理論完成系《魔法士》……乱数制御によって生まれた奇形Iブレインをもつ異端。プラン《ファクトリー》開発検体。
瞬間、ディーの姿が木山の眼前から消える。そして、
「っ!?」
突如、彼女の体に走った衝撃が彼女を容赦なく打ち据え、その体を勢いよく吹き飛ばした!
「がっ!? な、なにがっ!?」
一万の脳の演算能力をもってしても、木山には自分が何をされたのか分からなかった。だが、先ほどまで自分が立っていた場所に、ディーがつかで何かを殴りつけるように剣を構えて出現したのを見て、ようやく思考がその事実に追いつく。
すなわち、
「まさか、ただ私をつかで殴っただけ……私の演算能力を超える、超高速で!?」
木山の言葉が終わる前に、二撃目の衝撃が彼女の体に走った。
…†…†…………†…†…
【『身体能力制御』発動。知覚速度、運動速度を53倍で再定義】
実に錬の10倍以上。一つ一つの行動が音速を引き裂く速度をIブレインによって手にしたディーは、一気に減速しもはや止まったようにしか見えない世界の中を普通に動き、木山に向かって急接近。
手にもつ剣の柄の一撃によって、木山をはるか遠くを吹き飛ばす。
魔法士《騎士》の基礎能力の一つ、身体能力制御。錬のものとは比べ物にならないその加速は、常人では及びもつかない加速を本人の肉体に与え、あらゆる抵抗を行う前に敵を叩き潰す。
だが、敵は仮にも複数の能力を保持している。
加速を行う敵に対しての攻略手段などすぐに割り出した。
一つは防御。常時展開されるバリア型の何かを配置し、最初からディーの攻撃が届かない状態にする。
次いで攻撃。こちらは閃光。たとえ53倍の速度で動いていてもさすがに光速に至れるわけではない。ならば光速に到達する攻撃をすることで敵は確実にとらえられるはずと踏んでの行動だろう。
だが、その認識はまだ騎士に対しては甘すぎる。
【並列処理を開始。『自己領域』展開。時間単位改変、重力場を強制的に遮断】
【並列処理を開始。『身体能力制御』容量不足。知覚速度、運動速度を43倍で再定義】
脳内に同時展開される二つの窓。それによって生み出される半透明の幕が、世界をさらに減速させ、木山の光速へ至る閃光をほぼ普通の速度で動く物体へと貶める。
自己領域。騎士が持つ基礎的能力の二つ目。その能力は自分の周囲の空間の物理定数を改変し、使用者の都合のいい空間へと作り変える力。
それによる加護を受けたディーはすでに亜光速での移動が可能だ。閃光をよけることなど造作ない速さへと瞬く間に上り詰めることができる。
当然と言わんばかりに木山の攻撃をかわしたディーは、重力場がなくなった空間内で地面をけり跳躍。それによって信じられない高さまで跳躍したディーは、そのまま木山の背後に降り立ち、
【『自己領域』終了】
【並列処理『身体能力制御』起動。知覚速度、運動速度を53倍に再定義】
自己領域は空間そのものに情報的改ざんをかけ、都合のいい空間を作り出す能力だ。そのため相手を取り込んでしまうと、相手も自分と同じ亜光速の動きを手に入れてしまうこととなる。そうなると自己領域の優位点は消えるうえ、自己領域を展開している分Iブレインに負荷がかかっている騎士本人のほうが不利な状況となる。そのため、ディーたち騎士は自己領域で敵にギリギリまで接近し、自己領域の境界が触れるか触れないかのラインで領域を解除。身体能力制御に能力を入れ替えるというプロセスを踏む。
そう、自己領域とは騎士に絶対の移動速度を与える代わりに、それ以外は何もしない能力だ。だがしかし、亜光速での移動は敵にとってはほとんど瞬間移動にしか見えない。それだけでも十分な威力を発揮する。
ディーが背後に現れたことを木山はまだ気づいていない。いや、気づいているのだろうが反応があまりに遅すぎた。彼女を守る防御フィールドに剣を突き立てる。
【騎士剣《森羅》情報解体起動】
脳裏に映される窓が、騎士の絶対的な物理障害に対する攻撃の発動を告げる。
最後に披露される騎士の基礎能力……情報解体。
それは、ディーたちがすごす現実世界ではなく、ディーたちが改変し続ける情報の海での攻撃方法。
世界は情報で出てきている。そして、それと同時に情報にも強度というものが存在した。
その情報の強度は、自己の思考能力によって高くなり(PCや人間、生物といったものはかなりの強度を持つこととなる)、ものを考えない物質になればなるほどもろくなる(たとえば、ダイヤモンドであろうが核シェルターであろうが、情報サイドからすれば紙切れ一枚ほどの強度も持たない)。
騎士の情報解体というのは、その情報に対しての直接攻撃。それが生物や人間でもない限り、情報解体を防ぐことはかなわず、なすすべもなく崩壊する。
当然それは形を成していない木山の防壁であっても例外ではない。
存在の根幹にかかわる情報をあっという間にハッキングされ、雲散霧消してしまう木山の障壁。
木山もそれには気付いたのか、眠たくなるような速度で目を見開いていくが、遅い。ディーはその反応を待ってやるつもりはない。
人間の情報強度は騎士が出せる情報解体でハッキングできるほどもろくはない。そのため人間には情報解体は通じない。だから騎士は手に剣を持ち、情報解体できないものを叩ききるのだ。
そのことを思い出し、ディーはわずかに顔を苦痛にゆがめつつも、
ためらいなく、木山の体に剣を突き立てた!!
…†…†…………†…†…
「あぁああああああああああああああ!!」
木山は自分の肩口に焼き鏝を充てられたような激痛が走るのを感じ、思わず悲鳴を上げ地面に転がる。
そして、そんな彼女の傍らにたたずみ顔を青くしたディーが息も絶え絶えといった様子で、木山に剣を突き付けた。
「木山先生、次は両手両足を切り落とします。降伏してください!!」
緑の結晶体が象嵌されたその剣の先端には赤い液体がこびりついていた。間違いない、木山の血だ。
木山はあわてて押さえていた片口の傷を確認し、こんな状況にもかかわらず笑みを漏らしてしまう。
腕はまだついていた。というか切れてすらいない。まるで弾丸に貫かれたかのように穴が開いており、関節が粉砕されたせいでもうろくに動かないが、それでも敵は彼女を殺すつもりはないのだとこの一撃で知ることができた。
――まったく、何か私たちに隠してこそこそしていると思っていたら、これが原因ですか先生。リチャードの奴は知っていたのか? と、内心でもうすでに星になったエリザベートに悪態をつくながら、「これならまだ救いがある……」と、小さくつぶやいた木山はふらつく足取りで立ち上がる。
負けるわけにはいかない。たとえ敵がどれほど強大であっても、木山には負けられない理由があったから。
「っ!? さっきの戦闘を見てわからなかったんですか木山先生!! どれだけの能力を集めようと、なたは絶対に僕には勝てない。僕に勝つには僕と同じ身体能力と知覚速度を得る必要がある。最初から呼吸する戦闘のステージが違いすぎる!! さっきの戦闘でそれは痛いほどわかったはずです!!」
「なぜそんな注意勧告を促す? 私は重罪人だ……たとえここで私の腕一本を切り落としたところで、君には何の咎もむけられないだろう?」
「っ!?」
――やはり、この子はまだ戦いで人を殺すことにためらいを持っている。いい青年じゃないですか、先生。と、明らかな動揺を見せたディーの姿に、木山はわずかながらに微笑みながら、それでも冷然とした口調でディーに向かっていった。
「そんな半端な覚悟で私を止めようというのか? ふざけるなよ、ディーくん。たとえこの町すべてを敵に回そうとも、私にはなさねばならない目的がある!!」
「……な、なにを!? 何をする気なんですか、木山先生!!」
「何をする? 決まっているだろう……」
そこで明らかに狼狽しているディーに、決然とした瞳を向けながら木山は人文の心をわずかばかりに漏らした。
「命を懸けて救うと誓った……あの子たちを助けるんだ」
「っ!?」
その言葉にディーが息をのんだ瞬間。
「捕まえた!!」
木山の背後から、一人の少女が抱き着いてきた。
御坂美琴だ!!
「っ!?」
「すいません先生。その話はあとでゆっくり聞きます……でも、僕の能力じゃ無傷で無力化は難しいから、最後の詰めは御坂さん頼んでたんです」
「興味深い話聞かせてくれてありがとう、木山先生!! その話は、あとで風紀委員の留置所でゆっくりとどうぞ!!」
「なっ!?」
しまっ……!? と、木山が漏らす前に美琴から放たれたゼロ距離の電撃が、木山の体を突き抜ける!!
「あぁああああああああああああああああああああああああああああ!!」
全身に走る電流が起こす激痛に今度こそ木山は意識を失い、倒れ伏した。その脳裏に浮かんで消えるのは、彼女が壊してしまった幸せな……教師時代の思い出。
…†…†…………†…†…
――ようやく倒した。と、美琴はわずかばかりの安堵の息を漏らし、倒れ伏した木山を見つめる。
「それにしてもディー先輩いったいなにしたの? ほとんど何が起こっているかわかんなかったけど、少なくとも黒子が知っている能力じゃないわよね、あれ?」
――魔法士とか言っていたし、もしかしてあの人も能力者じゃなくて……。と、美琴がディーの秘密の核心に触れかけたとき、
「っ!?」
突如、彼女の脳内に見知らぬ光景が流れ込んできた。
『おはよう! 木山先生!!』と、見知らぬ教室で笑う一人の少女。
――こ、これはまさか、木山春生の記憶? 私の電撃で、神経回路が疑似的につながって、記憶が逆流しているの?
驚きあわてる美琴をしり目に、記憶はどんどん流れ込んでくる。そして
『私は……子供が嫌いだ』
木山春生の悲劇は、そんな言葉から始まった。
書いてて思ったんですが、騎士って本気で強かったんですよね……。それこそ禁書世界の聖人級の身体能力をデフォルトで出せるわけですし……。