「いいから! 私が責任を取ります! 早くこの音楽を流してください!!」
高架下から高架上まで、セラの能力によってひとっ跳びに飛び上がった初春とセラは、警備員としての雪に協力を仰ぎ、木山から渡されたチップ内のファイルを学園都市中に流すことに成功した。
そのファイルの内容は音楽。
奇妙な旋律を奏でるレベルアッパーと似たようなそれは、その存在を誇示するかのように、学園都市中のスピーカーから流れだす。
「ん? なにこれ?」
とある女子中学生は聞いた。
「ん? なにこれ……」
救助活動で燃え尽きてしまった男子高校生はスピーカーをにらみつけた。
「んぁ? なんなんですかいったい? 上条さんに対する嫌がらせですか~」
不幸だ~と、今日も不幸だったと、ようやく意識を取り戻した少女のために買い出しに出かけていたつんつん頭の高校生はため息をついた。
「あァ? うるせェな……」
実験に向かっていた学園都市第一位は、不機嫌そうに鼻を鳴らし、八つ当たり気味に耳障りな音を鳴らしだしたスピーカーを粉砕した。
「……なんか、不思議な曲」
学園都市暗部に住むレベル5第四位に付き従う少女たちは、突然流れ出した奇妙な曲に首をかしげた。
学園都市に住むすべての人々がその音楽を聴いていた。
「お願いします……聞いてください」
その光景を祈りながら、セラはただひたすら手を合わせ、祈りをささげる。
――どうかこの曲を聴いて、ディー君を、御坂さんを、レベルアッパー被害者のみんなを、
「助けられるような……奇跡を」
そして奇跡は、信じる者の前へと降り注ぐ。
…†…†…………†…†…
初めに異変に気付いたのはディーだった。
彼は自己領域を展開し、空を舞い唯一弱点になりそうだった胎児の頭部に向かって切りかかっていたところだった。
確かに彼の刃は胎児の頭部に届き、その皮膚を切り裂いた。
だがしかし、どういう原理かそこから先へと刃が進まない。
人間の頭部とは比べ物にならない強度の頭蓋骨が、その胎児の頭部を守っていた。
「だったら!」
壊す!! と、ディーは剣を通し情報解体を退治の頭部に叩き込む。だが、
「ぐっ!? これ……何人分の情報量を!?」
十万人のAIM拡散力場を内包した胎児は、文字通り人間情報の塊だった。
もっともAIM拡散力場が放つエネルギーの中から一つ一つの要素を抜き取り、体を構成しているためか、実際の一万人の情報量に比べると明らかに目劣りするものだが、だからと言って魔法士の情報改竄能力で同行できる情報量でもなかった。
――万事休す、かな!? と、ディーは思わず顔をゆがめながら情報解体を中断。
【攻撃感知。危険】
脳裏のIブレインが告げる警告文に従い、彼は胎児の頭をけりつけるように跳躍。彼の背後から迫っていた、巨大な丸太のような触手の一撃をかろうじてかわす。
その時だった、ディーがあることに気付いたのは。
「傷が!!」
そう。ディーが与えた額の傷が先ほどまでと同じように治っていない。
あの胎児が無敵たりえた再生能力が、一切発揮されなくなっていたのだ!
「御坂さん!!」
「見てます!! ディー先輩!!」
チャンスだ! と思い、絶叫するディーに答えるかのように、美琴が超電力の電撃を放ち胎児を攻撃する!
防御機能のほとんどを回復能力にかまけていた胎児は、完全に油断していたといわんばかりにあっさりと、その攻撃を食らった!!
…†…†…………†…†…
黒こげになって崩れ落ちる胎児。
それを見て、美琴は額に浮かんだ冷や汗を拭い取りながら大きくため息を漏らした。
――何とか守り切ったわね。と、彼女が背後を振り返ると、そこには胎児の流れ弾がいくつかあたり、崩壊してしまった塀をさらす原子力発電所。
「まったく、原子力発電所を襲う巨大生物って、いったいどこの怪獣映画よ」
と、彼女が肩をすくめたとき、
「何やってるじゃん! 離れろ!!」
そう叫ぶ黄泉川に抑え込まれた木山が、美琴に向かって叫んだ。
「気を抜くな! まだ終わってないぞ!!」
「っ!?」
瞬間、美琴に向かって振るわれた巨大な触手が、彼女の華奢な体をとらえかける!
「っ!?」
だが、その触手は美琴に到達する前に瞬時に両断され、原子単位で分解。消滅する。
美琴の傍らには、いつの間にかあらわれた、双剣を構えたディーが立っていて、
「末端ならまだ情報解体が効くか……大丈夫? 御坂さん!」
「は、はい! でもいったいどうして?」
「あれはAIM拡散力場の塊だ。通常の生物ではないゆえに通常の生物の常識は通じない。君の電撃でいくら表面を焼き焦がそうが、核をなんとかしない限りこの生物は倒せないんだ」
責任を果たすために、黄泉川から解放してもらい、必死に幻想猛獣について自分の考察を述べる木山。
そんな彼女の言葉を聞き、美琴は思わず眉をしかめた。
「でも、だったらそんなのどうやって!」
彼女がそう告げた時だった。
空間を……銀色の閃光が満たしつくしたのは!
「え?」
驚く美琴をしり目に、その銀色の閃光……螺旋状の溝が掘りこまれた生き物のようにうごめく細い螺子たちが、幻想猛獣を滅多刺しにし空間にぬいとめ、その動きを完全に封鎖する。
その螺子の数約600。
あまりに圧倒的な数の暴力により、胎児は悲鳴を上げもだえ苦しむも、なかなかその束縛から脱することができないでいた。
自分の能力でも再現は難しそうな圧倒的な数の暴力。
その光景が瞬時に起こったことに呆然としていた美琴は、胎児とは違う方向から聞こえてきた小さな足音に気付きそちらに視線を走らせた。
そこには、薄茶色の髪と目をした一人の少年が、袖口から銀色の液体を流しながら、佇んでいた。
エドワード・ザイン。以前天樹寮を訪れた時、美琴たちをもだえ苦しませた愛くるしい少年であり、
「お兄ちゃん……帰ってくる?」
この事件の被害者の少年と仲良くなった、もう一人の被害者。
「これ、何とかしたら……帰ってくる?」
そう尋ねるエドの声に呼応するかのように、彼の袖口から漏れ小さな水たまりを作っていた銀色の液体が、無数の螺子へと変貌し鎌首を持ち上げる。
…†…†…………†…†…
メリクリウス。シオンがスカイネットに次ぐエドの専用兵装と作り上げた情報処理がなされた水銀だ。
――まだ調整が甘いから、使わせるわけにはいかないとか言っていたのに、どうして? と、ディーは首をかしげながらも、胎児から視線を外したりはしない。
幸いなことに、もはや胎児には自分の体を全方位から貫いた螺子たちから逃れる力はもう残っていないようで、何とか螺子を振りほどこうとエドに遠隔攻撃を仕掛けているだけだ。
だが、その遠隔攻撃のすべてはエドが生み出した螺子たちによって平然と防がれていた。
電撃は避雷針となる螺子によってそらされ、
氷塊による砲撃は、エドの周囲を取り巻く螺子たちにより粉みじんに粉砕される。
「すごい……。すごいよエド!」
そう呟きながら、ディーは今必死に戦っている彼の姿を見て思わず微笑みを浮かべた。
エリザベート・ザインの最高傑作。アルフレッド・ウィッテンが、天樹健三救出のために無数の魔法士を生み出す中で、
「健三? あぁ……まぁあいつも学者だ。何とかするだろう」
と鼻を鳴らし無視した彼女。そして、魔法士作成に役立ちそうな資料をありったけ渡した後、自身の研究の邪魔になると判断したのか、彼女はアルフレッドから離れた。
そして、その数年後、ロシアの辺境で人知れず研究を続けていった際に、病に倒れ伏した彼女は、自分の世話をさせるためにエドを作り出した。
机上の空論ばかりコネ回し、実験体を作り出すことをかたくなに拒んだ彼女が作り出した
彼女が何を求め、何を考え、その果てに彼を作り出したのかはわからない。まさか本当に世話をさせるためだけに生み出したわけではないだろう。そういった理由で信念を曲げるほど、彼女は甘い女ではなかった。
彼女が死んだ後、その真相はやぶの中。
だがしかし、寮に住んでいた人間は誰もが思っていた。
エリザベート・ザインの遺伝子情報が確認されたエドに、彼女が求めたものはきっと自分の息子としての役割だったのだろうと。
終生結婚することもなく家族と呼べる人間もいなかった人間らしからぬ彼女の、人間らしい最後の渇望。
だが、彼女は決していい母親ではなかった。人格は破たんしており、科学のことしか考えられなかった彼女は、エドとの会話を「はい」「いいえ」で完結できる簡単なものしかしなかった。
そのため、エドはこういった性格になったわけだが……それでも、とディーたちは考えた。
――エリザベートさんはきっと、エドに幸せになってほしかったんだ。と。
だからこそ、寮の人間たちは全力でエドの精神的なリハビリに努めたし、シオンも頻繁に彼を外に連れ出した。
そんな成果が実り、ようやく彼は友人と慕える存在と作ったのだ。
それを守るために、シオンに禁止されていたことをしてまでも自分の足でこの場に駆け付けたのだ。
だったらその思いを、失望に変えるわけにはいかない! と、ディーは小さく笑いながら再びIブレインに命令を叩き込む。
「御坂さん! 僕が残りの壁を削り取る! だから、核のほうを任せていい!」
「誰に向かって言ってるんですか!」
その返答は頼もしいもので、
「私は、学園都市の
その返答を聞いた瞬間、ディーは駆け出す。
無数の触手が襲い掛かってくるが、身体能力制御がかかったディーには遅すぎる。
逆に体内の運動エネルギーを操ることにより、信じられないバランス感覚を手に入れたディーは、自分を貫こうとした触手に飛び乗り一気に胎児の頭部に向かって駆け上がった。
狙うは頭部一点。人間の構造をしている以上、核はきっとそこにある!
そう踏んだディーは、再びの挑戦を胎児に挑む。
傷が残った胎児の頭部に、再び突き立てられる二本の双剣。
一呼吸漏らしたディーはIブレインに命令を叩き込み、
「あぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
全霊をしぼりだした情報解体を、胎児の頭部に叩き込んだ!
…†…†…………†…†…
ディーの絶叫と同時に胎児の頭部から光があふれでる。
――根性論っていうのは魔法とはもっとも相容れない言葉だよ。と、以前食事をしていた時に、天樹真昼が言っていたセリフを思い出した美琴はそんな光景を見て笑った。
「なんだ……ちゃんとあるじゃないですか真昼さん。人の思いが、常識を覆す光景が……魔法士にだって」
そう笑いながら彼女は、右手にコインを乗せる。
「あんたたちも……理論と科学の権化がここまで奇跡を見せてんのよ。こんなところで立ち止まってないで」
ほとばしる電流は見る見るうちに高密度の磁力を生み出し、ローレンツ力を発生。
「こんなところで苦しんでないで、とっとともといた場所に帰んなさい」
ディーの力によってむき出しになった三角柱の核に向かって、音速の三倍という速度でコインを射出した!!
オレンジ色の光が大気を焼き、すさまじい衝撃が核を襲う。
そして、
「ッ――!!」
胎児の核は音もなく砕け散り、それを中心に作られていた体も、まるで幻か何かだったかのように宙に溶け込み消滅していった。
こうして、夏休みの学園都市を動乱の渦に叩き込んだレベルアッパー事件はひとまず幕を下ろした。
意識を失っていた患者たちは次々と意識を取り戻し、笑いあった。
そしてその時、その患者たちは必ずと言っていいほど寝ている間に見ていた、夢に出てきた二人の能力者について語り合うのだった。
一人は二振りの剣を持つ騎士。
もう一人は、橙色の閃光を放つ弓兵。
誰もかれもが、そんな夢を語りつつもその二人がだれなのかわかっていた。
――あぁ、あの二人が、自分たちが目指すべき目標か。と。
これで、幻想御手事件はひとまず終了!!
次回はこの事件の後始末と、魔法士陣の今後の課題。
そしてそれが終われば……禁書目録本編がようやく開幕です!!