あれから、始業式とホームルームの時間を小萌先生の説教ですべて潰してしまった錬は、泣きそうな顔をする幼女先生を何とかなだめすかし、教室へと荷物を取りに行っていた。
隣にはグッタリした顔の当麻もいる。
学校の内部はすでに人気がなくなっており、部活にいそしむ生徒の掛け声だけが聞こえてきていた。
それもそうだろう。ホームルームが終わってから、もう随分と時間が経っている。部活のない生徒たちはとっくの昔に帰っている時刻だ。
つまり、
「フィア待たせちゃっているかな……」
――悪いことしちゃったな。と、内心冷や汗を流しながら、ひとり教室でポツンと待っているフィアの姿を思い浮かべ、錬は思わず冷や汗を流す。
そんな錬の心情を、長い付き合い上把握しているのか、当麻は苦笑いを浮かべながら、
「フィアならそんなに怒ってないだろ。お前に首ったけだし」
「当麻、それがたとえ事実だとしても……いや、事実だからこそ守らないといけないラインはきちんとあるとあえて言わせてもらうよ。せっかく楽しい思い出を作ろうとしたのに、女に人を一人待たせて、辛い思いをさせるなんてもってのほかだ。会ったらちゃんと謝らないと……」
「俺の茶化しを全肯定だとっ!? くっ……これが彼女持ちの余裕ってやつかっ!?」
と、当麻はギリギリ歯ぎしりをしながら、怨念にまみれた視線を送ってくる。
それに対して錬は、「君にだけは言われたくないんだけど、無自覚ハーレム野郎」と言いたげな視線を使って、当麻の怨念を迎撃した。
そんないつも通りのやり取りをこなしながら、錬は自分の教室にたどり着き、荷物をとる前にフィアがいるはずの隣の教室を覗く。だが、
「ん? あれ、いない?」
そこには見慣れた金髪碧眼の少女はおらず、外から響き渡ってくる部活生徒たちの掛け声だけがこだまする、無人の教室があった。
ということは、
「あれぇ!? 先帰っちゃった!?」
――もしかして相当ご立腹!? と、冷や汗が内心から現実ににじみ出てくる錬に、ついでに錬のカバンも一緒にとってきてくれた当麻が、ひきつった顔を浮かべる。
さんざん錬とフィアのこいびと関係をひがんでいる当麻だが、さすがに本当に破局してほしいと願っているわけではないので、シャレや冗談じゃすまないこの状況では、流石にフォローを入れることにしたらしい。
「い、いやもしかしたら、クラスで歓迎会とかあって、そっちに参加しているのかも!?」
「そ、それならそれでいいけど……いや、ちょっと内心複雑だけど、遅れた僕も悪いし。でも、だとするなら携帯に連絡もないのはおかしいし……」
――まさか、誘拐!? と、今までにない事態に自分がどれだけフィアの好意に甘えていたのかを自覚しながら、最悪の可能性にまで思考が飛びかけた錬の耳に。
「あ、当麻なんだよっ! 当麻ぁ~!!」
「錬さん、ようやく解放されましたか~?」
「ん?」
廊下側の窓から聞き覚えのある声が聞こえてきて、連投当麻はその窓から顔を出す。
するとそこには、見慣れた白いティーカップシスターと、制服に身を包んだ金髪碧眼の天使が、いつのまにかいなくなっていた転入生の少女と共に手を振っていた。
彼女たちが立っている場所は学校裏門付近。どうやらそこでお喋りしながら、教室に帰ってくるであろう錬たちを待っていたらしい。
――し、心臓に悪い。と、そっと安堵の息をつきながら、
――次からは絶対フィアを待たせないようにしよう……。と、心に固く誓う錬は、意外そうな顔で、眼鏡の気弱そうな少女を見ていたとうまを振り返った。
「どこ行ったんだろうと思ったら、インデックスと一緒だったのか?」
「あぁ、そういえば小萌先生のお説教の時にいなかったよね……。うまく逃げたのかな?」
「そういう能力なのかもな」
「あぁ、確かに。あの制服、彼の有名な《霧ケ丘女学院》の物だしね」
「マジか!?」
「とはいえ、姫神さんもいた学院の様だから、《奇形》能力ではあっても、強力じゃない能力の場合もあるし、一分野に突出した研究成果を残す学生でも入れる学院みたいだから、能力者かどうかって言われると違うかもって話もあるけど」
「なんかややこしそうな学院だな……」
――キミにだけは言われたくないと思うけどね。と、学園都市随一の珍能力を持っている当麻の言葉に、内心でツッコミを入れつつ、この学校よりあっちの学園に入った方がよかったのではと、錬は思わず考えてしまい……。
「ダメだ、某パワードスーツ学園の二の舞……いや、さらにとんでもない事態になる光景しか思い浮かばない……」
「おい、何か失礼なこと考えてないか?」
――うん。トウマはこの学校に入学してよかったよ。と、なぜか悟りきった笑みを浮かべて当麻の肩を叩く錬に、当麻は顔をひきつらせて青筋を浮かべた。
それはともかく。
「フィアー! 遅れてゴメン!! いますぐそっち行くからちょっと待っていてっ!! あ、今日のお祝い当麻も一緒に来るけどいい?」
「はい! まってますね!! あと、当麻さんも大歓迎です! インデックスさんと風斬さんも、いっしょに行こうって話してましたし」
それは上々。と、気弱そうな風斬の懐にあっさり入り込んだ自分の彼女の気質に、そっと笑みを浮かべながら、錬は当麻と共に走りだし、下駄箱に向かう。
これが、今日はじまるとある騒動に巻き込まれる、前章だとも知らずに。
…†…†…………†…†…
学園都市のとある大通り。
新学期初日ということもあり、ほとんどの学校の授業は昼のうちに終わってしまう。
そのため、ショッピングモールや、ゲームセンター街などにつながるこの大通りは、本来ならば多くの学生や人々が行き来するはずだった。
だが、現在この大通りは、新学期始まり初日特有の活気は感じられず、張り詰めるような戦闘の気配が漂う無人通りになっていた。
いや、正確にいうと完全に無人ではなく、二人の人物が相対していた。そのうちの一人であるゴスロリを着込んだ、ボロボロの肌をしたの人間――《魔術師》シェリー・クロムウェルが億劫そうに《避難せよ》の警告である信号弾を眺めたあと、その下にたたずむツインテールの少女――白井黒子を睨み付けた。
「
「探索中止……手間かけさせやがって」
シェリーは黒子の発言に鬱陶しそうにつぶやきながら、まるで手品か何かのように袖口から取り出したパステルオイルを一閃する。
瞬間だった。彼女の体が一瞬で地面に横たわり、服の余った布地に鉄杭が撃ち込まれ、地面に張り付けられたのは。
「……?」
自分の身の上に起こった明らかな異常事態。だがそれにしては、驚きが少ない訝しげな顔をしつつ、シェリーは自分を見下ろす黒子を見上げる。
「動くなと、そう申し上げたはずですが?」
どこか自分の力を誇るような黒子の言動や、先ほどまでいた場所からはるか離れた地点に黒子が現れたことを考察し、シェリーは自分に何が起こったのか正確に推理していく。
――聖人と同じ音速移動による、視認不可能速度による柔術か? それにしては被害が軽微すぎる。噂に聞く学園都市の
シェリーは本職らしく《考察すること》に思考の大半を割きながら、もはや慣れ親しんだ自分の術式をほとんど無意識のうちに、地面の上に書きなぐった。
敵の能力は興味深いがそれだけだ。空間移動などといった、魔術ですら高度な計算が必要な技術を扱う連中の攻略法は、既に頭に入っている。
「エリス」
「な!?」
つまり、転位先座標を叩き込む演算すらできないように、徹底的に痛めつける。
シェリーはそれを実行した。
…†…†…………†…†…
「なっ!?」
白井黒子は、突如変形し自身の足を食いちぎるように挟み込んだ、土くれの巨腕に驚愕の声を漏らす。
――あの殿方の腰ぎんちゃくと同じ、《偽獣使い》!? バカな……この女性は確か、外からやってきた侵入者のはず。
学園都市の外からの侵入者ということで、まさか能力を使ってくるとは考えていなかった黒子。それが彼女に致命的な隙を作った。
アスファルトと土くれによって作られた岩の拳が、黒子の華奢な足へし折らんと言わんばかりに締め上げてくる。
足から発せられた激痛の電気信号に黒子の
――くっ! ま……ず!?
戦うことも、逃げることもかなわなくなった黒子に、ゴスロリの女性は薄ら笑いを浮かべ、鉄杭に縫い止められた服を引きちぎり、オイルパステルを握った手をスナップを聞かせ振るう。
それによって黒子の足を握り締めた岩の拳が、とうとう骨がきしみ、ひびが入るラインまで黒子の足の締め付けを収縮させ、その骨を粉々に砕きかけたとき。
「白井さん。あまり先走らないでって言ったでしょう?」
「っ!」
巨岩の拳が、瞬時に細切れに成り、黒子の足は解放された。
同時に宙に投げ出された黒子の体を、真っ白な少年が抱え上げ、驚き目を見開くゴスロリの女性から引き離す。
その速度も信じがたく、移動中周りの景色はほとんど黒子には見えなかった。
擦過音と共に、ゴスロリの女性からはるかに離れた場所に黒子を連れてたたずむ、高校くらいの少年――ディーは、本来あまり使いたがらない剣を一本、片手に握りしめ、油断なくゴスロリの女性に向かって構える。
「驚いたな、この学園都市に騎士なんて種族はいないと聞いているが?」
「そちらこそ、学園都市の能力者でもないのに能力を使うなんて……いったい
ディーとしては、本来なら学園都市の外側にある異能――魔術については真昼やシオンからしっかりレクチャーされているのだが、ここでそれを漏らすのもまずい。
後輩の危機ということ。
此の上黒子に関係のない魔術に関しても知らたとなると、もはや大目玉では済まなくなる。
だからディーはあえて「魔術なんて知らない」というスタンスをとりながら、ゴスロリの女性――シェリー・クロムウェルと対峙したのだった。
だが、そのなけなしの努力は割とすぐに無意味になる。
ディーが切り裂いた腕が瞬く間に再生されると同時に、その腕を起点に土くれやアスファルトが見る見るうちに巨人を作り出していく。
ゴーレム。とあるファンタジーアニメに出てきた覚えがある、岩の巨人その物姿を見せつける敵に、ディーが警戒心を隠すことなく剣を構えたとき。
「まったく、人の友達と先輩に……」
「え?」
「あらっ!?」
この場にいちゃいけない民間人の少女――とはいえ、戦力としては破格だが――の声を聴き、ディート黒子は思わず背後を振り返り。
「手ぇだしてんじゃないわよ、クソ豚がっ!!」
――美琴ちゃん。御下品。と、淑女らしからぬ台詞と同時に、大気を焼き払う摩擦熱と共に飛来する、音速の三倍まで加速したゲーセンコインを見送るディーと黒子。
同時に狙いたがわず突き立ったその一撃が、ゴーレムの上半身を吹き飛ばしあたり一帯に爆音と土煙を巻き上げるのを見て、ディーと黒子は同時にため息をついた。
土煙が収まった後、そこにはゴーレムの姿は当然の事……捕まえるべき不法侵入者の姿まで消えていて。
「…………………………」
思わず無言になり頭を抱えるディーをしり目に、「もう大丈夫よ? あの巨大な岩人形は囮みたいだし」と言って近づいてきた美琴に、「おねぇえええええええさまぁああああああああ!!」自分を助けてくれたことに感極まった様子の黒子がとびつき、彼女を抱きしめる。
怖い思いをしたんです。と言いたげに体を震わせる黒子に、優しく頭を撫でて慰める美琴。
だが勘違いしてはいけない。あれは怖くて震えているのではなく武者震いだ。
美琴もそれにすぐ気付いたのか、慌てた様子で黒子を引き離そうとするのだが、一度ホールドした獲物を逃がす程、黒子は甘くない。新井はない気と共に胸いっぱいに愛する
「あぁ、ゴメン美偉。逃がした」
『え? ディーが!?』
信じがたいと言いたげな同級生の一言に事情を説明したディーは、後輩である初春とセラに、もう一度監視カメラの映像を洗ってもらうように頼んだ後、黒子と美琴を連れていったん
そして、帰ってきた黒子と美琴を待っていたのは、独断専行した後輩と、余計なことに首を突っ込んだ民間人に怒り狂った固法美偉であることは、もはや言うまでもないだろう。
…†…†…………†…†…
「いろんなメニューがあるんですね!」
「学食レストランっていうから大した内容はないかと思っていたけど……」
錬、当麻、フィア、インデックス、風斬の五人は学校を出てすぐにとある地下街にやってきていた。
そして、ひとまず空腹を訴えるインデックスのために昼食を取ろうと、学食レストラン成るお店へと入店したのだった。
この学食レストラン。敷地のほとんどが学校によって構成される学園都市の、ありとあらゆる学食を取り揃えているレストランなのだが、なかなかどうして侮れない。
所詮学校で出される、安さと量重視の三流料理と侮ってはいけない。
ありとあらゆる学食の料理が出されるということは、必然某セレブしか入れないエリート学校の学食もしっかり登録されているわけで……。
『常盤台中学昼食セット:40000円』
「………………………ほんと、いろんな料理があるんだね」
「くそっ、ビリビリのやつめぇ……。若いころから贅沢したらろくな大人にならないんだぞ」
「とうま、とうま! 私これがいいかもっ!」
「やめろインデックス!? これ以上上条さんの財布にテロを働くのはやめてくださいっ!! ここの費用俺と錬で割り勘なんだぞっ!?」
「そうだよインデックスさん! 何もこんな高級品頼まなくても、このあたりなら結構おいしいよ!!」
と、涙ながらにインデックスを説得する当麻に、錬は慌てて援護射撃。さりげなく値段を隠しながら(お値段430円)インデックスが興味を引かれそうな庶民学食をお勧めする。
そんな情けない男二人の姿に苦笑をうかべながら、フィアと風斬はおとなしく、コッペパンと牛乳に代表される大人しめ長く食メニューを選んでいた。
――インデックスさんももうちょっと二人を見習うといいよ。と、なぜか二人のチョイスに関して「地味じゃない?」とダメ出しをしてくるインデックスに、錬は思わず頭を抱える。
そんなときだった。
錬の携帯に突然連絡が入ったのは。
「ん? これは……真昼にい?」
「真昼さんからですか?」
そんな意外な人物からの連絡に、錬とフィアも少し驚いていた。
何故なら本日の真昼は、サクラと作戦会議ついでのデートをするとか言っており、錬やフィアが登校するよりも早い時間に、気合いの入った服装をしたサクラと一緒にどこかへ出かけていたはずだからだ。
あの二人の様子からして、恐らく今くらいの時間は恋人同士みずいらずで、デートを楽しんでいたはずだ。だというのに、その空気を壊してまでこちらに連絡してくることなど、少し考えられなかった。
「何か緊急を要する要件かもしれないし、ちょっと通信可能な場所まで行ってみる」
「はい。まってますね」
「いや、料理が来たら先に食べてね?」
――今日はフィアが主役なんだから、余計な気遣いはしない。と、錬はフィアの頭を軽く撫でた後、当麻にその場を任せてひとまずレストランを後にした。
しばらく地下街を歩き、ようやく通信可能な場所を見つける錬。
当然その間に真昼からの通話は切れてしまっており、錬は形態を操作し折り返し真昼に電話を掛けることになった。
だが、
「ん? 通じない?」
んなバカな。と、錬が携帯の電波を確認してみるが、通話可能スペースを使っているため、アンテナはきちんとすべて立っている。
――じゃぁ、あっちでなにかあったのかな? とも考えるが、桜があちらにいる以上その可能性も極めて低い。
魔法士の中でも群を抜く状況対応力を持っているサクラは、レベル5であろうともあしらうことが可能な強者だ。
そんな彼女が護衛についている異常、真昼を同行できるような人物がいるとは思えない。
「う~ん。不確定要素が多くて少し不安だけど……一応月夜ねえに、確認のメールを入れておくか」
そう言って、錬はひとまず「なにかあった?」という文面のメールを月夜に送信し、その場を後にした。
この時錬は知らなかった。
とあるゴーレムが暴れた影響で、この地下街付近のエリアでは、形態がほとんど使えなくなっていることを。
そして、其れは即ち。
…†…†…………†…†…
「ここに標的が入っていったんだって?」
敵がすぐそばまで来ているという、証明であったということを。
「土の中か……私の庭じゃねぇか」
敵は不敵に笑いながら、奇抜な服装を纏い地下街へと侵攻してくる。
投稿遅れてすいません^^
最近いろいろ忙しくて……。ウィザブレ新刊もまだ読んでないんだけどどうしよう……。