とある科学の魔法士たち   作:過労死志願

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三沢塾

 第十七学区。クローン食肉や野菜の人工栽培をしている農業ビルが存在する学区だ。また、学園都市内で使用される工業製品の製造に特化しており、施設の大半が自動化されている。オートメーション化の影響で、人口は他の学区に比べて極端に少ない。

 

そのせいなのかどうなのか錬は知らないが、道路にも余計な電飾はなく、夜になれば自動工場の照明しか灯らないため、他の学区よりも比較的暗い学区。夜に来ればさぞ肝試しに最適な場所になるか、無能力者集団(スキルアウト)に絡まれる可能性が高そうな場所だ。

 

 雪に連れられて潜入調査の名目で錬が訪れた三沢塾はそこにあった。

 

――正直塾に来るようなまじめな学生には不釣り合いな学区だと思うんだけど。

 

 と、内心で大きなお世話的立地条件の不利を告げながら、錬はいくつかの勉強道具といざという時のために持ってきた、サバイバルナイフが入ったカバンを担ぎなおし、眼前までやってきた巨大なビル――三沢塾を見つめる。

 

「で、雪姉さん。ぼくはなにすればいいの? あと、なんでスーツなの?」

 

 錬がそう尋ねるように視線を向けた先には、まるで新人教師時代のようなぴっしりとしたスーツを着た雪の姿があった。

 

 ちなみにいうと、現在彼女が錬たちに授業を行う時の服装は、黄泉川の悪影響を受けたのか白いジャージ姿だ。いまではすっかり、初々しい彼女のスーツ姿を見ることはなくなった。

 

 おかげで今彼女が着ているスーツは確かクローゼットの奥でほこりをかぶっていたはずなのだが……。

 

「いや、ほんとはジャージで行ってもいいかなって思っていたんだけど、祐一がね『一応かりそめとはいえ、錬の親を名乗るんだから子供が恥ずかしくない格好をしていけ』っていって、いつの間にか洗濯していてくれたのを出してくれたの」

 

 いや~さすがは私の祐一! と、盛大ののろけてくる雪にほほをひきつらせながら、錬も内心で祐一に感謝していた。

 

 いくら仮の関係とはいえ、さすがの彼も自分の親がジャージ姿であんなオサレビルに突撃したという事実はあまり残したくないのだった。

 

「それはともかく、錬としては何もしなくていいわよ? ちゃんと勉強したいっていう雰囲気を出すぐらいね。実際の聞き込みとか調査は警備員(アンチスキル)である私の仕事だし……。あ、あと、もし万が一事件になって警備員(アンチスキル)の取り調べうけることになったら、極力私に頼まれたことを伏せてくれるとうれしいな」

 

「なんで?」

 

「一般生徒を事件調査に巻き込むのは警備員(アンチスキル)ではご法度なの……。ばれたら愛穂先輩の何言われるか……」

 

 そういってがたがた震える雪の脳裏には、にこやかな笑顔で防弾盾をを振りかぶる黄泉川の姿が再生されているのだろう。

 

 彼女の様子からそんなことが透けてわかる錬は、思わず顔をひきつらせながら小さくため息を漏らしつつはじめの一歩を踏み出し、三沢塾の自動ドアを開いた。

 

 その瞬間。

 

【高密度魔力反応を感知。危険度・中】

 

「っ!?」

 

 突如として脳内のIブレインが告げた警告に錬は思わず目を見開いた。

 

「なっ!? 魔力……!」

 

――この塾に魔術師が来ているのっ!? と、錬は慌ててあたりを見回すが、何せ彼は魔術師など数度しかあったことがない魔術のど素人だ。

 

 専門家であるインデックスのバックアップを受けてある程度の知識をつけていた上条とは違い、とっさいに魔術師独特の気配を察知することなど不可能に近い。

 

 そのため、塾をいくら見回したところで彼が魔術を見つけることなどできないわけだが、それでも錬は探し続けた。

 

 上条とともに巻き込まれてしまったインデックス救済事件。その時に戦った神裂は、なんでも世界でもかなり規格外なスペックを持つ魔術師だったそうだが、それを差し引いても魔術師というのいうのは恐ろしい存在だと、以前の戦いから錬は心の奥底で悟っていたからだ。

 

 だからこそ、彼は思わず焦っていた。

 

 そんな存在が再び自分たちの領域である、科学の都である学園都市に入り込んでいる。

 

――どうせろくでもないことをたくらんでいるに違いない。と!

 

 だが、そんな錬の肩に、

 

「錬、落ち着きなさい」

 

 優しく置かれた雪の手を感じ、錬は驚いたように雪の顔を見上げた。

 

「で、でも……」

 

「えぇ。魔力があるってことは魔術師がいるんでしょうけど……あいつら、基本的にこっちがかかわりさえしなければ無害だから。敵対しない限りは何もしてこない相手なのよ。科学勢力と魔術勢力は世界を二分している自覚があるから、積極的に争いあおうとはしていないしね」

 

「っ!? 魔術師に関して何か知っているの、雪姉さん!?」

 

 錬の驚いたような問いかけに、雪は小さな苦笑を浮かべながら、

 

「知ってるも何も、魔術師本人が私たちのすぐ隣にいるじゃない?」

 

「え?」

 

「シオンさんよ?」

 

「えぇえええええええええええええええええええええええええええ!?」

 

 信じがたい事実をいきなり暴露され、錬は思わず素っ頓狂な叫び声をあげた。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「な、なんでそういう大事なこと黙っていたの!?」

 

「だって聞かれなかったし、シオンさん本人も魔術からは足を洗った――もとい、飽きたって言っていたから今更そんなどうでもいい話する必要はないかなって?」

 

「よくない!? よくないよ!?」

 

 道理で僕の脳内にわけわからんプロトコルが出たわけだよ!? と、驚き慌てふためく錬に苦笑を浮かべつつ、雪は周囲の様子を観察した。

 

 何も変わらない、何も起こっていない、ごくごく普通の豪華な塾の風景。

 

 とはいえ、さすがに学園都市に来るほどの身の程知らずというべきか、いささか外の塾風景と比べれば、異なる点は多々見られるがそれも学園都市内部のものと比べればおとなしいほうだろう。

 

 だが、雪や錬のIブレインは確かにそこに潜む非日常の景色をとらえていた。

 

「雪姉さん……あれ」

 

「目を合わせるんじゃないわよ錬。この塾にいる魔術師に気付かれるかもしれないわ。私たちが隠されたあれに気付いていることが」

 

 錬が少し真剣みを増した声で告げたことに、雪も小さく頷きながら警戒するように錬に忠告しておく。

 

 そして、彼女は見た。

 

 塾の日常風景の《裏》に隠された非日常を。

 

 現実の視界でも見える玄関にあるとある柱。

 

 だが、彼女が知覚する情報の海には確かにその存在があった。いかなる手段をもってしてか知らないが、現実世界から隠されているそれを、すべての存在の写し鏡である情報の海が、しっかりと雪たちにその存在を教えていた。

 

 水分とタンパク質……その他もろもろによって構成された物体が、もたれかかるように雪が横目で見つめる柱にもたれかかっている。

 

 形状と、物体が持つ情報強度からして、それがいったいなんなのかは一流の魔法士である雪にはわかっていた。

 

 すなわち……死に体の人間であると。

 

「どうもだんだんときな臭くなってきたわね……。錬さっき言った言葉は取り消すわ」

 

 そんなことを言いながら、雪は腕に付けた端末に視線を落とす。

 

 それは、レノアの能力を解析しシオンが作った空間にポケットを作るための端末。

 

 さすがに専門であるレノアやのその能力を複製した錬のように、大きさも深さも自由自在に作れるわけではないが、雪としてはあるものをしまうだけのスペースが確保できれば十分だったので、喜んでその端末を使わせてもらっていた。

 

 つまり、彼女の騎士剣を誰にもわからない、しかしいつでも取り出せる場所にしまうツールとして。

 

「もしかしたらここにいる魔術師……かなり好戦的なやつかも」

 

 雪が告げたその物騒な言葉に、錬は小さく息をのみ、こちらもサバイバルナイフが入ったカバンを担ぐのをやめ、いつでもそれが取り出せるような位置へと持ち直した。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「と、いった感じで、我々の塾は学園都市の学校にも負けないカリキュラムを、よりスムーズかつ丁寧に教えることができるわけです、お母さん!」

 

「まぁ、それは頼もしいですわ!うちの錬の生成績アップも間違いないですね!」

 

 とはいえ、彼らがここに来たのはあくまで家出中の学生の安否確認。わざわざ魔術師にかかわらなくても、塾の人間に探りを入れるだけでいいということは分かっていたので、錬と雪はそのまま黙って受付に行き、受付嬢に案内された「入塾案内室」という名のセールスブースへとやってきたのだった。

 

「うちの息子がこの塾でお世話になっているっていう子に紹介してもらってきたんですけど……やってきて正解でしたわ!」

 

「おや? そうなんですか? それはその子にぜひとも感謝しておかないと。お名前をお伺いしても?」

 

 母親然とした優しい笑顔を崩すことなくそんなジャブを放つ準備をする雪の姿に、錬は思わず戦慄を覚えた。

 

――ゆ、雪姉さん……まったく表情に悪びれとか人だましている罪悪感とか浮かんでない!?

 

 警備員(アンチスキル)の必須技能よ! と、雪は言っていたが、果たして、ただの教師のボランティア集団にそこまでにスキルは必要なのだろうか? と、錬は内心本気でそう思う。

 

――あの人たち、もう半分自分たちが教師ってこと忘れている人たちもいるし……。具体てきに言うとうちの巨乳ジャージ体育教師とか……。と、脳裏に浮かんだジャン語を操る美女の顔を思い出しながら、錬は思わず顔を引きつらせる。

 

 今日の夕方ぐらいにちゃっかりお世話になった後だからだ。

 

広苑辞子(ひろそのことね)という生徒なんですが……」

 

 雪が拉致監禁されている可能性がある生徒の名前を、まるでメスのような鋭い言葉にして告げる。

 

 対する塾案内をしてくれた青年の反応は、

 

「広苑さんですね? 待ってください。今調べますので」

 

 特に変わった様子も見せず、先ほどのようなセールストークの表情を崩さないまま、平然と隣に置いてあった端末へと手を走らせ、塾生の名簿から彼女の名前をピックアップした。

 

「おや、1Gクラス在籍の子じゃありませんか。なかなか優秀な子たちが集まるクラスでして……お母さんもどうです? 息子さんをこのクラスに入れてみては? 先ほど学校の成績を拝見させていただきましたが、息子さんなら十分このクラスに入る実力がある」

 

「特別なクラスへということですか? 具体的にはどういった特典が?」

 

 だが、そんな青年の反応にもめげず、雪は続いての質問を彼にぶつけていく。

 

 正直錬としては心臓に悪い光景だ。

 

 もしもこのまま何もないまま、この塾が白と判断できてしまったら、完全に雪と自分は無駄骨になるし、下手をしたら雪が逆に説得されて自分がこの塾に入れられてしまう可能性だってある。

 

 天樹錬――成績は悪くないし、勉強が嫌いというわけでもないのだが、やはりまだまだ遊んでいたい年頃の少年である。

 

「そうですね……まずはこのビルにある寮に入ることができます。損所そこらの学生寮とは比べ物にならない快適な寮室で、そこを目当てにうちの塾に入ってくる学生もいるくらいです。おまけに防音も完ぺきなため、いつでも静かな環境で勉強ができる優れものですよ」

 

「いえ、寮はちょっと……。この子、うちの家で住んでいる子ですので。そのクラスに入ると、寮には絶対に入らないといけないんですか?」

 

 そこが拉致監禁の現場か? とあたりをつけたのか、雪はあえて食い下がることによってその寮についての情報をいろいろ引き出そうとした。

 

「……あぁ、申し訳ありませんお母さん。当塾の勉強は非常に難しく、住み込みで勉強したほうが、効率がいいので、特別クラスは全寮制となっていまして」

 

 あたりだ。雪の瞳がそんな風に光り輝いたのを錬はしっかりと目撃した。

 

「それは、ほかの生徒は了承して?」

 

「はい。当然です。無理やり成績優秀者を入れるなんてしたら、それこそ拉致監禁になってしまいますし。当塾は健全な経営をモットーにしていますので」

 

 しれっとした顔で平然とそんなことをのたまう青年に、雪は小さな笑みを浮かべて、とうとう言葉の刃を彼に突きつけることにした。

 

「あら~そうだったんですか。でもおかしいですね……私その広苑さんのお友達の生徒から話を聞いたんですが、その子……ここ数日三沢塾に入ってから自分が今まで住んでいた寮に帰ってきてないらしいんですよんね……。特に届出もなしに」

 

 雪のその質問に、受け付けの青年の顔が一気に冷たくなる。

 

 錬はその表情の変化を見てこっそり鞄に手を突っ込み、サバイバルナイフのつかを握った。

 

「……何をおっしゃりたいのでしょうか?」

 

 無表情になった青年の問いかけ。それが放つ強力な冷気に、錬は思わず冷や汗を流す。

 

「いえいえ。別に深い意味はないんですよ? でも、先ほど聞いた授業カリキュラムにも不自然な点がありますし……。これだったら普通の学園都市の小学校のほうがまだ子供をも安心して預けられると思っただけでです」

 

「……なんだと?」

 

――口調が変わった。そろそろ危ないかな? と、錬がナイフを抜きかけるのを雪は視線で制した。

 

 まだよ……。相手が先に手を出すまで待ちなさい。そういわんばかりの視線で。

 

「外で随一の塾だって聞いて期待していましたけど、意外とたいしたことないですね」

 

「ふざけるなよ!!」

 

 そして、雪からの止めの一言。

 

 青年が勢いよく椅子をはねのけるように立ち上がり、雪の胸ぐらをつかんだ。

 

「我々は貴様ら学園都市が及びもつかない強力な力を持っているんだぞ! 見下すような眼をしやがって! いずれほえ面を書くことになるのは貴様らだ!!」

 

「力? なにそれ、新手の妄言か何か?」

 

 思わずといった様子でばかばかしい夢物語を語りだした青年の姿に、錬は若干呆れながらもサバイバルナイフを抜いた。

 

 ここまでくればもう武力で取り押さえても文句は言われない。雪の視線もはっきりと『やれ』と語っている。

 

 だから錬は手に持ったサバイバルナイフを一閃しようとして、

 

「妄言!? 我々が手に入れたのは伝説を操る力……怪異の王を操る能力……そのなも吸血――!!」

 

 青年がそこまで言いかけた時だった。

 

 青年が突如雪から手を離し、もがくように自分の喉をかきむしり始めたのは。

 

「え!?」

 

「なっ!?」

 

「がっ……あ!?」

 

 まるで地上でおぼれたかのようにもがき苦しむ青年。その口からは切れ切れのセリフが漏れ始めていた。

 

「ち、ちが……で、ぃーぷぶらっど。い、いない……そんなやつ、いな、い。わ、われわれは……ただの、塾、職員。ひ、ひめがみ、あいさなど……ここには、い、いな!!」

 

「なっ!?」

 

「なによいったい!?」

 

 突如として起こった異常事態に、錬は思わず目を見開き、あわてた様子で倒れ伏した職員に駆け寄った雪を呆然と見ていた。

 

――今あの青年が告げた名前は、確かに夕方であった少女のもの。

 

 彼女が、ここにかかわっているのか!? と、錬が得体のしれない不安を感じた時だった。

 

「っ!?」

 

 雪と錬を飲み込み、塾の様子が激変する。

 

 彼らは知らなかった。姫神秋沙、またはアウレオルスがこの塾にいることを察知することが……この塾の裏に侵入するための条件だということを。

 

 異形の科学を操る魔法士二人は、異形の魔術を操る錬金術師の手によって、魔術の檻へととらえられた。

 

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