「っ!!」
イルは目を開いた瞬間、電気が消された薄暗い一室に閉じ込められていることに気付いた。
「……くっそ、あの腹黒軍師。本気で俺のこと拘束しよった」
なんやかんやで最終的には人助けに動く軍師だと思っていたが、どうやら今回はイルの予想が外れたようだった。
だが、だとしてもイルはかまわなかった。
「もともといっぺん喧嘩別れしたような連中やし……そりが合わんのやったら勝手に動いたらええやろ」
そう吐き捨てながら、窓から射すわずかな月明かりを頼りにイルは立ち上がり、わずかに違和感を覚える首筋に触れる。
そこには覚えのない黒いプラスチックの箱が皮膚に埋まるように設置されている。おそらくこれが真昼の言っていたノイズメイカーだろうとあたりをつけ、イルはそれを引きちぎろうとするが、
【警告:ノイズメイカーの強制切除行為を確認。行為継続の場合ニューロン細胞破壊ノイズが最大出力で展開されます。ただちに行為を停止し、拘束状態へと戻ってください】
などという文章がIブレインから送られてくるが、
「――」
――知らんわ。はっきりと目でそう告げながら、イルがそのノイズメイカーを引きちぎりかけたときだった。
「いやいや。お前いくらなんでも覚悟決めたら勢い良すぎだろ?」
背後から突然かけられた声に目を見開くイルをしり目に、鮮やかな銀色の閃光が縦一閃。イルの首筋をなぞるような軌道で振るわれる。
それによって綺麗に切り取られたノイズメイカーは一瞬にして活動停止する。それこそ脳神経にノイズを流し込んでイルの神経を焼き切るような暇すらなく。
そんなことができるのはこの寮ではわずかにわずか4人。そして、その中で今の自分にも協力してくれそうな人物は、
「シオンのおっちゃんやないか!! 最近とんと見いひんからどこかに雲隠れしてるもんやと思ってたで!!」
振り返ったイルが見たのはやはり予想通り、銀色の髪を雑に縛り上げた魔法士の武装を作る
どういうわけか眼の下に物凄いクマを作って凄まじく眠そうな体である。
「バカ野郎。
「いや三日は寝すぎやろ? それでもまだ寝不足ってオッチャンどんな体しとんねん……」
「バカ野郎。魔術師の体に常識なんて問うんじゃありません。その気になれば目をライトにしたり、足をジェット噴射にしたり、百万馬力だったりといろんなことができるんだからな。常識で語ってはいけない。というかさっきから腹が減って仕方ないんだ……なにか食う物ある?」
「それ絶対嘘やろ。明らかに某《鉄腕原子》くんやん。七つの威力やん。星の彼方まで飛んでくやん……。つか古いなおい!!」
何やら「食い物……」とあたりを物色しながら、最終的にそこらにあった座布団をみつけ「妥協するか」と食いつくシオンに人間としての自覚を取り戻させながら、イルは急いで体の調整を済ませていく。
敵は学園都市最強だ。いくら能力相性的に負けることは絶対にないとはいえ、油断していい相手ではない。
だが、そんなイルの体の調整をあざ笑うかのように、シオンは全く空気を読まない雰囲気の声で一言。
「いや、まぁ現場に行くのは構わんけどさぁイル。行くだけ無駄かもしれんぜ?」
「はぁ?」
そんなシオンの何げない言葉に目を眇めるイル。だが、そんな彼に対して苦笑を浮かべながらシオンはさらに言葉を続ける。
「今回はお前を動かすわけにはいかなかったから真昼も結構手荒な真似したけどさ、お前本気であのお人よしが何も手を打ってないとでも思ってんの?」
「……どういうことや?」
シオンのだらけきった声音とともに告げられる言葉の内容は、その声音とは裏腹にやけに真摯な雰囲気を伴っていた。
「あいつは常に賢い答えを出す。誰もが納得する正解をだ……我が身かわいい小賢しい答えを出すわけじゃない」
そこでシオンは言葉を区切り、
「まぁ、無駄足になる確率のほうが高いが弟子の激励ぐらいはしてやれよ」
「っ!!」
その言葉を聞いた瞬間、イルは今いったい誰が一方通行のもとへと行っているのかを悟る。
あのウニ頭の、熱血漢の幻想殺しの姿がイルの脳裏をよぎった。
…†…†…………†…†…
すさまじい轟音と共に重機で動かすような鉄の塊が、地面を打撃し粉砕する音が操車場に響き渡る。
無数の鋼鉄のコンテナがまるで幼児が作った積木細工のように崩されているその戦場で、その右腕にしか絶対を宿すことがなかった少年が、全身凶器の最強に挑んでいた。
学園都市最強のレベル5――ベクトル制御能力者・
学園都市の最底辺レベル0――異能を打ち消す右手・
一人は自身の絶対を手に入れるために、一人はくだらない実験の材料にされた少女を助けるために、絶対強者と一般人は勝負が決まり切っているはずの戦いを続ける。
それでも一般人――上条当麻は折れない……倒れないっ!!
「うぉおおおおおおおおお!!」
拳を握りしめ一歩でも敵に近づくための突撃。
だがしかし、敵はそれをあざ笑うかのように到底人では持ち上げられないようなレールを軽々と蹴り上げ、
「そんな速度じゃ百年おせェぞ!」
狂気にまみれた狂笑を挙げながら当麻に向かってそれを飛ばす。
まるで砲弾のように自分に飛来するレールに、目を見開きながらあわてて急静止。レールの砲弾の軌道から少しでも離れようと回避する当麻をあざ笑うかのように、
「ぐっ!!」
レールが着弾した。
かろうじて直撃は避けるが、地面に直撃したレールが発した衝撃をもろに食らい吹き飛ぶ当麻。
だが、どんな弱者であったとしても自分に楯突いた愚か者に慈悲を示すほど、一方通行は優しくなかった。
「ほらよ三下ァ。追加だ」
「っ!!」
地面に転がる当麻に次々と飛来するレール。それが着弾することによって発生する衝撃波にもまれ、当麻はドラム缶に放り込まれ全方位から鉄パイプで殴りつけられるような衝撃を味わった。
「ぐあぁああああああああああああああ!!」
悲鳴を上げ転がるしかない当麻。だがそれでも彼の眼から闘志が消えることはない。
――約束したんだよ!!
今はたまたまその場に居合わせた錬に保護を頼み任せてきた、泣いていた少女に。
自分の近くで自分は実験動物だから死んで当然だと平然と言ったクローンの少女のために。
上条当麻は拳を握る。
理不尽な死を強いられる少女を一人でも多く救うために、
「がはっ……」
ようやく衝撃波の嵐が終わった瞬間、両足に力を入れ彼はゆるぎなく立ち上がった。
「あァ?」
気に入らねェな。そういわんばかりの一方通行の疑問の声。だがそんなものは今の当麻には関係ない。
――俺の拳はあいつに効くんだ。だからせめて、この絶望的な距離を縮めないと。
内心でそう覚悟を決めながら当麻は再び足を一歩踏み出した。
少し前から格闘術の達人であるイルに鍛えられている当麻は、それ相応に体を使い戦う体術を覚えていた。裏路地でのスキルアウトたちの喧嘩も錬と二人なら10数人程度危なげなく倒せる実力をつけている。
だがしかし、そういった意味でも敵は規格外だった。
動きが読めない。格闘をかじったものとしてはその要因はあまりに致命的過ぎた。
ベクトル操作を武器に戦っているからか、一方通行の動きにはあまりに無駄が多すぎ、あまりに雑すぎた。
触れるだけであらゆる力の向きをいじれるのだ。確かに一般格闘を覚える必要など彼にはなく、独自の戦闘法を確立してしまっているのだろう。
だからこそ、当麻には次一方通行が何をしてくるのかがわからない。
それでも、なお必死に一方通行の次の攻撃に反応しようと目を凝らした当麻は、
「コンテナの中は小麦粉かぁ……」
「?」
突如一方通行がつぶやいたセリフに首をかしげた。
「ちょうどいい感じに無風状態だし……こりゃもしかしたらやばいかもなァ」
だが、さすがの落第生当麻であってもそこまで言われれば一方通行が何をしようとしているのかが分かった。
あわてた様子で崩れたコンテナから――もっと言えば煙のように、敗れた個所から小麦粉を噴出させるコンテナから、離れようとする当麻をあざ笑いながら、一方通行は笑いながら一つのコンテナをベクトル操作で天高く吹き飛ばす。
「よォ三下。粉塵爆発って知ってるか?」
瞬間、操車場を爆炎と衝撃波が包み込んだ。
…†…†…………†…†…
ようやく現場にたどり着いた御坂美琴が見た光景は、背中から煙を上げ四つん這いになって苦悶の声をあげる上条当麻だった。
「あいつっ!!」
自分のことを心配してくれた。助けてくれるといった少年の、予想通りと言っていい苦戦の姿。
それを見た美琴は先ほどまでの会話など忘れ去り、慌てて当麻を助けるためにフェンスを上ろうとした。
が、
「バカっ! どこに行くきさっ!!」
「っ!!」
背後から追いついてきた天樹錬の慌てたような声と共に彼女は襟首を掴まれてしまい、その行動を阻害される。
「離してっ!! このままじゃあいつ殺されちゃうわよ!!」
「それは看過できないねっ。君や君のクローンを救うために当麻はひとりで戦うって言ったんだ! 僕すら今回は手出しを許されていない。本気で今回彼の手助けをできるのは学園都市の
「でもっ……このままじゃあいつが、殺されちゃう!!」
炎の中から悠然と出てきて当麻を馬鹿にしたような声音で、何かを言っている一方通行。そのあまりに余裕があふれ出る態度に、美琴は怒声を上げながら錬の手を振り払おうとする。
「離して! あんたはあいつが死んでもいいっていうのっ!!」
だが、そんな美琴の質問に帰ってきたのは。
「頼むよ
彼女以上につらそうな声音で、絶対行くなと視線で訴えかけている錬の泣きかけた顔だった。
「あいつの気持ち……あいつの思いを汲んでやってくれるなら、どうかこのままあいつの戦いを見てやっていてくれ!」
「っ!!」
今まで見せたことがないそんな錬の真剣な願いに、美琴は思わず息をのんだ。
その時の錬の脳裏では、当麻をこの事件に巻き込むために自分が行ってしまった非道な行いが繰り返し再生されていた。
…†…†…………†…†…
助けたい少女がいる。
錬がそう真昼に言われたのは、錬がいつもの三馬鹿と遊び歩いた後、寮に帰ってすぐのことだった。
そこで錬は今美琴が直面している事件のすべての全貌を聞いた。
御坂美琴のDNAマップを利用し作られた、失敗作の軍用クローンたち。
それを二万体用意し行われる一方通行の絶対能力者進化計画。
内容は簡単。二万体作られた軍用クローンを一方通行が殺傷しつくすこと。
「そんな……」
――じゃぁ、当麻が話していた御坂さんの様子がおかしいっていうのはっ!!
当然それを聞いた錬は憤り、今すぐにでも美琴がいるであろう常盤台へと向かい飛び出しかけた。
だが、
「錬、君が行っても何もできないよ」
「で、でもっ!!」
自分では決してこの計画は止められない。自分の何倍も明晰な頭脳を持つ真昼の言葉を聞き、錬は思わず反論の声を上げようとしたが、
「一方通行をブッ飛ばす? 物理攻撃どころか空間攻撃すら通用しないベクトル制御能力者をどうやって? 研究所をつぶす? 御坂さんの二の舞になるだけだよ? 主導している研究者を皆殺しにする? それこそ学園都市との戦争だし、錬は本当に自分がそんなことできると思っているの?」
「……」
理路整然と、完膚なきまで、整えきられた正論を並べ立てられ、錬は何も反駁することもできず口を閉ざすしかなかった。
「じゃぁ、このまま見捨てろっていうの?」
「違うよ錬。確かに僕たちでは何もできない。でも、ついさっき考え付いたんだ。この状況を何とかできる人材がいるってことに。レベル0の身でありながらベクトル操作能力なんて気にせず、遠慮なく一方通行倒せる人材がいることを……」
「っ!」
長い付き合いだ。真昼が一体誰のことをさし誰を巻き込めと言っているのか、錬はすぐにわかり、
「っ!!」
平穏な日常をついさっきまで一緒に楽しんでいた友人の顔を思い出し、今度こそ歯を食いしばった。
「錬……これが次の実験場の場所だ。そこに上条君を連れて行ってくれ」
そういって一枚のメモを錬に渡した真昼は、錬と同じようにつらそうな顔をしながらもそれでも非情な判断を下す。
「できれば戦闘シーンを……最悪ミサカシスターズが殺された後の死体を絶対に見せるんだ。それを見たら彼はきっと黙っていない。まず間違いなく、この事件に首を突っ込むだろう」
僕たちに今できることはこのくらいしかないんだよ。悔しそうにそう告げた真昼の言葉に唇をかみしめながら、錬はそのまま寮を飛び出し
そして古本屋の前で何かを探すようにあたりを見回し、首をかしげている当麻と合流し、錬はいろいろともっともらしい理由をつけて、近くの裏路地に入った。
真昼が渡してくれたメモの記載された、とある住所が書かれた場所へと行くために。
…†…†…………†…†…
「当麻を巻き込んだ責任の一端は僕にもあるんだ……だから頼むから、せめてあいつの願いを無碍にするようなことはさせないでくれっ!!」
「っ……」
そんな錬の懇願といってもいいほどの必死な言葉に、美琴は思わず声を失う。
だが、
「おいおい、なんやなんや? そんな辛気臭い顔しよってからに」
「「えっ!?」」
突如聞こえてきた訛りのひどい日本語に二人はあわてて振り向き、そこにいた人物を視認する。
それは黒のシャツに白いスラックスと上着を着たグラサンをかけた青年だった。
鋼のような筋肉に包まれた細身の体の動きはさながら肉食獣を髣髴とさせる戦闘者のモノ。そんな絶対強者が見せるような身のこなしを身に着けていた彼は、美琴と錬が当麻と一方通行の戦いを見ていたフェンスに到着し不敵に笑う。
「俺の弟子がこの程度で死ぬわけがないやろ」
「イル兄さん!? 真昼兄が「暴走しそうだったから閉じ込めた」って言ってたのに、どうして?」
「イルさん!? どうしてここにっ!!」
驚きの声を上げる二人をしり目に、イルは飄々とした態度で肩をすくめながら、
「あぁ、くそっ。さすが俺の弟子やないか……ええ所だけ取っていきよって」
「え?」
「なにを……」
二人がそう言いかけた瞬間、ガラスの砕けるような音ともに拳が人を殴りつける音が操車場に響き渡った。
「「っ!?」」
驚き当麻と一方通行の戦いに視線を戻す二人。そこには、
「――――!?」
訳が分からないといわんばかりに目を白黒させながら吹っ飛ぶ一方通行と、
「??」
こちらもまるで拳が当たったこと自体に驚いたかのように目を見開く、拳を振り切った当麻の姿があった。
その光景を見た人間が誰もが思うだろう。
当麻が一方通行を殴り飛ばしたのだと。
だが、一方通行の能力を知る人間すべては逆のことを考える。
「あ、あいつ……今いったい」
何をしたの!? そう美琴が漏らす前に、隣に立っていたイルは小さく笑い、
「そうやアホ弟子。男やったら接近戦や。能力に頼り切ってろくに体鍛えへんかったもやしっ子第一位の鼻……」
お前の拳でへし折ったれ。
イルがそう告げた瞬間、
「な、なんだこりゃぁああああああああああああああああああああああああああああ!!」
一方通行の悲鳴とともに、