『私は子供が嫌いだ……』
美琴の脳裏に翻るのは、木山に笑いかける小学生くらいの子供たち。
『デリカシーがないし、論理的じゃないし、いたずらするし、うるさいし』
――センセーモテないだろ! 大人になったらおれがもらってやろうか?
――センセーの絵! うまく描けてる?
『なれなれしいし、すぐになつく』
――私たちは学園都市に育ててもらっているから、早くこの学園都市の役に立てるようになりたいんだ。
そう言って笑ってくれた少女の顔をみて、木山は小さくため息をつき、
『付き合っていたら、研究をする時間が無くなる』
だが、そう悪態をついたときの木山の口元には、かすかな笑みが浮かんでいた。
しかし、
『ちょっとちくっとするよ』
木山が教師になった理由である、実験が始まったとき事態は急変した。
『怖くないか?』
『全然! だって木山先生の実験なんでしょ? 先生のこと、信頼してるもん。怖くなんかないよ!』
そう言ってくれた少女の言葉を、木山は裏切ってしまった。
『ドーパミン値低下中!』
『抗コリン剤、投与しても効果ありません!』
『広範囲熱傷による低容量性ショックが!』
『乳酸リンゲル液、輸液急げ』
『む、無理です! これ以上は……』
けたたましく鳴り響く非常警報と、実験場で起こったおぞましい惨状に、木山は茫然と立ちすくんでいた。
『なん……で』
だが、すべての研究者たちが子供たちの被害を食い止めるために奔走する中、たった一人の老人――この実験の監修者である木原幻生だけは、不気味な笑みを浮かべて吐き気を催す地獄絵図を眺めていた。
『あぁ、浮足立たないでしっかりデータを取りたまえ君たち』
『で、ですが!?』
『この実験に関しては緘口令をしく。実験はつつがなく終了し、君たちは何も見なかった……いいね?』
『は、はぁ……』
原生はその不気味な雰囲気と、有無を言わさぬ強制的な口調で慌てふためく研究員たちを無理やり抑えた後、木山の肩にポンと手を置き、
『君には今後も期待しているからね? じゃ、あとよろしく』
と、不吉に笑い去っていた。
その後、すぐさま通報を受けて駆け付けた救急の人々が、実験場から子供たちを連れ出し病院へ搬送する。
木山が見たその時の子供たちは……血まみれになった……!!
…†…†…………†…†…
「い、今の……なに? こんなこと、許されるわけ!!」
「御坂さん? どうしたの!?」
顔を青くして震える声で呟きを漏らす美琴の姿に、尋常ではないものを感じたディーはあわてて、彼女の肩をつかむ。
だが、それによって美琴が正気に戻ったころには、おそらく何らかの能力で意識を回復したと思われる木山が、人でも殺しかねない眼光を放つ鋭い視線で美琴を睨みつけていた。
「みたな……あの記憶を!!」
「あれは……いったい?」
顔を青くして必死な様子で尋ねる美琴の姿に、ディーも思わず木山に目を向ける。
そんな彼らの視線を受けて、木山は自嘲交じりの笑みを浮かべ話し始めた。
「あの能力の正体は、《暴走能力の法則解析用誘爆実験》。能力者のAIM拡散力場を刺激して、暴走の条件を、探るためのものだった」
そして、彼女は信じられない事実を口にする。
「あの子たちをモルモットにしてね」
「人体実験……!?」
「なっ!?」
その言葉を聞いた瞬間、ディーの顔からも血の気が引いた。魔法士として生を受けた彼も、人体実験とは無縁な人生を送ってはいない。
いや、むしろ……人体実験の果てに生まれた存在が、彼だといっても過言ではないほど彼はそういった実験に深くかかわっていた。だが、
「で、でも……学園都市では非道な人体実験は禁止されています! あなたがどんな実験にかかわったのか知りませんが、危険なものなら
「23回だ!」
ディーの震えた声で告げられる常識論を、木山は現実という非常識を使い叩き潰す。
「私があの子たちの恢復手段の模索のためと、あの実験の失敗の原因を探るために、《
「で、でも……それじゃぁ、あんたがやってることは、その子たちを犠牲にした奴らと同じことに……」
「君にいったい何がわかる!! 何も知らない学生風情がっ!!」
必死に言い募る美琴の声は、もはや木山には届かない。いや、届きはするが彼女を止めるのに十分な強さを持っていなかった。
「あんな悲劇は二度と繰り返させない。そのためなら私はなんだってすると覚悟を決めた! たとえこの町すべてを敵に回したとしても、止まるわけにはいかないんだ!!」
すべてを犠牲にして、すべてを敵に回しても、救いたい人間を救うために戦う。少し先の未来であるならば《悪党》と嗤われ、称えられる決意を彼女が示した瞬間だった。
それに答えるかのように、彼女の頭の中から巨大な何かが抜け出してきた!
「「え!?」」
驚く、美琴とディーの眼前でそれは見る見るうちに巨大化していき、ある物体を作り上げる。
それは、
「胎児……?」
「なんなんのよ……あれ!?」
それが完全に抜け出た瞬間、木山は意識を失い地面へと倒れ伏す。
そして、それは、ギョロリと不気味な瞳を開き、
【キィイアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!】
脳を崩壊させるような、甲高く耳障りな、産声を上げた。
…†…†…………†…†…
その頃、高架道路の上では無数の瓦礫の隙間を縫いながら初春・セラ・黒子による救助活動が行われていた。
初春やセラが負傷者を発見し、黒子が瞬間移動で近くの病院まで運ぶ。
そんなチームプレイを展開しながら、彼女たちは何とか負傷した警備員たちの避難誘導を完了していた。
「大丈夫ですか!」
「初春! 負傷した警備員の搬送は大体終了しましたわ。あとはその方だけです!」
「わ、わかりました! 私はここにのこって、被害者がまだいないか調べてみます!」
「わ、私も!」
「無理はなさらないでください! わたくしもすぐに戻ります!」
強い意志を持った瞳でそう言ってくるセラや初春に、黒子は一つ頷きながらこの場は任せるといって最後の負傷者に触れ
「すまないじゃん……。ガキ守らないといけない私らがこんなざまなんて」
「しゃべらないでください先輩! 大きなけがはないですけど、楽観視していい怪我でもないんですよ!!」
雪にそうたしなめられ苦笑を浮かべる黄泉川。だがしかし、彼女にも警備員としてのプライドがあった。だから、
【キィイアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!】
高架下から不気味な絶叫が聞こえてきたとき、彼女は黙って立ち上がり武器を手に取る。
「行ってくるじゃん雪。その子たちのこと頼む! 鉄装、ついてくるじゃん!」
「え、ま、待ってください先輩!!」
「なっ! 黄泉川先輩!?」
と、雪がとめる間もなくまだ無事だった階段を使い下に降りていく黄泉川と後輩警備員鉄装。
そんな二人を呆然と見つめた後、
「あぁ、もう!! レノア!! 早くセラたちを迎えに来なさい!! 真昼君!! 私の剣はまだ来ないの!?」
彼女がインカムに向かってそう怒声を上げたとき、
「あっ!!」
道路に空いた巨大な穴から高架下を除いていた初春が、そんな悲鳴を上げる。
「木山先生が!! 頭に銃を……!!」
その言葉を聞いた瞬間、セラは初春の手を取り、
「雪さん! あの人のこと助けてきます!」
「え? あ、ちょ……」
そう言って覗き込んでいた穴から高架下へと飛び降り、D3を展開。重力制御によって落下速度を落としながらも、一直線に木山に向かって下りていく。
そんな彼女たちを呆然と見送った後、
「真昼君……お願い」
今度は懇願するような口調で、
「急いで!!」
インカムに向かって頼み込んだ。
だが、インカムからはさらに予想外の声が聞こえてきて、
『いや、それよりも雪姉さん……大変なことが一つ判明しちゃって』
「なに!?」
この上まだ何かあるの!? と驚く雪に、インカム越しに聞こえてきた真昼の声はうつろな笑い声で、
『エドがどうやら、シオンさんが新開発した端末を持って、そっちへ行ったみたいなんだ』
「……はぁ!?」
事態はさらに加速していく。
…†…†…………†…†…
「まったく、どうなってんのよ!!」
「聞かれてもわからないとしか言いようがないけどね……とりあえず明確な狙いを持って暴れているわけじゃないのがせめてもの救いかな?」
巨大な胎児がまき散らす破壊の嵐を何とか回避しながら、ディーと美琴はいまだにその怪物との交戦を続けていた。
「それにしても、ディーさん魔法士だったんですね!? なんで教えてくれなかったんですか!?」
美琴の電撃が胎児の一部を焼き、
「いろいろと思うところがあってね……ちょっと《魔法》を封じていたんだけど、今はそんなことをしている場合じゃないから」
そう言って謝罪するディーの双剣が、伸びてきた胎児の触手を両断する。
だがしかし、その二人の攻撃はすべて徒労に終わっていた。
「くそっ……何よ、このでたらめな回復力!?」
「
切り飛ばした端から、焼き滅ぼした先から、まるで泡のように肉体を湧き出させ生成する胎児の姿に、空恐ろしいものを感じながら冷や汗を流す美琴とディー。
だが、事態は彼らに悠長に攻略手段を考えさせてはくれない。
「ディー! 第三位!! こっちも援護に回るから、できるだけあいつの足止めを頼む!!」
高架道路から降りてきた黄泉川愛穂が、最悪の事実を二人に告げたからだ。
「あいつの進路の先にでかい施設が見えるじゃん!! あれは……原子力発電所だ!!」
「「……え?」」
事態は、考えられる中で最悪の展開へと向かっていた。
…†…†…………†…†…
「うっ……ここは?」
「気が付きましたか!?」
「??」
木山が目を覚ますと、そこには髪飾りを付けた少女と先ほど自分が撃退した、荷電粒子使いの少女が木山の顔を覗き込んでいた。
「私は意識を……いや。実験に失敗したから死のうとしてそれで……くっ。だめだ。頭が痛い。まるで頭上から人間二人が落ちてきたような痛みのせいで何があったか思い出せない!!」
「あ、あはははははは」
「ちゃ、着地に失敗しちゃいまして」
なにがあった!? と首を振る木山からわずかに目をそらすセラと初春。
先ほど高架道路の上から飛び降りた彼女たちだったが、慣れない戦闘の連続だったセラが魔法の制御に失敗し、盛大に木山の頭上へ降り注いでしまったのだ。
――自殺は阻止できましたけど、ほかに何か違うものを奪ってしまった気がします。と、頭に巨大なたんこぶを作りながら首をかしげる木山を見るセラ。
この事実は黙っておこうと心の奥底にしまいながら、セラは胎児を指さし尋ねる。
「あれは……いったいなんなんですか? 木山先生!!」
「……おそらくあれは、《虚数学区》だ」
「虚数学区? 都市伝説じゃなかったんですか!?」
「巷で流れている噂とはいささか異なるものだけどね」
虚数学区……学園都市に住む能力者たちが放つAIM拡散力場の集合によって形成される存在。木山によって強制的に集められた能力者たちのAIMが、木山の意思によって暴走しああいった形状になって顕現したのだろうと木山は語った。
「あれは作られた経緯から考えるに意思がないと思われる。だからこそ、生みの親である私の感情をもろに受けたんだろう……」
「……あれを止める方法は、ありますか?」
セラのその質問に、木山は小さく苦笑を浮かべる。
――それを私に尋ねるのか? と。
「私が正直に答えるとでも思っているのかい? たとえ答えたとしても、こんな私の言葉を信用すると?」
「しますよ!!」
だが、そんな木山に信頼の言葉を告げてくれたのは、彼女を先生と呼んでくれた髪飾りの少女だった。
「だって、子供のためにあんなに一生懸命になれる木山先生が……こんな事態になったのを、放っておけるわけないですもん。だから木山先生は、嘘をついたりしません!!」
「……」
そんなこちらのことを信頼しきっている瞳を向ける初春に、木山は思い出の中の助けたいと願った子供たちを重ね、
「ふっ。まったく根拠もなく人を信用する人間が多くて困る」
小さく笑った後、
「さっき預けたチップを使え。あれはあくまでAIM拡散力場の集合体だ。拡散力場を集合させているネットワークを破壊すれば、あるいは倒すことも可能だろう」
「はい!」
「ありがとうございます!!」
そういって、重力に歯向かい飛翔を始める二人の少女を見送り、木山は小さく笑い、
「さて……私も後始末をしに行くか」
大人の責任を果たしに行く。
次回・大軍虐殺特化能力……人形使いがようやく参戦!!