後始末・禁書目録編開幕
事件の後、木山春生はアンチスキルの護送車に乗りながら、今日会った強烈な印象が残る様々な事件を思い出していた。
「……先生、やはりあなたの背中は私にはまだ遠い」
木山はそんなことを呟きながら、「まだまだだな」と苦みが入った笑みを浮かべながら、小さくかぶりを振った。だが、
「それでも世界にはまだこんなにも、奇跡が満ち溢れていることを教えていただきました」
今回の件が失敗しても、きっと……あの子たちを救う方法はあるはずだ。そう自信が持てた木山は、少年少女を救うための次なる方策を考えようとしたとき、
「ん? あ、お久しぶりジャン先生。え? 木山? それってもしかして木山春生のことじゃん? いや、何で知っているって、今そいつ私の目の前にいるじゃん。とある事件の真犯人として。まぁいいジャン。木山、あんたにあんたの知り合いから電話ジャン」
先ほどの事件でボロボロになったにもかかわらず、やたらと元気な声を上げる黄泉川という
「電話? 知り合い? 私にかい?」
「あぁそうジャン。まさかあっちもあんたが捕まっているなんて思っていなかったみたいで、私にちょっと探してくれないか? と言おうとしていた程度だったみたいだけど……」
ずいぶん驚いていたジャンよ。と、苦笑を浮かべる黄泉川から不思議そうに首をかしげながら、木山はその携帯を受け取る。そして、それを耳に当てると、
『まさかお前のような人間が犯罪者になっているとはな……。いずれ先生級の、研究一筋の社会不適応研究者になる可能性がある筆頭だったお前が、一体全体何をしたんだ?』
「リチャード? その声はリチャードか!?」
深く落ち着いた聞き覚えのある声音に、木山は思わず目を見開き、懐かしい声に思わず笑みを浮かべた。
リチャード・ペンウッド。今は亡きエリザベート・ザインのゼミでともに教えを受けていた、木山の六歳年上の同級生にして、エリザベートが唯一認めた凡人だった。
彼は木山やエリザベートのような天才肌ではなかったが、人一倍の努力と検証によって、六年という後れを取りながらも何とか彼女たちに食らいつき、追いついてきた逸材としてエリザベートのゼミに入ってきた。そのため、一般的常識人から抜け出せず、変人二人に振り回されて、ゼミ生時代はずいぶんと苦労していた印象があるが……。
とにかく木山にとっては親しい友人の一人であることには違いない。
「珍しいな、お前が私に電話をかけてくるなんて……どこかの町で医者をやっていると聞いていたが?」
『いや……少し前にケンブリッジ大学に招聘を受けてな。今はそちらで教鞭をとっている』
「お前が? 似合わないな……学生を泣かせていないだろうな」
『……人のことを言えた義理か? 木山……生徒が随分と大変なことになっているようだが?』
「っ!?」
あの目つきの悪い眼鏡をかけたひげ面の男が、しぶしぶと教壇に立っている姿を思い浮かべてしまい、思わず失笑する木山に帰ってきたのは、彼女の心胆を凍らせる的確な事実確認だった。
「ど、どうしてそれを!?」
――あの事故は学園都市内で揉み消されたはずだ!? と、驚く彼女をしり目に電話越しのリチャードの声にため息が入った。
『はぁ……。やはり事実だったか。学園都市にちょっとした知り合いがいてな。そいつに今日電話をもらったんだよ。お前が大変なことになっているとな……。それにしても、その子供たちの回復手段を探るために、人の脳みそを直結させて演算回路にするなんて、いささか強引じゃないか?』
「だ、だが……私にはもうこうするしか!!」
そう抗弁する木山に対しリチャードは、ゼミ時代はいつも感じていた声音で返事をくれた。
――やれやれ仕方ないな、この変人ども。苦労するのはいつも私だ……。といわんばかりの声音。
『木山……お前口は堅いほうか?』
「まぁ、それなりにな」
『その言葉信じるぞ……。俺の知り合いに
「なっ!?」
そんなリチャードの言葉に、
「何を馬鹿な! そんな人間がいるわけないだろっ!!」
『先生の最後の研究成果だ……。そういえば今のお前なら理解してもらえると思っているが』
「あっ……」
リチャードが最後に告げた言葉に、木山は目を見開き絶句する。
思い出されるのは荷電粒子を操る少女や、胎児を空中に磔にした螺子使い。そして、双剣を握り自分を圧倒した、とある剣士の姿。
『そいつの名前はヴァーミリオン・CD・ヘイズだ。そのうちお前の所に行かせるから、せいぜい有効活用してやってくれ』
その言葉を最後にリチャードとの通話は切れる。木山は通話が切れたその携帯をしばらくの間呆然と見つめた後、
「っ……すまない。ありがとう……先生、リチャード」
最後に最後で自分を見捨てなかった恩師と同級生に、涙ながらの謝礼を告げた。
…†…†…………†…†…
『すまなかったな。私の同級生が手間をかけた』
「いえ、何事もなく終わってよかったですよ」
そういってリチャードとの会話を終えた天樹寮の腹黒軍師――天樹真昼は、いつも通りの穏やかな笑みを浮かべながら携帯を机の上に放り出す。
「とりあえず終わったかな。この事件は……だけど」
「だが、もう一つ新たな問題が浮上したな……」
「あぁ、そうだね」
だが、傍らに控えたサクラの堅い声音を聞いた彼は、その笑顔を思わずひっこめほんの少しだけ真剣な表情を顔に浮かべる。
彼らが眉をしかめる問題は……アレイスターが魔法士に関しての情報を集めようとした事実。
おそらく、アレイスターはもうそろそろ気づき始めたのだろう。天樹健三が何かを隠したと。そしてその遺産がまだ生き残っていると。
「五年……ずいぶんと長持ちしたほうだと僕は思うけどね」
「だが、このままでは今までのような生活は子供たちの送らせてやれないぞ? どうする?」
サクラがぶつけてくる問いかけに、目を閉じ思考を巡らせる真昼。
――どうすれば錬たちに今迄通りの生活を送らせてやれるか? 科学の実験動物にされないために、どうすれば逃がしてやれるのか。
真昼はそれを考えて考えて考えて考えて……考え続けて、
「もう、いっそのこと開き直ろうか。サクラ」
「というと?」
首をかしげるサクラをしり目に、真昼は顔に笑みを張り付ける。
いつものような優しい笑みではない。何かをたくらんだ人の悪い笑み。
「統括理事会の一人に……いいかげん席を空けてもらおうかっていうことさ」
――さて、まずは根回しからだ。と、真昼は携帯を再び手を取り細工を施す。そして、通常の通信回線では決してつながらない通信回線に割り込みをかけ、
「さて、はじめようか……」
学園都市の頂点の一人へと、話しかけた。
…†…†…………†…†…
『今回の件……君はどう見る?』
「どうみるも、そう見るも、決まっているけど? 相も変わらず謎の多いあいつらが、うまく隠蔽してアレイスターの目を逃れたと。つまり、私たちの目にも全く見えない、あいつらの関係なんて存在しない、ただの事件として処理されたということだけど」
いつも話し相手をしてやっている貝積からの問いかけに、雲川芹亜はソファーにだらしなく座りながら返答を返した。
その姿を見る限りはまるで、祖父と話すスレた孫のようにしか見えないが、話している内容は学園都市の内外を左右するとんでもないものだ。
老人の名は貝積継敏――統括理事会。
そして、話を聞く少女は雲川芹亜――貝積ブレイン。
あらゆる異才が集う学園都市暗部たちからも『天才過ぎて手が付けられない相手』と言われる彼女は、今回のレベルアッパー事件に干渉した
「せいぜいわかったことといえば、この能力者たちが決して超能力者ではないことと、五年前の《新人類創生計画》の遺産であること。そして、それが私たちの情報統制をはるかに上回る電脳戦ができることくらいだけど」
――まぁ、最も重要な情報はそこではなく、彼らが実在することが今回の件で学園都市に……少なくとも、学園都市上層部や暗部連中には知られたことだけど。と、芹亜は内心でつぶやく。
アレイスターが動くということは、それはすなわち学園都市が存在すると認定したということなのだから。
『問題なのは……彼らが学園都市の敵なのか味方なのかだ』
「少なくともアレイスターの敵……ってわけでもないでしょうに。存在を隠している以上、不干渉を貫きたいっていうのが本音なんじゃない? もっとも、末端までその思想は行き届いていないみたいだけど」
――だからこそ、こういった事件が起こり、とうとう学園都市にその存在を認められるに至ってしまった。詰めが甘いとみるべきか、それとも本当にただのバカの集団なのか……判断に困ることだけど、わかることが一つだけある。
「少なくとも……悪人ではないでしょう」
『……それについては同意するが』
二人がそう結論を出した瞬間、
『それがわかっていただけて何よりです』
「『!?』」
二人の通信回線に聞きなれない青年の声が飛び込んできた、
「誰なんだけど? この回線は私と貝積しか使えないようなっているはずだが?」
『勝手に侵入したことは謝りましょう、貝積氏のブレーン。たしか、《へそ出しカチューシャ》殿でしたか?』
『……お前まだその名前を使っていたのか?』
「文句があるならこの名前の利便性を論文形式にして提出してやるけど?」
そんな軽口をたたきながら芹亜は警戒を緩めない。アレイスター子飼いの部下であっても、この通信に割り込みをかけるのはかなりの苦戦を強いられる。それほどのファイアウォールを組み立てていた回線が、あっという間に破られ割り込まれたのだ。警戒しない道理はなかった。
「で、切り出し方から見てお前たちが学園都市内部でいろいろ暗躍している組織とみて間違いないのか?」
『組織……というほど統率がとれているわけではありませんが、まぁそう理解していただいて結構ですよ』
割り込みをかけた青年の声は、そんな芹亜の言葉に苦笑を浮かべながら答えを返した。
『組織名は……そうですね
その名を聞いた瞬間、芹亜は胡散臭い笑みを浮かべて笑う青年の顔を幻視した。
こうして、天樹真昼の独自の判断で魔法士たちは本格的に、学園都市暗部にかかわっていくこととなる。
彼らの本当の戦いの火ぶたが今、切って落とされたのだ。
…†…†…………†…†…
そして、とき同じくして、
「あぁ……今日はなんか大変だったな」
と、救助活動で今日一日忙しかった錬は、盛大なため息をつきながら家路についていた。
時刻はもうすぐ八時といったところか? 時計を持っていないのでいまいちわからないが、暗闇に包まれた空の様子からしてそんな感じだろう。
――はやく帰らないとまたフィアに心配かけちゃう。
それがわかっていた錬は、ため息交じりに寮への近道である裏路地に入り、駆け出す。
瞬間、
「ん?」
【低密度魔力感知。危険度・小】
「なにこれ?」
Iブレインが告げた警告。
その見たこともない文章に錬は思わず首をかしげる。
――魔力……なんだその愉快でファンタスティックな名前は。この学園都市はとうとうオカルトも科学で再現するようになった……あぁ、超能力がそうだったね。
と、僅かばかりにあきれながら、錬はその警告を無視した。
――危険度は低いと言っているし、魔力なんてものは存在しないんだから、どうせなんかの故障だろう。帰ったら真昼か月夜にIブレインを見てもらお。と。
彼は知らなかった。
その警告文が万が一、この世界の裏側にすむ魔術師達にあった時のためにと、シオン監修の元真昼が組み込んだ警告文だということを。
彼は知らなかった。
その低密度の魔力が人払いのためのもので、決して一般人を
そして彼は目撃する、
「え……」
裏路地をとびだし、ひろい道路に出た錬は、目撃する。
「なん……で!?」
そこで血まみれになって倒れ伏す
「あ……」
そんな彼に鞘におさめられた刀を打ち据えていた、ポニーテールの美女の姿。
誰が当麻に何をしたかなんて、その光景を見れば明らか。
「な……にしているんだ」
だから錬は、
「僕の友達に……何をしているんだっ!!」
憤激に身を焦がし、その美女に向かって襲い掛かる!!