とある科学の魔法士たち   作:過労死志願

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絶望の露蝶

「見つけたわよ……木原情規」

 

「クククククッ。ようこそ、俺の研究ラボへ」

 

 カイの首が奪還されたその頃、露蝶もとうとう最後の戦いに突入しようとしていた。

 

 場所は研究所中央のはるか奥に位置する、地下の研究室。優秀すぎる木原情規に与えられた、この研究施設の中でもなお特別な場所。

 

 その部屋に大量にあるモニターには、挑発目的と思われる、カイを使った人体実験の結果や経過が、詳細に記されたデータが移されている。

 

 当然それが挑発だとわかっていても、露蝶の怒りの沸点は即座に頂点に達した。

 

「殺す……。私はあなたを殺すわ」

 

「いい殺意だ。最高だねぇ……。さすがは最愛を自ら切り裂いた女だわ……いい感じに飛んでんじゃねぇの!!」

 

「黙れ……」

 

「だからこそ、お前はそこに至れたんだよ露蝶! とある能力者の能力の移植だって!? それも限りなく完成に近い状態にしたうえで!! はは……学園都市でもできていないことだぞ、それはっ!! 人間にはそれぞれ得意分野ってものがある。それは超能力もかわらねぇ! 電気操る演算が得意な奴もいれば、流体を操る演算や、重力書きかえる演算が得意な奴だっているんだよぉ! だがお前はどうだ? お前は自分の才能を全部無視して、龍使いの力を自分のものにしやがった。それがどれほど偉大なことか、お前はまだ理解していねぇ!」

 

「黙れ……」

 

「なぁ、露蝶……こっちに来いよ! お前の研究成果さえあれば、学園都市にいる最強の能力者たち、全員の能力が使える化け物を作り出すことさえ夢じゃないぜっ!!」

 

「黙れといったはずよ!!」

 

 瞬間、轟音と共に、露蝶につき従っていたアギトの一つが、情規に向かって襲い掛かる。だがしかし、この研究施設の床にも、黒の水は広がっていた。

 

 本体から距離が離れてしまったためか、情規の端末操作の後に、ほんの少しのタイムラグを見せつつも、床にできた水たまりから飛び出した黒い甲殻の爪が、情規の体をアギトから守る。

 

 暗い地下研究室に火花が飛び散り、

 

「はぁああああああああ! まぁ、勧誘受けてもらえるなんて期待していなかったが……カルシウムたりてねぇ女だなぁ、おい!」

 

 情規は不敵に笑った。

 

「まぁいい、協力してくれねぇならもういい。カイみてぇにお前の体ばらばらに裂いた後、脳髄から必要な情報だけ引き抜いて、お前もカイとおんなじ黒の水を操るだけの機械にしてやるよ!」

 

 恋人とおんなじ姿になれるんだ。サイッコウに幸せだろ? と、どこか壊れた笑顔で、そのいかれた言葉を本気で信じているかのような自信あふれる態度で、情規は端末をいじる。

 

 そんな情規に対し、露蝶が行った攻撃は単純明快。

 

「死ぬ直前までそんなことしか言えないなんて……次生まれ変わるときはまともな感性を身に着けるよう祈っておくわ」

 

 体を覆う、黒の水を使い作り出した外骨格のアシストを使い、さながらパワードスーツを着用したかのような、強化を受けた突撃!

 

 

 同時に振るわれた、騎士ほどではない、だがしかし、弾丸ははるかに凌駕する速度で振るわれた獣のアギトが、情規の体に激突した。

 

 その牙はきっちりと、情規の上半身を食んでおり、露蝶が今まで粉砕してきたパワードスーツと同じ末路を、情規はたどったものと思われた。

 

 だが、

 

「っ!?」

 

 能力を制御する脳の演算からつげられた、感触の違和感に、露蝶は瞬間的に目を見開く。それと同時に、

 

「おいおい、いきなりぶっ放すとか、とんだ先走り野郎だぜ。鱗と一緒に股に余計なもんでもついてんじゃねぇのか?」

 

情規にぶつかった獣のアギトは爆散。露蝶の制御が突然失われ、空中に飛び散るタダの黒の水に変貌した。

 

 それに驚き目を見開く露蝶に、爆散した黒の水から飛び出した情規は疾走を開始。

 

 全身を黒の水で染めながら、真っ赤に輝くスクリーンを持った端末を付けた拳を、露蝶の鱗に覆われたほほに叩き込む。

 

 再び起こる黒の水の制御喪失。それによって黒の水に戻ったほほの鱗の鎧をつらぬき、情規の拳は露蝶の顔をえぐり、吹き飛ばした。

 

「っ!?」

 

「龍使いを研究していたのはお前だけじゃねーだろうが?」

 

――どうして!? 吹き飛ばされながらも、全身にまとった黒の水のアシストを受け、何とか足から地面に着地し、隙なく構えをとることに成功した露蝶だったが、その瞳は混乱と驚愕に染まっており、まともに戦える状態ではなかった。

 

 そんな彼女に下品な笑みを浮かべながら、情規はトントンと腕に装備した端末をたたき、告げる。

 

「俺が、カイを暴走させてあんな無茶苦茶するのに、セイフティの研究をしなかったとでも? そいつは木原をなめすぎだ。この端末には、龍使いと黒の水の接続を切断する、特殊な電波を発する機械が仕込んであってな。この端末に接続した手袋で触れちまえば、お前から黒の水の制御権は消失され、黒の水はただの液体に変わる。つまり、龍使いであることを武器としたお前に対して、俺は絶対的なアドバンテージを得たってわけだ」

 

「くっ!!」

 

 ゲラゲラ笑う情規に対し、悪あがきといわんばかりに触手の槍を放つ露蝶だったが、その攻撃は至って単調。情規は余裕をもって、端末を装備した両手でその触手を迎撃し、黒の水へと戻してしまう。

 

「おまけに戦闘訓練を受けていないお前の攻撃は短調そのもの……。これならまだ、あの芳美とかいう小娘のほうが、怖いってもんだろうがよぉ!!」

 

 話にならん。と、情規は笑いながら再び露蝶に接近。なんとか彼を遠ざけようと露蝶が放った攻撃のすべてを、拳で殴り飛ばすことによって無効化し、軽いフットワークで彼女の懐に潜り込む。

 

「お前ならきっとこういう研究成果を使って、俺を殺そうとすると信じていたよ。かわいいかわいい露蝶ちゃん。てめぇの抵抗は全部俺の掌の上だ」

 

「――っ!!」

 

 その腹部に、重いボディーブローをたたきこむ。

 

 腹と肺の空気が強制的に排出され、それと同時に激しい嘔吐感にさいなまれた露蝶は、思わず膝をつきむせ返る。

 

 そんな敵の隙を、情規が見逃すわけもなく。

 

「おら、というわけでとっとと、おまえが手に入れた研究成果を俺に明かせ。それを聞き出すためだけに俺は、あんな茶番を演じてやったんだからなぁ!!」

 

「ぐっ!!」

 

 露蝶の長い髪をわしづかみにし、勢いよく研究室の床に、彼女の頭をたたきつけた!

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

――どうして? もうろうとする意識の中、露蝶はみじめに地面に這いつくばる自分の姿を客観的に考察し、思わず内心で泣き言を漏らす。

 

――どうしてまた、私は失敗するの?

 

 必ず救うと、一人で研究所に来て不安だった彼女を、救ってくれたカイに約束した。

 だが、それに失敗した彼女の目の前で、実験に使われていた子供たちは、一人……また一人と死んでいった。

 

 必ず出してあげるとカイに約束した。

 だが、カイはもういない。

 

 せめて復讐だけでも遂げてみせると、木原情規にすべてをなげうって挑んだ。

 だが、それすらすべて敵の思い通り。自分はまけて、蹂躙される。

 

 失敗した自分の記憶が次から次へと思い浮かび、露蝶の瞳に涙が浮かぶ。

 

――どうして? どうして……私ばっかり、望むものが何一つ手に入らないの。そんなに私が悪いことをしたの? と、露蝶は思わず神をもののしる。

 

 研究所で望んでもいないのに籠の鳥にされて、救うと決めた少女を目の前で殺されて、最愛の人物すら殺すしかなくて……最後に狂気に任せた願望すらかなえられない。

 

 こんな人生なんて……もう。

 

「おわっても……いいかな」

 

 幸いなことに、最後の生き残りである芳美と小龍は無事アニルの仲間が救出したらしい。もう彼女が気に掛ける必要はない。

 

 彼らには、助け出した後ももとより会うつもりはなかったし……ちょうどいい機会だと、露蝶は諦観の笑みを浮かべ、

 

「殺すなら殺しなさいよ……」

 

 あきらめの言葉を告げる。そんな露蝶の態度に、情規は凶悪な笑みを浮かべ、

 

「あぁ? ただで殺すわけねーだろうが」

 

 そう告げると同時に端末を操作。この研究室を満たしている、カイの黒の水を操作し、細くて強靭な二本の触手を作り上げた。

 

「こいつで、おまえの脳神経そのものを複写して、引き抜く。まぁ、脳みそはぐちゃぐちゃになっちまうが……これでおまえの英知は俺のものだ」

 

 何事もリサイクルだしなぁ……。と、凶悪に笑いながらなお、非道な実験に手を染めようとする情規に、もはや露蝶は白旗を上げた。

 

――こんな化け物、自分がどう逆立ちしたって、勝てるわけなかったのだと。

 

 そういって、彼女が思わず目を閉じかけた時だった。

 

 床を覆っていた黒の水がわずかに震え、

 

「あぁ?」

 

 情規が不思議そうな声を上げる。それに気づいた露蝶が、ゆっくりと目を開くと、そこには形を失い黒の水に戻る、二本の触手があって。

 

「ちっ。制御チップがやられた? 原子崩しの糞ガキの癇癪でも破裂したのか?」

 

 もうちょっと持つ計算だったんだが……。情規が吐き捨てる中、露蝶はそれ以外のものを見つめていた。

 

 崩れゆく触手の向こう側の通路。その奥からとんでもない速度でやってくる、二人の子供たち。

 

「え?」

 

――なんでこんなところに? 逃げたんじゃ!! と、混乱の極みに陥る彼女を置き去りにし、少年少女は情規へと到達。

 

「あぁ?」

 

 いらだった声とともに振り返った情規に向かって、

 

「露蝶から……離れろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 翼を動かし宙を舞った少女の、両足をそろえたドロップキックが叩き込まれた!!

 

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