麦野沈利は自分が放った攻撃がねじまげられる感触を覚え、首をかしげる。
「
そんなことができる能力者など限られている。
何せ麦野は学園都市に8人しかいないレベル5の一人。彼女の能力に干渉するとなるとそれ相応の演算能力が必要だ。つまり、レベル5級の演算能力が。
その中でも自分の能力を曲げることができる能力者で彼女が知り得ているのは3人。
第一位・一方通行。
第二位・未元物質。
だがこの二人は暗部を知る人間たちだ。わざわざ学園都市から防衛を命じられる研究所をしらみつぶしに回るような無駄なことはしない。
万が一の可能性として、できそうな人物としてならあげることができる第七位・最大原石がいるが、あちらはいろんな意味で規格外らしく、何ができて何ができないのかが一切不明なためこの際可能性からは省くが……だとするなら、自然と選択肢は限られる。
第三位・超電磁砲。
自分のすぐ上に存在する目の上のたんこぶ。
「ははっ! なるほどねぇ……」
そのことに思い至った瞬間、麦野の口元には猛獣のような凶悪な笑みが浮かんでいた。
お嬢様らしい端正で整った顔立ちが凶悪にゆがむ。ようやく正体が見えた敵の名前に彼女の闘争者としての本能が刺激された。
「フレンダ。あんたは滝壺を連れて絹旗と合流しなさい」
「え?」
確実に押している状況での突然の撤退命令に、フレンダは驚きの声を上げ、滝壺もまだやれるのに? という疑問の色を瞳に浮かべていた。
だが、麦野としてもここで彼女たちに引いてもらわないといろいろ困る。
おもに自分のプライド的な問題で……だ。
――数で圧倒して勝ちを拾ったなんて考えられると癪だしね。
「どうやらこいつ結構やるみたいだし、あんたたちを守りながら戦うのはしんどいわ。それに滝壺の能力も結構無理筋な力。できれば乱用は控えたいのよ」
「……そ、そういうことなら」
麦野の舌先三寸にあっさり言いくるめられたフレンダは、そのまま申し訳なさそうに滝壺の手を取り研究所を出ようとして、
「あ、あの……麦野」
振り返り告げる。
「足引っ張ってごめんね?」
その顔には珍しいことに純粋な謝罪の色が浮かんでいる。
――さっき助けられたのを気にしてんのかしら? らしくない。
と、いつもなら保身と言い訳の色がわずかながらににじみ出るはずの瞳にそんな色が微塵も見えないことに驚きながら、麦野は苦笑を浮かべながらその頭をポンポンと叩く。
「別に気にしちゃいないわよ。あんたのおかげで相手も虫の息みたいだしね。後詰は絹旗に任せて休んでなさい」
そういって二人に背中を向けた彼女は、二人の驚いたような視線を背に感じながらもそれを封殺し、まっすぐに敵に向かって突き進んでいく。
「さぁて……覚悟はできたかよ」
先ほどとは違う若干乱れた口調を漏らし、
「常盤台の
自分の地位向上のため、うっとうしい小娘を叩き潰しに行くのだった。
だが、数分後彼女が出会った敵は彼女が求めていた敵の姿ではなかった。
「あぁ?」
――どういうことだ。と、麦野が告げる前に、
「ご、ごめんなさい」
敵からの謝罪が飛ぶ。
「何が?」
「こ、これからあなたを傷つけるから……」
そんな見当違いの謝罪をしてくる敵――真っ白な上着と、青色の動きやすそうなホットパンツをはいた、はちみつ色の髪を巻いたポニーテールにした少女――に、麦野は思わず、
「くはっ……!」
爆笑をしかけて抑え込んだ。
――ありえない。なんだ、こいつは!?
「これから人殺しすら当然って戦いをするのに……そんなくだらない理由で謝罪するとか、マジで言ってんのか!?」
ありえない。ありえない。ありえないうえに……気に食わない。
「なめてんじゃねーぞ小娘っ!!」
「っ!?」
何の合図も、何の予兆も見せることなく、麦野は少女に自身の最大攻撃である原子崩しを叩き込んだ!!
「超電磁砲になに頼まれたのかはしらねぇが、てめぇみたいな木っ端能力者が私に勝てるわけがねーだろうがぁ!!」
敵――少女の顔を麦野は覚えていなかった。暗部に入る際強力な能力者の顔は暗部権限で一通り覚えた麦野が、覚えていなかった。
つまり、少女の能力はその程度ということ。レベル5の自分が相手をする必要など断じてない。
少女に向かって叩き込まれたあいまいな電子たちは瞬く間に爆炎を作り上げ少女の姿を包み隠す。
だが、それでも麦野は攻撃の手を緩めない。原子崩しの連射をとどめず、間断なく攻撃を続ける。
「ふざけやがって! 私を誰だと思ってんだあのクソガキガッ!!」
それほどまでに彼女は怒り狂っていた。自分など相手にする必要はない。第三位にそう言われた気さえ麦野はしていた。
――人がせっかくサシで勝負してやろうって言ってんのに、
「てめぇが水差してんじゃねぇぞ、
最後にそう怒声を上げ、トドメと言わんばかりに今までとは比較にならない太さを持つ閃光が、爆炎の中に叩き込まれる。
通路の広さの関係上、けっして回避は不能な攻撃。
だが、
「っ!?」
麦野は確かにその光景を見た。
その閃光に薙ぎ払われた爆炎の中で、若干顔を青ざめさせながらも無傷のままで佇む少女の姿を。
そして、彼女の前の飛び出してきた正八方形の結晶体が、ものの見事に麦野が放った閃光の軌道を捻じ曲げ、彼女の体に当たらない軌道へとそらしたのを。
「あぁ? なんだそりゃ?」
――いったい何をしやがった!?
驚きのあまり目を見開く麦野に、少女――セラは顔色が悪いままそれでも毅然とした視線を麦野に向け、
「あ、あのっ……痛いですけど、許してください!!」
そういってD3をはべらせる。
瞬間麦野の脳内にけたたましい警告音が響き渡り、彼女は無様に地面に転がりながら紙一重でその一撃をよけた。
自分の攻撃と比べると明らかに細い槍のような閃光。
それが一瞬で八本射出され、麦野が立っていた空間を串刺しにし、背後にあった研究施設の壁に風穴を開ける。
「なっ!?」
――私と同じ攻撃? いや違う。電磁力学的能力は感知できなかった。
内心で必死にそう考えながら麦野は慌ててその場から飛び起きセラから距離をとる。
瞬間、麦野が先ほどまで倒れ込んでいた通路に轟音!
彼女の四肢を打ち抜くように配置された閃光が、再び研究所に穴をあける。
そして麦野は気づく。
その閃光が、麦野がよく研究比較されていたとある架空兵器の攻撃に似ているのを。
その名も、
「荷電粒子砲かっ!?」
――バカなっ!? あれを実現するのにはどれだけのエネルギーが必要だと思ってやがる!? もしそんなエネルギーが用意できるのなら、こいつは間違いなくレベル5級の!!
麦野がそう思考をしている間にも、敵の周りをはべる結晶体たちは動きを止めない。
そして、
「いってぇええええええええ!!」
「っ!!」
悲鳴のようなセラの声と共に、再び閃光が空間を迸った!
…†…†…………†…†…
【『D3』A-L:Lance射出】
脳内に命令が浮かぶと同時に、自分の周囲を旋回していたD3すべてから荷電粒子が解き放たれる。
鉄だろうがなんだろうが関係なく、すべてを貫く防御不能の絶対槍。おまけにその速度は光速なため、発射タイミングを事前に読んでいないと回避することすら不可能な強力な攻撃だ。
D3内部によって行われた局所的空間制御により加速された荷電粒子を射出する攻撃で、その威力だけならば、某新世紀ロボットアニメのものと遜色ない。
彼女の母親が「セラは優しいから、絶対使っちゃだめよ?」と、優しい娘が誰かを傷つけてしまい、自分自身も傷つくのを心配し使用を禁じた光使いの絶対攻撃能力。
だが、セラはそれをためらうことなく使った。
狙いは生命維持に関係のない太い血管などが走らない四肢の一部に定めたとはいえ、誰かを傷つけてしまうという事実に泣きそうになりながらも、それでもセラは引き金を引くことをためらわなかった。
――私がここで負けたら、御坂さんは今度こそ私たちに頼らなくなる!! 友達を傷つけないように。私が全部悪いんだからって!!
そんな思いは絶対にさせたくなかった。助けに来たはずなのに、彼女を傷つけてしまうなんて無様なまねは、絶対にしたくなかった。
だからセラは、自分の心の痛みを封殺し戦う覚悟を決めていた。
ディーがよく言っていた言葉が彼女の脳裏に浮かぶ、
――たとえ僕が何千何万人の血に汚れようとも、君の居場所を必ずつくる。
自分が死にかけているくせに、それでもセラに笑いかけてくれたあの笑顔を思い出し、セラは涙がたまった……しかし揺らがぬ力強い視線で敵を見据えた。
そう。戦いはまだ終わっていない。
「ふざけてんじゃねぇぞ……」
彼女の眼前には光り輝く円形のエネルギー体。高速回転させられた曖昧な電子は、セラが放った荷電粒子すら巻き込み、粉砕していた。
理論としては同じ、どちらも電子を制御しそれを高速加速し相手にたたきつける攻撃。
セラの荷電粒子砲が、麦野のメルトダウナーによって防がれるのはある意味想定内と言っていいだろう。セラの攻撃は全く無意味だった。
だが、それでも……プライドの高い麦野の敵意を稼ぐのには十分。麦野が木っ端と見下していた能力者が放つには、その攻撃はあまりに高度で……あまりに破壊力が高すぎたからだ。
「いいぜ、認めてやるよ。あんたが私に敵対するに足る能力をもっていることを……。私を傷つけることができる力をもっていることを。だから……私の気に障ったことを償えよ」
そこで麦野は言葉を斬り、
「っ!!」
セラが思わず悲鳴を上げかけるほど歪んだ、凶悪すぎる殺意が浮かんだ笑顔を向けた。
「ブ・チ・コ・ロ・シ・か・く・て・い・ね?」
学園都市最高が本気の殺意を放ちながら、幼い光使いを圧殺しにかかる。
…†…†…………†…†…
「あぁ~ひどい目にあった」
夜の学園都市をのんびりと歩きながら、警備員――レノア・E・クラインは寮によってもってきた外套を片手にそんな愚痴を漏らす。
黄泉川に違法ハッキングがばれてから数時間。彼女は「
――まったく先輩もお堅いわね。娘を心配する母親の気持ちが全然わかっていないんだから、あの独身いきおくれ女。
黄泉川が聞けばブチギレそうな身勝手なセリフを吐きながら、母親の強権を振りかざす性質の悪い
だが、そんな戯言も、
「さて……」
彼女が外套をかぶった瞬間に無くなる。
「行きましょうか……」
声は冷淡に、平坦に。何の感情も映さないものへ。
そして、その声と同じように外套が突如すけ始める。
情報制御理論によって作られた偏光迷彩が施された外套。それがその外套の真の姿。
同じように情報制御が施され頭全体を迷彩してくれるフードを目深にかぶったレノアは、Iブレインの状態チェックによって自分の全身が完全に迷彩されたのを確認し、小さくつぶやく。
「たしか……病理研究所だったわよね?」
――残業手当出るかしらね……。と、もとより無償で働いている
「セラ……変な事件に巻き込まれていなきゃいいけど」
娘を心配する言葉を一つだけ告げ、彼女は夜の学園都市の空へと飛びあがった。
…†…†…………†…†…
――ちっ……。
濁った白色の少年は、忌々しげに舌打ちを漏らす。
――つまらねェ。
今日も今日とて眼前で、人間未満・食物以下の肉塊になり果てた少女を見下した後、少年は踵を返しその場をあとにする。
後片付けはこの実験の責任者たちの仕事だった。彼が気にすることではない。
たとえ数メートル上の壁にすら飛び散ってしまっている血液があろうが、裏路地のあたり一帯に人間のパーツがバラバラになって飛びちっていようが、彼にとっては関係がない。
だが、そんなとき。
「片づけに参りました。と、ミサカは淡々と万が一の勘違いもないように自分の職務内容を告げます」
「……………………………ちっ」
目の前にあの少女が現れるのとみて、少年はさらに忌々しげな舌打ちを漏らす。
「そォかよ」
自分の進路に立ちふさがるように現れた少女を押しのけ、少年は裏路地を進む。
――俺がこいつを殺すのはいつになンだ? という、心配にも似たくだらない疑問を抱いてしまった自分自身が、何よりも忌々しかった。
更新再開!!
遅れてごめんねぇえええええええええええええええええええ!?