麦野沈利はいらだっていた。
――こいつ……この妙な物質の生成速度を上げやがった。
無数の熱戦を放ち、いつものように敵を蹂躙する絶対君臨者。
学園都市最強の名を関するにふさわしい、圧倒的攻撃力を誇る自分の能力は、いつものように敵の体を熱量によってうがち、貫き、粉砕している。
だが、敵はそれ以上の速度で、自分が作り出す黒い水を補充し、麦野に焼き払われた体の倍近い量の水を常に生成しだしていた。
「はっ……おもしれぇじゃねぇの!!」
強敵。それは麦野も認めることだ。
何せ敵は無尽蔵に楯を作り出せるのだ。連射性に劣る麦野ではいずれ、その圧倒的質量で押しつぶされかねない。
だが、それでも麦野は不敵に笑う。
絶対強者として君臨してきた自分への自信が、彼女に負けるという未来を思い浮かばせなかった。
唯一の汚点があるとするならばそれは、
「あの荷電粒子使い……」
忌々しげに舌打ちして思い出すのは、以前学園都市暗部で戦ったフードで顔を隠した女。
今でも麦野はちょっとした危機に陥ると、完治したはずの、あの女にうがたれた四肢には幻痛が走る。
別にトラウマというわけではない。
単純に、そんな傷を負って無様に地面に這いつくばった時の記憶が、麦野の脳に深く刻まれてしまっているだけ。
そう、
「次ぎ合った時は絶対にぶち殺す」
復讐するべき相手として。
そんな相手がいるからこそ、麦野はこの程度の相手にかかわずらっている暇はない。
「というわけで、サクッと片づけて、こんなくだらない依頼さっさと終わらせるわよ、滝壺」
「うん。麦野……ちょうど絹旗とフレンダも近くに来ているみたいだし」
「なぁに? あいつら、合流時間より5分も遅れてんじゃないの」
オ・シ・オ・キ・カ・ク・テ・イ・ネ。と、凶悪に笑う麦野を見て、彼女の背中にかばわれていた滝壺はなぜか、「大丈夫、そんな二人を私は応援している」と、静かに手を合わせ友の冥福をお祈りしている。
そんな彼女のしぐさに気づくことなく、
「さて……デカ物。学園都市最強相手に……なめたことしてくれてんじゃねぇぞっ!!」
麦野は再び
「麦野さん。分かっていると思いますが、彼の命は……」
「言われなくてもわかってるよ、ニューデリーの英雄さんよぉ!」
だが、そんな風にハイになっている麦野に一歩も引かずに、冷静沈着に指示を飛ばす男が一人。
アニル・ジュレ。一度は学園都市暗部も危険視し、暗殺しようかなどという話が持ち上がったほどの男だ。当然麦野にもその話はきたが、当時の技術では下手に超能力者を海外に出すと、そのDNA欲しさの余計な勢力の介入があった場合、機密情報の防衛が難しいということで見送られた。
そんな学園都市に警戒心を抱かせるほどの頭脳を持つ男が、なぜかこんなところにいる上に、学園都市統括理事になる予定だなどと抜かしている。
だから麦野は、彼が統括理事になった暁には、いろいろと便宜を図ってもらうことを契約し、打算交じりの判断を下し、彼に従っているのだ。
正直に言うと、胡散臭い。到底普通の状態では信じられる話ではなかった。実際のところ、麦野は今でもアニルの話が嘘ではないかと疑っている。
だが、そんなことすべてに目をつぶっても、
「だいたい行動パターンが読めてきましたね。麦野さん、あちらのほうに攻撃をしたあと、全方位に原子崩しの放射を」
「ちっ!」
その戦術眼と作戦立案能力には目を見張るものがあった。
実際、今もアニルの指示通りに攻撃をすると、厄介な軌道でこちらの頭部を狙ってきていた触手の槍は瞬時になくなり、その触手に気を取られたと予想して、あらかじめ設定されていたと思われる、足元からの黒の水の攻撃は、ドーム状に、薄く打ち出された原子崩しの放射で焼き払われる。
だからこそこの状況を楽に切り抜けるには、この男の指示に従うのが最適と、麦野は判断したのだ。
だが、基本的に他人に従うのを良しとしない麦野は、舌打ちしながら、胸元から一枚のカードを取り出しながら、皮肉めいた言葉を飛ばす。
「学園都市統括理事予定様! 殺すなっていうあんたに、一つだけ言わせてもらうけど」
――あれ、本当に生きてんのかよ? と、麦野がアニルの指示を嘲笑いながら告げた疑問に対し、アニルはタダ、あいまいにほほ笑むだけだった。
そして、二人の間に若干険悪な雰囲気が満ちたとき、
「麦野~。南南西から信号が来ている」
「きたか」
滝壺がそんな空気を打ち壊しかねない、のんびりとした空気である事実を告げ、
「麦野ぉ!」
「やっぱり、超無事でしたか」
滝壺が告げた方角へと視線を向けると、そこにあった壊れた扉から飛び出してくる、五人の人間が見えた。
そのうち二人は見慣れた彼女の部下、絹旗とフレンダ。
そして、さらにもう二人はこの研究施設にとらえられていた、自分たちとは違う本物の実験動物。
最後の一人は、
「あぁ?」
直接的な面識はない……だが、バンクで以前、自分以外の
「おいおい、なんだってあいつがこんなところにいるんだよ」
「彼とは個人的な友人でして。今回の作戦にあたって効力を要請したんですよ」
麦野の疑問にシレッと答えるアニルに、麦野は思わず凶悪な笑みを浮かべる。
「それは、あんたが学園都市に気づかれることなく中の人間と連絡を取れる手段を持っているってこと? それと、第七位が学園都市に気づかれないように、学園都市の外に出る手段を持っているってことでもあると思うんだけど」
「ご想像にお任せします」
得体のしれない、あいまいな笑みを維持するアニルに、凶悪な笑みをさらに深くしながら、麦野は確信する。
やっぱり、こいつの話に乗っておいて間違いはなかったと。
いざという緊急事態の時、こいつの力は使えると……そう確信した瞬間だった。
…†…†…………†…†…
「おいおい、なんだ、あれは!」
研究所中央に到達したヘイズは、目の前の光景に愕然とした。
中央に浮かぶ巨大な黒い球体。
さらにその中央に目を閉じて浮かんでいる、生首。
オブジェ……というには、あまりに悪質なその造形物の姿に、ヘイズの背中に悪寒が走る。
だが、そんなヘイズとは違った反応をする人物が二人いた。
「か、カイッ!?」
「そ、そんな!!」
悲鳴を上げて、その生首になった人物――カイの名前を呼ぶ芳美と小龍だ。
そんな二人の言葉に、ヘイズはようやく眼前に人物が、自分たちが探しに来た、カイという青年だと気付き、絶望的状況に歯噛みする。
そして、
「おい、おっさん! どういうことだっ!!」
唯一事情を知っていそうな、先にこの場に来て戦っていたアニルに向かって、怒号のような詰問を飛ばした。
そして、そんなアニルから帰ってきた答えは単純明快。
「木原です……」
「っ!?」
「木原一族の男が、救出対象の一人を実験体に実験を行いました!」
それだけでヘイズは、このタイミングで最悪な敵が出てきたことを悟る。
木原一族……学園都市の暗部の中枢を握るといっても過言ではない、超能力者たちとはまた違う、『科学』の化物。
端的に言ってしまうと、凶悪なマッドサイエンティストといった分類なのだが、そんな言葉ですら、もはや彼らには生やさしい。
木原が実験を行った先には、必ず100の単位で死体が積まれるといわれるほどの、発狂者たちであり、天災であった、
彼らのおかげで学園都市は現在の科学力を手に入れたと同時に、巨大な暗部を抱えることになったといっても過言ではないのだ。
そんな連中の一人が、この場を引っ掻き回している。
「何の冗談だ」
――さっさと手を打たないと手遅れになるぞ! と、ヘイズは舌打ちを漏らしながら、拳銃を構え、カイという青年に向かって銃口を向けた。
「っ!? ま、まってヘイズっ!」
「カイを殺すなっ!」
「何勘違いしてんだ! あいつはちゃんと学園都市に連れ帰る! 回復させられる医者に心当たりがあるからなっ!!」
「「ほ、ほんとにっ!!」」
驚いたように目を見開く二人に、ヘイズは安心しろと頷き返しながら、脳裏に二人の医者を思い浮かべていた。
学園都市に双璧をなすといわれる、木原とはまた違った最先端科学医療のスペシャリスト。
――あの二人ならあるいは……! と、内心で小さな希望を抱きながら、ヘイズは球体に向かって拳銃を向ける。
「だが、そうするにはまず、あの黒い塊をどうにかしないといけないだろうが!」
なんとしてでも、青年を連れ帰るために、戦う覚悟を決めた。
…†…†…………†…†…
――ヘイズ君ならそう言ってくれると思っていましたよ。と、アニルは何も言わなくても、自分で殺さないと判断してくれたヘイズに、微笑みながら自分が先ほどまで指示を出していた、原子崩しへと視線を戻す。
「というわけで、しばらく彼と共同戦線をお願いします」
「あぁ? 共同戦線? いるかそんなもん」
私は一人でもやれる。と、カードに原子崩しを照射し、拡散させながら麦野は吐き捨て、黒い水の化物たちを蹂躙する。
そんな圧倒的すぎる破壊の嵐に、アニルは浮かべていた笑みを苦笑いにかえ、「確かに倒すだけならあなたは苦労しないでしょうが」と、一言告げた後、
「殺さずにあれを押さえつけるビジョンは、きちんと立っているのですか?」
「……ちっ」
学園都市統括理事会にはいる男として釘を刺しておく。
このままでは面倒がってカイの頭まで消し飛ばされかねない。
そうなってしまっては、さすがに学園都市医療の二大巨頭も、カイの蘇生は不可能となるだろう。
だからこそ、アニルは麦野の自尊心を満たす言葉を告げながらも、怒らせることなくヘイズに協力するようくぎを刺した。
幸いなことにその一言は麦野の行動を制限するのに十分な威力を持っていたのか、麦野は舌打ちと同時にヘイズたちに向かって薄い原子崩しを射出。
双方の間に横たわっていた黒い水を蒸発させ、一瞬だけヘイズたちへの道を作り出す。
一気にその道を駆け抜けるアニル達。
そして、ようやくヘイズたちと合流した彼らは、
「ではヘイズ君、しばらくは彼女と共同戦線ですから、私の代わりに指示を出しておいてください」
「え!? ちょ、まて!? 俺確かに予測演算は得意だけど、おっさんみたいに変態染みた軍事采配ができるわけじゃ」
「いいから、やってください。私はこの子たちに少し話があります!」
一瞬だけ弱音を吐くヘイズの意見を強引にはねのけながら、アニルは目の前の景色に呆然とし、涙すら流しかけていた芳美と小龍の肩に手を置いた。
「いいですか、二人とも。良く聞いてください……。これからあなたたちのこの研究所の真実を話します」
「しんじつ……」
「なんだよ、それ……」
もう終わりだ。そう言いたげな二人にアニルは微笑みかけながら、
「この研究所で行われていたこと。何故君たちの友人があんな状態になっているのか……そして、私たちに助けを求めた、あなたたちのために嫌われ役になることすらいとわなかった、私の親戚の話です」
…†…†…………†…†…
「はぁ……はぁ……」
――怒りに任せて飛び出したのは失敗だったわ。と、肩にあいてしまった大きな風穴。そこから漏れる夥しい量の血液を、片手でしっかり押さえながらなんとかしようとする露蝶は、通路の物陰に隠れながら荒い息を漏らす。
「まさか、あいつがあんな奥の手を擁しているなんて」
そして、通路の陰からほんのわずかに顔をだし、露蝶は敵が放った猟犬の姿を、確認する。
ドラム缶のような四角い頭部に、不格好な太く短い四肢を取り付けた、機械の鎧。動きのぎこちなさから推測するに、恐らく中には人間ではなく黒の水で作られた人型の何かが入っている。
パワードスーツ。学園都市では大きな災害や交通事故。そして、被害の大きな超能力者の鎮圧などに使われる、人間に人外の力を与える機械の鎧。
それらが現在、人間では到底使えるはずのない、威力が大きい半面反動も大きい
「本当なら、あれらは芳美たちに使わせる予定だったんだけど……」
この研究所にある武器の類は、もともと中国政府が学園都市に対抗するために開発した試作品ばかりだ。
学園都市の威力に追いついたのはいいものの、その反動を殺す技術がどうしても生み出せなかった不良品たち。
だが、この研究所にいるのは人外の骨格を装備したり、作り出したりするのが得意な能力者だ。
その特性を利用し、小龍には作り出した人型の何かで、芳美には直接自分でこの武器を使わせようという研究がなされていたのだ。
結局、その実験が行われる前に、今回の騒ぎが起こったわけだが……。
「というか、木原……最初からあの実験をするつもりはなかったのね」
おそらくは今回のように、自分が隠し持っていたパワードスーツ達に使わせため、もっともらしい理由をつけて予算を回してもらい、不良品の武器をかき集めたのだろう。
だがそうなると、今回の計画はかなり前から用意周到に行われていたと見える。
ならばなぜ、
「学園都市レベル5がいる状況で、こんな暴挙に?」
いくらカイの力が暴走によって、強化されているとはいえ、レベル5に勝てるとは思えないけど……。と、露蝶は内心で呟きながら、こちらに向かって着実に距離を詰めてくるパワードスーツに対する対応策を探していく。
だが、どれだけ考えても現状の自分では、この状況を打破する手段は思い浮かばず……。
「仕方ないか……」
彼女は、自身が隠し続けた奥の手を切ることに決めた。
更新遅れてすいませんT―T