とある科学の魔法士たち   作:過労死志願

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時間切れ

 ヒーローになりたかった。魔法使いになりたかった。

 

 幼いころのその夢を、ずっと持ち続けていた少女――姫神秋沙は、薄れゆく自我の中でそんな幼稚な理想を思い出し苦笑をうかべた。

 

――結局、私は何もできなかった。と。

 

 止まってほしかったアウレオルスの説得に失敗し、

 

 自分のことを心配してくれた友人をむざむざと殺されそうになり、

 

 最後の体を張った説得すら、意にも解されず殺された。

 

――仕方がないよね。彼女はそう思考する。

 

――私は結局なれなかった(・・・・・・)のだから。ヒーローにも、魔法使いにも、誰かを救う立派な存在にも……。

 

 だから、こんな道端の石ころのような死に方も、むしろ当然のようなものとして彼女は受け入れていた。

 

――生まれてきて、生きてきて、死ぬよりもつらい経験なんて何度もしてきた。だから、いまさらこの程度の悲劇で、私は悲しんだりなんかしない。

 

――だから、逃げて……上条君。

 

 この光景を見ているであろう、倒れ伏している友人に、彼女――姫神秋沙は最後に笑いかけようとした。それがせめてもの、魔法使いになりたかった少女の、誰かを救える生き方をしたかった少女の……ちっぽけなプライドだった。

 

 でも、その時姫神は見てしまった。

 

「―――――――――――――――っけんじゃねぇぞ、テメェ!!」

 

 義憤に燃える、当麻の瞳を。

 

――あっ。

 

 心の中にそんな声が響く。

 

 彼は怒っていた。錬金術師の行いにではなく、姫神秋沙という少女がこのまま死んでいくということに対して。

 

 そのことに、死の間際にいた姫神は一瞬息をのみ、

 

――あぁ、そっか。あれが……あの人の姿が……。

 

 暗くなっていく意識の中で、姫神は最後にアウレオルスが救われる道が見えた気がして、小さく笑った。

 

――本当のヒーローの姿なんだ。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「―――――――――――――――っけんじゃねぇぞ、テメェ!!」

 

 幻想殺し(イマジンブレイカー)によって何とか拘束から抜け出した当麻は、弾丸のように駆け出し姫神が倒れ込む瞬間、何とか彼女の体に触れることに成功した。

 

 響き渡るガラスを粉砕する音。魔術という幻想が破砕された音を聞きながら、当麻は両手で姫神を抱え、ギンっ!! とこちらを唖然とした様子で見つめるアウレオルスを睨みつけた。

 

「な……我が黄金の錬成を右手で打ち消しただと!? ありえん。確かに姫神秋沙の死は確定した。その右手、聖域の秘術でも内包するか!?」

 

 彩られた狂気にわずかに見える、研究者としての好奇心。

 

 すべての人間を犠牲にしてでも研究を続けたイカレタ学者(まじゅつし)の視線が、当麻の右手に突き刺さる。

 

 だが当麻は、そんなものはもうどうでもよかった。

 

――姫神が、いったいどれだけテメェのことを心配していたと思ってやがる!

 

 内心で荒れ狂う怒号が響く。

 

――そんな相手に、テメェの八つ当たりを押し付けて、後悔一つしねぇだと!?

 

 インデックスのために戦った男と戦うためらいはもはや完全に消滅していた。

 

 インデックスは純正なヒロインだった。ゆえに、彼女のヒーローはたった一人だけしかいない。

 

 だが、上条当麻は生まれながらのヒーローだった。

 

 理不尽にさらされ、倒れる人がいるのならば、彼は誰であろうと手を伸ばす。

 

「いいぜ、アウレオルス=イザード」

 

 だから当麻は、目の前に立つかつてヒーローだった男と戦う覚悟を決める。それは、インデックスを救えたヒーローと、救えなかったヒーロー、その格の違いが如実に表れた光景だったのかもしれない。

 

「テメェが何でも自分の思い通りにできるってなら――」

 

 息を吹き返し今は眠る姫神を、当麻はゆっくりと地面に横たえながら、

 

「まずは……その幻想をぶち殺す!!」

 

 その拳をふるい戦う、確かな宣言を敵にぶつけた。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 真っ先に手を出したのはアウレオルスだった。

 

「窒息死!」

 

「っ!?」

 

 当麻はその言葉を聞く前にすでに疾走を開始。いつも通りの愚直な突撃ではあったが、それは何かしらの攻撃が正面から来ても、それが異能の力を使う錬金術師からの攻撃である以上、たやすく粉砕する自信がある表れだった。

 

 だが、敵がとったのは自分の呼吸を止めるというえげつない手法。

 

 なんの原因も見受けられないのに、当麻の呼吸が瞬時に止まり、同時にその足も見事に止められてしまう。

 

――おちつけっ! 落ち着けっ! 

 

 内心でそう自分に言い聞かせながら、即座に異能が働いていると思われるのどに右手を滑り込ませ、そこに触れる。

 

 ガラスが砕ける音。呼吸が戻る。だが、敵はこの三年間強力な魔術師たちを退けてきた猛者だ。

 

「感電死!」

 

「っ!」

 

 立て続けに行われるのは全方位からの雷撃による攻撃。

 

 だが、

 

「あいにく、この数カ月で電撃の対応はやり慣れているんだよ!」

 

――あのビリビリに少しは感謝してやっても……いや、やっぱりいい。あいつが喧嘩のたびに爆砕している、電化製品の弁償費用に到達するまでそれは、絶対にやらん。

 

 内心くだらないことをつぶやきながらも、当麻は右手を薙ぎ払うように振るい周囲の電撃をその一点に集中させた。

 

 まるで誘蛾灯に誘われた虫のように一直線にその右手(避雷針)に到達す電撃たち。そして、到達した電撃は、右手に触れた瞬間瞬く間に粉砕され、ガラスの砕け散るけたたましい音を立てながら次々と消滅していく。

 

 その光景を見て、当麻の口元に不敵な笑みが宿った。

 

――やっぱりだ。俺はこいつと戦える! その事実が、当麻の四肢に確かな力を与えていく。

 

 どれだけでたらめなことを起こせようとも、

 

 どれだけ滅茶苦茶な力をもっていようとも、

 

 それは所詮異能の力。当麻の右手の敵ではない! なにより、

 

「言葉が必要っていうのが致命的だったな!」

 

 相手が異能の現象を引き起こすには、必ず《声にして発する》というプロセスが必要なことが、この戦いを通じて大体わかってきた。

 

 アウレオルスが自分を攻撃する際には、必ず言葉による発声がある。それさえ確定してしまえば、攻撃性の異能が完成し発動すまでの時間で、当麻が対策を作り出すことは難しくはなかった。

 

 もとより無駄に鍛えられたスキルアウトとの路上試合や、それ以上の速度で動く錬――そして、とある事件の際には、さらにでたらめな速度で活動する祐一やディーとの戦闘すら経験している当麻にとって、発声というプロセスはあまりに遅く、対応しやすい弱点だった。

 

 だからこそ、当麻は恐れることなく一歩を踏み出した。

 

 力強い足音が部屋の中に響き渡る。それと同時に当麻の全身の筋肉が活動し、矢のように当麻の体を前に押し出す!

 

 使う攻撃は右手の一撃! ありとあらゆる異能的防御を、たやすく貫く絶対の槍! 長年連れ添い、自分に不幸を振りまき続けた……だが、信頼に足る相棒を武器に、当麻はアウレオルスを肉薄する!

 

 だが、

 

「なるほど。真説、その右手、私の黄金錬成(アルス=マグナ)も例にもれず打ち消すらしい」

 

 その光景を見ていたアウレオルスの口が、不気味に吊り上るのを見た瞬間、当麻は思わず背中に悪寒が走るのを感じ、疾走の速度を落としてしまった。

 

 そして、その悪寒は、

 

「ならば、右手で触れられない(・・・・・・・・・)攻撃はどうかな?」

 

「っ!?」

 

 現実となる。

 

「銃をこの手に。弾丸は魔弾。用途は射出。数は一つで十二分!」

 

 アウレオルスの詠唱と同時に彼の手に現れたのは、大昔海賊が使っていたフリントロック拳銃。その古式ゆかしい拳銃は、魔術の力によりレイピアを装填され、弾丸として射出する力を持つ。

 

 そして、恐れていた詠唱が付け加えられた。

 

 

 

「人の動体視力を超える速度にて射出せよ!!」

 

 

 

「っ!!」

 

 気づいたときにはもう遅かった。当麻の頬をかすめ、まるで見えない速度で放たれたレイピアによる一撃が、当麻の背後の壁にめり込み破壊する。

 

 当麻に今の攻撃は対応できなかった。その事実を観測し終えた錬金術師は、有効な攻撃を発見したと笑いながら、

 

「先の手順を量産せよ。十の暗器銃にて連続射出の用意!」

 

 絶望を作り出した。

 

「っ!?」

 

 アウレオルスの両手に顕現する十の剣を装填された暗器銃。それに目を見開き、あわてて回避行動をとろうとした当麻の視界に、

 

「っ!?」

 

 背後で地面に横たわる、ステイルと姫神の姿が確認された。

 

――このまま俺が攻撃をよけたら、攻撃がこいつらに!? と、その恐ろしい結末に行き着いた当麻の動きがわずかに鈍る。

 

 敵は、その隙を逃すような甘い敵ではなかった。

 

「な!? なにをしているっ!!」

 

 ステイルの怒号が響くがもう遅い。

 

「射出!」

 

「っ!?」

 

 当麻の動きがわずかに鈍ったすきを逃さず、射出される音速を超えたレイピアたち。当麻の体を無数に切り裂きながら走るその斬撃は、かろうじて右手の切断を行えなかったが、完全に当麻の動きを封じた。

 

 そんな無様をさらした当麻に、戦闘の専門家であるステイルからの鋭い叱責が飛んだ。

 

「本当にこの戦いに勝ちたいのなら一歩たりともその歩みを止めるな! いいか役立たず! そいつは本当に、世界を思い通りにできるわけなんかじゃ……」

 

 瞬間、ステイルのその言葉に目を見開いたアウレオルスが、素早い動作で自身の首筋に鍼を打ち込み、

 

「弾けろ。ルーンの魔術師!」

 

 瞬間、ステイルの体が宙を舞い、当麻の眼前で爆発四散した。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「は?」

 

 そのあまりに凄絶な光景に、当麻は思わず呆然とする。

 

 爆散された血肉が、彼の所持していたルーンのカードとともに辺りに飛び散り、血管と体幹である骨格だけが残ったステイル。その瞳はいまだにぎょろぎょろと動き、心臓は鼓動を続けている。

 

 明らかに死んだであろうその攻撃。だがしかし、その攻撃を受けた人間がいまだに生きて地獄を味わっているであろうというその光景に、当麻の精神は限界を迎えた。

 

「あぁ……がふっ」

 

 こらえきれず地面に倒れ伏し嘔吐する当麻。アウレオルスはそんな彼の姿を冷然とした瞳で見下し、再び暗器銃を作り出す。

 

「おわりだ、今代……。私が私であるために、貴様はここで死ねっ!!」

 

 だが、まだ当麻の意思は死んでいなかった。

 

 学園都市の学生は、この程度で思考を止めることはなかった。

 

――なんだ? ステイルはさっき何を言いかけた? こいつが本当の意味で世界を自由にできるわけではない?

 

 そういわれれば確かにそうだ。本当に何でもできるのなら、彼はどうしてその力そのものでインデックスを救おうとせず、吸血鬼に頼ろうとした?

 

 いや、百歩譲ってそれが必要なことだったとして、だとしたらどうしてその力を使い「吸血鬼を作り出す」なり「吸血鬼を呼び出す」なりをしなかった?

 

 わざわざ姫神という吸血鬼に対するジョーカーを用意する必要があった?

 

 当麻は試行を続ける。科学の権化である学園都市に所属する身として、この状況を打破するための思考を止めることをしない。

 

 そして、当麻がその答えに行き着きかけたとき、

 

「あっ……」

 

 白銀の光を放つレイピアが、すでに当麻へと到達しており、その右肩に食い込んでいた。

 

「さて、その右手を存分に開くとしよう!」

 

「がぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」

 

 気づく暇もなく右腕を鮮やかに切断され、遅れながらも絶叫を上げる当麻の脳内で、すべてのピースがはまっていく。

 

 激痛を与えられ、生命の危機に陥った土壇場に至って、当麻は漸く答えを出すことができた。

 

――だったらはじめよう。いまは、千載一遇のチャンスだ!

 

 答えを得た幻想殺しは、敵の幻想を殺すために最善の選択を下す。

 

 だから当麻はそのまま立ち上がり、死ぬほどの激痛を必死にこらえながら、何とか口元に笑みを浮かべようとして……。

 

「え?」

 

 紅の閃光に頭部を薙ぎ払われ、外の夜景を映し出していた巨大な窓から塾のビルの外へと叩き出されたアウレオルスの姿を見て、愕然とした。

 

 体中から冷水のような汗が噴き出す。

 

 そう。今の今まで当麻は忘れていた。敵のあまりの強大さに忘れざる得なかった。

 

 この戦いはもとより……制限時間つきの戦いだったのだと。

 

「塾全棟を回っていたから少し時間がかかっちゃったけど……ようやく見つけたわよ、錬金術師」

 

 ガラスの窓から吹っ飛ぶアウレオルスに話しかけるのは、漆黒の女性用スーツに身を包んだ一人の美女。

 

 手には真っ赤に染まった刀身を持つ大剣が握られ、それがアウレオルスの頭を薙ぎ払ったのだと主張している。

 

 当麻のよく知る女性だった。

 

 当麻の学校の教師をしている女性だった。

 

 だが、当麻は一瞬そのことについて思い出すことができなかった。

 

 なぜなら、今の彼女――優しい新米教師として生徒たちに慕われていた、黒沢雪という女性は、

 

「私の大事な生徒を二人も手にかけてくれて……覚悟はできているんでしょうね?」

 

 今まで見たことがないほどの怒りをその両眼に宿し、その名の通りの冷たい表情を、顔に張り付けていたからだ。

 

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