ただし、本当に彼女がこう考えているかどうかは不明です!!
――私は主人公になりたかった……。
魔術師にとらわれた巫女――姫神秋沙はそう思う。
女の子ならヒロインではないかと思うが……この日本で言うところのヒロインとは、助けられる女の子を指すのであって、正式な英語でのヒロイン=女ヒーローとはやや違う印象を受けるであろうから、彼女はあえてこう思っている。
――主人公になりたかった……。と。
襲い掛かってくる怪物を倒し、理不尽に涙する誰かに手を伸ばし、いつかそんな自分を助けてくれる人と恋をして、最後にはすべてが平和になってハッピーエンド。
そんな物語の主人公に彼女はなりたかった。
だが、世界は……そんな彼女の願いをたやすく打ち壊した。
彼女が住んでいた村の住人はすべて吸血鬼となり、彼女の能力によって死んでいった。
外にいるだけで、存在しているだけで、立っているだけで、無数の吸血鬼が死ぬと分かっていても彼女のもとへ這い寄ってきて、その生き血をすすった。
やめて! と叫んでも、逃げてっ!! と懇願しても、吸血鬼は涙を流しながら彼女に、
「すまない」「ごめんなさい」「ゆるしてくれ」「わかってくれ」
『もう耐えられないんだ』
そう言って彼女の肌に牙を突き立て、灰になって消滅する。
殺したいわけではないのに。
伝説の妖魔なんて言われていても、彼らが普通の人たちだって知っているのに。
姫神秋沙は……多くの罪もない吸血鬼を殺戮した。
主人公には……もうなれない。
こんな血が汚れた自分なんかが、誰かを助ける主人公になんてなれるわけがない……。
そんな風に悲鳴を上げ、泣き叫び、最後に彼女が縋ったのは科学の権化《学園都市》だった。
ここなら、自分の血を何とかできるかもしれない。自分が誰も殺さず生きていける……そんな世界を作れるかもしれない。
そう思って彼女はここにやってきて……再びの地獄を味わった。
巨大なビルの中に監禁され、無数の生徒や講師たちの手によって行われる様々な虐待。
ご神体だなんだのと崇め奉られてはいても、人間のような扱いは一切受けなかった。
――もうやだよ。
その悲鳴は誰にも届かなかった。
――助けてよ。
その懇願は誰も聞き届けてはくれなかった。
――私はただ……誰かを殺さずに生きていける世界がほしかっただけなのに。
最後の諦観の言葉は、
『厳然。ならばその願いは、私がかなえよう』
とある錬金術師が……聞いていてくれた。
こうして彼女はヒロインとなり、錬金術師が救いたいと願った少女のために力を貸すこととなる。
夢のような時間だったと姫神秋沙はそう思う。
誰も殺さずにいられる生活に、人間らしい生活、そして原初の願いである誰かを救うための生活を彼女は送れていたから――本当に彼女は幸せだった。
だが、そんな生活も長くは続かなかった。
錬金術師が……人を殺したのだ。
…†…†…………†…†…
「ん……」
姫神秋沙は朝早くに起きる。
別にこれと言ってやることはないが、
別にこれといった目標はないが、
それでも朝は早くに起きる。田舎の村で暮らしていた名残だ。
「……さて、今日も一日がんばろー」
おー。と誰も答えてくれない拾い寝室の中で、一人むなしく手を上げ、自分の目標に同調する。それが彼女の日課だった。
…†…†…………†…†…
「必然。相変わらず早いなアイサ。朝食ができるにはまだまだ時間がかかるが」
「いい。待ってる」
まだ誰もいない塾の食堂にやってくると、そこにはなにやらわけのわからない言語の文字を並べ、魔法陣的な幾何学的模様を作っていた錬金術師――アウレオルス・イザードがいた。
錬金術師の朝は姫神よりさらに早い。
というか、彼の魔法によって最近では睡眠時間をとる必要がなくなったといった方がいいのかもしれない。
どうやら姫神を助ける前に、自分が所属していた組織をほんのちょっと手荒な方法で抜けてしまったらしい。そのせいで彼がいるところにはよく刺客が現れ、大胆なときには住んでいるビルごと吹き飛ばそうとする。
そのため彼は不眠不休で侵入者たちの迎撃に当たり、そのすべてを払いのけているのだという。
「無理していない、イザード」
「当然。
「そう」
自分の保護者を心配するにしては軽い言葉だったかもしれないが、これでも姫神は全力で彼の心配をしてはいる。
とはいえ、初めて彼の殺しを見たとき、初めて彼の魔術の行使における代償を見たとき、姫神は彼と距離をとってしまった。その事実は否定できない。
「ねぇ、イザード」
「ん? なんだアイサ?」
だから姫神は口を開こうとした。
もうこんなことはやめようと。
あなたがある少女を助けたいと思うのは立派だけど、その少女もあなたがこんなことをしてまで自分を救おうとしていることを知ったら、きっと悲しむ。と。
だが、
「……いいえ。なんでもないわ」
言えない。すべてを捨ててまでたったひとつの目標のために進んできた彼に向かって、高々数週間前に助けてもらった自分程度の存在が、立ち止まれなどと言えるわけがない。なにより、
――自分はヒーローではないから、きっと彼もきいてくれない。姫神は思わずそう思ってしまい、自然に納得してしまった自分の心にうつむきながら、まるで機械のように自分に朝食を運んでくる女子生徒に頭を下げた。
「ありがとう」
「…………」
返事はない。アウレオルスの術式によって操られているためだ。
それでも姫神は謝礼として頭を下げ、
「いただきます」
自分の生活の世話をしてくれる諸々の何かに礼を告げ、箸を手に取った。
「そうだ……アイサ。一つ思い出したのだが」
「ん? なに?」
「いい加減お前がため込んでいるあのクーポン券。どうにかしろ」
そんな彼女に反応したのか、魔方陣を睨みつけ難しい顔をしていたアウレオルスが初めて顔を上げ彼女を見た。
そして、若干の呆れがにじんだ顔で彼が指差した先へと姫神が視線を移すと、そこには姫神が趣味としてため込んでいた、無数のクーポンの山が積まれていて、
「……私はあれだけで豪遊するのが夢」
「だったら今日して来い」
「だめ。せっかくあれだけためたのに、何か特別な日に使いたい」
「憮然。正直ああいった記号がいっぱい含まれるものは、私の魔術の発動も阻害するから早くにどけてほしいのだが」
「いくらイザードの頼みでもそれは聞けない」
「必然。いい加減お前の趣味には疑問を提起せざるえない」
でも、ごくたまに見せる子供のような純粋な表情の変化は、見ていて悪くはないかなと思ってはいたのだ。
それが、姫神秋沙が彼に殺される数時間前にあった、いつもの朝食の風景だった。
…†…†…………†…†…
「どうしよう……。財布の中のお金の残高確認を怠った」
姫神秋沙はのんびりと学園都市を歩いていた。
アウレオルスの目的である吸血鬼を呼び寄せるために、姫神はよくこのように学園都市を散策している。
結界が張られている三沢塾にいつまでもいたのでは、彼女の血の匂いが拡散せず目的である吸血鬼もやってこないからだ。
だが、そんな彼女に危機が襲いかかっていた。先ほど口にしたように、少々財布の中身が心もとない。三沢塾に監禁されていた時は外に出ることなんかないからという悪い意味で、現状はいくらでもアウレオルスが金を払ってくれるという意味で、自分の財布の中の残金に頓着しなくなっていたツケがここで来た。
――正直絶体絶命。帰りの電車賃どころか現在の空腹を収めるための手段すら持ち合わせて……。
と、彼女がそこまで考えたときだった。
「……」
自分の巫女服の懐に収められた無数のクーポン券が目に留まり、姫神は固まる。
それは結局朝の言い合いで勝てなかったアウレオルスが、口癖通り憮然とした顔で『だったらせめてこれだけはもって行け!!』といって押し付けた、とあるハンバーガーショップのクーポンだった。
どうやら、彼の魔術にとってはこのクーポン券は致命的なものだったようで、極力結界内には起きたくなかったらしい。
――この紙切れくらいであんな魔術が崩壊するなんて、魔術ってよくわからない。と、クーポン券を取り出しながら姫神はそんなことを考え、
「……」
ちょうどタイミングよく表れた、そのクーポン券の発行元である、ハンバーガーショップを目撃し足を止める。
――現状確認。状態:空腹。財布残金:ほぼゼロ。クーポン券:ハンバーガー30個は余裕。
「……」
彼女は悩んだ。ひたすら悩んだ。
現在の空腹を満たすために夢をあきらめるか、それともいま生きるために身を切る思いでこのクーポンを使うか。
悩みに悩んだ結果、
「…………」
――ごめんなさいクーポンたち。こんなところであなたたちを使ってしまって。と、涙ながらに懐に収めた無数のクーポン券たちを取り出す姫神。そして、
「でも、豪遊だけはして見せるから!」
そう言ってハンバーガーショップに突撃した姫神は、
「スイマセン。この58円のハンバーガーとりあえず30個。支払いは全部これで」
豪遊した。
…†…†…………†…†…
「さすがにハンバーガー30個は食べ過ぎた」
ついでに、たまたま出会ったつんつん頭の少年に、そこそこの美貌を持っていると評価を受けたため、金をたかろうともしたのだがそれも失敗。
「まったく、あの少年はケチ」
幸い姫神が金を持っていないことに気付いたアウレオルスが、塾にいた黒服たちを人形にして使いっパシリにしてくれたため事なきを得たが、できればもっと早くに来てほしかったと姫神は内心で愚痴る。
――まさか、私がクーポンを使い切るまで待っていたの?
ありえる話だ。あの錬金術師は何でもできるのだから。と、一人彼女が考えていた脳内では、やたら得意げな笑みを浮かべてフンと鼻を鳴らすアウレオルスが思い浮かび思わず舌打ちする。
「とはいえ……まだお昼時だし散策をやめるにはいささか時間がはやすぎる」
これでは目的の吸血鬼を呼び寄せるのに十分な気配だとは言えない。もう少し散策をしないと。と、姫神はわずかにため息をつきながら再び歩みを進めだした。
アウレオルスが渡した金は、帰りの電車賃ギリギリ限界ぐらいだった。
いつもなら気配を散布する時間の暇つぶしとして、ゲーセンなり映画館なりに行って時間をつぶすのだが、それは現在の所持金上の都合で不可能。
現代日本は娯楽を得るためにも結構な金がかかるものだ。
となると、今の彼女がいける場所は非常に限られてくるわけで……。
「図書館か本屋で立ち読み……」
――確か立ち読み自由の古本屋がこの近くにあったはず。と、姫神はこのあたりの地図を脳内に広げながら、目的の場所へ行こうとして、
「おっ!? 巫女さん!? 巫女さん!?」
「まじか!? 学園都市でこんな俺の好みにジャストミートな女に会えるなんてぇ!!」
「というわけで御嬢さん! ちょっと俺らとお茶しな~い?」
チャラそうなヤンキー五人ぐらいに囲まれてしまった。
…†…†…………†…†…
「あぁ? 何見てんだよこらっ!!」
「ひっ!? ご、ごめんなさい!!」
――通算6度目。割と多いほうだな~。と、割とのんきに考えながら、こちらを助けようと近寄ってきた6人目の少年が、ヤンキーの脅し文句に泣きながら逃げていくのを見ながら姫神は思考した。
――度胸は買うけど、逃げるくらいなら初めから来なければいいのに。と、どこぞの女子中学生バリに度胸のある態度を見せる姫神。
だが別に、彼女は自分を取り囲むこのヤンキーたちを倒せる算段が付いているわけでもなければ、いつでも逃げられるような特殊スキルを持っているわけでもない。
ただ単純に、アウレオルスが助けてくれる以前の彼女が受けていた仕打ちに比べれば、ヤンキーに囲まれて拉致同然に強制デートさせられる程度、どうってことないことだったからだ。
だからこんなことをしなくても、姫神としてはこのヤンキーたちについていくことは別に異論はないことだった。ちょうどいい暇つぶしだ。程度にこの光景をとらえていた。
ただ、
「もし本当にこの状況から私を助けてくれる人がいるなら……」
――それはちょっとヒーローっぽい人だな。と、以前自分が目指したものになれそうな存在が現れるかも? という一抹の期待が、彼女にはあったのだ。
そして、その期待は、
「あぁ、こらこら君たち。いくら巫女さんコスプレがかわいいからって、あんまり女の子いじめるんじゃないですよ~」
そういってヤンキーたちの隙間を潜り抜け、あっさり姫神の手を取った黒髪の少年が答えてくれた。
「え?」
突然手を握られ驚く姫神に、少年は素早く耳打ちする。
「ごめん。余計な騒ぎはおこしたくないからさ。ちょっと口裏合わせてくれない?」
そう尋ねた少年に、姫神は顔を赤くしながら慌てて頷き返す。そんな彼女に「よかった、当麻の二の舞にならなくて」と、なぜか安堵した様子を見せる黒髪の少年は、小さな笑みを浮かべて、少年は素早く口を動かし、
「まったく、君ってやつは! お兄ちゃんからはぐれたらだめって言っただろ? それにまたそんなコスプレして。恥ずかしいからやめろって言ったじゃないか!」
と、嘘八百を並べ立て自然な様子で姫神の手を引き、不良たちの包囲網をくぐっていく。
そんな彼の姿に、不良たちはまさか自分たちの行いをここまで真正面から邪魔をする存在がいると思っていなかったのか、しばらく唖然とした後、
「っ! てめぇ、ざけてんじゃねぇぞ!!」
「何が兄妹だ!! 明らかに似てねーだろうが!?」
と、怒声を上げ少年の肩をつかむ。
「似てないって……仕方ないだろ? 僕は父さん似で、こいつは母さん似なんだから!」
そんな彼らの態度に舌打ちを漏らしながら、少年は若干不機嫌そうな顔をした後、吐き捨てるようにそうつぶやく。
そうすることによってわずかに凶暴そうな気配が漏れる少年の姿に、ヤンキーたちはやや面を食らうが、彼らも一応暴力を生業にする種族。黙って引くわけにもいかなかった。
「っ!! なめた口ききやがって……!! だいたいな、妹より背が低い兄貴なんているわけでねーだろっ!!」
瞬間、姫神の耳に少年の頭のあたりから響き渡った「ブチィッ」という不気味のな音が聞こえ、
「背丈のことは言ってんじゃねぇええええええええええええええええええええ!!」
どうやら彼に対する禁句だったらしいことを言ったヤンキーは、少年が生み出したと思われるアスファルトの巨大なこぶしによって、天高く打ち上げられた。
…†…†…………†…†…
「れ~ん。またおまえじゃん?」
「こ、今回はただの人助けですよ!? ほんとうですよ!?」
「だとしてもこれはやりすぎじゃんよ……」
あれから数時間後。結局アスファルトのこぶしによって、ヤンキーたちを瞬く間に伸してしまった黒髪の少年は、しばらく頭を抱えた後「素直に謝ろう……。逃げたなんて知られたら雪姉さんが怖いし……」といって、おとなしく
大質量をもつアスファルトのこぶしに殴られたためか、ヤンキーたちは大体が全治二か月程度の重傷。過剰防衛でしょっ引かれてもおかしくないランクの蹂躙であった。
「まぁ、確かに人助けが理由だったみたいだから今回はお目こぼしするじゃん。でも、雪には連絡入れといたから寮でみっちり絞られて来い」
「あう……」
最後にその一言を受けて解放された少年――錬というらしい――に苦笑しながら、姫神は、ぐったりとうなだれる錬に近づいて行った。
お礼を言いたかった。ヒーローみたいに自分を助けてくれたこともそうだが……自分とアウレオルスが目指していた純粋な頃の、誰かを救えることに対する輝きを、思い出させてくれた錬という少年に。
「あ、あの……」
「ん?」
「助けてくれて……ありがとう」
錬はその一言を聞いた途端、少し困ったような嬉しいような複雑な顔をしながら、
「別に」
とそっけなく答え、
「無事でよかったね」
最後に小さく笑って、姫神の無事を喜んでくれた。
そんな錬の表情を見て姫神は初めて自分を助けてくれたアウレオルスの顔を思い出し、
『よかった……。無事でよかった!!』
彼の目的があったとはいえ、純粋に自分の無事を喜んでくれた、あの優しい錬金術師の顔思いだし、ほんの少しだけ悲しくなる。
――彼は変わってしまった。力を得て変わってしまった。
初めの彼の目標と自分の目標は同じだったはずなのに……どうしてあんなふうになってしまったんだろう? と、姫神は考える。
脳裏に浮かぶのはひしゃげた鎧姿の青年に、ただの肉片へと変貌した女性騎士。黄金の池になって消え去った魔術師に、十字架にはりつけにされた神父。
錬金術師が行ったあまりに悲惨すぎるその所業に、内心で涙しながら、姫神は懐かしさのあまり錬に問いかけた。
「助けてもらったお礼がしたい。名前を聞かせてくれる?」
「え? 別にいいよ。当然のことをしただけだし」
と、あくまで礼なんかいらないといった態度を固持する錬に、姫神はじゃあと別案を告げる。
「だったら、私と友達になってください」
「え?」
「さすがに……このまま何もしないでお別れというのは気が引ける」
せめて友達という枠組みにはめて、いつでも礼ができるようにしておきたい。という姫神に、今度こそ錬は苦笑いを浮かべながら、
「友達ってそういうものじゃなかった気が……。まぁ、いいよ。そのくらいなら」
といって、錬は自分の携帯を取り出し姫神の携帯へと向ける。それを見た姫神は慌てて、鳴り出した携帯を取り出し、スリープ状態から起こし操作を開始。
さすがは学園都市といっていいのか、たったそれだけの操作で錬の携帯からデータが送られ、姫神の携帯に錬のアドレスと電話番号が入ったデータが記載され、姫神の携帯から同じようなデータが錬に向かって送られた。
「天樹……錬?」
「姫神秋沙? いい名前だね。じゃぁね姫神! お礼は別にいいけど、何か困ったことがあったら連絡してくるといいよ!!」
そういって手をひらひら振って自分の寮へと帰っていく錬の背中を見送りながら、姫神はアウレオルス以外のアドレスが初めて入った携帯を抱きしめる。
「ん……。またね」
――ヒーロー。その呟きは錬には聞こえず、結局姫神は元通りアウレオルスの結界の中へと戻った。
彼女が命を落とすまで、残り数時間。
サブタイの「日常風景」になんかかっこいいルビ振りたいな……。
アイディア募集中。