あの事件から数日が経った。
自分のクローンを使った実験が行われていると知った御坂美琴はいま……。
「さて、いくわよ……」
目の前に見える巨大な研究施設を、親の仇でも見るような憎々しげな、しかしどこか憔悴しているような瞳で睨みつけていた。
学園都市最強の能力者である一方通行に、自分のクローンであり、だが確かに生きているミサカシスターズを二万体殺させることによって、一方通行をレベル6へと変貌させるイカレタ実験。その実験を止めるため、美琴は現在その研究に加担している研究施設をしらみつぶしに破壊しているところだった。
「絶対止めてみせる……」
――あの子たちをこれ以上殺させたりなんかしない。
固い決意を胸に秘め、美琴は再び夜の街へと跳躍する。
…†…†…………†…†…
だが、統括理事会の許可を得た実験を行っている学園都市暗部が、いつまでも美琴の襲撃を許すわけもなく、
「はぁ~。こっち一人で引き受けるなんて言っちゃったけど、本当に来るんでしょうね~?」
爆弾が詰め込まれた人形を手に、その研究所に潜む少女はつぶやく。
学園都市最暗部実働部隊《アイテム》構成員――フレンダ。
なかなか敵がやってこないことに退屈していた彼女は、行儀悪く床に寝ころびながら人形をもてあそんでいた。
その姿は年相応の少女にしか見えない。その手に持っている人形に、人間一人程度ならたやすく殺傷する爆発物さえ詰め込まれていなければ。
そして、そんな少女の姿は、
「ん?」
ピピっ。と鳴り響いた端末からの知らせを受けた瞬間、凶悪な笑みに切り替わった。
「おぉっ!? 来た来た来たキタ―――――――――!! やったぁ! これも日ごろの行いってわけよっ!!」
その笑みは、暗部に深くつかりこんだもの特有の暗い、凶悪な肉食動物と同じ雰囲気を持っていた。
…†…†…………†…†…
そのころの、常盤台のとある学生寮。そこにある自分に自室でクレアに以前プレゼントされたアメリカ製の巨大テディベアを抱きしめながら、困ったように眉をゆがめていた。
「御坂さん……最近様子がおかしいです」
最近の友人間での共通認識である、自分の頼れる先輩の異常にセラは少し困ったような顔をしながら、ため息をついた。
――御坂さん、何かを隠しているのはわかりきっているんですけど……。
あんなわかりやすい辛そうな気持ちを押し隠した笑みを浮かべられては、むしろ気づくなというほうが難しい。
だが、ほかの友人たちは彼女がその事実を話さないのは何か理由があるんだろうと、心配しながらも美琴がその秘密を話してくれることを待つという結論を出していた。
だが、セラは思っている。それでは不十分ではないかと……。
彼女は知っているからだ。錬とフィアを学園都市から助け出す際に、母とディーたちが一体どれだけの無茶と無理を重ねてきていたのかを。
ディーに至っては作戦が終わった時にフィアの前に現れた時は、両手両足はとある情報制御で無理やりつないでおり、Iブレインの停止が死と直結しかねないようなありさまだった。
だからセラは誰かを助けることを躊躇うことは、もうやめると誓ったのだ。
――白井さんや、佐天さん、初春さんはきっとどこかで思っているんだ。学園都市
むろん、セラもミサカを信頼していないわけではない。だが、
「御坂さんが死んでからじゃ、遅いんですよ……」
自分がだれよりも強いと信じて疑わなかったディーが、血まみれになって自分の前に倒れ伏したあの日、セラはたとえどれだけその人が強くて、負けないって信じていても人はきっと簡単に死んでしまうと、そんな世界の真実を知ってしまっていた。
だから、
「お母さん。ごめんなさい……」
母の言いつけを守らなかったことに小さく謝罪をしながら彼女はIブレインを起動し、ネット回線に接続する。そして、
…†…†…………†…†…
「あっぶな!?」
警備員本部のパソコンを使い、常盤台の領の監視カメラのハッキングをし、娘が映っている映像を抜き出しながら鑑賞用フォルダに保存していたレノアは、突如として寮から発信された圧倒的な演算速度の情報改竄を感知し悲鳴を上げた。
これほどの速度の圧倒的情報侵略は、まず間違いなくIブレインによるハッキングだ。つまり、この行為の主犯は自分の娘セラ。
――悪いことなんか絶対できない性格の彼女にこれほどのことをさせるなんて、いったい何があったの!? と、心配を隠せない顔をしながらもレノアは己の、警備員としての職務を速やかに執行する。
すなわち、Iブレインを使ったセラのハッキングの阻止だった。
電子戦は苦手な部類に入るレノアだったが、高々数か月前に能力に目覚め、いまだにもてあましているようなセラとでは年季が違う。
初動遅れたためいくつかの情報は拾われてしまったが、それ以外の情報は完全に防御し、セラのハッキングを完封してやった。
すごすごと帰っていくセラのハッキングプログラムたちにため息をつきながら、レノアは一仕事終えた職人の顔で、買い置きしてあったコーヒーの缶のプルタブを開ける。
「でも、セラはいったいどうしてこんな真似を……」
――あの子のことだからきっと何か理由があるんだろうけど……。と、自分の娘が犯罪に手を染めかけたことにわずかな不安を覚えた彼女は、セラがかろうじてかすめ取っていった情報を調べてみる。
そこにはこんな文字が書かれていた。
《病理研究所》
「ここに何かがあるの?」
レノアは思わずといった様子でそうつぶやきを漏らし、参ったといわんばかりに頭をかいた。
「仕方ない。ちょっと見ってみるとしま……」
そして彼女が椅子から立ち上がり振り返ると、
「………………………………………」
自分の背後にはにっこりといい笑顔を浮かべた警備員の先輩――黄泉川愛穂が立っていて……。
「え、えっと……先輩? いったいどのあたりから見てました?」
「あんたが常盤台の監視カメラの映像を我が物顔で手に入れているとこからじゃん」
「あぁ……そこからですか……。ちなみあの電子世界における鮮やかな攻防戦に免じて減刑とかは」
「私にはそう言ったことはわからんじゃんよ。だがわかっていることもあるじゃん。常盤台の監視カメラを証拠品として押収していいっていう許可が出てないこととか?」
「あ、あはははははははははははははははは!」
「ははははははははははははははははははは!!」
必死に愛想笑いを浮かべじりじりと後退するレノアを、いい笑顔を浮かべたまま追い詰めていく愛穂。
そして、
「ちょっとこっちくるじゃん、レノア?」
「い、いや……ちょっと私これから諸用が」
「安心するじゃん。すぐ終わる……お前が」
「なに、なにされるの私っ!? 勘弁して、先輩!! これには深いわけが……」
そんな悲鳴は何の役に持たず、レノアの頭上に愛穂の盛大な雷が落ちた。
…†…†…………†…†…
「あぁ? フレンダのところに来たのか?」
研究所襲撃。顔も知らないやたら甘い女の声をした携帯電話の相手から送られてきた情報に、防衛目標である二つの研究所のどちらにもすぐに駆けつけられるように待機していた、学園都市
「あのバカ。ギャラ目当てに私らへの報告を遅らせたな……!」
「大丈夫。私はそんなフレンダも応援している」
「そうかよ」
能力と似たような感じで妙なもの受信しているとしか思えない自分のレーダー役――滝壺理后のセリフにいい加減に返事を返しながら、麦野は車の運転席を蹴りつけ。
「出せ。大至急……病理研究所だ」
「は、はいぃいいいいいい!?」
麦野の迫力におびえながら、運転手をしている下っ端ヤンキーはめいっぱいアクセルを踏み込み、車を急発進させた。
そんな車内で不機嫌そうな顔をそのままに車からのぞける研究所をにらみつけた。
その時、
「ん?」
その研究所に向かって空を一直線に飛来する物体を麦野は見つけた。
それはまるで人のような形をした物体。
いや、というか……。
「人間だな……ありゃ」
12の結晶体を従えた少女がまるで鳥か何かのように空を浮遊し一直線に研究所に向かっていた。
――空を飛ぶ能力者だと?
いないわけではないが珍しい。それに、もしも自分の体を空に浮かせて自由自在に飛ばせるほどの出力を出せる能力者ならレベル4は堅い実力者だ。そのことを知っているがゆえに、麦野はさらにその戦場で起こっている事態にきな臭さを感じていた。
もとより正体がわかっているくせに襲撃者を正体不明と断じるような、胡散い依頼ではあったが、ここでレベル4級の能力者の介入まで行われたとなると、そのきな臭さは跳ね上がってくる。
「どこぞの暗部下部組織の抗争か……。それとももっとやばい件なのか?」
――まぁいいさ。と、そこまで考えた麦野は、情報がそろっていない段階で考えることじゃないといったん思考を打ち切り。
「どっちにしろ敵なら襲撃者もろとも潰すしな」
学園都市の絶対強者としての自負が感じられる言葉を発し、鼻を鳴らした。
…†…†…………†…†…
「どういうことですか?」
電話回線を通じミサカの携帯端末をハッキングし、完全に破壊しつくされた履歴から何とか部分的に復元した文字をたどりセラはこの場にやってきていた。
《病理研究所》
もともと筋ジストロフィーの治療研究が有名な研究施設の一つなのだが……。
そこは今戦場と化していた。
断続的に走る振動と、鼻につく火薬のにおい。
それを研究所に空から降り立っただけで感じたセラは、あわてて携帯を取り出し警備員と風紀委員に連絡を取ろうとするが、
「っ!? そ、そんな!?」
彼女の携帯が示したのはむなしい圏外の文字だった。
――どうして!? こんな街中で圏外になるなんて、普通なら絶対にありえないはずなのに!?
当然襲ってきた理不尽すぎる状況に、一瞬焦燥の表情を浮かべたセラだったが、
「っ!?」
研究所の下のほうで迸った青白い雷光にセラは一瞬固まった後、
「そ、そうだ……御坂さんっ!!」
自分の友人がこの研究施設にいる可能性があることを思い出し、表情を引き締め研究所の中に飛び込む。
自分の武器である12の結晶体を従えた光使いが、学園都市の闇に触れた瞬間だった。