とある科学の魔法士たち   作:過労死志願

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崩壊の兆し

 小龍は、模擬戦場のコンクリート色の天井を眺めながら、何とかこの実験施設から脱出する方法を考えていた。

 

――なんとかしないと。木原って研究者が来てから、この実験施設の実験内容も格段に危ないものになっている。これ以上はメイの体も心ももたない。

 

 だが、だからと言って、幼いころに《原石》と呼ばれ、この研究所に拉致された小龍の知識などたかが知れている。

 

 そして、そんな少年が無い知恵を絞って、何年も何年も考え続けたあげく、結局一度も成功しなかった脱出計画だ。今知恵を絞ったところで、結果は変わらず「いい案がない」にとどまるわけで……。

 

「あぁ、くそっ! 何かないのかよっ!」

 

「いきなりなんなんですか小龍。超うっとうしいんで一人で考え込んだ挙句、突然叫び出すのはやめてもらえませんか」

 

「絹旗はいいよな……。のんきで」

 

「学園都市じゃこの程度の実験は、日常茶飯事だったんで……」

 

 そういって肩をすくめるのは、最近日本の学園都市から誘拐されてきた、絹旗最愛という少女だ。

 

 誘拐という明らかに不穏当な行為をされた挙句、ここにいる絹旗だったが、どういうわけか彼女の研究所生活には混乱した様子や、理不尽な研究に対する憤りなどは見られなかった。

 

 なかなか肝が据わっているな。と、小龍はそんな彼女の姿に初めは感心したものだったが、話を聞くとどうやら彼女は学園都市でこの研究所よりもひどい生活を送っていたらしい。

 

 だからこそのこの肝のすわりよう。いまさら何されたところで、たいした違いはないと諦観しているが故の、変わらない態度だったのだそうだ。

 

――もし万が一、この研究所から逃げられることになったとしても、学園都市にだけは絶対に行かないでおこう。

 

 そんな絹旗の言葉に、そんな固い決意をする小龍だったが、今はそんな行先の選択すらできない状況なわけで。

 

「あぁ~。なんでもいいから、この研究所を揺るがす大事件でも起きないかな~。そうしたら、この能力を使って逃げ出すことくらいわけないのに」

 

 そういって小龍が、何もなかった手に作り出したのは、コールタールのような真黒な、わずかな粘性を持つ液体。

 

 小龍と彼の幼馴染である芳美が子供のころからつかえた能力。木原情規が学園都市第二位の能力者《未元物質》の亜種だと断定した、この世界には存在しないはずの物質。

 

 この研究所では、《黒水》と呼ばれるこの液体は、小龍や芳美の意志によって自由自在に作り出し、操ることが可能な便利物質だ。

 

 もっとも、操作する際の形状は《生物。もしくはその体の一部》に限定されるため、木原には「汎用性が ̄、低すぎだ/バーカ\」と言われてしまい、現状では能力ランクはレベル3。戦闘実用性には耐えうるが、学園都市の能力者を相手取るにはいささか不安。という評価をくらってしまった。

 

 そのせいで、貴重な実験動物と最低限の生存が許されていた小龍たちも、最近では平然と使いつぶされ、命を切り捨てられるようになりつつあった。

 

 隣国日本にできた驚異の異能を操る学生が支配する都市――学園都市。それに対抗するために、中国が学園都市との暗部闘争の末、ようやく手に入れた超能力者。それが、今までの小龍と、芳美のあつかいだったのに……今では彼らも明日ともしれぬ命。

 

 最低限殺されることはないのだから、時間をかけて脱出の機会をうかがうというカイ(・・)の提案は、もはや根元から瓦解したといってもいいだろう。

 

 木原が絹旗たちを連れてきたせいで、替えの補充も十分可能だと証明され、彼らの地位はさらに地に落ちた。もしかしたら、今日にでも殺されてしまうかもしれない。

 

 そんな物騒極まりなく……だがありえないわけではない未来を想像し、小龍の体が思わず震える。

 

 その時だった、

 

「超心配性ですね、小龍は。私たちが来たからと言って、あなたたちの能力が希少なのは変わりありませんし」

 

「絹旗……君はこの研究所に来て日が浅いから、まだこの研究所の本当の怖さを知らないだけで」

 

「それに」

 

「ちょ、話し切るのやめろよ!」

 

 せめて会話をする努力ぐらいしろよ……。と、無意識のうちに感じていた恐怖を紛らわすために、絹旗との雑談でもしようとした小龍だったのだが、その絹旗はあいにくと小龍の下手な脅しに付き合う気はないのか、

 

「暗部のなかにいるのに、いつもと変わらない日常なんて……超長く続くもんじゃありませんしね」

 

「?」

 

 絹旗の、まるで何かが起こるといわんばかりの発言に、小龍が首をかしげた時、

 

「ご、ごめん! シャオ! モアイちゃん!! おくれちゃった!!」

 

「モアイじゃないって超言ってんでしょうがっ!?」

 

「メイ、露蝶に怒られなかった!?」

 

 ようやくやってきた、現在実働可能な実験訓練生の出現を持って、研究所内にブザーが鳴り響く。

 

 模擬戦が開始される合図。

 

 いつもと変わらない、一歩間違えば相手の命を取りかねない実験が、今始まる。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「これはひどいわね……」

 

「こっちも結果は似たようなもんだ」

 

 小龍と芳美、そして絹旗が模擬選を始めた同時刻。

 

 研究所のはるか上空を、迷彩をまといながら漂っていた巨大な建造物――鉄でできた浮遊する戦艦は、真紅の船体の中にヘイズとクレアをかくまいながら、眼下の研究所の情報を収集していた。

 

 《一五〇メートル級高速機動艦》Hunter Pigeon。製作者シオンが「かっこいいから!!」という理由で、そんな肩書を付けたその船体は、二人の隔絶した演算能力を持つ乗り手と、一体の個性的すぎる人工知能によって制御され、重力を無視しながら完全に空中で静止していた。

 

『学園都市に対抗するため、わが国でも超能力の研究を……。それがこの表には存在が洩らされていない隠匿研究所――『超技能研究所』の目的だったそうです。ここに所属した超能力者と思しき人物たちの数は約50名。ですが、一か月でその数は凄まじい勢いで減っていますね。原因は最近入り込んだとある日本の研究員が原因だそうですが……。彼の情報は特A級の秘匿事項なのか、所員のリストにも、研究報告書にも記載されていません』

 

 ヘイズと、Hunter Pigeonの演算能力を使い、研究所のメインサーバーをやすやすとハッキングしていた、この船の管制用人工知能――ハリーは、空中に出現した画面に描かれた三本の線を使い、見事に呆れきったといわんばかりの表情を表現しながら、報告を続ける。

 

『現在研究所に残っている実験体は三人。全員がとある集落から捕まえられた、特殊な物質を生み出す能力者だそうで、おそらくは学園都市第二位の能力――《未元物質(ダークマター)》の下位互換的存在だと思われます』

 

「それはまた、ずいぶんと希少な能力を引きやがったもんだ……」

 

――中国の連中が血眼になるのもわかる。と、つぶやきながらヘイズは指を一つ打ち鳴らし、眉をしかめる。

 

 未元物質(ダークマター)は、あまたの能力者がいる学園都市でもレアすぎる存在として知られる能力だ。なにせ、この世界にはない物質を作り出すのだから、それも仕方ないといったところ。この系統の能力に目覚めた存在は、現状のところ学園都市第二位ただ一人。それが下位互換とはいえ三人もいるとは……。

 

この研究所は、おそらく本人たちが考えている以上に、希少で貴重な研究をしている。

 

「だが、その日本人の研究者のせいで、状況が変わった」

 

『はい。その日本人研究者は、どういうわけか独自のルートで超能力者を誘拐してくるルートを保有しているらしく、研究所には新たな能力者が四名入所。それに伴い《替えが効くから》という理由で、研究し尽くされた検体たちの実験は、耐久実験へとシフトしたようです。まぁ、端的に言うならば「どのくらいの負荷をかければこの能力者は死ぬのか?」という、終末実験に移行したわけですね』

 

「おっさんが急いでくれって言った理由がわかるな……」

 

 胸糞悪い話だ。と、吐き捨てるヘイズをしり目に、クレアは千里眼を使い研究所の中を見つめている。

 

「それでクレア、その日本人の研究者ってのは見つかったか? あとは、そいつが誘拐してきたっていう能力者も。下手をするとそっちも保護する必要があるからな」

 

「あんたねぇ……毎度毎度思うけど、余計なもの背負いすぎよ。アニルさんの依頼は、研究所にもともととらえられていた、生き残りの実験体三人の救出なんだから、余計な色を見せたりしない! ほかの寄り道までしたら成功率は大なり小なり下がるのよ?」

 

 そんないつも通りの苦言を漏らしながらも、クレアはきちんとヘイズが頼んだ情報を拾い集め、空中に浮くスクリーンに記載し、ヘイズに飛ばしてくれる。

 

――いつも世話かけるな。と、グチグチ文句を言うクレアに内心頭を下げながら、ヘイズはその資料に目を通し、

 

「研究員の名前は……木原、情規」

 

 不穏すぎるその苗字に、「まさかな……」と嫌な汗をかきながら、ほほを引きつらせる。

 

 瞬間だった。

 

「あと、実験体の子――《龍使い》の子たちの戦いが始まるわよ」

 

 そういってクレアが飛ばしてきたスクリーンには、クレアの視界に情報処理を施し映像化した、三人の超能力者たちの戦いが映し出されていた。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 ブザーが鳴った瞬間、真っ先に動いたのは、中距離攻撃手段が豊富な芳美だった。

 

「いっくよ――っ!!」

 

 こんな地獄のような研究所にいるにもかかわらず、変わらぬはつらつとした声とともに出された攻撃が、その声に似合わぬ破壊力を秘めていた。

 

 芳美の背中に能力のよって作り出された漆黒の翼。

 

 蝙蝠のような被膜型の翼は、大きく羽ばたいたあと、爆裂するかのように分化。

 

 先端が槍のようにとがった、無数の触手となり小龍たちに襲いかかった。

 

「おいおいっ!」

 

「まったく。相変わらず全力すぎませんかね?」

 

 その攻撃に反応し、あわてて水を展開した小龍は、それを巨大なカメにして背後に隠れる。

 

 対する絹旗はノーリアクション。フードつきのパーカーのポケットに、両手を突っ込みながらの棒立ちだ。

 

 触手が二人に激突し、到底生物が出していい音ではない、硬質な金属音とともに火花を散らす。

 

 小龍はカメに守られ何とか無傷。対する絹旗は、

 

「ちょっと来ましたね」

 

 わずかに衝撃が走ったのか、先ほどいた場所から一二歩後退した場所で、無傷で佇んでいた。

 

 彼女に激突した触手は、まるで見えない壁にぶつかったかのように、絹旗の数ミリほど手前の空間で弾き飛ばされている。

 

「むー。相変わらずモアイちゃんの能力反則なのっ!!」

 

「それを力技で後退させるあなたも大概ですがね……」

 

 仮にも弾丸すら弾き返す装甲なのに、どんな質量の攻撃してんですか。と、あきれながらも、絹旗はそのまま地面に拳を打ち付け、その場を粉砕。

 

「では、撃ち返させてもらいます」

 

 それによって作られた、無数の鉄製瓦礫を軽々と手に持ち、芳美に向かって投擲した。

 

 まるで砲弾のような速度で飛来するそれらを、芳美は翼を盾にすることによって軽く弾き飛ばし、

 

「足元がお留守だぞ?」

 

「っ! シャオ! 不意打ちとか卑怯だよっ!!」

 

「先制攻撃かましたお前に言われたくないよっ!!」

 

 いつの間にか小龍の足元から延びていた漆黒の水の帯から、黒い狼が飛び出し自分の足に食らいつこうとするのを、翼を動かすことによって宙を舞い、よける。

 

 そして、二人に侵されない天空の舞台へと登った芳美は、

 

「よーっし! じゃぁ、反撃っ!!」

 

 元気よく、高らかに、新たな黒い水を生み出しながら、二人に向かって突撃していく。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 そして、そんな模擬戦が行われているとき、木原情規はある場所を訪れていた。

 

「よぉ ̄、戒\。気分はどうだよ?」

 

「……………………………」

 

 そこには数日前。自分の実験によって意識不明になった少年が一人、羊水を満たした巨大な試験管の中で浮いていた。

 

「くくくっ……。治療/、なんて教えられている飛蝶が_、今のお前を見たらどう思うかねぇ/?」

 

 完全に昔とは違った、別の存在になったお前に……。情規は不穏な笑みを浮かべながらつぶやきを漏らし、自分の実験の結実を笑いながら見つめる。

 

 そして、慣れない中国語から流ちょうな日本語に切り替わった彼は、

 

「さて、《実現》しようぜ。お前の絶望も、お前のたくらみも、全部おれがかなえてやるよ。なぁに、安心しろ。俺は《実現》をつかさどる木原だ。あらゆる願いを科学の力でかなえてやるよ。ただし」

 

 俺が面白いと思う方向にな!! と、ゲラゲラ笑いながら、スイッチを押す。

 

 それと同時に、羊水に満たされた少年の体――とある実験により、八割がた消し飛んでしまい、黒水によって代用されていた体が、見る見るうちに形をなくし、

 

「さて、ショーの始まりだ!!」

 

 それと同時に、情規がこの研究所に連れ込んだ怪物が、計画実行の指示を受ける。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「ちっ……ようやく来たのかよ」

 

 その怪物は、端正で美しい顔立ちを凶悪にゆがめながら、自分を見つめる監視カメラに向かって手を伸ばした。

 

「さぁて、フレンダ。滝壺。計画実行の合図が出たわよ。絹旗と合流して。さっさとこのしみったれた研究所叩き潰して、学園都市に帰るわよ」

 

 その言葉とともに放たれた閃光が、監視カメラを巻き込みながら一直線に研究所を貫く。

 

 《原子崩し(メルトダウナー)》。学園都市第四位の実力を持つ能力者が、学園都市に対抗しようなどと、身の程知らずにもバカなことを考えた、愚か者に鉄槌を下す。

 

「お前らみたいな端役が、うちの闇の深さに敵うわけないだろうがぁ!!」

 

 研究所の崩壊が、始まろうとしていた。

 

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