とある科学の魔法士たち   作:過労死志願

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紅蓮の魔女

「まっ!?」

 

 当麻の静止の声を聴くことなく、雪はアウレオルスがぶち抜き落ちて行った窓の外へと身を躍らせた。

 

 右腕を容赦なく切断され激痛に悲鳴を上げた生徒。雪の頭を沸騰させるのに、十分すぎるその光景が目に焼き付いてしまった彼女は、もはやアウレオルスを徹底的に叩き潰すまで止まることができなくなってしまっていた。

 

「覚悟しなさい……錬金術師!」

 

 目を見開きながらこちらを凝視する錬金術師に向かい、雪は落下を開始する。

 

 騎士が苦手とする何の足場のない空中戦闘。だがしかし、雪はその戦場にためらうことなく身を躍らせた。

 

 なぜなら彼女は、《最強の騎士》であったからだ。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

――なんだこいつは!?

 

 突如現れた紅蓮の軌跡を描く女の姿に、アウレオルスは愕然としながら激痛の走る顔を抑える。

 

 今の一撃で頭がい骨に損傷でも負ったのか、激痛がいつまでたっても引かない。鼻の骨もどうやら折れているようだった。

 

 怒りが彼の脳内を埋め尽くす。

 

――ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなっ!! 黄金錬成(アルス=マグナ)に至った私を! もう嫌というほどの《痛み》を味わった私を!! さらに痛めつけようとでもいうのかっ!!

 

 理不尽な世界を呪い、それ以上に激怒するアウレオルス。その思考はすでにまとまりなく散逸しており、まともな思考回路を作り出してはいなかった。

 

 だからこそ、アウレオルスは決断する。先ほど雪が突如として眼前に現れたという事態も、その攻撃が全く見えなかったという事実も、すべて無視して自分の《最強》を支える力に無造作に縋ってしまった。

 

 鍼を首に差す。

 

 口を開く。

 

「死……!!」

 

 瞬間、再び眼前に現れた雪の振るった紅蓮の大剣が、アウレオルスの体を打撃しその言葉を強制的に止めた。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

【《身体能力制御》発動。容量不足。《自己領域》強制解除】

 

【運動能力を80倍で定義】

 

 自身の体にまとわれていた半透明の幕が消え、一瞬世界が元の速さに戻る。その瞬間、再び行われた身体加速によって減速する世界。

 

 普通の人間が体験すればあまりの不自然さに嘔吐感を覚える光景を、なんでもないような景色を見るように眺めながら、雪は無様に口を開いているアウレオルスの体に愛剣――《紅蓮》を叩き込んだ。

 

「騎士相手に言葉で発動する魔術を使うだなんて……ふざけているとしか思えないわね」

 

 基本魔法士として数えられる三つの能力。その中でも、こと一対一の状況に至っては、騎士の戦闘能力はけた外れと言ってもいいものだった。

 

 オールマイティーな性能を発揮する、エントロピー制御能力者《炎使い》。

 

 誰よりも一般人を殺し尽くす作業――虐殺に特化した、仮想精神体制御能力者《人形使い》。

 

 そして、あらゆる存在と一対一で勝負した場合の絶対的勝利をもぎ取るための戦闘のエキスパートとして造られた、運動エネルギー制御能力者《騎士》。

 

 騎士はその制作コンセプトを実現するために、自身の戦闘理念の基本として真っ先に教えられる、ある言葉があった。それは、

 

 

 

『言葉を発する暇すら与えず、

 

呼吸をする余裕すら与えず、

 

鼓動を刻む時すら与えない。

 

その最速の剣をもって、標的に何もさせずに切り裂け』

 

 

 

 雪はその言葉を体現するにふさわしい性能をもっていた。通常の行動すら音速を超える圧倒的な加速に、光にすら到達する速度を彼女に与える自己領域。

 

 その彼女が本気を出せば、錬金術師が言葉を発する前にその体に攻撃を到達させるのは造作ないことだった。

 

 言葉の代わりに血反吐を吐き、さらに落下速度を加速させるアウレオルス。そんな彼に追いすがろうと、雪がビルの壁面に足をつけたときだった。

 

「き!!」

 

 アウレオルスの口が言葉を刻んだ。

 

――気? 木?

 

 意味不明な言葉の発生に、思わず行動を一瞬だけ止める雪。だが、その判断が彼女を救った。

 

 彼女が一直線に、アウレオルスに向かって飛びかかるはずだった軌道上にあった空気が突如として歪み、大気の障壁を作り出してしまったからだ!

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「がはっ!」

 

 血反吐を吐きながら、アウレオルスは再び離れていく紅蓮の大剣を持つ女を睨みつけた。

 

 大量の血を吐いたせいか、いまのアウレオルスの思考は何とかいつも通りの落ち着きを取り戻していた。

 

 そして、その優秀な頭脳が先ほどの光景を見て敵が一体何をしたのか彼自身に教えてくれる。

 

――愕然。敵の能力は加速。それも先ほどの暗器銃の弾速など比ではない、超常的な速度への加速か!!

 

 正直これほどの速度で動けるのは世界中探しても《聖人》ぐらい。それもただの聖人ではなく、化物ばかりの聖人の中ですら、五本指に入るとされる人類の枠組みに入れてはいけない類の聖人だけだ。

 

 自分がそれに敵対していると悟った瞬間、アウレオルスは必死になって以前考えていたそういったやからに対する対応を思い出す。

 

 アウレオルスも馬鹿ではないのだ。詠唱という弱点が存在する以上、言葉を発するよりも早く動ける連中がやってくれば、自分が積んでしまうことくらい誰よりもよく理解していた。

 

 しかもアウレオルスは、聖人などいつでも派遣できる世界最大の十字教勢力に狙われていた男だ。今まではこちらのことをなめていたのか、聖人をけしかけられることはなかったが、アウレオルスがグレゴリオの聖歌隊まで弾き返したことを知れば、ローマ正教は確実にアウレオルスに対し聖人を使ってくるだろうという予測は容易に立てられた。

 

 だからこそ、アウレオルスは聖人に対する対策を怠ってはいなかった。

 

「気!!」

 

 だからこそ、アウレオルスは必死に日本の言葉を学んだのだ。姫神秋沙とのコミュニケーションの為だけにおぼえたのではない。

 

 日本語というものは特異な言語形態である。

 

 何よりも特殊なのは、たった一言の言葉に無数の意味を乗せることができることだろう。

 

 たとえば先ほど発した『気』という言葉は、東洋思想である大気や自分の体をめぐるエネルギーを指すこともあれば、自分自身の意識を指すこともある言葉だ。『気を巡らす』『気をしっかり持つ』などといった言葉からもそのことは解釈できた。

 

 そして、その『気』という言葉を含む文字には『空気』『大気』という空間そのものをさす言葉もあるのだ。

 

 アウレオルスは必死にその言葉の中から空間を指す意味を抽出し、自分が思い描く光景を作り出すために黄金錬成(アルス=マグナ)にたたきつける。

 

 成功した。

 

 自分と聖人じみた女をさえぎる空間の揺らぎの壁。それを確認した瞬間、アウレオルスは不敵な笑みを浮かべた。

 

――必然。私はまだ抗えるかっ!!

 

 一言で無数の意味を持つ日本語覚えることによって作られた絶対的なアドバンテージ。一言詠唱による黄金錬成(アルス=マグナ)の速攻発動。それがアウレオルスの考えた聖人対策だった。

 

 もとより黄金錬成(アルス=マグナ)の言葉に発するという詠唱プロセスは、自分が思い描く現象をより明確かつ、自分にとっても(・・・・・・・)わかりやすくするためだけの儀式だ。

 

 意味さえ分かり、それによって自分の理想が補強できるのであれば、長々と詠唱する必要はない。その考えを証明できたことにほくそえみながら、アウレオルスはいまだに危機的な時分の状況を打破するため必死に頭を巡らせる。

 

――とはいえ、やはり長文を使い意味を補強した方が、出力が安定するのも事実。あの空間の壁も長くはもたない。

 

 と敵は触れてすらいないのにゆらゆらと揺らぐ空間の壁を見つめながら、アウレオルスは続けざまに言葉を重ねていく。

 

 壁が自分を守ってくれている間に、一つでも多くの攻撃を敵に送り届けるためだ。

 

()!!」

「矢!!」

「火!!」

「射!!」

「止!!」

 ・

 ・

 ・

 

 鎖が飛来し、雪の体を縛ろうとする。

 矢が顕現し、雪の体を穿とうとする。

 炎が現れ、雪の体を焼き尽くそうとする。

 見えない弾丸が縦横無尽に駆け廻り、雪の体を穴だらけにしようとする。

 トドメと言わんばかりの静止の言葉が、さらに雪の行動を阻害した。

 

 そのすべてが、先ほどまでアウレオルスが振るっていた力に比べると、羽虫でも飛んでいるようなちゃちな攻撃だった。静止の言葉に至っては、魔術耐性どころかソコソコ筋力があるものならば、力づくで抜けだせる程度の物。

 

 だがしかし、問題はその数だった。

 

 怒涛のように舞い踊る無数の攻撃達は、それだけで一種の雪崩のような光景を作り出している。しかも、雪の全方位を取り囲むようにだ。

 

「厳然、幾ら貴様が信じられぬ速度で動けようとも、これは避けることはできまい! そのように作り上げた牢獄だ!!」

 

 無数の攻撃による殺傷性を持つ牢獄。それによって完全に姿が隠れてしまった雪を笑いながら、アウレオルスはようやく余裕を取り戻し、

 

「浮遊せよっ!!」

 

――戦いは終わった。と、今頃無数の攻撃に体を射抜かれ、死んでいると思われる雪から目をそらし、落下を続けていた自身の体を何とかするべき言葉を紡ぐ。

 

 が、

 

「何をしているのかしら?」

 

 《騎士》を相手に目をそらすなんて? と、そんな声が聞こえた瞬間、アウレオルスの背中に悪寒が走り、

 

「っ!?」

 

 彼は再び、紅蓮の閃光に薙ぎ払われた。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 自分に向かって全方位から襲い掛かってくる無数の攻撃を見て、

 

「……」

 

 雪は小さく鼻を鳴らした。

 

――この程度で私がどうにかできるとでも思ったの?

 

 内心でそう吐き捨てながら、雪はその言葉を事実にするため剣をふるう。

 

 まずは眼前まで来ていた、自身を縛ろうとする鎖に《紅蓮》をぶつける。切断する必要はない。接触さえしていれば、騎士の固有攻撃は発動する。

 

【《情報解体》起動】

 

 脳裏に踊るのは絶対の物質破壊攻撃の起動確認。

 

 その文字と同時に鎖は分子の粒へと変換され、砂のように飛び散り消え去る。

 

 雪は、その粒子の粒のうち一つを……掴み取る(・・・・)

 

【《身体能力制御》】

 

 脳内にあるIブレインが圧倒的処理速度で雪の体内の運動エネルギーを改変する。それによって引き起こされるのは、分子単位の粒子すら体を支えることができる足場に変えてしまう、超常的体術。

 

 雪の次に騎士の適性があった祐一ですら、ここまでのことはできない。

 

 雪にだけ許された、騎士の中でも人外的実力とシオンに評価された所以。

 

 雪の異常はそれだけでは終わらない。

 

 分子の砂を掴み取りそれを支えに体を上に押し上げた雪は、紅蓮の柄の端をつかんだだけという全くでたらめな剣の握り方をしながらも、指のスナップだけで紅蓮という大剣をふるった。

 

 むろん、通常の人間ではそんなことはできない。できたとしても、十分な運動エネルギーが得られず、その剣が対象を斬撃しえるだけの力を得ることができない。

 

 だが、雪は【運動エネルギー制御】の天才だった。

 

 全身の力を瞬間的に指先に集め、異常加速させたそのスナップは、鉄すら引き裂く速度を紅蓮に与え雪に襲いかかろうとしていた攻撃たちの一部を斬り飛ばす。

 

 それで再び雪が逃れるための隙間ができた。

 

 分子の砂の上に体を押し上げ終えた雪は、再びその隙間に体を滑り込ませながら斬撃。

 

 無数に空中を飛び散る破片を足場に、さらに圧倒的密度の攻撃の中を進んでいく。

 

 それはまるで宙を舞う天女のように美しい舞踏だった。

 

 だがしかし、その実態は無数の紅蓮の斬撃を躍らせる殺戮の舞踏だった。

 

 魔女――人をたぶらかしくらう怪物。彼女はその称号にふさわしい光景を、今作り出していたのだ。

 

 その光景を見た敵対者たちは、畏怖を込めて彼女をこう呼ぶ。

 

 

 

《紅蓮の魔女》

 

 

 

「はい、おしまい」

 

 雪の体感時間的に数秒後。現実の時間的には0,01秒にも満たない時間で、アウレオルスが必死に作り上げた高密度攻撃の檻はあっさりと破られ、雪は再び空中に顔を出す。

 

 彼女が視線を向けた先には、自信に魔術をかけでもしたのか空中で姿勢をただし、落下の勢いを殺そうとするアウレオルス。

 

 そんな彼に向かって、

 

「どこを見ているの」

 

 雪は切り飛ばした攻撃を足場にし、落下するように跳躍する!

 

「まだ私の生徒を傷つけた落とし前……つけてもらていないわよ!!」

 

 雪のアウレオルス到達は数秒もかからなかった。

 

 雪とアウレオルスの間に立ち、雪の進軍を阻んでいた空気のゆがみは、紅蓮の情報解体によって瞬時に雲散霧消する。

 

 到達と同時に紅蓮をふるう雪。

 

 アウレオルスの体が、再び打撃され大きくゆがんだ。

 

「っ!?」

 

 アウレオルスの顔が悲鳴を上げる形と、驚きを示すものに変わるところを見ながら、雪はさらに紅蓮を構える。

 

「もう、詠唱の暇なんて与えないわ」

 

 たった一言の発声すら許されない連撃を、アウレオルスに叩き込んだ。

 




 原作二観は次回で終わる……はずなんだけど……
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