とある科学の魔法士たち   作:過労死志願

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実証実験

「カイ? どこに行ったの。戒蒼元」

 

 露蝶は、今日の実験計画が記載された書類を片手に、今自分が面倒を見ている実験体――カイを探していた。

 

 露蝶と同い年ぐらいの青年である彼は、その穏やかすぎる気質ゆえか、ほとんどの研究員たちになめられ、大した反抗もできないと捨て置かれている。

 

 おまけに彼の体には、致命的な欠陥がある。どちらにしろ、この研究所の医療設備がなければ、長くは生きられない体なのだ。

 

 だからこそ、ほかの実験体たちと比べると、はるかに自由に、この研究施設を闊歩することが許されていた。

 

 彼自身もその事実はきちんと自覚しているのか、よくフラッとその姿をけし、研究所の中を散策している。

 

 露蝶の最近の日課は、そんな彼を探し出し、実験開始時刻を彼に告げることだった。

 

 だが、今回は特別、カイを見つけることが難しかった。

 

 露蝶は彼がよく訪れる研究所の施設をあらかた探したが、それでも彼の姿は見つからない。

 

「いったいどこに行ったのよ?」

 

――まさか、私たちの不意をついて逃げたんじゃ。と、そんな不吉な考えが頭をよぎり、露蝶の顔から血の気が引く。

 

 それは、研究所から実験体が逃げだすのを、許してしまった……。という失態から感じる恐怖ではなく、

 

「ばかっ! 死んじゃったらどうするのっ!?」

 

 体に病を抱える彼が、どこかでのたれ死んでいるのではないかという、可能性への恐怖。

 

 森の中で倒れふす、真っ白な青年の姿が鮮明に脳裏に浮かび、露蝶はあわてて走り出す。

 

「お願い……この研究所にきちんといてよっ!!」

 

 そんな彼女の願いがかなったのか、一縷の望みをかけてやってきた研究所の屋上にて、

 

「あれ? 露蝶。どうしたの? そんなにあわてて」

 

 真っ白な青年は、いつものような穏やかな笑みを浮かべて、露蝶に微笑みかけた。

 

「―――――――――――――――――」

 

 気が抜けた露蝶の足から、力が抜ける。

 

 そんな露蝶の姿に驚いたのか、カイは目を見開いた後、あわてた様子で彼女に駆け寄った。

 

「ちょ、どうしたの露蝶? どこか悪いのっ!」

 

「うるさい。このバカ」

 

 心配かけないで下さいよ。と、安堵のため息をつく露蝶の姿に、いったい彼女が何を心配していたのかを悟った、カイは「あ」と、つぶやきを漏らした後、苦笑を浮かべる。

 

「心配してくれたんだね」

 

「と、当然です。あなたは大切な実験体なんですから」

 

 そういって優しく笑いかけてくるカイに、露蝶は顔を赤くしながら、あわてて立ち上がり、彼の手を取る。

 

「さぁ、行きますよ、カイ。今日の実験カリキュラムは、F-45~D-23まで消化する予定なんですから」

 

「わかったよ、露蝶。僕なりに善処してみる。でも、ちょっと待って」

 

 そういった彼は、手の中に黒い水を作り出し、

 

「え?」

 

 それを材料に、彼が生きている限り永遠に枯れることのない、黒いバラを作り出した。

 

「これ。心配かけたお詫び」

 

 こんな色で申し訳ないけど。と、苦笑いをするカイの顔を、露蝶はボーッと見つめた後、

 

「い、いえ! 黒いバラって珍しいですから、ありがたくいただきますよ! えぇ! 心配かけた対価としては上々です!!」

 

 素直になれない自分の言葉に内心嘆きながらも、隠しきれない笑顔を浮かべてそのバラを受け取る。

 

 そんな露蝶の姿に笑みを浮かべていたカイは、

 

「ありがとう、露蝶」

 

「? いきなりなんですか?」

 

「最近、僕らの能力実験が、軍事利用用の耐久実験から、こういう風に生物を作り出す方向にシフトしたのは、実は露蝶のおかげだって知っているよ」

 

「っ!」

 

 カイから告げられたその事実に、露蝶は思わず固まった。

 

――どこでそれを!? というのは愚問だろう。彼は研究施設中を歩き回れるのだし、研究員たちも、彼らをモルモットとして扱っているがゆえに、完全に油断して、実験内容や成果に関して、彼らの目の前であるにもかかわらずペラペラしゃべる。

 

 その際、露蝶が依然提出した、書類についての話題をカイの目の前で話したのだろう。

 

《龍使い能力を利用した、新たな再生医療の可能性》という書類のことを。

 

「僕らが生み出す黒い水は、生物に変形して活動をする半細胞体だ。だからこそ、その能力を使えば、体にある障害部分を切り取ったうえで、黒の水で作った臓器を差し替えることで、今まで死ななくてはならなかった人も、救えるかもしれないだっけ?」

 

 むろん、それだけの理由で、政府の役人が実験内容の突然のシフトを決定するわけがない。

 

 この実験内容の変更が許されたのは、ひとえに露蝶が書類の最後に記載した一文、

 

《これを続けることにより、人類は擬似的な不老不死を実現することが可能かもしれない》ということと、とある中国の要職に就く人物の持病を、この技術を使えば100%完治可能だという、実験データの予測資料を提示したことによって成ったことだ。

 

 時の権力者のだれもが食らいつくその可能性提示によって、露蝶は何とか実験体たちを苛酷な戦闘訓練から、一時的に遠ざけることに成功していた。

 

「僕らのために、頑張ってくれているんだね……露蝶」

 

「うっ……」

 

 何やら自分のお人よし具合が正確に見抜かれてしまい、羞恥心のあまり顔を赤くする露蝶。

 

 そんな彼女の態度に、カイはより一層うれしげな笑みを濃くしながら、

 

「ありがとう」

 

 露蝶の手を握り、お礼の言葉を繰り返す。

 

「君はやっぱり、優しい人だね」

 

「……そんなことないわよ」

 

――結局私はあなたたちの環境を、少し改善できただけなんだから……。露蝶は内心でつぶやき、苦しそうに顔をゆがめる。

 

 戦闘訓練の頻度が減ったとはいえ、無くなったわけではない。

 

 あの元気いっぱいの少女――芳美や、生意気な少年――小龍には、いまだに命の危機にさらされる人体実験が行われる機会もあるし、体の弱いカイも実験体は使いつぶせないという理由で、ほかの二人よりかはそういった実験は少ないが、代わりに体を動かさない、黒の水の制御実験や、生物化実験への従事時間がほかの二人の倍近い。

 

 まともな人間なら、過労死しかねないカリキュラムを、薬物投与や、脳の強制回復という、寿命を縮める手段を使われ、彼は半ば強制的にこなしている。

 

「私は……まだ、あなたたちを救うなんて、大それたことはできていない」

 

「………………」

 

 苦しげにつぶやく露蝶に、カイは笑みに少し困ったような色を浮かべ、

 

「それでも、僕はお礼が言いたいんだ」

 

 彼女の苦労をねぎらうように、笑い続けていてくれた。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「ひゃははははははははは! 実験は順調なようだなぁ、カァイィ!!」

 

 ゲラゲラと、ケタケタと、壊れた人形のように笑い続けながら、木原情規は目の前の形式のデータを取り続ける。

 

 真っ黒な繭のような球体に、ぽつんと浮かぶ真っ白な青年の首。

 

 その球体から生み出される、おびただしい量の黒い水は床に流れ落ち、次々と不気味な生物に変成し、獲物を求め研究所内へと散っていく。

 

 そんなこの世の地獄とも思える、百鬼夜行発生の光景を見ても、木原情規は笑うのをやめない。

 

「まさか、Iブレインって脳みそを搭載するだけで、ここまで処理能力が飛躍的に上がっちまうとはな!! 偉大なる先達さまさまってところかぁ!? まったく驚きだぜ、あれだけの技術を木原でもないただの科学者が作り上げたっていう事実がなぁ!!」

 

 露蝶の目を盗み、こっそり行った人体実験。

 

 情規がこの研究所の施設を使い、こっそり作り出していた試作型Iブレインの埋め込み手術。

 

 《超能力者に、果たして同じ科学の産物であるこの技術は適合するか否か?》という、情規の純粋な興味を、満たすためだけの私的実験。

 

 それが一人の青年の人生を終わらせてしまうかもと理解していながら、情規はその実験をためらうことはなかった。

 

 それによって、カイは本来なら生み出せるはずもない、莫大な量の黒水の生成に成功。レベル5とほかの能力者を明確に分類分けする一要素――能力による軍隊攻略を可能とする領域まで、その能力を進化させた。

 

 だが、

 

「まぁ、Iブレインの演算方式と、超能力者の自分だけの現実(パーソナルリアリティ)の演算が反発しあって、それでも共存するために、自我をつかさどる脳細胞を死滅させちまったのはちょっとした誤算だったが……まぁいい。兵器としてならこっちのほうが使い勝手はいいしなぁ!」

 

 情規は狂い切った笑みを浮かべながら、冷徹な科学者として思考し、自分が作り出した最高傑作の力を試すために、端末を取り出す。

 

 それは、カイの脳に直接ぶち込んだ、制御端子への命令を送る端末。

 

 自我がなくなった以上、カイは黒の水を大量に生み出すだけの機械に成り果てた。これでは黒の水の制御は不可能。

 

 ただのうっとうしい黒い水を吐き出し続けるだけの、宝の持ち腐れ的存在に成り果てる。

 

 だから情規は、心理掌握(メンタルアウト)の実験過程で作られた、人間を機械的に操るこの端末を使い、外部からカイを操り、黒の水を兵器として使う思考回路を補っていた。

 

「さぁて、実験開始だぜ、お前ら。わざわざこんなしみったれた研究所に住み込みで働いたんだ……俺の傑作が学園都市レベル5にどこまで通用するのか、せいぜいたっぷり実証してくれ!!」

 

 自分本位に、身勝手に、勝手なことをほざきながら、狂い切った男の最後の実証実験が始まる。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 襲い掛かってくる黒い化け物たちに、ヘイズたちはそれぞれの手段をもって迎撃を開始する。

 

 芳美は翼を爆散させ、無数の触手の槍によって化け物たちをうがち、

 

 小龍は生み出した蛇や、カニの鋏によって、食らいつぶし切り裂く。

 

 絹旗は、素手で化け物を殴りつぶし、

 

 フレンダは自作携帯ミサイルで爆破。

 

 ヘイズは、いつものように指をぱちりと打ち鳴らし、

 

「って!?」

 

 それでも消えない敵の姿に、あわててステップを刻み紙一重手怪物の牙をよけた。

 

「何してんだ、あんた!」

 

「だ、大丈夫赤い人!?」

 

「超情けないですよ」

 

「結局、一人はめちゃくちゃ使えないってわけなのぉ!?」

 

「おいお前ら! 人様が一回失敗しただけでその総バッシングはどういうことだっ!?」

 

 見た目的には自分よりも、一回りも二回りも年下の子供たちからの罵詈雑言に、ヘイズは顔をひきつらせながら、なぜ《破砕の領域》がこの怪物たちに効かなかったかを考える。

 

 そして、

 

「こいつら……まさか生きてんのか!?」

 

 情報解体は、情報的防御能力が高い生物には効きにくい。

 

 その事実に思い至ったヘイズは、油断していた自分に思わず舌打ちを漏らす。

 

 なんてことはない。未元物質の劣化品である黒の水によって作られたこの化け物どもは、ヘイズが思っていた流体制御によって生物の形になった液体ではなく、情報的に生物に分類されてしまっただけ。

 

 そのせいで、敵を無力化することを目的として出力調整していたヘイズの破砕の領域は、この化け物どもの情報防御力を抜くことができず、無効化されたのだ。

 

――出力を上げるか。自分の脳に命令を叩き込み、その演算効率を普段の状態へと跳ね上げたヘイズは、再び指を打ち鳴らし、

 

「っ!」

 

「って、しまっ!?」

 

 何とか爆薬で渡り合えるとわかり、油断していたのかフレンダとかいう少女が、地面から飛び出した黒い化け物に食らいつかれそうになっているのを見て、ためらわず足を踏み鳴らす。

 

 同時にならされた二つの音が世界を支配する。

 

 その音によって干渉された空気分子が、バタフライ効果によって論理回路を空中に刻み、

 

「っ!?」

 

 思わず死を覚悟し、目を閉じて頭をかばっていた、フレンダに襲い掛かっている怪物の頭と、ヘイズに襲い掛かってきていた怪物の上半身をけし飛ばした。

 

 その光景に唖然とする、年少組三人。

 

 遅れて目を開いたフレンダも、自分の目の前で頭を失い倒れた怪物に、目を見開く。

 

「え? 何? いったい何が起こったわけよ!?」

 

「その攻撃……。あなたまさか」

 

 どうやら絹旗という少女が、自分の正体に気付いたらしい。その事実にヘイズは思わず舌打ちを漏らしながら、

 

「事情説明は後だ。とにかくこの場を乗り切るぞ。ガキども……一応聞くが、どのくらい戦えるっ!」

 

 いまだに自分たちの視界を埋め尽くす黒い怪物たちに、ヘイズは思わず顔をひきつらせた。

 

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