「これは厄介だな……」
一気に減速し、すべてが止まっているように見える空間の中、祐一は敵を切り捨てるのを一時やめ、敵から瞬間的に距離をとる。
祐一の姿が認識できていないのだろう。どこに行ったのかとキョロキョロとあたりを見廻す敵。
その敵は変わった姿をしていた。
人のようで人でない。金属のようで金属でない。
それは、金属でできた人形のような何かであったが、矢鱈と生物臭い滑らかな動きをする不気味な物体だった。
人の形を模した金属。その言葉が一番わかりやすく敵を言い表すのに適切な言葉だろう。
つまり、
「あんな人間がいるわけがない」
おそらく超能力を使った遠隔操作で自分の意思を反映させている人形。液体金属を使うことにより攻撃力と汎用性を底上げしているのだと推測できた。
とはいえ、それがわかったところで状況は変わらない。
「イタチゴッコだな……。きりがないとはよく言ったものだ」
『あら? そんなところに?』
いつの間に回り込んだのかしら? と、驚いた風な敵の声が届くと同時に、液体金属の人形の腕が伸び、鋭い穂先をもったしなる槍となって、祐一に襲い掛かる。
人間の反射神経では到底ありえない攻撃速度。液体金属の人形に、人影を発見し次第攻撃しろとでも命じていたのだろう。
だが、それは祐一にとって、あまりに遅すぎる攻撃だった。
「シッ――!!」
鋭く息を吐きながら、再び疾走を開始する祐一。その視界の中では当然槍は止まったようにしか見えない。
だから祐一は悠々とその槍の攻撃を回避しながら、手に持つ青い大剣――《蒼蘭》を、数度振るい、液体金属の手を斬り捨てる。
当然敵は金属。いくら液体になっており、通常の金属よりも硬度が低いといっても、切断にはかなりの力を使う。
刃先にかかる重い力。しかし、敵はそんなもの関係ないといわんばかりに、わずかではあるが蒼蘭の刀身を歪みかねない重量を持つ金属を、ジンワリと腕にくいこんだ刀身へと押し付けた。
通常の刀なら、これほどの重量の金属に圧迫されれば折れる。いくら《論理回路》が刻まれ、通常の剣と比べれば強度が高くなっている、《騎士》専用の攻撃デバイス――《騎士剣》であっても、このままではあと数秒も鉄の圧力にさらされれば、へし折れてしまうだろう。
だがしかし、祐一もそんなことは分かっている。だからこそ、彼はこの液体金属の人形を斬り捨てるときは常にある能力を発動していた。
【騎士剣《蒼蘭》情報解体発動】
機械的なコマンドが書かれた窓が祐一の脳裏に開く。その瞬間、騎士剣に触れていた液体金属たちは、まるでその存在そのものが削り取られたかのように、雲散霧消し、大気中に細やかな塵となって消える。
「あら? また? てっきり身体強化系の能力だと思ったんだけど……。物質を分子単位まで解体するなんて。いったいどうやっているのかしら?」
敵がそこまで言い切るのに数度。祐一の斬撃が敵の体を切り裂いた。
頭から股にかけて真っ二つ。右肩から左わき腹にかけて袈裟切り。首を右から左に両断。武装となる両肩を寸断。
だがしかし、それだけの斬撃をくらっても敵は平然と元に戻る。
「確かにその速さは脅威よね。私が生身だったら、こんな無駄話している余裕もなく死んでいたわ。でも~、もう気づいているんじゃない? いくら私を切り裂き分子単位で解体したところで」
切り裂かれた体はそのままに、バラバラと崩れ去る体を見てもなおにやにやと笑いながら、人形は平然と、
「無駄すぎるってことぐらい?」
彼女が立っている、滅多切りにされたマンホールの中からにじみ出る、銀色の液体を取り込み、元の姿へと戻った。
「かなり特殊な流体操作と言ったところか? 会話ができているのは、金属にナノマシンか何かを仕込んでいるからか?」
「ご想像にお任せするわ」
そう言い捨てた瞬間。敵の体が爆散する!
全方位に向かって放たれる流体金属の槍衾。祐一はIブレインの警告から、それを発動前に感じとり、加速された身体能力と知覚を使い悠々と飛びずさることで躱し、着地しながら敵を油断なく見つめる。
「とはいえ、こっちの攻撃があなたに届かないのもまた事実なのよね~」
どうしたもんかしらね~。と、隙だらけの体勢で熟考に入る人形。明らかに祐一をなめきっているその姿を、祐一は眉一つ動かさず見つめていた。
なぜなら彼にはいたからだ。
こういった敵に対峙した時に頼りになる、絶対的な奥の手が。
『やぁ、祐一。苦戦しているみたいだね』
「《軍師》か?」
彼が信頼するとある天才物理学者の遺産――天樹真昼の存在が。
さすがに任務中であるため本名は出さずに、真昼が決めたコードネームで彼の名を呼ぶ祐一。
そんな祐一の声を聴き、通信機越しに聞こえてきた真昼の声に苦笑が混ざる。
『いや、ごめんごめん。思った以上に相手の監視カメラ掌握技術がすごくてさ。ちょっと見つけるのに手間取っちゃった』
そして真昼は申し訳なさそうに謝った後。
『でも、見つけたよ。あの手の遠隔操作系の能力には、距離的な限界が必ずあるからね。周囲一キロ四方の監視カメラを全部総ざらいすれば、意外と簡単にみつかったよ』
そう言いながら真昼は、この状況を打開する起死回生の一手になる情報を祐一に教えた。
『彼女の居場所は第六学区……。そこにある廃墟になって立ち入り禁止になっている繁華街に彼女はいるよ。
「後ろの方の情報はどうでもいいが……ようは、第六学区に行けばいいんだな?」
軍使からの情報を聞き、祐一は立っていた場所から跳躍する。
「あら? 逃げるの?」
そんな祐一の姿を見て、明らかな嘲笑を浮かべる人形。だがしかし、祐一はそんな安い挑発にはのらず、
「………………………」
人形を一瞥しただけで、裏路地から一足で抜け出し、自分のもう一つの能力を発動する。
【騎士剣《蒼蘭》完全同調。光速度、万有引力定数、プランク定数、取得。《自己領域》展開。容量不足。《身体能力制御》強制終了】
瞬間、祐一の体を空間の揺らぎが包み込み、
「すぐにいく」
彼に亜光速の移動速度を与える!
…†…†…………†…†…
「引いて行ったのかしら?」
自分が操る金属の人形が送ってくる映像を端末で見つめながら、警策看取は小さくつぶやいた。
彼女が立っている場所は、知覚に新しい地下街ができたためすっかり客足がなくなり、とうとう閉鎖されることになった第六学区のとある地下街廃墟。
暗部としてはこういった誰も来ない広大な空間というのはいろいろと使い勝手がいいため、よく彼女はここを一時的な隠れ場所として利用しているのだが……。
「解せないわね」
相手の能力とこちらの能力の相性は確かによかった。というか、身の安全さえ確保できれば警策は大抵の能力者に勝利する自信があった。
勝てないまでも……負けるつもりはなかった。
だが、それはあちらも同じだろう。
勝てないまでも、警策に負ける可能性などみじんも感じていなかったはず。
完全にこちらの知覚速度を上回る速度で動き回り、手に持つ大剣は超重量の水銀の塊である警策の人形の体を両断する。
そんな化物じみた戦闘能力を発揮できるのは、常識が通じないといわれる学園都市第二位か、文字通り
少なくとも、警策の記憶の中にあれほどの高速戦闘の展開が可能な能力者など存在しないはずだった。
「きなくさいな~。学園都市で認知されていない可能性がある能力者なんて……。今度ちょっと本腰入れて
――とはいえ、今はそんな状況でもないか。そういった興味がやまない思考はあとに回そう。
警策はひとまず去った自分の脅威は無視することにして、自分が仲介役をしてよく依頼を回す暗部組織達が戦っている場所へと、能力を起動する。
そうすることによってビルの中に生まれたのは、ことが起こる前に下準備として放り込んでおいた水銀を材料に、見る見るうちに警策と似たような体形になる流体金属の人形。
その流体金属の人形を排気ダクトの中に送り込みながら、警策は先ほどまで記憶していた侵入者とメンバーとの戦場を次々と廻っていく。
「あらら、馬場君死んじゃってるじゃない? いや、息はあるのかしら? どっちにしろあの状態じゃ早く冥土返しに見せない限り死亡は確定ね。あの陰険ストーカーは? って、こっちも負けてるの? ちょっと~スクールとアイテム。レベル5が所属する化物組織と、ほぼ同列に語られる暗部の武闘派が随分な体たらくじゃないの」
――あんたらがヘマするとこっちに回ってくる仕事も減るから困るんだけど……。と警策がつぶやいたとき。
「あはっ♡ 博士はちゃんと頑張っているみたいね。おまけに黒雲君もまだ待機中……」
とある通路の風景を見て、警策は思わず微笑みを浮かべる。
そこにはまるで見えない何かと戦っているように見える、赤毛の男女二人組が映っていた。
――おそらく博士のオジギソウ相手に苦戦しているんでしょうね。あれは結構えげつないし。
と、その光景にひとまずは上々の結果だと頷きながら、彼女は端末を閉じる。
「とはいえ、このまま油断していてもいいわけではなさそうだし。私もあのビルの近くに移動して、能力使って参戦でも……」
警策がそう言いながら、廃墟となった地下街の通路を歩きだそうとしたときだった。
「なるほど。流石は軍師と言ったところか」
「……え?」
彼女の行く手に、漆黒のコートとミラーシェードで顔を隠した、青い大剣を持った青年が佇んでいた。
「う、うそ……どうしてここが!? いや、そんなことよりもっ!?」
――この短い時間で、いったいどうやってここまで!?
確かに、警策の能力はあまり有効範囲が広い方ではない。居場所が割れれば駆けつけることができる程度の距離だ。
だが、警策自身もそんなことは理解している。
だからこそ、戦場に自分の能力を送りつける際には、その周辺の交通機関を徹底的に確認して、決してタクシーやバス、電車を利用して素早く自分のもとへ訪れられないよう計算しつくしてから、戦場に出ているというのに!
今回だって、どれだけ速く移動しても、どれだけ能力によって高速移動ができるとしても、確実に二時間は時間をとられる場所に陣取ったというのに!!
目の前の男は、自分のもとから逃げた経った数秒で、彼女の前に現れていた。
「うそっ……うそよっ!?」
まるで悪い夢でも見ている気分だ。警策がそう言わんばかりに頭を振りながら、慌てて自分の手元から液体金属が入った小さなケースを取出し、それを青年に投げつけたときだった。
「チェックメイトだ」
人形と戦っていた時と同じ、瞬間移動したようにしか見えない速度で、自分に向かって飛来する液体金属のケースを完全に無視し、青年――黒沢祐一は、警策の眼前に現れる。
そして、
「人形遊びはそこまでにしろ」
青い閃光が、警策の瞳に焼きつく!
…†…†…………†…†…
『殺さないの?』
「殺してほしかったのか?」
通信端末から聞こえる真昼の声に、祐一はそっけなく答えた。
彼の足元には蒼蘭に殴られ意識を失った、アニメキャラが着ていそうなど派手なナース服を着た少女が一人倒れ伏している。
祐一は結局、彼女に対して剣を振り下ろすことができなかった。
「俺のことを甘いと嗤うか?」
『いいや。僕は知っているよ。祐一は殺さなければならないときは殺せる人だって』
「……」
『祐一が生かしたってことは、積極的に殺す必要性はないって思ったからなんだろう。だったら僕から文句はないよ』
祐一の仕事はひとまず終わりだし、あとはこっちに戻って僕の護衛でもしながらのんびりしててよ。と、彼の父である天樹健三と親しかったことから、まるで兄弟のように育った青年は、こちらを信頼しきった言葉のあと、労いをしながら通信を切った。
そんな彼に、祐一は少し顔をゆがめながら踵を返した。
「真昼……お前は俺のことを過大評価しすぎる」
――俺はただ……。と、祐一は独白のようにつぶやきながら、彼のコートを、意識を刈り取ったナース服の少女にかけ、歩いて行った。
「子供を助けるために……別の子供と切り捨て殺すのは、何かが違うと……そう思っただけだ」
――黒沢祐一は……世界一綺麗な物のために戦って――
騎士という魔法士になった時、雪と共に誓った本当の《騎士》になるための誓い。
イギリスにいるといわれる本当の騎士たちからすれば、その誓いはまるで子供のママゴトのようなものだったのだろうが、それでも祐一はその誓いによって騎士になった。
だからこそ、ここでこの少女を切って捨ててしまえば、その誓いを破ってしまいそうな気になって……祐一は、剣を振り下ろすことができなかった。