とある科学の魔法士たち   作:過労死志願

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献身的な子羊は強者の知識を守る

 月詠小萌が住むおんぼろアパートの門前で、神裂とステイルは佇んでいた。

 

 時刻はもうすぐインデックの限界時間。彼女の命の目盛りは刻一刻と迫っている。

 

 だが、

 

「最後の言葉ぐらい……告げさせてやるさ」

 

「……」

 

 そういって煙草をふかすステイルの横で、神裂は何かを思い悩むかのようにうつむき佇んでいた。

 

「ステイル……私たちは、本当にこんなことをしていていいのでしょうか?」

 

「……神裂それはずっと前にも話し合っただろう? もう、こうするしかないと」

 

「ですが、あの少年の言葉も一理……」

 

「神裂!」

 

 だが、そんな彼女の葛藤は、攻めるようなステイルの一喝で封じられる。

 

「あんな何も知らないガキの言葉に、まさかほだされたわけじゃあるまい! 僕たちだって頑張ったんだ! 頑張った結果がこれなんだ!! これ以上の最善の解なんて、存在しないんだよ!!」

 

 もしもそれがあるとするならば、それを見つけることができたするならば、その人間はきっと……

 

「おとぎ話に出てくる、ヒーローぐらいのものだ!」

 

 瞬間だった。インデックスがかくまわれていた部屋から、轟音が響き渡ったのは!!

 

「っ!?」

 

 その音に、ステイルと神裂は思わずといった様子で氷結し、

 

「「インデックス!?」」

 

 悲鳴のような怒声を上げ、あわててアパートの二階へと走る!

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 インデックスののど奥に触れた瞬間、バギリという何かが砕け散る音とともに、上条当麻は自分の体が一瞬宙に浮くのを感じる。

 

「っ!?」

 

 そして、背中を部屋の壁に打ち据えた瞬間、当麻は自分が吹き飛ばされたのだと悟った。

 

――っ!? 幻想殺しが抵抗された!?

 

 レベル5の電撃すら消し飛ばしてきた自分の右腕が感じる、初めての莫大な抵抗。それに思わず歯噛みをしながら、それでも当麻の顔には笑みが浮かんでいた。

 

――だってそうだろう? 今までは、何をすればいいのかもわからず、絶望するしかなかったって言うのに、

 

「警告、第三章第二節。Index-Librorum-Prohibitorum――禁書目録の『首輪』、第一から第三まで全結界の貫通を確認。再生準備……失敗。『首輪』の自己再生不可能。現状、10万3千冊の書庫の保護のため侵入者の迎撃を優先します」

 

「はっ……」

 

――いまは、何をすればいいのかわかる。目の前のこのわけのわからない存在さえ殴り飛ばせば、インデックスを救える!!

 

 それを確信していた当麻は、背中から勢いよく壁に叩きつけられたというのに、不敵に笑いながらまた立ち上がった。

 

 瞬間、

 

「侵入者個人に対して最も有効な魔術の組み込みに成功。これより特定魔術『(セント)ジョージの聖域』を発動。侵入者を破壊します」

 

 その言葉と同時に、インデックの両眼に光り輝いていた魔方陣がうごめき、拡大。その二枚が組み合わされることにより、彼女の眼前に巨大な魔方陣が作り上げられる。

 

 それと同時に、インデックスの口から漏れ出るこの世のものではない歌声。

 

 そして、バキリという嫌なおとともに、空間に漆黒の亀裂が入った!

 

 当麻はその、亀裂から何かがこちらを覗いているのを確かに感じていた。

 

 その亀裂の向こう側にいる存在が、人間の手に余るものだというものも感じとっていた。

 

 だから当麻は、

 

「は、あはははははははははははははははははははははは!!」

 

 盛大に、高らかに、笑い声をあげながら右手を振り上げる。

 

――人間の手に余る? 亀裂の向こう側の存在? だからどうした?

 

「所詮、異能の力だろうが!!」

 

 神すら殺せるとうそぶきながら、錬の助けがなければ、三人以上の不良も倒せず、テストの成績も上げてはくれないそんな右腕。

 

 だがしかし、そんな右腕が今では何よりも頼もしい当麻の武器。

 

 向こう側にいるのが何かはわからないが、負ける気はしなかった。

 

 だから当麻は怖気づくことなく、右腕をかまえ、その亀裂に向かって突撃する!

 

 だが、

 

「術式起動」

 

 インデックスの口から洩れる死の旋律。それに付き従うかのように、亀裂にいる向こう側の存在が、亀裂から何かを吐き出した!

 

 それは、光の柱といっても過言ではない、まるでレーザーのような一撃。

 

 当麻は当然と言わんばかりに右腕をふるい、その攻撃を受け止めるが、

 

「っ!?」

 

 右腕が触れても、いまだに存在が揺らがないその光の柱を見て驚愕に目を見開く。

 

 右腕は確かに聞いている。何かを砕く音が確かに空間には響き渡っていた。

 

 だが、そんなものは関係ない。当麻が壊した魔術を補うかのように、光の柱に編みこまれた10万3千冊が収録した魔法が、怒涛のように当麻に向かって襲い掛かる!

 

「くそっ!!」

 

 右腕の異能破壊の処理が追いつかないほどの数の暴力。それにとらえられてしまった当麻は、思わずといった様子で、その場に縫い付けられかけた。

 

 だが、

 

「当麻、何やってんのさ! 僕のこと忘れてないよね!!」

 

 その暴力は長くは続かず、突如生み出された空間のひずみが、その光の柱を飲み込み、当麻の眼前で完全にカットした!

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「上条さん!?」

 

 当麻に向かって光の柱が飛来するのを見て、自分の傍らに立っていたフィアが小さく悲鳴を上げるのを錬は感じた。

 

――でも大丈夫。当麻にはあの異能に関しては最強の武器である右腕がある!

 

 長年の付き合いで、こういった事件では頼もしい当麻の姿を見ていたがゆえの、圧倒的な信頼を保持していた錬は、あとは当麻に任せても大丈夫だろうと思い、黙って物語の行く末を見つめようとしていた。

 

 だが、そこで錬は信じられないものを目撃する。

 

 あの当麻の右腕に防がれたにもかかわらず、いつまでたってもその姿を顕現し続ける光の柱の存在を。

 

「っ!? 当麻の能力破壊を圧倒している!?」

 

――いったいどれだけの能力を使っているのさ!? と、純粋な驚愕をあらわにしながらも、錬はあわてた様子でIブレインを起動させた。

 

【空間曲率変換デーモン《アインシュタイン》常駐。《無限回廊》起動】

 

 脳裏にひらめく無数の窓を操作しながら、情報サイドの自分に世界の改竄を行わせる錬。

 

 それと同時に生み出されるのは、無限の深さを持つ空間の穴。

 

 錬が突き出した手の延長線上に生み出されたそれは、当麻の眼前に出現し、当麻に襲い掛かっていた光の柱を何とか飲み干す。

 

「当麻、何やってんのさ! 僕のこと忘れてないよね!!」

 

「錬! お前が手伝ってくれるなんて珍しいな!」

 

「当麻が思った以上に使えないのが悪いんだろ? 当麻の右腕が効かないとか、ちょっと今回の敵まずいんじゃないの?」

 

「怖いんなら逃げてもいいぞ?」

 

「冗談! 友達が愉快な変死体になりかけているのを黙って見過ごせると思ってるの!」

 

 当麻とそんな軽口をたたきながら、錬は傍らに立っているフィアへと視線を移す。

 

「フィア……というわけで、これから戦うことになるけど、平気?」

 

「逃げろ……とは言わないんですね?」

 

「いっても聞いてくれないでしょ?」

 

「……ありがとうございます。錬さん」

 

 苦笑してそう返事を返した錬に、フィアは優しい笑みを浮かべながら、自分を頼ってくれた錬をうれしく思いながら、彼の腕を抱きしめる。

 

「いい? 僕が合図をしたら君の能力を使ってインデックスさんの攻撃を止めるんだ。魔術なんてわけのわからない力に、僕たちの力がどこまで通じるかわからないけど、できる?」

 

「はい……絶対、インデックスさんを助けます!」

 

 そんな彼らの努力をあざ笑うかのように、

 

「能力解析。術式不明。自称観測により、次元屈折能力と推定。脅威度再定義。優先討伐対象を変更します。対次元屈折破壊術式《アウグスティヌスの戒則》発動」

 

 光の柱は瞬時に掻き消え、赤い色の雷が錬の作り出した無限回廊を打ち据え、まるで悪い冗談か何かのように、それをあっさりと破壊する!

 

「くっ!?」

 

――さすが。だてに10万3千冊の魔道書を収めているわけじゃない! この程度の能力に対する対抗策はいくらでもあるってこと!? と、錬は舌打ちを漏らしながら、当麻に対して視線を向ける。

 

 彼は錬が攻撃を防いでいる間にも、着実にインデックスに向かって距離を詰めていた。

 

――さすがにやることはわかっているか! と、そんな彼の姿に、小さく笑みを浮かべながら、錬は、腰に吊り下げたサバイバルナイフに手を伸ばす。

 

「さぁ、かかってきなよ魔法使い(ファンタジー)。科学の魔法(テクノロジー)を見せてやる」

 

 錬がそう告げた瞬間、錬に向かって今度は黄金に輝く稲妻が放たれ、そして、

 

我が名が最強である理由をここに証明する(Fortis931)!!」

 

 巨大な炎の巨人が錬の前に立ちふさがり、黄金の稲妻を防ぎ切った!

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「どうなっているこれは! 説明をしろミュータント!!」

 

「そんな、どうしてあの子が魔術を!?」

 

 ステイル=マグヌスはルーンが書かれたラミネート加工のカードをばらまきながら、眼前で攻撃をくらいかけていた天樹錬を思わず助けてしまったことに舌打ちを漏らしつつ、轟音が響いた部屋で展開されている異常な戦闘風景を、わけがわからないといわんばかりに首を振りながら、睨みつける。

 

 そこでは、魔術を使えないインデックスが魔術を使い、今まで見たことがないような能面のような無表情で、すがり切っていた上条当麻や、助けられた天樹錬を殺そうとする景色が広がっていた。

 

 インデックスは絶対そんなことをする子ではない。つまり、今の彼女は何かに操られていると考えるのが妥当だ。だが、

 

「――いったい、だれがそんなことを!?」

 

「決まってんだろう! インデックスは魔法が使えないなんて大ウソついたのは誰だ!?」

 

「!?」

 

 怒声を上げながら流れ弾感覚で定期的に自分を襲ってくる雷たちをはじきながら、当麻は絶叫した。

 

 それを聞いたステイルの脳裏には、胡散臭い笑みを浮かべる年齢不詳の最大教主の顔が思い浮かぶ。

 

――いや、だが!

 

「教会が嘘をついていやがったんだ! こいつが魔法を使えないっていうのも、一年おきに記憶を消さないといけないっていうのも……全部全部、こいつを逃がさないためのただのうそだったんだよ!!」

 

「信じられるかそんな可能性! そこをどけ、偽善者! とにかく今すぐ、インデックスの記憶を殺す。そうすればとりあえずは、彼女の命は助かるんだ!」

 

「とりあえず……だぁ?」

 

 再び飛来する雷。だが、当麻は、今度は右腕を突き出さなかった。

 

 代わりといわんばかりに、彼の眼前には窒素結晶の分厚い盾が出現していたからだ。

 

 魔性の雷を完全に遮断する氷の盾を、信頼しきった目で見ながら前進を続ける当麻。彼は背中越しに、迷いの色を瞳に浮かべる魔術師たちに怒声を上げる!

 

「ふざけやがって、そんなつまらねぇことはどうでもいい! 理屈も理論も関係ねぇ! 答えろ魔術師!! お前は……お前たちは、インデックスを救いたくないのか!!」

 

「っ!!」

 

 自身の呼吸が止まるのを、ステイルは確かに感じた。

 

 そんな彼らを鼓舞するかのように、今度は氷の槍を周囲に構えた錬が前へと出る。

 

「なにやってんのさ。ずっとあの子のことを助けたかったんでしょ? 命をかけて救いたかったんでしょ? だったらいつまで立ちすくんでいるの? 僕らが全部もらっていくよ!!」

 

 その言葉とともに、当麻の頭上を飛び越えまるで雨のようにインデックスに降り注ぐ氷の槍たち。

 

 インデックスの攻撃は一時的にその槍の迎撃に充てられ、再び当麻に前進する隙を作る。

 

 そして、最後に当麻は絶叫した。

 

「手を伸ばせば届くんだ! いい加減はじめようぜ……お前たちがヒーローになる物語を。なぁ、魔術師!!」

 

 瞬間、自分の隣から、自分の聴覚では認識できない速度で何かが動くのを感じた。

 

 神裂の抜刀術。それによって放たれた七本のワイヤーが、インデックスが立つ足元の床を切り崩す!

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 神裂は、自分の体に鳥肌が立つのを確かに感じていた。

 

 彼女の体に走ったのは戦慄だった。畏怖だった。尊敬だった――そして、歓喜だった!

 

 だから彼女は行動した。たった数日インデックスと暮らしただけの少年たちが、これほどの頑張りを見せ、インデックスを今にも救おうとしているのだから。

 

「ここで、力を貸さないなど……聖人として。いいえ、魔術師としての名が泣きます!!」

 

 その名前を泣かさないために、神裂は高らかに宣言する!

 

「Salvere000!!」

 

《救われぬ者に救いの手を》。神裂が魔術師になった理由を完全に表したその言葉を、体現するかのごとく、鋼の糸たちは縦横無尽に空間をかけ、インデックスが立つ床を切り崩した。

 

 瞬間、轟音と共に崩壊する床。

 

 インデックスは現在彼女を苦しめていた術式によって、宙に浮いている状態だが、その術式は地面と平行に所有者のバランスをとるものだと神裂は推測していた。

 

 その予想は的中し、床の崩落とともにインデックスは大きくバランスを崩しあおむけに倒れる。

 

 それと同時に、彼女の視線によって照準を合わせていると思われた魔方陣も、彼女の視線に合わせて大きく移動。再び放たれた光の柱を、完全に的外れの方向へととばし、屋根を貫き夜空へと送りつけた。

 

 そのさい、某人工衛星が撃墜されたらしいが今は関係ない。

 

 今重要なのは、インデックスの照準が完全に地上から外れ、当麻たちに再び前進する機会が与えられたということ!

 

 当麻とインデックスの相対距離は残り二メートル。

 

――いけます!! 神裂がそう確信した瞬間、空から無数の白い羽が降り注ぐ。はたから見ればひどく美しい光景。だが、魔術師である神裂はその光景の意味を知っていた。

 

 その一枚一枚の羽根が、人一人殺すのに十分な力を持っているものだということを!

 

「それは『竜王の吐息(ドラゴン・ブレス)』――伝説にある(セント)ジョージのドラゴンの一撃と同じです。人のみでまともに取り合おうとしないでください!」

 

 それを見て神裂は、まだ全身をやめないと馬に向かって悲鳴のような忠告を飛ばす!

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

――安心しろ。俺の背中はあいつがきちんと守ってくれる。

 

 そんな、神裂の忠告の声に内心でそう返しながら、当麻はまるで疾風のような速度でインデックスへと接近した。

 

 本来ならば雪のように降り注ぐ羽に、一枚も触れないまま当麻がインデックスのもとにたどり着くことはできなかっただろう。

 

 だが、当麻はみじんもそんな心配はしなかった。なぜなら、

 

「早くいきなよ! 本気で結構強力みたい。氷盾で防げるのは30秒が限界だ!!」

 

 当麻の頭上を覆うように、無数の氷の盾が折り重なり作られた、氷の天井が生み出されていたからだ!

 

 それを作り出した友人の言を守るかのように、その盾たちは、羽がふれた先からほんのわずかな抵抗を示した後消滅するが、その三十秒は当麻が羽の下を通り過ぎるには十分な時間だ。

 

 だが、そんな彼をあざ笑うかのように、もはや眼前といっていいほど近づいたインデックスは、

 

「敵性急接近確認。排除――」

 

 機械じみた声音で、そうつぶやき、

 

「《主よ、父の犠牲はあまたの子羊の罪を洗い流す》」

 

 新たな術式を起動。見えない何かで当麻の体を完全に拘束。空間に縫いとめた!

 

「なっ!?」

 

 幻想殺し(イマジンブレイカー)が働かない。関節や右腕に触れない場所に要所要所かけられた封印は、かのキリストを十字架に封じた時の再現術式。

 

 優先度を下げていたとはいえ、神に等しい聖人を封じ切ったその力は、神すら殺しうる右手のみを避け、完全に当麻を封じ込めた。

 

そして、立ち上がったインデックスに合わせるように、当麻に向かって振り下ろされる、大剣がごとき光の柱!

 

 その光景に当麻が目を見開いた瞬間、

 

「《魔女狩りの王(イノケンティウス)》――!!」

 

 当麻の眼前に、日本の十字架を構えた炎の巨人が立ちふさがり、その光の柱の一撃を受け止めきった!

 

「ステイル!!」

 

「制限時間は過ぎているんだぞ! くだらない感謝を送る暇があるなら、一秒でも早くあの子のもとへ到達しろ、鈍足!!」

 

 舌打ち交じりにステイルが漏らすと同時に、その隣に立った連がぱちりと指を五度、打ち鳴らす。

 

 瞬間、当麻の体を拘束していた力が、錬の能力によって作り出された論理回路によって瞬時に解体。

 

 当麻に再び自由を与え、

 

「行けっ!!」

 

「行きなさい!!」

 

「インデックスさんを助けなよ……当麻っ!!」

 

 それぞれに声を受け、小さく笑いながら当麻は前進し、そして、魔女狩りの王を右手で貫きながら、

 

「見とけよ神様。アンタが作り出したこの物語が、悲劇のまま続くべきだとぬかすなら」

 

その先にいたインデックスの額に触れた!

 

「まずは、そのふざけた幻想をぶち殺す!!」

 

 ガラスが砕け散るような何か(・・)が破壊された音。

 

 そして、

 

「――警、こく。最終……章。第、零――……。『 首輪、』致命的な、破壊……再生……不可、消」

 

 インデックスの機械じみた声はとうとう止み、彼女が生み出した亀裂は砕け散り、

 

「いけない……にげっ!!」

 

 悲鳴のような神裂の言葉に、天を仰いだ当麻の頭上に、

 

「あ」

 

 一枚の白い羽が降り注ぎ、その頭に触れかけた瞬間、

 

「フィア!!」

 

 純白の翼が、空間を覆い尽くした。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 神裂は目の前の光景が信じられなかった。

 

 当麻の頭に触れかけた羽たちが、まるで時でも止まったかのように、その降下を完全に停止させたからだ。

 

 その光景を生み出したのは、背中から美しい翼をはやした少女。

 

 まるで彼女は宗教画に出てくる天使のような優しい笑みを浮かべて、

 

「ま、間に合ってよかったです……」

 

 ちょっとだけ涙を流しながら、翼を翻し、降り注ぐ白い羽たちに命令を送る。

 

 その支持を聞き届けんと言わんばかりに、羽たちはふわふわと上昇を開始し、藤間たちの帰り道を開け、

 

「よかったね、当麻」

 

「あぁ……本当に良かった」

 

 泣きながらインデックスを抱きかかえる上条当麻を、優しく迎え入れた。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 それから数日後。

 

 初めに右腕で受けたドラゴンブレスの一撃によって、右腕がちょっとグロテスクなことになってしまっていた当麻は、当然というかなんというか……入院することと相成っていた。

 

 似合わない薄緑色の病院着に身を包んだ当麻をお見舞いしているのは、典型的なフルーツセットを持ってやってきた天樹錬だ。

 

「にしても、フィアの能力使えばあんな戦闘起こらなくて済んだんじゃないのか?」

 

「何言っているのさ当麻。フィアがあの子に不用意に同調しちゃって、10万3千冊の一冊でも見てしまったらどうする気なの? 僕はあの子にそんな危ない橋を渡らせるわけにはいかないの」

 

 フィアが最後に振るった能力の名は『同超能力』――天使。

 

 彼女は周囲の情報を自分のIブレインによって完全に支配下に置き、人間の感覚単位で改変が可能というでたらめな能力を持っていた。それを使えば、重力地を改変して空を飛ぶことも、取り込んだ情報をトレースして人間の心を読んだりすることも、彼女にとっては造作ないこと。その気になって戦闘をすれば、おそらく錬ごとき、手も足も出ないままやられるだろうというほどに、彼女の能力は強力だった。

 

 とはいえ、その能力があまり戦闘には向かない。人間や生き物といった、存在を取り込み同調してしまうと、その人物が受けたダメージや傷も、彼女の体にフィードバックされてしまうからだ。

 

 すべてを操ることができる代わりに、人を攻撃することができない能力。それがやさしいフィアに与えられたのは、ある意味とても幸運なことだったと錬は思っているが、

 

「戦闘中に間違ってもフィアがインデックスさんの情報を取り込まないように、論理回路打ち込むの大変だったんだからね?」

 

 ファイマンを使った論理回路形成の種類を、情報解体ではなく、インデックスをフィアの情報制御から外れるように即席でくみかえた錬は、結局あの後Iブレインに負荷をかけすぎたということで、ぶっ倒れてしまった。

 

 そのあとのフィアのうろたえっぷりは半端ではなく、ついうっかり同調を中断してしまい、当麻に白い羽がかすりかけたのは今思っても冷や汗が出る。

 

――だから、謝罪の意味を込めてお見舞いに来たんだけど……。

 

「またなのかい、当麻?」

 

「え? なにが?」

 

 その彼が寝ころぶベッドの傍らに立っている、気まずそうな露出狂女――神裂火織の姿に、錬は思わず目を眇める。

 

――こいつはほんとに、なんでこんなにフラグメイカーかつ鈍感なのさ?

 

 最近真昼が提唱した主人公属性などというわけのわからない言葉を思い出しながら、錬はむき終わったリンゴを当麻に投げつけつつ、神裂に視線を向ける。

 

「で、事件は終わったのに今回は一体何の用なの?」

 

「いえ……その事件の顛末をあなたたちに語ろうかと足を運ばせてもらっただけですよ」

 

 気まずそうに眼をそらしながら、そうつぶやく神裂に、錬と当麻は「あぁ……」と、同時に納得の声を上げた。

 

――まぁ、ステイルさんはものすごく僕らのこと嫌いそうだしね……。と、インデックスが助かったことは純粋に喜んでいたが、素人に先を越されて微妙な顔をしていた少年の顔を思い浮かべ、錬は苦笑を浮かべため息をつく。

 

「おっけ。で、結局インデックスさんはどうなるの?」

 

「本当ならイギリスに連れ帰るべきなのですが、あの子にあんな術式を付けた最大教主がいる場所に連れて行くのもどうかと思い、しばらく学園都市に保留にするそうです。宿は……」

 

「あぁ、なら当麻のところにするといい。あそこは寮監がいないからやりたい放題だしね。メイドの義妹連れ込む奴もいるくらいだし」

 

「あ、あれぇ!? 錬さん、聞き違いでないと思いたいんですがうちのエンゲル係数が大変なことになる提案をさらっとされませんでしたか!?」

 

「ん? 助けたのは当麻だろう。最後まで面倒見なさい」

 

「あの……犬猫ではないんでそういう言い方はちょっと……」

 

 似たようなもんだろう? と、内心で男二人が呟いたことはさておいて、

 

「それに、教会勢力も首輪が外れたあの子については扱いあぐねているようで、しばらく時間がほしいというのが本音みたいです」

 

「ということは、一応インデックスさんのしばらくの平穏は確保されたってわけか……よかったね当麻」

 

「あぁ。それはいいんだけど錬。俺帰ったら冷蔵庫に食糧残っているかな」

 

「……退院祝いになんか持って行ってやるから、そう落ち込まないでよ」

 

 何やら絶望的な未来しか見えない自分の家の環境に、苦悶の声を上げる当麻に苦笑を浮かべながら、錬は立ち上がる。

 

「それじゃ、僕はそろそろ帰るよ。夏休みの宿題もしないといけないしね」

 

「げっ!? 忘れてた!?」

 

「勉強と、遊びは計画的にだよ当麻? どうせ入院中暇なんだから、さっさと宿題消化しとくんだよ~」

 

 そんな優等生然とした言葉を送りながら、錬は病室のドアから出ていく。それを追うように神裂も立ち上がり、

 

「では、私もこれで」

 

「おう。ありがとうな神裂。わざわざ知らせてくれて」

 

「いえ、このくらい。あの子を救ってくれた恩に比べれば大したことはないですよ」

 

 そういって、微笑しながら再び深々と頭を下げた後、

 

「この恩は必ず返します、上条当麻。何か困ったことがあれば、いつでも私に声をかけてください」

 

 そう言って彼女は当麻の病室から退室する。

 

 こうして、ようやく上条当麻を襲った事件はひとまずの終わりを迎え、

 

 

 

「れ、レン!!」

 

「ん? なに?」

 

「あなたにも、感謝を告げたいと思って……」

 

「あぁ、いいよべつに。僕は当麻に巻き込まれてなし崩し的に手伝っただけだし」

 

「それでもです。あなたは上条当麻と同じぐらいあの子を救うことに貢献してくれました……そ、そこでなんですけど」

 

「え?」

 

「な、名前を教えていただければ……あ、あと連絡先も!」

 

「?? いいけど、そんなのきいてどうするの?」

 

「れ、連絡先を知っていればいつでも助けに行けるではありませんか!!」

 

「……うん。まぁ、気持ちだけはもらっておくけど、僕が本気で困るような事件なんてそうそうないよ?」

 

 と、地味なところでフラグが立っている予感がするが、これがちゃんと成立するかどうかは神のみぞ知る話。そして、とりあえずは、

 

「……あ、あの~フィアさん。なんだかとっても悲しそうな眼をされているのはなんででしょうか」

 

「……錬さん」

 

 その話を聞いたフィアがとっても悲しそうな眼をするようになり、錬が月夜に締め上げられるまであと数分。

 

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