「クソッ! ウネウネと……なんだその動きはァ!!」
怒号を挙げつかみかかってくる一方通行の動きを、当麻は素早いステップを踏み軽々とよけ、その顔面に拳を突き立てる。
骨と肉がぶつかる音ともに、響き渡るガラスを破砕する音。それと同時に一方通行の体を守る
――こいつ、もしかしてめちゃくちゃ弱い?
それが自分のフィールドにやってきた一方通行に対して下した、当麻の評価だった。
よくよく考えれば当たり前のことだった。遠距離攻撃があまりにド派手で攻撃力が高かったために当麻には一方通行の芯の定まっていない動きが、予想のできないベクトル変換使用前提の独特の身のこなしだと思っていたが、何のことはない。それはただの喧嘩を知らない素人の身のこなしだっただけ。
日の当たらない深海の生物が必要のない視覚を退化させたかのように、
ありとあらゆる攻撃が無効化される絶対者は、戦う手段を進化させなかった。
だからこそ、こうしてその防御を貫く存在が現れた時、
「クソッ……面白れェ……サイッコウに面白れェぞ。三下ァあああああああ!!」
一方通行はただの高校生の喧嘩殺法にも負けてしまう脆弱な少年に成り下がった。
――俺の拳が届く。
それがわかっただけで当麻は力がみなぎるのを感じる。
「学園都市最強の超能力者だと?」
――それがどうした……。所詮異能の力だろ? 魔術師と激突したときのように当麻は笑い、一方通行が放ったベクトル操作によって発生する小石の散弾を、身を倒すようにしてかわす。
一方通行はそんな当麻を見て、石の散弾を食らい倒れたのだと思ったのだろう。凶悪な、しかしわずかな安堵が混じった笑みを浮かべている。
だから当麻はそんな一方通行の顔を睨み付け、
「っ!!」
「くだらねぇもんに手ぇ出しやがって!!」
怒号とともにその右手をふるう。
目指すは一方通行の顎。
力いっぱい殴りつければたいていの人間が戦闘不能になると、イルから教えられた巨大な人体急所。
当麻の拳は一直線に伸び、一方通行はそれを防ごうと無様に手を泳がせた。
だが、素人の防御など、不良との喧嘩とイルの訓練に鍛えられた当麻の拳を防ぐにはあまりに力不足だった。
拳は何の障害もない空間をすり抜ける。
直撃するっ!!
「がっ!?」
すさまじい衝撃が走ったように感じたのか、一方通行の意識が一瞬飛んだのが当麻にはわかった。
宙を泳いだ一方通行の体が地面にたたきつけられた。
その衝撃で目が覚めたのか一方通行は荒い息を吐き出し、信じられないといわんばかりの雰囲気で一方通行は立ち上がろうともがく。だが、すぐにそんなことはできないほどダメージを与えたと当麻は知っていた。
だてにイルに鍛えられたわけではないのだ。自分が相手に与えたダメージがどの程度なのか、把握できる程度の実力を当麻は持っていた。
――終わったな。そう思ったからこそ、当麻は一人呟くように一方通行に話しかけた。
「『妹達』だって精一杯生きてきたんだぞ! 全力を振り絞って、みんな、必死に……! なんだってテメェみてぇなのに食い物にされなきゃなんねぇんだ!」
だが、当麻は知らなかった。
「あいつらが……生きている?」
そんなことは一方通行はとっくの昔に知っていたのだということを。
一度はそれを知り実験をやめようとしていたことを。
そしてその努力を、『妹達』によって手ひどく裏切られたという過去を。
だからこそ彼は、妹たちに罵詈雑言を浴びせながら必死に彼女たちが人形だと思い込んでいたことを。
そんな一方通行にぶつけられた当麻の言葉は、一方通行を激怒させるには十分だった。
「生きてる……? あのDNAマップを元にして作られたクローン共が生きてる……? 精一杯生きてる……?ボタンひとつで生まれて、薬品とタンパク質……そしてデータ入力の心を宿しているあいつらが……。実験開始前に俺が何度ビビらせても、『殺される』という自分の使命に逆らわなかった、あいつらが生きてるって? そんなはずはねェ……研究者達も言っていたように、あいつらは「人形」じゃねェか、と…!」
「っ!! お前っ!!」
まだその事実を認めようとしない一方通行に、当麻は拳を再び握りしめる。
だが、それではあまりに足りない。
当麻は気づいていなかった。自分が吹き飛ばしてしまった一方通行と自分の距離が、再び離れてしまっていたことを。
この距離は喧嘩殺法を操る当麻の距離ではない。
「黙らせる力がいる。俺の邪魔をするこのクソ野郎を黙らせる……」
そこは当麻の拳が届かない距離。すなわち、
「 絶 対 的 な 力 が っ!!」
一方通行の距離だった。
「くかきけこかかきくけききこかかきくここくけけけこきくかくけけこかくけきかこけききくくくききかきくこくくけくかきくこけくけくきくきくきこきかかか――――――!!」
…†…†…………†…†…
美琴たちが見たのは圧倒的な爆風の暴走だった。
美琴が今まで見てきた空力使いなど、比較にならないほどの絶対的な力。
それに思わず目をふさいでいた美琴が次に見た景色は、
「っ!?」
まるでぼろ雑巾か人形のように、軽々と宙を飛ばされ風車の鉄柱にたたきつけられた
「いや……。いやぁあああああああああああああああああああああああああああああ!!」
鉄柱からずり落ち血だまりの中に倒れ伏す当麻に、美琴は悲鳴を上げフェンスを飛び越える。
さすがの錬もこれは止めることはできなかった。それどころか、どんな状況であろうとも結局最後では勝ちを拾っていた頼もしい友人が見せた初めての敗北に、こちらも思わず茫然自失となっていたのだ。
だが、そこは現実を冷静に見つめる魔法士。
「っ! 御坂さん待って!!」
あわてて錬は美琴の背中を追おうとして、
「って、あれ? イル兄さん!?」
自分の傍らからいなくなっているイルの存在にようやく気付いた。
…†…†…………†…†…
「学園都市最強……? レベル6……? そんなモンはもォいらねェ! 世界はこの手の中にある!」
一方通行は自分が手に入れた圧倒的な力に酔いしれていた。
先ほどまで自分を痛めつけていたわけのわからない無能力者は、無様に地面に這いつくばって伸びている。
だが、そんなことが気にならないくらい一方通行は自分が今手に入れた力に歓喜する。
風の向きを操れるということは、世界のそのものを滅ぼす力を自分が手に入れたということだから。
それは彼が思い描いた絶対の代替となる……いや、それどころかお釣りすらやってくるかもしれない目覚ましい成果。
一方通行はそのことに酔いしれさらに風を操っていく。
渦巻く大嵐に、巻き上がるコンテナたち。
それを笑いながら見つめ、一方通行は立ち上がる。
「さァて……いつまでもへばってんじゃねェぞ三下ァ!! テメェにゃまだまだ付き合ってもらわねェと割に合わないんだっつゥの!!」
そういって一方通行が吹きすさぶ暴風の脅威を当麻に向けようとしたその時、
「待ちなさい一方通行!!」
「あァ?」
コインを片手に持った少女が一方通行の前に立ちふさがる。
「次のあんたの相手は私よ!!」
それは一方通行が最近よく見た顔だった。
だが決定的に違うのは彼女の顔には明確な感情があることだった。
――オリジナルか?
皮肉なことに、誰が見ても寸分も違いが分からないほど全く同じつくりをした御坂美琴と妹達の違いを一方通行は即座に看破する。
誰よりも妹達を殺したからこそできる芸当。そしてそれを披露したうえで、敵が自分と同格と謳われる学園都市最強の看板を背負う8人のうちの一人だと理解したうえで、
「……」
一方通行は平然と彼女から目をそらした。
背後から驚愕したように息をのむのが聞こえた気がしたが、今の一方通行にはそんなことは関係ない。
なぜならいま彼にとって最も優先されるべきことは、このくだらない電撃使いの相手ではなく、先ほどまで自分を追いつめた、いけ好かないウニ頭を跡形も残らず消し飛ばすことだからだ。
頭上で出来上がる不気味な光の塊をしっかりと計算に入れながら、一方通行は凶悪に笑う。
あたり一帯を消し飛ばす高熱の
「さァて、立てよ三下ァ!! 愉快で不気味なオブジェにしてやるからよォ!!」
何やらオリジナルに「やめろ……」とか言ってもがく当麻を笑う。
――他人の心配をしている暇があんのかよ?
そう一方通行が笑いながらプラズマを解放しようとしたとき、
「なんや、おもろいことしてるやんけ、
「?」
どこかで聞いたような関西弁が一方通行の耳朶をたたいた気がした。
「俺も混ぜてくれや」
――勘違いじゃねェ!?
一方通行が気づきその声が聞こえた方へと振り向くと、
「よぉ、久しぶり」
あのいけ好かないナンパ男の軽薄な笑顔と、巌のような男の鉄拳が一方通行の視界に広がった。
なぜここにいる? この実験のことを知っていてあの時『妹達』に近づいたのか?
イルとか名乗っていた男が突如としてこの場に現れた時に、真っ先に思い浮かべなければいけない疑問の前に、一方通行の脳裏にひらめいたのはこんな言葉だった。
――馬鹿かこいつは?
あの無能力者が異常だっただけでいまだに一方通行の反射は健在だ。たとえどのような手段を使ったところで、あの無能力者と同じ異常事態にでも陥らない限り一方通行の反射を抜く方法はない。
そう思っていたからこそ、一方通行はあきれきった視線でイルの拳を平然と受け止め、
「ぐァ!?」
再び自分の顔面に走った衝撃に愕然とした!
しかもその激痛は先ほど当麻に殴られた時の比ではない。
直接頭蓋骨を殴られたかのような激痛に、一方通行は思わず苦悶の声を上げ、
「がァあああああああああああああああああああああああああああ!?」
悲鳴を上げ再び宙を舞った。
「さぁて、ちょっとインターバルに付き合ってもらおか学園都市最強」
そんな一方通行に軽薄に笑いかけながら、軽快なステップを踏みながらイルは構える。
「弟子がこのままやと死んでまいそうやからな。あいつがちゃんと立ち上がれるようになるまで付き合ってもらうで。おっと、横槍は卑怯やとかぬかすなよ最強。最強はいつでも挑戦を受けるからこそ最強なんやろ? 某ボクシングチャンピオンもいっとったし」
へらへら笑いながらそう言ったイルの顔は、確かに笑顔の形ではあった。
だがその笑顔は、まるで獰猛な猛獣が浮かべるような獲物を狩るときの笑顔であった。