とある科学の魔法士たち   作:過労死志願

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奥の手

 中国奥地にあるとある秘密研究所にて、

 

「だめだわ……」

 

 女性研究員――露蝶は途方に暮れていた。

 

 そんな彼女を心配げに見つめるのは、現在露蝶の実験を受けている――という名目で彼女が部屋にかばっている、カイだ。

 

「大丈夫露蝶? 疲れているんじゃない?」

 

「疲れてはいるけど、今はそんなことを言っている場合じゃないでしょ?」

 

 そんなカイを安心させるために、露蝶は無理やり笑顔を浮かべながら、キーボードをたたいた。

 

 彼女が今行っているのは、こんな山奥でも中国政府と通話をするためにつながれた、秘匿回線のハッキングだ。

 

 情報防衛の観点から、あらゆる通信手段が遮断されたこの研究施設で、唯一外とつながることができる手段。

 

 それを使い露蝶は、外にこの研究施設の現状を伝え、不当な非人間的な実験を受ける少年少女たちを助けようとしていた。

 

 当然、ばれればただでは済まない。最近研究施設に入ってきた下っ端研究員の露蝶は、いくらでも替えが聞く人材だと思われてしまっている。

 

 それ故に、もしもこの研究施設への背信行為がばれてしまえば、彼女はこの研究施設にいる実験隊の子供たちよりも、あっさりと、ごみのように、処理されてしまうことだろう。

 

 だが、それでも露蝶はキーボードをたたく手を止めることはなかった。

 

 軽く10万ケタを超える暗号を、持っている技術の限界を超えて何とか打破し、

 

幾重にも設置されたファイヤーウォールに察知されないよう、研究所に来て以来、あらゆる場所にある端末を使い、細々と作ったファイヤーウォールの穴をすり抜け、

 

 不正な外部アクセスを警戒する、防御ソフトを、こっそり研究所のコンピューター内に蔓延させておいたウィルスで無力化する。

 

 そして、ようやく……。

 

「開いた……」

 

 眼前のモニターに出現した、真っ白なウィンドウ。そこの文字を書き込みエンターを押せば、その文章は世界各地のパソコンのうち、ランダムに選ばれた数百台にメールとなって送信される。

 

 だが、問題なのは、

 

「字数制限……25字」

 

 いまの露蝶の腕では、この研究所の異常なまでのネット防御を潜り抜け、メッセージを送るには、そのくらいの制限を設けないとできなかった。

 

 だが、果たしてこの程度の字数で、いったい誰がこちらの危機を理解してくれる?

 

 いったい何人が呼応してくれる?

 

 ただのいたずらとして、すべて処分されてしまうのではないか?

 

 そんな最悪な可能性が頭をよぎった瞬間、初めて露蝶のキーボードをたたく手が止まった。

 

――この日のために苦労してきたのに、私は、何をしているんだ。

 

 そう必死に言い聞かせ、露蝶はこの研究所の日々を思い出す。

 

 カイに出合い、研究所の実験体たちを救ってみせると決めた日を。

 

 目の前で行われた危険な人体実験によって、目や耳の穴から血を噴出させ絶命した少女の、絶望しか浮かんでいない死に顔を。

 

 自分のことを素直にしたってくれる少女を、研究所に疑われるわけにはいかないからと、冷たくあしらった挙句、周りの研究員たちと大差ない実験を少女に押し付けた時のことを……。

 

 そんな少女の幼馴染であり、自分を鋭い視線で憎々しげに睨みつけてくる、少年の顔を……。

 

 つらかった。死にたかった。

 

 助けると誓った子供たちが、目の前で続々と死んでいく。

 

 自分の力が足りないばかりに、死ななくていい命が死んでいく。

 

 助けたいと願った子供たちに、悲しげな顔をさせ、憎まれて……それでも研究所にはまだ勝てないからと、自分の心にふたをして、子供たちを痛めつける日々。

 

 そんな日々を送ってきたのは……すべてはこの時のためだというのに!

 

「なんで……動いてくれないのよっ!」

 

 これが失敗すれば、もう自分は立ち上がれない。きっと、研究所に立ち向かおうとする気概すら折れる。

 

 それがわかっているからこそ、露蝶は心の底から失敗を恐れ、最後の一歩を踏み出せずにいた。

 

 そんな情けない自分の姿に、露蝶は思わず涙を流し、おえつを漏らす。

 

 そんなときだった。

 

「露蝶……」

 

 真っ白な、でも暖かい大きな手が、露蝶の手に重なる。

 

 カイの手だ。

 

「っ!」

 

「大丈夫。君は今までずっと頑張ってきた……きっと君の言葉は、人の心に届くはずだ」

 

「で、でも……もし失敗したら」

 

「失敗したとしてもかまわない。君が僕たちのために、身を粉にして働いてくれていたことは、僕が一番よく知っているから……。だから、たとえ何百男前任の人々が、君の失敗をののしったのだとしても……」

 

 涙をためて振り返った露蝶に、カイの真っ赤な瞳が微笑みかけた。

 

「僕だけは、君の味方だから」

 

「――!」

 

 カイのその言葉に、露蝶は一瞬だけ息をのみ。

 

 その言葉に背中を押された、露蝶は涙を流しながら、

 

「うん。ありがとうカイ……私、あなたのそういうところ、大好きよ」

 

 キーボードをたたく。

 

『中国**省**奥地不当実験施設有子犠牲多数助けて』

 

 エンターを、押した。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 エンターと同時に瞬時にかき消えた白地のウィンドウ。それと同時に、見る見るうちに修復されていく、研究所の防御機構を呆然とした様子で眺めながら、露蝶は小さくつぶやく。

 

「カイ……」

 

「何?」

 

「助けがくるまで……私があなたたちをきっと守って見せる。だから」

 

 そして露蝶は、自分も人間を辞める覚悟を決めた。

 

「あなたの能力……隅々まで、私に解析させてほしいの」

 

「うん……いいよ」

 

 こうして、露蝶は一つの戦いを終え、新たな戦いに身を投じることとなった。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「お前はくるっているよ。飛露蝶」

 

 手袋のように装着した、タッチパネル式の端末から送られてくる、情規が作り出した人の形をした黒水が、パワードスーツのカメラを使い、送ってくる映像。

 

 そこには、拳銃を片手にパワードスーツの群れから逃げ回る、露蝶の姿があった。

 

「お前は心底カイのことを愛していたんだろうよ。それはお前が、最初のうちはカイと頻繁に接触し、名前だけの研究をしていたことからも明かだ」

 

 その言葉と同時に状規の端末に映されるのは、研究所幹部しか存在を知らない、研究員たちの個室に極秘裏に設置された、監視カメラの映像。

 

 そこでは、簡単な栄養剤を注射した後あとはカイと雑談している、露蝶の姿があった。

 

 この映像は、露蝶がこの監視カメラの存在に気づき、偽の情報を流して自分の日常を偽装しだす前のもの。

 

 そこには純粋にカイをしたい、カイを守ろうとする、かわいらしい女性の姿があった。

 

「だが、ある時を境に状況は一変する」

 

――おそらくは、外部に何らかのSOSをだしたとき。あのアニル・ジュレがこのタイミングでやってくるということから、露蝶が何らかの手段で、外部との接触を行ったことは明らか。おそらくそれが契機になった。と情規は考える。

 

 つまり、

 

「カイの命が、とうとう秒読み段階の領域に入った時のことだ」

 

 そう。カイは別に度重なる実験の負荷に耐え切れず、病になったわけではない(・・・・・・)

 

 彼はもともと生まれながらにして重度の脳の病に侵されており、以て20。早くて15歳までの命だと、医者に宣告を受けていた。

 

 この研究所に来たのも「最先端の脳の研究をしている」という中国政府の言葉に踊らされ、彼は自ら進んでやってきた。

 

 脳細胞に通常では考えられないほどの電気信号が送られ、心臓の活動を突発的に止める病。ワニの脳が原因だと思われるそれは、現代医学では決して治せない、病の一つだった。

 

 この研究所も、カイは大切な検体だからと薬品でだましだまし彼の延命治療を続けていたみたいだが、露蝶が外部との連絡を取ることに成功した時にはもう、彼の体も限界に来ていた。

 

 だから、露蝶とカイは相談して決断したのだろう。

 

 何をしてでも、あの二人だけは助けてみせると。

 

 だからこそ、

 

「お前は最愛の男の体を切り刻んだ」

 

 情規がそう言って端末のタッチパネルを操作。それと同時に現れるのは、今まで買いが受けてきた実験のリストと、その内容。

 

 脳に直接電極をぶち込み、能力発動の状況を詳細にモニタリングする実験。

 

 どの程度まで人体と黒の水を同化させてもいいのかしるため、生成された黒の水をカイに直接飲ませ、なんリッターまで黒の水を武装として使用できるのかという実験。

 

 この研究施設の設備では、成功率が二割を切る脳を切り取り、その神経細胞を調べるという、半ば殺しに来ているとしか思えない実験にまで手を出している。

 

 そしてそのすべての実験が――露蝶の主導で行われていたことだった。

 

 この結果を見て、この研究所の面々は安心して彼女から監視の目を外した。

 

 彼女もようやく目を覚ましたのだと。

 

 ここにいる能力者のガキどもは、研究に必要なモルモットで、決して恋をして守る対象ではないのだと……彼女が理解したと思ったのだろう。

 

 だが、天才である木原一族の情規にはまた別の結論が見えていた。

 

 不自然にかけた露蝶の研究報告や、ほかの誰よりも献身的に彼女の実験に協力していたといわれている、カイの経過報告を見ればわかる。

 

 そして、数週間前に完全に止まった、露蝶のカイに対する虐待まがいの実験から、割り出される答えは、

 

「お前はとうとう割り出したんだろう?」

 

――大切な研究成果を伏せて、自分の懐に入れ、それを自分なりに研究するうちにわかったんだろう?

 

「龍使いの……生産方法がっ!!」

 

 瞬間、傍らに開いていたパワードスーツからの映像が真っ黒に染まる。

 

 上記はそれを見て笑みを深め、ほかのパワードスーツたちのカメラの映像を次々と開く。

 

 一台目。シグナルロスト。

 

 二台目。同上。

 

 三台目。同上。

 

    ・

    ・

    ・

 

 そんなことを30台近く続けた結果、ようやく生きているカメラの映像に行き着いた。

 

 そしてそこには、

 

「はっ……ははははははははははははははははは!!」

 

 情規が待ち望んでいたものが映っていた。

 

「最高だ! 最高だよ、お前っ!! 何でうちの一族に生まれなかったのか、理解できないくらいサイッコウだよっ!!」

 

 ゲラゲラゲラと、映像の中でたたずむ露蝶の姿に、木原情規は声をあげて笑う。

 

「まさかてめぇが、モルモットと同じ立ち位置にまで落ちるとは……自分の研究のみでその領域に至るとは、お前相当ぶっ飛んでるぞっ!!」

 

 そこにいた露蝶は、人体急所を黒いうろこの鎧で守り、周囲に凶悪な牙をはやした真っ黒な獣の首を従えていた。

 

 芳美の武装化と、小龍の使役。それらを両立した龍使いの完成系ともいえる姿の成立に、情規はただ一つ生きていたカメラが、露蝶の手によって粉砕され真っ黒な映像しか送ってこなくなったにもかかわらず、不気味な笑い声を止めようとはしなかった。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 同時刻。研究所中央にて。

 

「うそ……そんな」

 

「露蝶……が?」

 

 アニルから露蝶がこの研究所で行っていたすべてと、今の状況に至った理由を聞いた芳美と小龍は、愕然とした表情で黒い球体に浮かぶカイを見つめた。

 

「彼女は「結局研究に加担した私が何を言おうと、私の罪は変わりませんから」と言って、君たちには教えないでくれと言われたのですが……何分状況が状況です。あなた方にはすべてを正しく理解したうえで、ある二つの選択を迫りたいと私は思っています」

 

「二つの……選択?」

 

「いったい、俺たちに何をさせるつもりなんだ?」

 

 突然の事態の急変に、混乱する二人。だが小龍は、芳美を守らないと! という考えだけは正常に働いたのか、アニルの不穏な言葉を聞き、芳美を守るように彼女を背中にかばった。

 

 そんな小龍の姿に、アニルはまぶしいものを見るように目を細めながら、

 

「一つは、あとはすべて私たちに任せてここから逃げる。多少時間はかかりますが、私たちにはレベル5が二人いますし、ヘイズ君の奥の手もあります。この状況を打破するには十分なカードがそろっています。ただし、カイ君の救出はうまくいくでしょうが露蝶さんは手遅れになる可能性が高い」

 

「なっ!!」

 

「そんなっ!!」

 

 あんな話を聞かせた後で、その言葉は卑怯だろっ! と、視線で訴えかける小龍。だが、アニルはそれをあえて黙殺したのか、話を淡々と続けていく。

 

「今の彼女の精神は非常に不安定です。カイ君を進んで自ら実験体として扱い、病気を悪化させた自覚があるところに、カイ君があの姿になったのです。もはや正気でいるかどうかも定かではない……。下手をすると、この状況を作り出した木原と刺し違える可能性もあります。それでなくても木原は、一般人が戦うには危険な相手です。下手をするともう……」

 

「……」

 

「そこで二つ目の選択肢が出てきます」

 

 不穏すぎる言葉でデメリットの説明を終えたアニルの話術に、小龍は歯噛みをしながら能力を使うための頭のスイッチを入れておく。

 

 どちらにしろ、こんな話を聞いた芳美にもはや選択肢などあってなきようなものだ。

 

 だったら自分は……彼女を守ると誓った自分は、

 

「露蝶さんを追いかけ、止める。そして一緒に木原を撃退する……これが、あなたたちの取れるもう一つの選択肢」

 

 さぁ、どちらを選びますか? そうアニルが問いかける前に、芳美の背中に漆黒の翼が広がった。

 

「いく……私、露蝶を止めて……もっといろいろ話をしたいの! それで、露蝶にいっぱい、ありがとうって……今まで守ってくれて、ありがとうって言いたい!!」

 

 ためらいなく放たれた芳美の決断に、小龍はため息をつきながら、漆黒の水で鎧のような外皮を持つ馬を作り出し、それに騎乗した。

 

「というわけだ。ここは任せるよ! いくぞ、芳美っ!」

 

「うん! シャオ!!」

 

 そして小龍は、翼を広げ露蝶が消えたとアニルが指差した通路へと、一直線に飛んでいく芳美の背中を追いながら、こちらを笑って見つめているアニルを振り返り、

 

「あんたたちのことは信用していいと思う……。だから、カイを任せて大丈夫か?」

 

「任せなさい。大人をあまり舐めないほうがいい」

 

 アニルのどこか安心感と信頼を覚えさせる穏やかな声に、小龍は黒い球体に包まれたカイを一瞥した後、馬を走らせ芳美の後を追う。

 

 小龍が振り向かず通路へと消える姿を見て、黒い球体につつまれたカイの口が「がんばれ」とつぶやいたように見えた。

 




更新遅れてごめんなさぁあああああああいT-T
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