視界を覆う漆黒の翼と、情規の顔に食い込んだ二本の足を、露蝶は呆然と見つめる。
そうこうしているうちに、とんでもない勢いでけりを叩き込まれた情規の体は、背後に吹き飛び、それと同時に露朝の前に巨大な黒い塊が現れる。
それはグニャグニャと不定形にうごめいたかと思った後、巨大な鳥のような化物に変貌。
全身から槍の用の先端がとがった触手を打ち出し、情規の体を床に縫い付ける。
「ぐぁつ!?」
四肢に走った激痛に情規がうめき声をあげる中、翼を生やした少女――芳美と、化物を操る少年――小龍が、露蝶に向かって駆け寄ってきた。
「露蝶! 大丈夫? ひどい怪我なのっ!!」
「あ……あなたたち。どうして?」
情規にたたきつけられ、ボロボロになった体。だが、露蝶は必死にその体に力を入れ、何とか二人がこちらに完全に近づく前に建ちあがる。
二人を睨み付ける、強力な眼光を取り繕って……。
「近づかないで! この化物っ!! この研究所を滅茶苦茶にしたのも、私をこんな目に合わせたのも……全部あなたたちのせいなんでしょっ!!」
あくまでも……この二人の前では、悪の研究者でいると彼女は決めていたから。
たとえ何があっても、露蝶は彼らの前では悪の研究者でいると決めていた。なぜか?
理由はいろいろある。露蝶自身が今までの罪をすべて清算して、真実を話して許されようと思っていないこともそうだし、
どちらにしろ、自分がカイを殺したようなものだと考えていることも理由の一つ。
だが、最も大きな理由は、
「あなたたちの生ですべてが台無しよっ! 私が一体どれだけの年月をかけて、この研究にかけていたと思っているのっ!! この研究所での研究が成功すれば、私の中国政府での出世が、約束されていたというのにっ!!」
「……露蝶」
この子たちが、憎しみで一杯にならないように、憎しみのはけ口が必要だと思っていたから。
この研究所から助け出されれば、彼らはきっと平和な生活を送れる。だけど、彼らはきっと忘れない。露蝶たちが行った非道を、忘れることができない。
それほどひどいことをした自覚があった。子供の心にトラウマを残した、自覚をしていた。
だからせめて、そのトラウマが少しでも早く克服できるようにと……露蝶は、彼らが研究所を抜け出す時には、
「死ねばいい! あなたたちなんて、あの時殺しておけばよかった!!」
最後まで悪役を演じて、彼らの憎しみを一身に受け、殺されるつもりだったのだ。
それが、カイと自分が描いていたこの研究所脱出劇の最後の筋書き。
余命いくばくもないカイと、バカな自分が描いた、精一杯のハッピーエンド。
それがようやく、成就する瞬間が来て、露蝶は静かに目を閉じる。
――あぁ、カイ。待っていて。私も自分の役目を終えたら、すぐそっちにいくから。
もはや魂を殺され、死んだも同然だった情規に利用されたカイの姿を思い出し、露蝶は目じりから一筋の涙をこぼす。
そして、露蝶は……。
「露蝶……」
「え?」
やわらかい、女の子の体が、自分をぎゅっと抱きしめるのを感じ、目を開いた。
「ごめんね……。露蝶がこんなになるまで、何も気づかなくて、ごめんね?」
彼女の目の前で、芳美がぼろぼろ涙をこぼしながら謝っている。
その後ろではため息交じりに肩をすくめた小龍が、
「事情なら全部、アニルさんに聞いたよ、露蝶。カイのことも、あんたが何を考えて俺達を研究していたのかも……全部、聞いた」
「――っ!」
――なんてことを! と、露蝶は思わず怒鳴りかけるが、その言葉は、
「露蝶……このまま、私たちに殺されるつもりだったっていうのも、本当なの?」
「っ!?」
叔父にすら話していなかった、最後の計画を芳美に言い当てられることで止められた。
「それを……どうして?」
「アニルさんが……」
「……そう」
私たちの考えることなんて、あのおじさんには全部御見通しだったのね。と、露蝶は諦めの笑みを浮かべた後、区たりとひざを折り床に座り込んだ。
「えぇ、そうよ。私は、あなたたちに殺されるつもりだった……。殺されるべきだと思った。だってそうでしょう? どんなきれいごとを並べても、なんて言い訳をしても、私があなたたちを傷つけたことに違いはない」
――だから私は……。と、露蝶が言いかけたとき、芳美が露蝶の肩を掴み、引き離した。
そして、じっと露蝶の瞳を見つめる。
ずっと一人で仲間のために、何ができるか考えて、それを実践してきた露蝶にとってはまぶしい少女が、じっと露蝶の瞳を見つめる。
「許すよ……」
「なっ!?」
「全部許すよっ! カイのために戦ってくれた。小龍のために戦ってくれた。私のために戦ってくれた……露蝶を、私尊敬しているのっ!! わたしにできなかったことをやってくれた露蝶に、本当に感謝しているのっ!!」
ありがとう! ありがとう!! 芳美は何度も感謝の言葉を告げ、自分の幼馴染のために、すべてをかけて戦った露蝶に頭を下げる。
そして、
「だから、死ぬなんて言わないで……。まだまだお礼言い足りないよっ!!」
「――っ!!」
その言葉に、とうとう露蝶の心の石が決壊する。
声をあげて泣く冷たい仮面をかぶり続けた女性の姿に、芳美は涙を流しながら笑い、小龍はため息をついて首を振る。
こうして、龍使い達と露蝶の問題は、ひとまず解決することとなった。
…†…†…………†…†…
だが、
「おいおい。戦闘中にいつまでママゴトしているつもりだ、お前らっ!」
「っ!?」
「え!?」
木原情規は、終わっていない。
突如声が響き渡った方、芳美たちが振り返ると、無数の触手で四肢を縫い止められていた情規の姿が存在しない。
「うそっ!?」
「どうやって抜け出したっ!?」
驚きあわて、情規の姿を探す芳美たちに、露蝶は悲鳴のような警告を発する。
「気を付けて……そいつは!」
龍使いの能力を封じる、道具を持っているっ!! と、彼女が言いかけたとき、
「なめたマネしてくれてんじゃねぇぞ、クソガキどもぉっ!!」
「なっ!?」
天井の突起を雲梯の要領で渡った情規が情報から襲来。
芳美はその攻撃を翼を使って防御しようとするが、
「おらぁ!!」
「きゃぁ!!」
真っ赤に輝く端末から発せられる力が、芳美の分厚い翼を瞬時に黒い液体にかえ、情規の拳を芳美に届かせる。
頭を殴られふらつく芳美に、追い打ちをかけるがごとく疾走する情規。
それを阻むように小龍は、操る異形の生物と共に情規を迎撃するが、
「能力だよりのくそ餓鬼が。俺に勝てると思ってんのかっ!!」
ふたたび打撃。崩れ落ちる生物に、小龍が目を見開いたところで、
「死ねっ!」
元生物だった黒の水を引き裂き、出現した情規が、全力の踏込を使って、小龍の足を踏み潰す。
「っ!! おまえっ!!」
激痛に眉をしかめるが、必死に芳美を守ろうと悲鳴をこらえ踏ん張る小龍の顔に、
「はい! 撃沈一ぃ!!」
情規の拳が叩き込まれ、完全に意識を刈り取られた。
流れるようなフットワークと、完成されつくした体術。学園都市の力学をもとに算出された、その完成された戦闘技能はもはやプロの格闘家すら手も足も出ない領域。
能力を封じるデバイスがあることも相まってか、本来なんの能力も持たない相手になら、絶対的優位に立てる能力者である彼らが、あっさりと一蹴された。
「うそ……」
「シャオっ!!」
崩れ落ちる小龍に悲鳴を上げる露蝶と芳美。だが、情規はその程度では止まらない。
「お前ら……いま何考えた」
凶悪な笑みを浮かべた情規は、ポケットから鋭いナイフを取出す。そして、くずれ落ちた小龍の髪を引っ掴みながら、無理やり立たせた後、そののど元にナイフを突きつけた。
「っ!? や、やめなさい情規……あなたの目的は私の研究成果。その子は関係ないでしょう!」
「はぁ!? いまさら何言ってんだよぉ、露蝶ぃいいいいいいい!!」
芳美に頭をけられたときに切ったと思われる傷から、おびただしい血を流し、服の末端を赤く染める四肢の穴からの出血によって、サイケデリックな化粧を施した情規は、どこからどう見ても異常だった。
この男は、完全に切れている。
「木原一族の検体になった時点で、こいつらの死亡は確定してんだよぉ! それに俺は《実現》の木原だ……誰かが考えた夢物語を、実現にもっていくイカレタ男だ。そんな俺が、お前たちが今考えちまった最悪の夢物語を、叶えずにいられると思ってんのかぁ!?」
その言葉に、露蝶と芳美の顔に驚愕が広がる。
それは、つまり、
「や、やめ……」
「やめてぇえええええええええええええええええええ!!」
二人の悲鳴が聞こえたと同時に、情規は笑みをさらに深くする。そして、
「いいぜ。《実現》してやるよ」
そのナイフを翻し、小龍の喉をかき切ろうとして!
…†…†…………†…†…
通路の奥から延びた、黒い触手に頭をうがたれ、絶命した。
「あ?」
それが、木原情規の最後の言葉。
そんな短く情けない断末魔の後、彼の体は力を失い倒れふし、小龍は首筋にわずかな傷を作っただけで解放される。
「シャオっ!!」
そんな彼の姿に、慌てて芳美が駆け寄っていくが、露蝶は背後から延びた触手を見つめていた。
その先をたどっていくと、そこにはカイが解放されたことによって、ただの黒い水となった水たまりがあって……その中央には、
「……カイ?」
どういうわけか、生きていたころと変わらない、真っ白な体と頭をした少年が、優しく彼女を見つめて微笑んでいた。
少年は最後にひらひらと手を振った後、
「がんばったね」
と、声になっていない……でもなぜか露蝶にはわかった言葉で、彼女に笑いかけた後、
「あぁ……。うん。私……がんばったよ!!」
最後に露蝶の笑顔を見て、安心したかのように微笑み、真っ黒な水へと戻った。
…†…†…………†…†…
「ほんとなのよっ! ほんとに情規が死んだとき、あの子たちの近くにもう一人生体反応が……」
「と言っても、実際誰もいなかったしなぁ。露蝶たちも見てねぇっていうし」
研究所の騒動から数時間後。
露蝶、芳美、小龍を回収し……そして、頭だけになったカイをHunterPigeon培養層に放り込み、仮死状態にしたヘイズたちは、上空から崩れていく研究所を眺めていた。
研究所を解体するのは、無数の爆発物と緑色の閃光。
元々あの研究所の粉砕は、見せしめをするために派遣されたアイテムの仕事だったので、拉致被害者救出に来ただけのヘイズたちは、その仕事を譲ってさっさと彼らを学園都市に連れて行くことに決めたのだ。
そして、学園都市に向かってHunterPigeonが船首を回す中、肩手間で真昼に対する報告書を作ったヘイズに、クレアが突然こんなことを言い出したのだ。
あの研究所には、まだ何かいるのかもしれない……と。
「絶対見たのよっ! 人間と全く同じ情報構造をしただれかっ!! きっと、まだあの研究所にいるのよっ!!」
「でも、そいつって突然消えたんだろ?
アイテムの隠し戦力か? いや、でもあいつらに通信で確認とっても、本気で知らなさそうだったしな。と、ヘイズがあくまで食い下がってくるクレアに困っていると、後ろでハリーと話し込んでいたアニルが、なにやら意味深な笑みを浮かべて一言、
「もしかしたら、幽霊だったんじゃないですか?」
「はぁ? 幽霊?」
何非科学的なこと言ってんだよ。と、呆れるヘイズに、アニルは小さく笑いながら肩をすくめる。
「いえ、幽霊というのは言い過ぎかもしれませんね。具体的にいうと、残留思念と言ったところでしょうか?」
「残留思念?」
「はい。あの時彼らの近くには、カイ君が作り出した黒の水がありました。そこに残ったカイ君の意志が、彼らの危機に反応して、彼らを助けたのかもしれません」
「そんなバカな。だってこいつの脳の機能は完全に停止しているんだぞ?」
そう言いながら、買いが入った培養層をこんこんと叩くヘイズに、アニルは言い聞かせるように、
「ええ。確かに、科学的に見れば彼はもう死んでいるも同然……能力の制御なんて解いてい不可能。私もほとんど与太話を話す感覚で、この話をしています。でも」
そこで言葉を区切ったアニルは、HunterPigeonの客室を映し出した、監視カメラの映像を見て微笑んだ。
「そう思った方が、いろいろな人が幸せになれると思いませんか?」
政治家らしくないアニルの夢にあふれた発言に、ヘイズとクレアは彼と同じように監視カメラの映像へと視線を向ける。
そこには、肩を寄せ合い仲睦まじく寝る無三人の龍使いの姿。
その中央で眠っている、ひとりで戦い続けた少女の寝顔は、
「…………まぁ、それは否定はしねぇけど」
「……そうね。そういうことにしておきましょう」
とても穏やかで、幸せそうだった。
ようやくオリジナルストーリーが終わったぁああああああああああ!?
やっとこさ禁書に戻ります。
とりあえず、闇坂は飛ばすとしてアクセラのラストオーダー接触はやらないといけないし、そのあと風斬編やって、大覇星祭やって……あぁ、終わる気がしねぇえええええええええ!?