窓のないビル。その中で世界を観測していたニンゲン――アレイスター・クロウリーは、とある人物との会合を行っていた。
《SOUND ONLY》と黒い画面に真っ赤な文字を描いた不敵な画面。その声から聞こえてくるのは、煙草枯れした深い中年男性の声だった。
『アレイスター。お前はいったい何をした?』
「何の話かな? リチャードペンウッド」
学園都市が認める数少ない外様の学者――リチャード・ペンウッド。これといった天才性も、これといったカリスマも確認できない男であったが、だが彼の発想は既存の学者を軽く凌駕するものばかり。
まるで千年先の未来でも見通しているかのような、
まるで、はるかかなたの科学知識でも保有しているかのような、
そんな独創的な発想をする男だった。
イギリス清教と学園都市の接触が可能になったのも、ひとえに優秀な《科学使い》この男の存在があったからだという意見すらある。
目立たないのに、特別ではないのに、なぜか世界の重要なところではその名前が語られる。そんな不気味な《秀才》が、アレイスターに詰問する。
『アウレオルス=イザードの案件だ。あいつはああいった風な軌道を描く存在ではなかった』
「まるで世界のすべてがわかっているとでも言わんばかりの言葉だな」
――いや、事実知っているのか? お前は……この先の未来について? よほどそう尋ねようかと思ったアレイスターだったが、そんなバカげた問いかけに、いちいち返答を返してくれる男ではないことはこの数年の付き合いでよくわかっている。
だからこそ、アレイスターはその質問に脳内で封印処理を施しゴミ箱にすて、こちらで確認している情報を素直に話す――相手が勘違いするかのような言い回しで。
「問題なのはそこではないか? あの当時、アウレオルスと、インデックスの接触はあんな形では行われなかったと……。アウレオルスは自分の魔導書を魔女対策として持ち出し、対魔術師戦闘に特化したイギリス清教に渡すことによってインデックスと接触し、彼女を助けようと思い立つはずだった。だが現実にはその現象に誤差が生じている」
だが……。そう考えながら、アレイスターはリチャードとの通信画面の傍らに、とある画面を映し出す。それは、《人的資源》の結果を
この世界の全分子運動すら演算しきる
まず上条当麻の記憶が失われていないこと。
予想された段階よりも早くから、《絶対能力者シフト計画》に邪魔が入り、計画に大きな遅延が見られること。
学園都市内部に、世界でも五本の指に入る魔術師――《天文博士》松壊シオンの侵入を許し、
イギリスは、リチャード・ペンウッドの存在によって魔術と同時に科学にも造詣が深い国になってしまった。
いくらなんでもこれほど
だが、それは逆にいうと……知られさえしなければその通りにすべての事象が動いてしまうということに他ならない。
だというのに、未来はすでに外れ始めている。
そのことにわずかながらに疑問を抱きながら、アレイスターは言葉をつづけた。
「まぁ、とはいっても、この程度の誤差は計画には何ら支障はないが」
『その言葉はつまり、お前はこの歪みに関して『計画に支障はないか?』と、再演算をかける程度には、楽観視していなかったということだな』
リチャードの鋭い質問に、アレイスターはあいまいな笑みを保った沈黙によって返答する。
実際演算などしていない。試算すらしなかった。最終的に
だが、アレイスターは沈黙を続ける。
この男がこちらに首を突っ込んで来れば、計画が大いに歪んでしまう。アレイスターはそう評価を下すほどに、リチャード・ペンウッドという男をかっていた。
だからこそ、彼は撒き餌を撒いた。リチャードが食いつきこちらの計画に首を突っ込んでいる余裕がなくなるように、このどうでもいい事実がさも世界の激動にかかわる重要機密だといわんばかり、飾り立て彼の前にぶら下げてやったのだ。
案の定、リチャードはその発言に食らいつき、
『お前が違うならそれでいい……時間をとらせて悪かった。
それだけ告げると、リチャードはこの世界のゆがみとやらを調べに言ったのか、一方的にアレイスターとの通信を切断した。
《NO SOUND》と表示が変わった画面を見つめ、アレイスターは笑みを浮かべる。
「さぁ、計画を進めるとしようか。外に派遣した《木原》の報告ももうそろそろ来るころだろうしな」
学園都市の闇は深く……いまだ、晴れることはない。
…†…†…………†…†…
「まったく! せっかくもうすぐで校長室に着けたのに、あの妙な攻撃のせいで全部パアだよ!」
いらいらした様子で三沢塾内を駆けずり回りながら、錬は舌打ち交じりにそう漏らす。
あれから、グレゴリオの聖歌隊の攻撃から何とか逃げ切った錬は、再建築された三沢塾を横に眺めながら、校長室のある北棟を走っていた。
とはいえ、グレゴリオの聖歌隊から逃れるために、彼は相当数の階数を下がり、近くにあった渡り廊下に飛びこんでいる。
当然、敵の首魁であるアウレオルスが座す校長室からはかなり遠のいており、相当な時間をロスしてしまっていた。
おそらく、雪とアウレオルスが接触する時間には錬は間に合わないだろう。
姫神の願いは、恐らく果たせなくなった。
「くっ……こうなったら当麻だけが頼りだからね!!」
姫神を連れ、先に最上階まで登って行った友人の顔を思い浮かべながら、錬は小さく祈るようにつぶやいた。
その時だった、
ヴ―――!! と、マナーモードにしていた錬の携帯が震え、誰かからの着信を告げる。
「ん? こんな時間に誰が?」
Iブレインの演算を使い、疾走する速度を落とすことなく携帯をとった錬は、その着信相手を見て、少しだけ目を見開いた。
「当麻?」
――この番号、携帯じゃなくて学生寮の方みたいだけど……。
そう言って首を傾げた錬は、現在彼の部屋にいる人物に思いたったが、彼女は究極と言っていいほどの機械音痴だという事実を思い出しその可能性はステイル。
――じゃぁ、いったい誰が? と、首をかしげつつも取りあえずその着信をつなぐ錬。そして、
『れ、錬さん……』
「フィア!? どうしたの!? 何があったの!?」
携帯から聞こえてきた大切な彼女の声に、少しだけ驚きながら、錬は思わず声を上げた。
なぜならその彼女の声は、いまにも泣き出しそうな、心配という色に染められたものだったからだ。
そして、そんな錬の問いかけにフィアは声を震わせながら、
『い、インデックスさんが……どこにもいないんですっ!!』
友人の行方不明を、頼れる少年にすがるように告げたのだった。
…†…†…………†…†…
「着いたよ……。ご丁寧に扉があいている」
ステイルがそう告げたのを聞き、上条当麻は眼前にあらわれた三沢塾校長室――アウレオルスの拠点を睨みつける。
いまだに錬との合流は果たせていなかったが、姫神が囚われてしまった以上、ことは一刻を争う。待っている時間はなく、当麻とステイルはとにかく今いる二人だけでのアウレオルスへの突撃を慣行していた。
そして、当麻は目撃する。
どこか空虚で異質な雰囲気を感じる、元科学宗教の教祖が居座ったその部屋に、一人の錬金術師が佇んでいるのを。
この部屋の雰囲気のは合わない、外れた空気の持ち主――アウレオルス・イザード。だが、当麻にとってその存在は、今は重要なことではない。
問題なのは、
「インデックスっ! 姫神っ!!」
まるで祭壇のように整えられた、巨大な執務机の上に寝かされた真っ白なシスターと、地面に倒れふし動かない巫女服の少女。
その二人の姿を見た瞬間、当麻はギシリと歯を食いしばりアウレオルスを睨みつける。
ここに来るまでに、当麻は姫神が言っていた、アウレオルスが救いたいと願った少女が、インデックスだということを聞いていた。
そして、彼が吸血鬼を求める理由もまた、その話から大体の想像はついていた。
だからこそ、この場にインデックスが連れてこられているのはむしろ不思議ではなかった。
いかなる手段をもってしてかは知らないが、アウレオルスは先ほどの塾の再生で見た通り、常識から二歩も三歩も外れてしまった魔術師だ。
たとえステイルの強力な結界にインデックスが守られていたのだとしても、誘拐すること自体は造作ないことだろう。
もっとも、当麻も、この時はさすがに、インデックスが魔術の気配を感じたからという理由で、一人でのこのこ三沢塾にやってきたところをとらえられたなどと、予想はしていなかったが……。
それは置いておくとして、ともかく状況は最悪だった。
ステイルや神裂を置き去りにするほどの絶対的力を持つ魔術師相手に、人質が二人も取られているというこの状況。不利というのも生やさしい、絶体絶命と言ってもいい状況だ。
だが、それでも当麻は目の前にいる男を殴らなければ気が済まなかった。
――きっと姫神は、ここに連れてこられた後もアウレオルスの説得を行ったはずだ。でも、今その姫神は倒れている。
その状況を見る限り、この部屋で何があったのかは明確だった。
アウレオルスが拒絶し、姫神は一番心配していたはずの男に切り捨てられた。
そんな事実を、当麻が許しておけるはずもなかった。
足に力を籠め、一気に駆けだそうとする当麻。だが、
「っ!?」
「しばらく待て」
そんな当麻の突撃は、ステイルの長い手によって押しとどめられた。
――どうしてっ!? と視線で訴えかける当麻をしり目に、ステイルは小さく鼻を鳴らした後アウレオルスに向き直る。
「ふむ、その顔を見る限り私の目的は気づいているようだな、ルーンの魔術師。ではなぜ私の邪魔をする? 貴様がルーンを刻み続けるのは、私と同じ目的だったはずだが?」
そう告げるアウレオルスの姿に、ステイルは呆れたようにため息をつきながら煙草をくわえ、
「簡単な話だ。その方法ではあの子は救われない。失敗すると分かっている手術に身を預けられるほど、あの子の命は安くないんだけどね?」
火をつけた。
「否。貴様の
そう。アウレオルスはインデックスを救うためにたった一人でローマ正教を出奔した。同じような絶望を味わっていたのは自分だけではないと知りながら、その人々と協力してインデックスを救おうとはしなかった。
つまりはそういうこと。アウレオルスは自分の手でインデックスを救いたかったのだと自分自身で認めたのだ。
そのことを確認したうえで、ステイルは問う。
「吸血鬼を求めたのもそれが理由だろ? カインの末裔は、不老不死にして不滅の存在……。そして、それを実現させるためには、悠久の時を経ても壊れることはない絶対的なキャパシティを持つ脳が必要だ」
「然り。カインの末裔からそれを聞きだしインデックスに授ける。そうすれば、インデックスが記憶の詰め込みすぎによって苦しむことはなくなるっ!」
それが、アウレオルス=イザードがインデックスを救うための手段として思考したものの答え。だが、それには致命的な欠点が存在する。
「もしその秘法が、人に身に余るものだったら? 人に見では決してかなえられぬものだったら? お前はいったいどうするつもりなんだ?」
「必然。ならばインデックスを人に身から外すまでのこと」
「噛ませるってわけか? カインの末裔の慰み者にされて、喜ぶ信徒がどこにいる! これは歴代パートナーにもいえることだけどね、誰かを本気で救いたいなら、まずは自分を殺してその人のことを考えるべきなんだ! まぁ、そのことは僕も最近知ったんだけどね」
「……くだらん。それこそ偽善だ。あの子は記憶を消されるさなか、私の目の前で言ったのだ!『ごめんね……』と! 助けてあげられなくてすまないと……。忘れてしまってすまないと!! 何も悪くないあの子が、涙を流しながら、一番悲しいはずなのに、笑いながらそう言ったんだ!!」
もう二度と、この娘にあんな顔はさせない! 固い覚悟を秘めた光を瞳に宿し、アウレオルスは宣言する。
「そのためになら、たとえどれだけの罪を背負おうと、たとえどれだけの犠牲を払おうと、たとえこの子に外道と罵られようと、すべてを捨てて……この子を救うと誓ったんだ!!」
そう言ってアウレオルスは歯を食いしばった。そこで彼が何を振り返ったのか当麻は知らない。
だが、隣に立っていたステイルの表情を見て、彼が何を言うつもりなのかだけは悟っていた。
「あくまで自分の考えは曲げないか……。仕方ない、ならば少し残酷な切り札を使わせてもらおう。なぁ、
そう言って、ステイルは当麻の方を見た。
当麻もその視線の意味は分かっていた。教えてやらねばならないと、ここに来るまでずっと考えていたのだから。
だからこそ、当麻は鋭い瞳をアウレオルスに向けながら、残酷であると理解していても、酷いことだとわかってはいても、ためらうことなくその事実を口にした。
「お前……いったいいつの話をしてんだよ?」
「――な――に!?」
当麻の言葉に、唖然とするアウレオルス。そんな彼を、煙草をくすぶらせながら、苦笑しながら眺めていたステイルは、トドメと言わんばかりに言葉を口にした。
「そういうことさ。インデックスはとっくに救われているんだ。
そのステイルの言葉に、アウレオルスは戦慄く。
「ば、バカな……いったい、どうやって!?」
「その方法は、僕らイギリス清教の汚点を晒すことになるから詳しくは言えないけどね。まぁいいじゃないか。三年間地下に潜っていたみたいだけど、無駄骨ご苦労。でも、気にする必要はない。君が望んだとおり、彼女はいま
そして、その言葉を聞いた瞬間、
「は……はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!」
アウレオルスは、粉砕された。
…†…†…………†…†…
――バカなバカなバカなバカな!? あり得ない!? なんだそれは!? なんなのだこの終わりは!? あっていいはずがない、これではまるで私が、目の前にいる少年のために用意された、悲劇の演出装置ではないか!?
笑い声を上げながら、アウレオルスは心の中で悲鳴を上げる。
だってそうだろう? 彼女は確かに救われた。長年彼が望んでいた通りに、彼女は幸せな笑みを浮かべることができている。
だからどうした? その笑顔がもう自分に向くことは決してない。なぜなら彼女は救われてしまったから。忘れたままで、思い出さないままで、どうしようもなく救われてしまったから。
彼女の中で残っている自分の記憶はたった一つ。
『なんだか覚えてはいないけど、当麻が助けてくれる前に、私を助けてくれようとしたたくさんの人の中の一人だ』という、名前すらない、存在すら認識されない、有象無象の悲劇の演出者。
納得できるわけがなかった。
彼女の特別になりたくなかったと言えば嘘になる。アウレオルスは確かに、たった一人でインデックスを救い、彼女の特別になりたかったのだ。だから、ただ純粋に彼女を救いたかったかと言われれば、ウソになることくらい自分が一番よく理解していた。いずれ罰を受けるだろうとも、理解はしているつもりだったのだ。
――だが、だとしてもこれはあんまりだろう? あまりにもひどすぎるだろう? なんだこの状況は? どうしてこうなった!? これでは……仲間を裏切り、多くの人を殺し、自分の信念すら曲げて邁進した私の三年間は……まるでっ……まるでっ!!
すべてが無駄だった。考えたくもない事実が彼の脳裏に翻り、そして、
「あっ……」
自分の狂った笑い声によってわずかに目を覚ましたと思われるインデックスが、
「トウマ……」
自分に向けられるはずだった笑顔を、自分にかけられるはずだった言葉を、自分が作ってあげるはずだった幸せそうな笑顔を……すべて自分など認識していないといわんばかりに、自分と対峙している少年に向かって向けるのを見て、
「く―――――――――――――――――、―――――――――――――!!」
言葉すら発せられず、激情のままにインデックスに断頭台のように手を振り下ろそうとして、
「インデックスっ!!」
背後から聞こえてきた、少年の絶叫にざまぁみろという愉悦を感じながらも、
「っ!!」
その手は、インデックスに到達する前に止まっていた。
「うぅうううううううううううううううううううううううううううう!!」
うめき声をあげ、必死に手を動かそうとするアウレオルス。だがしかし、いざインデックスに手を上げようとすると、彼女が自分を忘れる前の記憶が鮮明に思い出され、どうしても手を振り下ろすことができないでいた。
――無理だ。私はこの子を傷つけられない。
ずっと昔に誓った誓いは、いまだに彼の中で健在だった。
彼女の幸せのために、何千何万の悲劇を重ねても構わない。何を犠牲にしても、彼女の幸せだけは守ってみせる。
この三年間守り続けた鋼の誓いは、もはや彼の生き様だった。いまさらそれを破ることは、アウレオルスにはできなかったし、インデックスが泣きわめく姿も見たくはなかった。
だから、
「眠れ……」
ふたたびインデックスを眠りの檻へと閉じ込めた後、
「イン……!」
こちらに向かって駆け出そうとしていた少年に向かって、
「倒れ伏せ……侵入者!!」
「っ!?」
自分の全力の魔力をたたきつけた。
まるで巨大な鉄槌にでもつぶされたかのように無様に地面を這いつくばる当麻とステイル。そんな彼らの姿に狂笑を浮かべながら、アウレオルスは鍼を取り出す。
「は、ははは、あははははははは!! 簡単には殺さん、じっくり私を楽しませろ! 私は禁書目録に手を付けるつもりはないが、貴様で発散しなければ自我をつなげることすらかなわんからなっ!!」
そう叫び鍼を首筋に突き刺した彼の眼前に、
「ま……って」
一人の少女が、立ちふさがった。
それはここ数カ月で見慣れた、魔術的要素など一切関係ない、ただ神体としての記号を強化するためだけに巫女服を着せられた、自分が
「お願い、アウレオルス……もう、こんな悲しいことはやめ」
アウレオルスはその少女が姫神秋沙だという名前だということも、
とても優しい少女であるということも、
影が薄くてちょっと悩んでいたということも、
最近は自作料理に凝っていることも、
自分に助けられた時に泣きながら感謝の言葉を継げてくれた少女だということも、
最近になってようやく心の傷が癒えたのか、少し笑ってくれるようになっていたことも、
すべて、知ったうえで、
「邪魔だ
何のためらいもなく、彼女の命を奪ってしまった。
風邪ひいてぶっ倒れていました。
ようやく調子が戻ったので更新再開です^^;
お待たせしました<m(__)m>