とある科学の魔法士たち   作:過労死志願

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龍使い奪還編
とある中国の研究所と、動き出す闇


 これは中国にあるとある科学研究施設のお話。

 

 そこに記載された実験動物(・・・・)飼育場と記載された部屋に彼女は住んでいた。

 

 

 

李芳美(リ・ファンメイ)ことメイの朝は早い。実験が彼女を待っているからだ。

 

「ん? う~ん! あ~よくねた」

 

 薄暗い小さな電球しかない、牢獄のようなコンクリートの壁と鉄格子に囲まれた部屋の中で、それでもメイは元気よく背伸びをし、快活な笑みを浮かべる。

 

 常人ならば絶望しかねない状況にいるのに、それでも元気に彼女は笑う。

 

「よ~し! 今日も頑張るぞっ!!」

 

――元気だけがわたしのとりえなんだから!! と彼女は元気に笑うことしかできなかった。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 芳美がいつも通り種々次のような白くて簡素な服に着替えると同時に、彼女の部屋の扉が開き、冷たい目の女性が芳美の部屋に入り込んできた。

 

「うっ……」

 

 芳美はこの女性が苦手だった。冷たい瞳に、こちらを拒絶する言動。

 

 なにより、この人がこの施設で一番自分たちを……適切に扱う人間だったから。

 

「一分遅刻ね、芳美。申し開きはある?」

 

「え、えっと……ごめんなさい……」

 

「謝るくらいなら今度から時間通りに起きなさい。あなたたちの実験は分刻みのスケジュールによって管理されている高度なものなの。わずかなずれが実験失敗につながるかもしれないのよ?」

 

「……………………」

 

 小言を言いながらも歩きはじめる彼女の仕草から、本当に今は時間が足りないのだろうと悟った芳美は、必死に足を動かし彼女の後に続く。

 

「きょ、今日は何をするの」

 

「……」

 

「で、ですか、露蝶(ルーティ)

 

 敬語を使え。そう言わんばかりの冷たい瞳に怖気づきながら、芳美は慌てて発言を訂正する。

 

 そんな彼女の言動に舌打ちしながら、研究員―飛露蝶(フェイ・ルーティ)は、機械的に自分のカバンからファイルを取出し、今日の芳美の予定を読み上げた。

 

「今日は実戦訓練よ、芳美訓練生。あなたには同じ検体である雷小龍(レイ・シャオロン)訓練生と模擬戦を行ってもらうわ。場所は市街地戦を想定した第三実験施設。長期戦において、あなたたちがどれほど戦力としての力をふるえるかのテストよ」

 

「あ、あの……だったら、カイは参加しないの?」

 

「質問を許した覚えはないのだけれど?」

 

 つい気になってしまい口を挟んでしまった芳美に、再び絶対零度の視線が飛ぶ。それに恐れをなすように首をすくめる芳美に、露蝶はため息をつき、

 

「彼は、あなたたちとは違って特別な検体なの。使い潰すの時も、処分するときもこちらで決めるわ。つまり、今はその時じゃないということ」

 

 わかった? そう冷たく、こちらのことを馬鹿に仕切ったような声で聞いてくる露蝶に、芳美は悔しそうに頷きながら、以前訓練途中で倒れた、年上の真っ白な青年のことを思い出していた。

 

――私はただ……カイが今も無事なのか聞きたかっただけなのに。

 

 そんな思いやりすら、悪意ある言葉で塗りつぶしてしまう露蝶が、芳美は苦手だった。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 そんな風に、芳美が気まずい時間を過ごしているときだった。

 

「よぉ、げんきかにゃ/? 露蝶ぃいいいい_?」

 

「ちっ。キハラ……なぜこんなところにいるの?」

 

 舌打ちを隠そうともせずにした後、明らかに憎悪がこもった視線と言葉を露蝶がぶつける男――オールバックにされた黒髪に、茶色いサングラスの奥に隠れた虚ろな瞳。口元には、痛くないんだろうかと思ってしまう金色のピアスを二個付けた、研究者らしからぬ凶悪な雰囲気を持つ、語尾の音の高低が無茶苦茶な言葉を話す、木原情規がそこにいた。

 

「いやべつに/? 俺が提案した実験で―、とうとう使い潰されちまうかもしれねぇ_、可愛い哀れな実験体のために\、ちょっと激励に来ただけじゃねぇか_?」

 

 そう警戒すんなよ。と、学園都市のおひざ元、日本から亡命してきて、この研究所に迎え入れられた男は、ケラケラ笑いながらこちらに近づいてくる。

 

 瞬間、露蝶の手が翻り、キハラの額に素早く拳銃を突きつけていた。

 

「おっとぉ/?」

 

「どきなさい、キハラ。実験体を無駄に浪費しかねない実験ばかりを強行するあなたに、この子は渡せないわ」

 

「そぉ/カリカリすんなよ_、露蝶。実験に失敗はつきものだ\。ほんのちょっと検体を使い潰すことなんて_、この実験施設じゃ\、日常茶飯事だろうがよォ/!!」

 

「そうね。でもあなたは少し使い潰しすぎよ? 以前は50人いたこの施設の検体が、いまや残り3人になってしまった。もう、あなたのくだらない《失敗》とやらに付き合えるほど、この実験場も余裕があるわけじゃないのよ」

 

「補充はしてやったろうが\。学園都市からさらってきた―、完成された超能力者ってやつをな_」

 

「そして、今はあなたがアレに関しての、管理を行っているんでしょう? くだらない実験をしたいのなら、芳美ではなくアレを使いなさい」

 

 汚物を見るような目で情規を見つめる露蝶に、突如として一触即発の空気になった事態に、慌てふためく芳美。

 

 その状況にさすがの情規もお手上げになったのか、彼は両手を上げて降伏の意志を示す。

 

「おっけ/、おっけ_。わかったよ露蝶ぃ\。てぇださねぇからそう怒るなって_。ヒステリックな女は嫌われるぜ/?」

 

 本気か嘘か、冗談か真実か、どれも滅茶苦茶に認識してしまいそうなふざけきった言動を操りながら、情規はそのまま身をひるがえし研究所の闇へと消えて行った。

 

 そして、情規が完全に見えなくなってから、ほっと安堵の息をつく露蝶の姿に、芳美は驚く。

 

――露蝶、もしかして情規さんのことが怖いの? 芳美にそう思わせてしまうほど、拳銃を下ろした露蝶の体は震えていた。

 

 だから、芳美は露蝶へと手を伸ばし、

 

「る、露蝶……さん? 大丈夫?」

 

「っ!?」

 

 その手を、勢いよく払われてしまい、わずかに身をふらつかせる。

 

「っ!? ご、ごめん……なさい! 露蝶」

 

「早く実験場に行きなさい、芳美!」

 

「は、はいっ!!」

 

 悲鳴のような返事を返し、先行して実験場に走ってく芳美。

 

 彼女の背中を見送りながら、露蝶は、

 

「あぁ……カイ……」

 

 小さくつぶやきながら、背中を研究所の壁に預ける。

 

「もうすぐ……もうすぐだから、どうか……」

 

 わたしに力を貸してちょうだい。その露蝶のつぶやきは、研究所の闇にのまれて消えた。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 そして、ところ変わって中国の香港。

 

 学園都市からの輸入品を、日本に次いで多く仕入れているこの都市は、もはや日本の東京どころか、アメリカの主要都市に匹敵しかねない発展を遂げつつあった。

 

 そんな、金と同時に人々は慌ただしく動き、中国特有の怪しいネオンがしぶとく街を彩っている街。

 

 そんな街のあるコーヒーチェーン店にて、一組の男女が待ち人を待っていた。

 

「にしても、あんたがかの有名なニューデリーの英雄と知りあいなんてね」

 

 肩口で切りそろえたブルネットの髪を持つ、サングラスをかけた少女はそう言いながら、ブラックコーヒーに口をつけ、少しだけ顔をしかめる。

 

 そんな少女に、無理すんなよ。と苦笑いをしながら、真っ赤な髪と衣服をまとった青年は、砂糖とミルクを渡すのだが、子ども扱いしないで! と、顔を真っ赤にした少女にはねのけられてしまい、肩をすくめる。

 

「まぁ、おっさんとはニューデリーのごたごたでちょっと共闘関係になったことがあってな。それ以来、なぜか日本の季節に合わせて暑中見舞いとか送ってくる関係なんだが……」

 

「それって結構仲良いでしょ?」

 

 大した交友関係じゃないとうそぶく青年――ヘイズに、ブルネット髪の少女――クレアが半眼になった目を向ける。

 

 数年前に起ったニューデリー政府を反政府ゲリラが占拠する事件。その反政府ゲリラが、どこからか密輸入した、学園都市の武装を手にしていたことが、この事件の泥沼化を進めた。それによりインドは、独立して初めての巨大な内乱状態に陥った。

 

 その内乱を収めたのは、インドの正規軍に籍を置いていたとある一人の青年士官。

 

 彼のたぐいまれなる知略によって、ニューデリー政府は内乱に陥って数年後に奪還され、インドには再び平和が訪れた。

 

 そのことから、彼なニューデリーの英雄と呼ばれ、先代のインドの首相として抜擢される。

 

 そして、彼が打ち出した様々な政策によりインドは内戦で起こった混乱からの復興を瞬く間に済ませたどころか、アメリカに王手をかけるほどの巨大な経済大国になりあがった。

 

 だが、そんな発展の背後では、ニューデリーの英雄が失踪したという事件が発生。彼の妹であるルジュナ・ジュレが新たな首相として当選したらしいが、いまだにインド政府では彼の行方を掴めていないのだとか……。

 

「にしても、あのおっさんがわざわざ俺たちを呼びつけるなんてな……。もうてっきり、このまま隠居するもんだと思っていたし、ルジュナだってそれを了承したろうに。一体全体何考えてやがるんだか……」

 

「ん? それってもしかして、ニューデリーの英雄って自分で失踪したってことじゃ」

 

 クレアが事件の真相に気付きかけた瞬間、彼女の口を閉ざすように、褐色の肌の手が差し出された。

 

「申し訳ありませんが、あまりおおっぴらにそういうことを言うのはやめていただけませんか? せっかくのインド政府の皆さんの気遣いが無駄になってしまいますので」

 

「っ!?」

 

 驚き視線を上げるクレア。その視線の先には、にっこりと笑った好青年然とした雰囲気を放つ、眼鏡をかけたカメラマン風の男が一人立っていて。

 

「にゅ、ニューデリーの!?」

 

「おぉ、アニルのおっさん。おそかったじゃねーの」

 

「おっさんはやめてくださいと言ったはずですよ、ヘイズ」

 

 歴史に残る大英雄の突然の出現に、驚き固まるクレアをしり目に、ヘイズと褐色の男――《ニューデリーの英雄》アニル・ジュレは、まるで十年来の友人のように言葉を交わしながら、手を取り合う。

 

「で、おっさん。俺らもあんたのことを探していたからちょうどよかったんだけど……そのアンタから俺を呼び出すなんて何考えてんだ? 確か死に場所探して隠居旅行中だったろ?」

 

「いえ、なに。少々事情が変わってしまいましてね。どうしても、あなたたちの力を借りて助けたい、少年少女がこの国にいるので、少し私も少ない命を再びすり減らしてみることにしたのですよ」

 

 アニルはそう言った後、カメラマンが来てそうなポケットがたくさんついたジャケットから、複数の写真を取り出す。

 

 それは、中国のとある山中にある、巨大な実験施設。

 

 そして、その中に隔離されていると思われる――三人の能力者(・・・)達の写真。

 

「私が君たちに依頼したいのは、彼らを実験施設から救助すること。もしも、この仕事が成功したのなら私は報酬として……あなたたちが私に依頼してきた、《学園都市統括理事》就任の話を、うけることとしましょう」

 

 破格すぎるその成功報酬に、クレアが息をのみヘイズが眉をしかめる。

 

 裏を真昼。表をアニルが固めるなら、もはや智謀の面で彼らの陣営に勝てる存在はいなくなるといっても過言ではない。

 

 だが、

 

「つまり……もしもこの仕事が成功した場合は、あんたがもう二度と戻らないと決めた政治に道に戻ってもいいと考えるほど、この研究所はやばいってことだな?」

 

「……」

 

 アニルの無言の笑顔が、ヘイズの言葉を肯定し、ヘイズは思わず頭を抱えた。

 

「はぁ、真昼に言われてあんた捕まえようとしていたっていうのに……いざ捕まったらこれだ」

 

 また、貧乏くじひいちまった。と、ヘイズはうめき声をあげながらコーヒー店の机に突っ伏すのだった。

 

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