「錬のやつ……本当に大丈夫なのか!?」
姫神の手を引きながら、当麻は三沢塾の中を走り抜ける。
だが、その視線は何度か後ろを振り返り、背後に残った友人のほうを心配そうに眺めていた。
「大丈夫。彼が戦っているのはダミー。本物はむやみに人を殺したりしない」
そんな当麻を安心させようとしたのか、姫神はそんなことをつぶやく。
「それ本当か?」
アウレオルスの顔など、ステイルに渡された資料でしか見たことがない当麻だったが、先ほどであった人物はどこからどう見てもアウレオルスにしか見えなかった。
――万が一本物だったら。と、当麻は不安を覚え、そんな最悪な事態を想像する。
――錬はたった一人で、ここまでのことをしてのけた錬金術師と対峙することになる。
そうなれば錬はおそらく勝てないだろう。
――あいつの能力はトリッキーではあるが、ほかの魔法士や能力者と比べ、出力はかなり劣っているから。
だが、そんな当麻の疑問を姫神は一蹴した。
「間違いない。それに、本物が持つ雰囲気とは全く違った」
「雰囲気?」
「そう、本物はもっと……異質で外れた」
そこまで言って姫神は、何かを感じ取ったかのように言葉を止めた後、
「
「厳然。その状況――アイサは私を裏切ったととっていいのか?」
「っ!?」
突如かけられた声に、当麻は思わず足を止め、その正面にいつの間にか佇んでいた男を視認した。
オールバックに固められた緑の髪に、細身の体を白いスーツで包んだ男。
その顔にはどこか達観した雰囲気と、貪欲な知識欲を満たさんとする……姫神が言っていた、外れた雰囲気を醸し出していた。
「お、まえが……」
「必然。侵入者……私がアウレオルス=イザードだ」
…†…†…………†…†…
――別にハッタリで言ったわけじゃない。
一分という時間を自ら区切った錬は、内心でそう漏らしながら脳内でIブレインの状態を確認する。
【
ラプラスによって描き出される、最も可能性が高い敵の攻撃軌道。
それに合わせるように、錬は固体化するまで温度を下げられた窒素結晶を盾にし、アウレオルスの攻撃が通過すると思われるラインへと配置するよう、命令を下す。
配置枚数は、一つの線につき10枚。
人間三人を平然と貫いた貫通力を警戒しての、多重障壁。脳内のIブレインにそんな命令を叩き込みながら、錬は思考を続ける。
――雪姉さんはいい加減この塾の半分のスペースを制覇したところかな? まだアウレオルスと派手な戦闘になっていないところを見ると、敵も何かの用事で常に動いている? 当麻と一緒意に来っているステイルさんでもいれば、錬金術師の行動を読むこともできたんだろうけど。
と、彼が内心で心ここに非ずの状態になっているときも、
「なめるな……異能者!!」
一分で片を付ける。その言葉に痛くプライドを傷つけられたアウレオルス=ダミーは怒声を上げながら、黄金の矢じりを連続射出した。
その軌道は、ラプラスが描き出した攻撃線を、わずかな誤差を出しつつもきちんとなぞり、錬の体を貫こうとする。
しかし、その一撃一撃はすべて、その攻撃に合わせて作り出された、窒素結晶の盾によって防がれた。
矢じりに傷つけられ、瞬く間に黄金になってあたりに飛び散る錬の盾。
だがしかし、さすがにすべての障壁を貫くことかなわず、金の矢じりは7枚目の障壁を黄金に変えたところで失速し、アウレオルス=ダミーは舌打ちしながら再び巻き戻し射出を繰り返す。
そのたびに生み出される障壁に防がれる矢じり。
窒素から黄金に変換されたものは、彼らの間に降り注ぎ廊下に黄金の池を作り出す。
この間わずか10秒。たったそれだけの時間でこれだけの窒素結晶を黄金化する敵の手並みに感心しつつも、錬は布石だといわんばかりにマクスウェルの余力を使い、黄金を瞬間冷却。黄金を固体化させ、敵までの足場を作り出す。
「くぅ!? きさまぁ!」
――無駄口をたたいている暇はないんだ。雪姉さんのことだ。もうアウレオルスに出会っていてもおかしくない。
そう考えた錬はそのまま走り出す。
届かない矢じりに、熱量を完全に封じられた黄金。そのような悪条件によっていつもの戦いができないことに焦れたアウレオルス=ダミーは、自分に向かって確かに前進してくる錬に恐怖が入り混じった視線を向け、
「
――二十秒経過。錬のカウントと同時に、廊下を切り取るかのように、黄金の矢じりを薙ぎ払う。
それによって黄金に変貌した塾の廊下は、瞬く間に崩落を開始し下の階に二人を落下。
空中で身動きが取れないように見える錬に、アウレオルス=ダミーは凶悪な蔑みの笑みを浮かべた。
「ふはははは! 死ねっ! 侵入者!!」
そう絶叫した彼のスーツの袖口から、きらりとした黄金の光が漏れる。
空中で身動きが取れない錬に対しての、圧倒的な制度を誇る遠距離攻撃。
通常の魔法士ならこの段階で詰んでいるが、
「……」
錬は小さく鼻を鳴らしただけで、その攻撃を防ぐこともせず、射出される瞬間すら黙って見届けた。
――三十秒経過。
…†…†…………†…†…
――やった! と、アウレオルス=ダミーは自身の勝利を確信する。
――袖口から放たれた矢じりは、魔力によって弾丸にすら匹敵する速度を持つ。確かにあいつの盾の能力は忌々しいが、奴も突如足場を失って混乱しているはず。そうそう簡単によけることはできない!
内心で負けない理由を必死に組み上げ、悦に浸るアウレオルス=ダミー。だが、その理由は目の前で起こった異常な光景によってあっさり崩れ去った。
錬とアウレオルスの眼前に、黄金の壁が突如として出来上がったのだ。
「は?」
その信じられない事態に、アウレオルス=ダミーは一瞬呆然とし、床にあわてて着地しながらその光景の原因を見ていた。
廊下の崩落は途中ですべて止まり、アウレオルスだけを下の階に落としていた。
原因は目の前で広がる異常。先ほどアウレオルスが生み出し、錬が冷やすことによって固体化していた黄金が、まるで生物の腕のようにうごめき、崩落に際落ちた瓦礫を、つかみ抑え込み、崩落を途中で止めてしまったのだ。
先ほどの
先ほど錬を射抜く軌道にあった黄金の矢じりを、黄金の手が盾となって防いだ。
錬はその腕の上に立ちつつ、中途半端な嘲笑の表情で固まったアウレオルス=ダミーを見下ろす。
「丁度50秒。終わっていいよ、
錬がそう告げた瞬間、まだまだ残っていた黄金の腕がアウレオルス=ダミーに向かってこぶしを握る。
アウレオルス=ダミーは必死になって自身の唯一の武器である黄金の矢じりを構えるのだが、
「ねぇ、錬金術師……一つ聞くんだけど」
君は黄金を黄金に錬成できるの? という錬の問いかけによって絶望に染まる。
そして、彼の眼前にとんでもない速度で振るわれた黄金の腕のラッシュが映り、
それが彼の見た最後の景色となった。
…†…†…………†…†…
【《分子運動制御》常駐。《
――ジャスト60秒。人に似せられた、錬金術の産物を情け容赦なく粉砕した錬は、脳内で翻るそんな文字たちを処理しながら、その亡骸に手を合わせた。
上半身を重点的に、黄金の拳の降りおろしによってつぶされたその人形は、もはや原形をとどめておらず、上半身は完全に消滅していた。
しかし、まき散らされた鮮血は瞬く間に黄金に返り、活動ができなくなった残りの体も砂金となってさらさらと消えつつある。
――これが錬金術の産物。魔術によって生み出された者の末路ってわけか。
それを考えると、錬としてはあのダミーがかわいそうに思えるのだが、だとしてもあいつがやったことは許せることではなかった。
生徒三人を黄金に変え、人としての尊厳ある死すら与えなかったダミー。それを考えるなら、この死に方は当然の報いだといえるのかもしれない。
そして、一通りダミーの供養を終えたあと、錬はあたりを見回し状況を確認する。
廊下はもはやずたずたで交通不能。これでは当麻たちを追うことはできない。
「仕方ない……遠回りするか」
ため息一つも裸子「余計な手間を増やしてくれて……」と、ちょっとだけダミーを恨みつつ、脳内のIブレインからこの塾内部の地図を広げ、違う場所にある階段に向かおうとした。
その時だった。
「ん?」
錬が窓の外に、無数の甲冑を着た騎士たちが並んでいるのを見たのは。
「あれは?」
玄関ホールで死んでいた騎士の甲冑に似ている。それを確認した錬は「あの人の仲間なのかな?」と思わずつぶやきをもらし、
【高密度魔力制御感知。危険度・大】
「っ!?」
突如、脳内のIブレインが告げたその事実に、思わず目を見開いた。
…†…†…………†…†…
「違う! 私は!!」
――あなたのことを止めたくて。誰かを救おうとする優しい目的のために、こんなことをするのは間違っているって、あなたにわかってほしくて!
姫神は必死になって言葉を紡ごうとするが、アウレオルスはそれを聞いてはくれない。
「あぁ、かまわん。もはや目的は成就されつつある段階にある。あの少女は私の手中に収まり、あとは吸血鬼が来るのを待つだけだ」
必然。と、アウレオルスはいつものようにつぶやきながら、姫神と、その隣で拳を握りしめる当麻を睥睨した。
「あとは貴様を餌にするだけだ」
そして、アウレオルスは袖口から出した医療用に鍼を首に突き刺し、
「隔離。姫神秋沙」
「っ!?」
瞬間、姫神の周囲に見えない壁が作り出され、当麻と姫神を隔離した。
「えっ!?」
「姫神っ!?」
突如として行われたアウレオルスの攻撃。そのことに呆然とする姫神を見て、当麻は怒りに燃える瞳をアウレオルスに向けながら、握りしめた右の拳をその壁に叩きつけようとして、
「離れろ、侵入者」
「っ!?」
「上条君!?」
まるで巨大な何かに蹴り飛ばされたかのように、当麻は吹き飛ばされ地面に這いつくばらされた。
「当然。計画成就前に無駄な仕事をしている暇はない。貴様にはあのルーンの魔術師と同じように」
しかし、アウレオルスの進撃は止まらなかった。
彼は隔離された姫神を通り過ぎた後、当麻のもとへと歩いていき、
「ここであったことは、すべて……忘れろ!」
「っ!?」
その記憶を、まるで児戯か何かのようにあっさりと消し飛ばした。