『おぃいいいいいいいいいいいいいいいいい! どうなってんだあれっ!?』
「あぁ、どうやら学園都市が、あの研究所の存在を嗅ぎ付けていたみたいですね。それで暗部組織が、ちょこっと制裁ついでに研究所をバラしに来たんでしょう」
リノリウムの床をカツカツと足音を立てながら、白衣を着た褐色肌の青年――アニル・ジュレは、髪の毛に隠されたイヤホンから聞こえてくる、赤い友人の抗議の声に苦笑しながら、
「まぁ、木原一族の人がいる時点で、近いうちにこうなるのは分かっていましたけど」
『やっぱり、木原ってあいつらの関係者かっ!? どうすんだよおいっ!? そこほとんど地獄とかわんねぇじゃねぇか!!』
――それは否定しませんけどね。と、アニルは苦笑いしながら、研究所に走った激震に、悲鳴を上げてうずくまる研究者たちに、大丈夫ですかと声をかけながら、
「奥にまだ人がいるかもしれません! 私が見てきますから、あなた方は避難をっ!!」
「わ、わかった!!」
なんて、流ちょうな中国語で、研究所を襲った異常事態に、混乱している研究員をあっさりと言いくるめながら、研究所の奥へと歩を進めていく。
「とにかく、作戦は変わりません。むしろ、拉致被害者の回収なら、研究所が混乱しているのは願ったりかなったり。このまま混乱に乗じて、さくっと救出してください」
『おっさん、さては初めからこうなるってわかってたなっ!!』
「まさか。近々こうなるとは思っていましたが、こちらの計画とバッティングするなんて想定外ですよ。まぁ、用意はしていましたが」
『そういうのを予想通りっていうんだろうがっ!!』
道理で、計画に余分なものが多いなって思ったよっ!! というヘイズの抗議の声を最後に、通信が途絶える。
おそらく、作戦行動をあちらも開始したのだろう。
予想外な事態が起ころうとも仕事は仕事。それも、軍師であるアニルの予想の範疇だということは、おそらくは危険は言うほどないと判断してもらえたのだろう。
――まったく。君は変わりませんね、ヘイズ君。文句は人一倍言いますが、最終的にはこちらを信頼してくれる、お人よし。
そんな頼れる友人に笑みを浮かべながら、アニルはある研究室のドアを、Hunter Pigeonの演算機関のバックアップを受けたハッキングツールを使い、ロックを解除。
そのなかに、入ろうとして、
「止まりなさいっ!」
「?」
ドアのすぐ陰に隠れていた、わずかに褐色が入った肌を持つ女性研究員に、拳銃を突きつけられた。
ひとまず、アニルは両手を挙げる。
「落ち着いてください。私はただ、ここに逃げ遅れた人がいないかと思っただけで」
「うそっ! ここは私しか入ることができない特別研究室よ! この研究所の人間なら、研究室に取り残された人なんていないって知っているはず!」
――おや。これは失態。
「失礼。まさか、あなたが特別な私的研究室を与えられているほどの重役だとは思わなかったので」
「っ!?」
そういって振り返ったアニルの顔を見て、少女の顔が驚いたようにゆがむ。
「アニル……おじさん?」
「お久しぶりですね、露蝶。息災でしたか?」
親戚筋の少女の元気そうな姿を見て、アニルはひとまず大丈夫そうだと、安堵の息を漏らすのだった。
…†…†…………†…†…
「まったく。ただでさえややこしい状況がさらにややこしくなりやがった」
研究所ぎりぎりまで降下させたHunterPigeonの出入り口を前に、ヘイズは盛大に舌打ちしながら、自分の装備を確かめていく。
それをのんきに眺めているのは、今回はこの船で待機することになったクレアと、HunterPigeonから随時アニルの作戦を送ってくれることになっているハリーだ。
『とはいえ、今回は安心してヘイズを送り出せますね。なにせ、今回作戦立案はニューデリーの英雄。《
「悪かったな……」
やれやれと言いたげに空中に投影されたスクリーンの体を揺らすハリーに、ヘイズの顔が思わずひきつる。
そんな彼らのやり取りに苦笑を浮かべながら、クレアは最後の忠告を一言。
「まぁ、だからって油断は禁物だけどね。なにせ、ここには木原がいるんだから……何しているかわかったもんじゃないわよ」
「わかってるよ。そっちこそ、やばいことになったら極力研究所かから離れてろよ。もしも、俺とおっさん両方との連絡が途絶えたら、かまわねぇからとっとと逃げろ」
『最後の命令以外は了承しました』
「安心して。荷電粒子砲はいつでも撃てるようにしておくから!!」
なんて、全然安心できない二人の返答のヘイズはため息をついた後、
「まぁいい。んじゃ、ちょっと言ってくる!」
そういうと同時に、扉を開き、宙に身を躍らせる。
そして、彼が飛び降りたと同時に、HunterPigeonのから巨大なハーケンが打ち出され、ヘイズを追い越し研究所の屋根を打撃。
研究所の屋根をたやすく粉砕したそれは、無数の瓦礫を生み出しながら、ヘイズが研究所に入り込むためのルートを作り出す。
そして、
「なっ!?」
「え?」
「これはっ……」
その屋根の真下。模擬戦場にいた三人の超能力者の前に、瓦礫とともに降り立ったヘイズは、
「あぁ……。まぁ、なんだ」
各々の手段でがれきから身を守った少年少女たちを見据え、
「助けに来たぞ? 胡散臭いのは分かるけど……」
明らかに警戒の色が見える、少年少女たちの視線に射抜かれ、ひきつった愛想笑いを浮かべるしかなかった。
…†…†…………†…†…
「ふっふーん。研究所の爆破解体とか、結局は麦野よりも私の専門分野なわけよ!」
麦野から発せられた作戦開始の合図。それを聞いたフレンダは、自分をとらえている気でいた研究者たちを徒手空拳であっさりのした後、こっそり隠し持っていたいつものツールを使い、研究所中に爆薬を仕掛けていく。
床を溶断する、特定の電磁シグナルで発火する白いテープ。
人形の中にひそませた爆弾。
通過ポイントである人形の間を、無数のテープによってつなげられたその光景は、ちょっとした芸術作品にも見える爆弾迷路。
あと数分もすれば、その迷路は研究所中を満たし、たった一つのシグナルでバラバラに粉砕されることだろう。
「大体、学園都市もぬけてるってわけよ。こんな面倒な研究している研究所を今まで見逃しているとか、情報収集役の暗部組織は何していたわけ~?」
――おかげでこんな田舎くんだりまで来ないといけなくなったじゃない……。あー、せっかく上海とか香港の観光ができると思ったのに~。と、ちょっとだけ不満げにほほを膨らませるフレンダ。
だが、
「ん?」
そんなのんきな空気もここまでだった。
何かが、闇の中でうごめく。
「なんなわけよ?」
警戒し、服の中にこっそり隠していたコミカルな見た目をしたロケット――ただ一本一本に車両を粉砕するほどの火薬を搭載――を取出し、構える。
そして、
「ひっ!?」
フレンダは見てしまった。
この世のものとは思えない、目も鼻もない、凶悪な口だけを持った真黒な生物を。
見た目を説明するために、最も似ている生物を上げるとするならば、
「え、映画のエイリアン?」
そういってフレンダが、顔をひきつらせた瞬間、
『GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!』
と、到底まともな生物が上げる咆哮ではない絶叫を上げ、通路を埋め尽くすほどの数のその生物は、一直線にフレンダに向かって襲い掛かる!