とある科学の魔法士たち   作:過労死志願

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集う子供たち

 李芳美は、大したことのない人間だ。

 

 少なくとも、彼女自身はそう思っている。

 

 カイのように、誰もが笑顔になる優しさがあるわけでもなく、

 

 シャオのように、この状況を打破しようとする、勇気があるわけでもなく、

 

 ただ明るく振舞って、自分の絶望をごまかすことしかできない。そんな少女だと、彼女は自分自身を評する。

 

 だが、そんな彼女にも、譲れないものがあった。

 

 もう自分以外には二人しか生き残っていない、故郷の仲間たち。

 

 彼らが生きて、この研究所から出てくれること。

 

 そして、外の世界で幸せになってくれることが、彼女の唯一の望みだった。

 

 そのためなら、自分は壊れてもいいとさえ思っていた。それであの二人が許されるなら、自分は喜んで二人のためにこの身をささげようと。

 

 だから彼女は、本来の研究目的である実戦試験を、ほかの二人のだれよりも頑張った。

 

 龍使いの性能の限界に挑戦し、研究者たちに惜しみなく自分の体を提供した。

 

 少しでも早く実験が終わるように。

 

 少しでも早く、二人を外の世界に出せるように……龍使いのすべてを、彼女は体を使って暴き出そうとしていた。

 

 だが、幼くその目的のためだけに純粋に育った彼女は気付かなかった。

 

 用済みになった実験体に、外に出るなんて選択肢がないことに。

 

 万一、龍使いのすべてがわかったのだとしても、そのあと実験体は、殺処分されるか、こちらの人格、生命を度外視した外道の実験にさらされるのだということを。

 

 だから、芳美は信じられなかった。

 

「どう……して」

 

 自分たちに向かって襲い掛かってくる不気味な生物を、触手の槍で射抜きながら、芳美は叫ぶ。

 

「どうして、カイなのっ!!」

 

 優しかったカイがよく使っていた、花を作り出すという黒の水の使用法。

 

 その面影さえ見えない、ただの殺戮衝動に駆られた化け物たちの姿に、芳美は悲鳴を上げる。

 

「どうして、私じゃないのっ!!」

 

 二人を救いたいと願い続けた少女の悲願。その願いがあっけなくついえたことに、芳美はひたすら絶叫した。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 自分の周囲を、強靭な鱗に包まれた生物で守りながら、小龍は泣きそうな顔で戦い続ける芳美を不安げな顔で見つめた。

 

――メイ。あんまり無理するな……。

 

 三人いる龍使いの中で、誰よりも戦闘訓練を積んでいた芳美は、危なげなく空を舞い、化け物たちを上空から放つ触手で、一方的に蹂躙していた。

 

 空を飛ぶ敵に、跳躍しか攻撃手段を持たない存在はあまりに無力だ。この戦いはきっと、芳美だけでも十分片が付く。

 

 だが、それでも小龍は無理をするなと、芳美に行ってやりたかった。

 

「シャオ?」

 

「何か問題でもありましたか」

 

 そんな小龍の様子に気づいたのか、絹旗とフレンダがこちらに声をかけてくるが、小龍は首を振ってその二人の問いかけに、問題ないと示す。

 

「敵はどれくらい減ったの?」

 

「へへ~ん! 私の手にかかればこの程度の敵、ちょちょいのちょいなわけよ! もう数えるくらいしか残っていないわ!」

 

「ほとんど倒したのは、メイさんと《組成分解(クラッカー)》でしょう。なに大ぼら吹いているんですか、フレンダ」

 

 絹旗の冷静なツッコミの言葉に含まれたある言葉に、小龍は思わず眉をしかめる。

 

 レベル5――研究員たちが、耳にタコができるくらいまで「あれを目指せ」と、小龍たちに教え込んだ、超能力者の頂点。

 

 学園都市所属の、軍隊を相手取れる戦闘能力者。

 

――やっぱり、裏があったんだ。

 

 絹旗からさんざん学園都市のことを小龍は、舌打ちを漏らしそうになりながら、模擬戦場になだれ込んできた化け物の、最後の一頭を消し去るヘイズをにらみつける。

 

――この人を信用するわけにはいかない。

 

 そんな認識を新たにしながら、小龍は目の前の男から決して目を離さないと心に決めた。

 

 そんな小龍の、視線に気づいたのか、ひとまず終わった敵の侵攻に、安どの息をついたヘイズは、くるりと三人を振り返り、

 

「さてお前ら」

 

「――」

 

 小龍は身構えた。

 

――いったい俺たちにどんな無理難題を言いつける気だ? と。

 

 学園都市なんて、得体のしれないところからやってきたとはいえ、他人が自分たちに求めることなど決まっているから。

 

 自分たちをだましその能力を便利に使うか、

 

 強制的にいうことを聞かせ、その能力を調べつくすかの二択。

 

 だからこそ小龍は、どちらの可能性も警戒して、ヘイズに会話の主導権を握られないよう、気合を入れたのだが。

 

「俺の連れがまだこの中に残っているから、俺はそいつを探してくる。お前たちはあのハーケンを上って、一足先に上にある船――飛行船に乗り込んどけ。中に俺の仲間がいるから、そこにいればある程度は安全だ」

 

「……………………あれ?」

 

 指示された内容は、自分たちの盾になって戦え、という小龍の予想したものではなく、まるでこちらの身を案じるかのような、避難勧告だった。

 

 その事実に、一瞬固まる小龍だったが、

 

「ま、まてよ! 俺たちに戦えっていうんじゃないのか!?」

 

「あぁ? あんまりこっちをなめるなよ。仮にもこっちは学園都市最強の看板を背負っている一人だぞ。戦力的にはもともと足りているんだよ。さっきは緊急事態だったから、お前たちにも戦わせたが、かばわないといけない相手がいないなら、あの程度はおれ一人でも十分あしらえた」

 

 倒せたといわないところがみそだ……。と、内心でヘイズが考えていることなどつゆ知らず、小龍はその言葉に絶句した。

 

 研究員たちが目指せというわけだと。心の中で小龍は思う。

 

 あの数、あの規模の敵を、あしらうのに苦労しない?

 

 ハッタリだと一瞬思ったが、その目や脈拍を見る限りはそうではない。この男は純然な事実として、その言葉を発している。

 

 そんな事実に絶句し、自分たちの途性能の違いに唖然とする小龍に、ヘイズは一度肩をすくめたあと、

 

「とにかく、そういうことだ。後のことは相棒に任せておくから、お前らっ! しっかり非難しているんだぞっ!」

 

 ヘイズはそういうと、懐から拳銃を取出し、模擬戦場から出て行こうとするヘイズ。

 

 それを見逃しそうになった小龍が、あわてて彼の背中に静止の言葉をかけようとして、

 

「まって!」

 

 空を飛んでいた芳美が、ヘイズの眼前に降り立つことによって、小龍の先を越した。

 

「さ、さっきの化け物を作ったのは、たぶん私の友達なの!」

 

「なに?」

 

 芳美の突然の告白に、ヘイズは困惑したような表情を浮かべる。だが、そんな彼に必死に食らいつきながら、芳美は頼み込んだ。

 

「カイは……あんなことをする人じゃなかったのっ! きっとなにか、カイがとんでもないことに巻き込まれている! 私、カイを助けないとっ!!」

 

「おい。待て待て待てまてっ! 無理だっ!! ここは広くて天井も高いからお前は空中戦ができたが、研究所所内はそういうわけじゃないだろっ!! 天井も低いし、通路は狭い。お前の戦闘スタイルは、ほとんど活用できない!」

 

 連れて行くことはできない! と、本気でメイの体を案じて語るヘイズの姿に、小龍は思わず歯噛みをする。

 

――こいつ、もしかして本当にただのお人よしなのか? そんな可能性を一瞬浮かべてしまった自分の頭に、舌打ちを漏らす。

 

「でも、私……いかなきゃ!」

 

 それに、今はそんなことを考えている場合じゃない。芳美の言うとおり、今この研究所で黒の水を生み出せるのは、芳美と小龍ともう一人――カイだけだ。

 

 うち二人があの化け物に襲われたということは、あの化け物の製作者はカイということになる。

 

 だが、実際芳美が言うとおり、あの優しかった兄のような青年があんなことをするとは小龍自身も考えられなかった。

 

 きっとのっぴきならない事情がある。

 

 そのことを悟っていたがうえに、あぁなった芳美は梃子でも動かないことを知っていたから、小龍はため息交じりに肩を落とした後、

 

「俺もついていく」

 

「な、なにっ!?」

 

 驚き目をむくヘイズに、ほんのちょっとだけ意趣返しができたと、ほのかに笑いながら、小龍は芳美をにらみつけた。

 

「どんくさいメイだけに、任せておけないし……」

 

「シャオ!」

 

 目を輝かせて、こちらを見てくる芳美に、小龍はわずかにほほを赤らめ顔をそらした。

 

「それに、あんたみたいな不審なおっさんに、メイを任せるわけにはいかない」

 

「お、おっさ!? 俺はこう見えてまだ15歳だっ!!」

 

 何気に老けて見られる自覚はあるのか、ヘイズがそんな墓穴を掘りかねない怒号を上げた瞬間、四人の子供たちに戦慄が走る。

 

「ば、ばかなっ!」

 

「え? う、うそっ!? 同い年ぐらい!?」

 

「学園都市が成長促進実験でも成功したってわけ!?」

 

「超信じられません。生まれた年数を間違っているのでないですか、組成分解(クラッカー)

 

「よしお前ら、喧嘩がしたいんだなっ!? そうなんだなっ!?」

 

 実際のところ、ヘイズは三歳ほど上向きに年齢のさばを読んでいるわけだが、それは四人に知らせる必要のない情報だろう。

 

「ちなみに組成分解(クラッカー)。いい加減そっちも気付いていると思いますが、私たちも超学園都市からやってきた、この研究所の崩壊をもくろむ刺客です。だから、この研究所がきちんと崩壊したのを見届けないことには、私たちも変えることができません」

 

「結局~私らもあんたの冒険に同行しないといけないってわけよ! 勝手に逃げたなんて知られたら、麦野に殺されるし……」

 

「おいおい、冗談じゃねぇぞ! こんな大所帯で、化け物が闊歩する研究所を駆け抜けろだってっ!?」

 

 何のムリゲーだっ!? と、悲鳴を上げるヘイズをしり目に、小龍と芳美は覚悟が決まった視線を交わす。

 

 あの優しかった青年を、助け出すために。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「やはり、あの救助要請は君が出したものでしたか」

 

「すいません、アニルおじさんのお手を煩わせてしまって」

 

「なぁに。困ったときはお互い様ですよ」

 

 白衣を翻しながら、研究所を走っていた二人――露蝶とアニルは先ほどから化け物が湧き出してくる、研究所の中央へと向かっていた。

 

 当然、純粋な研究員である露蝶の戦闘能力は、ほとんどないに等しいと思っていい。

 

 だが、そんな彼女がヘイズが悲鳴を上げる戦場を駆け抜けられているのは、ひとえにアニルの功績といえた。

 

「おや、又ですか」

 

 電源が落ちたのか、ほとんどの明かりが消えてしまった薄暗い研究所の通路。その奥からにじみ出るように現れた黒い化け物に対し、アニルの対応は冷静かつ沈着。

 

 片手に持った拳銃の引き金を、時間差をつけて三回引くアニル。

 

 一発目の弾丸を、信じられない反応速度でよけた怪物だったが、よけた先に、まるでその行動を予想していたかのようなアニルの弾丸が配置されていた。

 

 怪物は肩を弾丸に射抜かれ、たたらを踏む。動きが止まる。

 

 その脳天に、これまた予期していたかのように放たれた三発目の弾丸が、食い込み、怪物の頭を爆散させた。

 

 この間わずか0.1秒。

 

 アニルはまるでその結果が分かっていたといわんばかりに、目の前で頭を破裂させた怪物の横を通り過ぎ、研究所の中心部へと、また一歩前進する。

 

「すごい……」

 

「一応、ニューデリーの英雄ですから」

 

 詰将棋は得意なほうですし。と、笑いながら語るアニルに、露蝶は戦慄を覚える。

 

 自分たちが戦力として期待していた、龍使いは異能者だ。だが、露蝶には、このすべてを見透かしたかのような叔父の行動予測こそが、異能じみて見えた。

 

「おじさん……でも、どうして私なんかを助けに? おじさんとは父と母の葬儀の時にあって以来で、ほとんど関係は疎遠だったのに」

 

「だからこそ……といいましょうか。バイロンさんやチャンドニーさんが亡くなられたときに、私たちはあまりに君に冷たすぎた。唯一残った親族として、あなたを引き取るくらいはするべきだったというのに」

 

「そんな……だって、アニルおじさんはあの時」

 

 内乱を収めるのに必死だったじゃないですか。と、露蝶は言おうとして、やめた。

 

 アニルがそんな言葉を求めていないことくらいわかっていたし、自分の目的のためには、その罪悪感は利用できると、ここ数年で培ったしたたかな考えが、彼女の口を閉ざした。

 

 そんな彼女の考えくらい、百戦錬磨のこの叔父にはお見通しだったのか、銃のマガジンを変えながら、苦笑いをする。

 

「それに、私はあの内乱であまりに救えないものが多すぎだ……」

 

「…………」

 

「だから今度は、議員や将棋指し(チェスプレイヤー)のアニル・ジュレではなく、ただのアニルとしてあの時手が届かなかった、助けたかった人々を助けようと……そんな偽善に駆られた。私がここに来た理由は、そんなつまらないものですよ」

 

 アニルがそう言って自嘲の笑みを浮かべた瞬間、彼らは研究所の中央の扉へと到達した。

 

 扉は、化け物たちが外に出るために破ったのか、もう残っていない。中はそのまま覗ける。

 

 そこには、

 

「よぉ、遅かったな? 露蝶!」

 

 流ちょうな日本語で話しかけてきた、木原情規と、

 

「カ……イ?」

 

 今は難病の療養をしているはずの、最愛の青年の、変わり果てた姿がそこにあった。

 

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