とある少女の存在意義
気が付いたら、私はそこにいた。
何もかもが揺らぐ陽炎の町。
つい先ほどまで荷物の配達をしていた人が、突然乳母車を押す母親になったり、
歩き携帯でだべっていた女子学生が立ち止った途端、携帯の向こうの相手に、ペコペコ頭を下げるサラリーマンになる。そんなことが平然と起こる町に私はいた。
私はそれを不思議に思ったりはしなかった。その世界が異常だなんて考えは、抱きもしなかった。
私にとって世界は大体そんなもので、生まれてこの方これ以外の世界なんて見たことなかったから、そういうものだと思っていた。
いや、正確にいうのなら、そんな考えを抱くことすらなかったといった方が正しいのかもしれない。
私と陽炎の町の住人の違いなんて、姿が揺らがないかどうかといったものしかなく、私も陽炎の町の住人と同じように、ただその日常に何かを感じ何かを考えるわけでもなく、町の住人と同じようにフラフラと、その街を徘徊していただけなのだから。
だからだろうか? 私が揺らがない町に来て、自分で何かを思考するようになったとき、私はそれを別に不思議に思うことなく受け入れたのは。
陽炎の町のことを忘れて、まるで普通の人間のように、自分のすべてを忘れてふるまったのは……。
陽炎の町の住人が……揺らがぬ世界の住人になれるわけなんてないのに……。
…†…†…………†…†…
「フィア! 忘れ物とかしてない!」
「大丈夫です! 昨日のうちにいっぱい確認して、カバンの中に入れましたっ!」
「学校生活は初めが肝心だからねッ! あの学校は馬鹿が多いから、絶対舐められないようにっ!!」
「あんた自分の学校をなんだと思ってんのよ……」
9月1日。天樹荘の玄関口。そこには現在三人の人間が集まっていた。
一人は天樹錬。本日は二学期の始業式ということで、夏休みに来ていたラフな普段着ではなく、まだ残暑が厳しい季節に対応した、学校指定のシャツとスラックスを着て待機中だ。
もう一人は、黒沢雪。こちらも錬の学校の新人教師ということで、残暑厳しい季節だというのに暑苦しいスーツ装備だ。といっても、このスーツは学園都市製のサマースーツだということで、見た目以上に暑くはないようなのだが。
そして、最後の一人は、
「ふふっ。ようやく錬さんと一緒の学校に行けるんですね。楽しみです」
ほんわかとした笑みをうかべ、夏仕様のセーラー服にそでを通した金髪碧眼の少女――フィア。
本日から錬が通う学校に転入することになった、錬の恋人である。
そんな彼女の心の底から嬉しそうな笑顔を見て、心配そうにしていた錬や、そんな錬をいさめていた雪の顔にも、わずかに笑顔が浮かぶ。彼女には人の心をいやす才能があるのだろう。
そんな会話をしているときだった。自室から出てきた一人の女性が、
「フィアぁあああああああああああ!! もうメッチャかわいい! さすが私の娘っ!!」
とんでもない勢いでセーラー服のフィアに抱き付き、ぎゅーっと力強く抱きしめてきた!!
「きゃっ!? お、お母さん苦しいです」
「あっ! ゴメン!?」
相変わらずのチルコンをこじらせているフィアの母親役をしている女性――如月弥生は、本日は娘の編入があるということで、仕事を休んでスーツを着用。錬たちの学校に挨拶に行く準備をしていた。
そんな弥生に抱きしめられ、フィアはその力加減に小さく抗議。弥生は慌てて抱きしめていたフィアを離す。いつもはそんな弥生の態度に呆れる錬であったが、今だけはその気持ちがわかった。
正直錬もフィアのセーラー服姿のノックアウト気味だった。はっきり言うと直視すらつらい状態である。
そんな弟分の心情はとっくの昔に察しているのか、ニヤニヤ笑っていた雪は一応教師の役目として、
「錬? 一応言っておくけど、フィアちゃんがいくら魅力的だからって、あんまり不純な交友はするんじゃないわよ?」
「なっ!? 何言ってんのさ、雪姉ぇ!?」
「不純な交友って?」
「フィアは知らなくていいのよ~」
首をかしげる彼女に対し、母親として弥生がそんなことを言ってくるが、彼女の顔にもニヤニヤとした笑みが浮かんでいた。
――こ、この人たちはっ!? と、錬は思わずそんな不良保護者二人に対し、顔を引きつらせる。
そんな錬の態度に首をかしげながら、フィアは「錬さんは何か知っているんですか?」と、フィアは遠慮なく地雷を踏んでくる。
――この子、時々純粋ゆえに何もかも知っている人より非情な質問をしてくるよねっ!? と、自分の彼女に一瞬背筋を震わせる錬。その心は、さながら背中に氷柱を突っ込まれたがごとく。
とはいえ、彼女には心情的にも、能力的にも隠し事はできない決まりなので、
「知っているけどフィアには言えない……。というか、まだ早い」
「?? 錬さんがそう言うなら深くは聞かないですけど……」
精一杯の誠意を見せて、あえて「聞かないで」とフィアに告げることで、何とかその質問に回答することを回避してのけた。
隠し事はできないけど、隠したいことがあると言っておけば、フィアはよほどのことがない限り、その秘密に踏み込んだりする子じゃないからだ。
そんな錬の手腕に「すっかりフィアちゃんの扱いに慣れちゃってまぁ」「もう、錬ちゃんにはフィアを任せても安心ね~」と、どこかの近所のおばちゃんの世間話のような態度で会話を交わす不良保護者達に、錬は思わず顔をひきつらせて。
「もう、さき行っているからねッ! 雪姉ぇはちゃんとフィアを送ってきてよっ!!」
「はいはい、わかっているわよ」
と、頬を膨らませながら、荒々しく扉を開け玄関を出ていくことしかできなかった。
9月1日。先ほども言ったように、今日から学校は新学期。
恋人の少女が自分の生活圏に共にいてくれるようになるという事実に、ほんの少し心を弾ませながら、錬は何時もの通学路を駆け抜け、友人たちも来ているはずの自分の学校へと急ぐのだった。
…†…†…………†…†…
そのころ、学園都市のとある街路にて。
一人の女が歩いていた。その見ためは、手入れを怠って荒れた金色の髪に褐色の肌をし、着用しているのは擦り切れたゴシックロリータという、異様なもの。
到底科学が発展した学園都市にそぐわない……というか、まともな格好をした人々が行きかう街そのものにそぐわない恰好をしたその女性は、舌打ちを漏らしながら人ごみの中に紛れ歩き続ける。
「さぁて……どいつを狩った方がいいのかしら? 虚数学区の鍵? 歩く魔導書図書館? それとも、最近あれを助けたっていう幻想殺しや、獣の造形士の方がいいのか?」
女はそんな物騒なことをぶつぶつつぶやきながら、片手に持ったオイルパステルを弄ぶ。
「まぁ、誰でもいいか。戦争の火種にさえなれば」
そして彼女は人ごみの中で、到底常人が浮かべるべきではない凶悪な笑みを浮かべる。
どういうわけか、そんな彼女の不審な態度は誰にも見とがめられることはなく、彼女は静かに人ごみの中へと消えて行った。
…†…†…………†…†…
そしてそのころ、とある学生寮の一室では、
「まずいかも……。未曾有の大ピンチかも!?」
三毛猫を抱えた白いシスターが、お昼の食糧がないと、滝のような汗をダラダラと流していた。
…†…†…………†…†…
こうして役者は集い出す。新学期早々に起こってしまう、科学と魔術の大騒動。
その幕が今、切って落とされようとしていた。
ようやく原作6巻だぜ……。
あと考えているのは、アクセラの学校どうしようとい……。
原作通り通わせないか、イルに無理やり放り込ませるか……悩むところだ。