電話をかけてきた真昼に、折り返し通信をしようとした錬が地下街をうろついているときだった。
突如錬のIブレインが何かに反応し、錬の脳裏に警告ウィンドウを提示してきたのは。
【脳内干渉派感知。危険度・低】
「ん? 脳内に干渉?」
精神制御系の能力者の攻撃? とも考えたが、何分危険度が低いらしく、大した攻撃ではないようだ。
なにより周りの人間の行動が気にかかる。まるで誰かに誘導されるように、ゆっくりとではあるが周囲の学生たちは地下街の出口に向かいつつあったからだ。
――なにかあったね? それを鋭く察知した錬は、脳内のIブレインを操作し、自身の脳内ファイヤーウォールを一時的にカットする。
それによって聞こえてきたのは、
『
「地下街を閉鎖? こんな真っ昼間から?」
――午前中授業の今日は、夏休み明けの気分が抜けていない学生によって、こういった娯楽施設は混雑しているもの。
「なにかあったね?」
――真昼にいの連絡はこれが原因かな? と、錬は内心で首をかしげつつ、とにかく当麻たちと合流しようと、人の流れに逆らいさきほど当麻たちと別れた場所へと歩き始めた。
数分前、携帯にとどいたメールによると、今当麻たちは先ほど錬たちが食事をしていたレストランから、さほど離れていない内部系のゲームセンターに入ったらしい。
「とにかく、まずはそのゲームセンターを探さないと」
と、錬がつぶやいたときだった。
「っ!?」
地下街に激震が走り、錬の足元を大きく揺らしたのは。
振動のせいか、地下街の電灯が数度ちらついた後、一斉に灯りを提供する仕事を放棄。
真っ暗になった地下街に、非常用の赤い電灯がともり、周囲の人々は一気にパニックに陥った。
悲鳴と怒号を上げながら、先ほどまでの避難訓練じみた雰囲気とは違う鬼気迫る形相で地下街の入り口を目指す学生たち。
それが作り出す津波によって、錬は完全に行動を阻害され、その波に押し流される。
「ちょ!? ちょっと!?」
通してっ! と、当麻たちのもとへ向かおうとする錬の悲鳴もかき消され、地下街を人の暴走の波が埋め尽くした。
…†…†…………†…†…
そのころ当麻たちは、
「「
「ひいっ!?」
「あ、あの、喧嘩はやめて……。あ、あなたも手伝っ……」
「なるほど命の恩人と来ましたか。やはりあのとき何かあったのですねお姉さま。あらあら、でも私には何も教えてくれませんでしたのに、あの殿方には教えたのですね……ふふふ、あら愉快」
「ひいっ!?」
「風斬さん、少しそこから離れた方がいいですよ……」
当麻の女難のせいで、なにやら混沌とした事態に陥っていた。
…†…†…………†…†…
「ひ、ひどい目にあった……」
人の津波によって閉まりきったシャッター前まで押し流された錬は、仕方なくそのシャッターを破壊し避難し遅れた人々を外に出した後、ゴーストハックでその入り口をふさいでいた。
そのため、あの警報からすでに数分の時が流れている。
地下街に響き渡る無数の銃声と、それに対抗するかのような激震が辺りを満たしていた。
間違いなく、ここはすでに戦場と化している。
「だとしたら、早く当麻たちと合流しないと」
異能関係の厄介ごとなら当麻に任せても大丈夫かもしれないが、今の当麻には守るべき女の子が三人もいる。
少しでも早く合流して当麻の負担を減らさないと、幾ら厄介ごとには百戦錬磨の当麻であっても、少し危ないかもしれない。
「何より当麻って、相性の悪い相手には手も足も出ないからな……」
――それでもある程度戦えるって辺りに、あいつの戦闘経験の豊富さを感じるわけだけど。と、錬は独りごちながら、銃声の発生源へと急ぐ。
そして、錬は見てしまう。
角を曲がった先にある戦場。
浮かべていた薄ら笑いを硬直させ、固まるゴスロリ姿の褐色肌の女性。こいつが今回の敵なのか、彼女を守るように巨大で武骨な人型の石像が佇んでいる。
敵対するのは
当麻は石像にあたって跳ね返る弾丸をよけるためか、地面に伏せて縮こまっていた。あの中では当麻が取れる選択肢はそれしかなかっただろう。
そして、そんな彼らの後方で無防備にたたずんでいたと思われる風斬氷華。
彼女は跳弾の直撃を頭部に受けたのか、頭部を砕け散らせながら大きくのけぞり倒れるところだった。
「か、風斬ィイイイイイイイイイイイ!!」
当麻の悲鳴が辺りをこだまする。だが、それは友人を失った悲痛な悲鳴などでは断じてなかった。
それもそうだろう。なぜなら彼女は死んだかどうかすらわからない状況だった。
弾丸の直撃を食らい破裂した彼女の頭は、まるで卵の殻のような肌色の物体を辺りに飛び散らせただけだったのだから。
出血も、内臓も、そんなものは存在しない。
彼女の中にあったのは、脳みそでも頭蓋骨でもなく……空洞の中に浮かぶ三角柱。
一辺二センチ程度の正三角形底辺を持ち、高さ五センチ程度の大きさを持つ、無数の四角形の集合体によって作られた、奇妙な三角柱だ。
それはまるでパソコンのキーボードのように、カタカタと音を立てて三角柱を構成する四角形が浮かんだり沈んだりしている。
それはまるでその三角柱が、風斬の行動をすべて指示しているように見えて。
「な、なんだい……これは?」
戦場一帯が沈黙に包まれる中、頭部の三割を失ったはずの風斬は何事もなかったかのように立ち上がり、
「あれ、ここは? 眼鏡……めがねはどこ」
そう言ってあたりを見廻し、自身の姿を映し出す巨大な喫茶店のウィンドウに気付いた。
「まって、やめるんだ風斬さんっ!」
それが不味い事態だと本能的に察した錬が、慌てて風斬に駆け寄るが時すでに遅く。
「あ、あぁ。いや……なに、これ。いやぁあああ!? あああああああああああああああああああああ!!」
悲鳴を上げ、錯乱したように走り出した風斬。その向かう先は、あろうことか敵と思われるゴスロリの女性の方向だった。
「くそっ!」
錬は思わずそう吐き捨て、戦闘用のIブレイン機能を叩き起こす。
だが、敵はそれよりも早く、
「ちっ。エリス」
手に持ったオイルパステルをふるい、眼前の石像に指示を飛ばした。
無数の土や岩塊、コンクリートで構成された大質量の拳が、風斬をとらえる。
真横に吹き飛んだ風斬の体はそのまま壁にたたきつけられ、力なく地面に落ちる。
その片腕はもげ落ちており、あきらかに普通ならば立ち上がれるような状態ではないのに、それでも彼女は立ち上がり、自身の腕がないこととその中身が空洞であることを認識すると、
「あ、ああぁああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
さらに錯乱した悲鳴を上げ、まるでなにかから逃げるように地下街の闇の中へと消えて行った。
「……エリス」
「っ! まてっ!!」
その光景に思わず息をのみ固まっていた錬たちをしり目に、敵は自身の目的を忘れはしなかったのか、一つ花を鳴らし踵を返す。
錬は慌ててそれを追おうとするが、彼女が動くと同時に振るわれた石像の拳が、地下街を崩落させ、錬たちを足止めした。
「行くぞエリス。無様で滑稽な狐を狩りだしましょう」
瓦礫の向こうから聞こえてくる声を、錬たちは見送るしかない。
そんな情けない自分自身に、錬は思わず、
「くそっ!!」
声を荒げ、自身の行く手を阻む瓦礫の壁を殴りつけることしかできなかった。
…†…†…………†…†…
フィアはそのころ、地下街の中を歩いていた。
あの警報が出たとき、フィアはまだ帰ってこない錬を心配し、一時的に当麻たちと別れ錬を探しに来ていたのだ。
「錬さん、いったいどこまでいったんでしょう?」
避難がすでに終わったのか、人気がなくなった暗い地下街。
彼女のIブレインのおかげで、現在自分の近辺に危険なものは何もないことが分かっているのだが、そこはまだ高校一年生の少女だ。
暗闇がそれ相応に怖いのか、ほんのちょっと響き渡る物音にわずかに体を震わせながら、それでもフィアは勇気を振り絞り最愛の少年の姿を探す。
「れ、錬さ~ん。どこですか~? いるなら、返事をしてくださ~い」
気弱に震えたその声が、静かになった地下街の空気をわずかに振るわせた。
タイミング悪く、彼女の懐からけたたましい着信音が響き渡った。
「ひゃっ!」
突然の大きな音に思わず可愛らしい声を上げてしまうフィア。それが恥ずかしかったのか、彼女は顔をわずかに赤面させつつ懐から携帯を取出し、電話をかけてきた相手を確認する。
「あれ? 真昼さん?」
――錬さんと連絡つかなかったのでしょうか? と、フィアは首をかしげながら、とりあえず通話のボタンを押しその通信に出た。
「はいもしもし、如月フィアです」
『フィアっ!? よかった、無事みたいだね。こっちで極秘裏に作っておいた特別回線が役に立ったよ』
「真昼さん? どうしたんですか? 錬さんにも連絡を入れていたみたいですけど」
『詳しい事情を説明している余裕はないんだけど……これだけは聞かせてフィア。君たちの近くに、インデックスちゃんや上条君、それに風斬氷華ちゃんって人はいるかい?』
「え? その三人なら……」
――さっきまで一緒に遊んでいましたよ? 今来ている場所が騒ぎになって、ちょっとはぐれてしまいましたけど。と、フィアが答えると同時に、電話の向こうで真昼が額を抑えたのがわかった。
『おそかったか。まぁ、かかわった以上錬が首を突っ込まないわけはないだろうし、遅いか早いかだけの違いだったかもしれないけど』
『だが真昼、状況はおそらく最悪だぞ』
『うん。わかっているよ桜。だからこそ……フィア』
「は、はい!」
とつぜんきつい口調に変わった真昼の声に、フィアは思わず背筋を正し、
『言ってもきかないと思うけど、一応忠告しておくよ。今回の敵の狙いはさっき上げた三人だ。君たちは一切無関係。だからフィアと錬はその三人から離れて、今すぐそこから離脱を』
そう聞いた瞬間、フィアは通信を切るのも惜しいと言いたげに、通信がつながったままの携帯を制服のポケットに入れ、元来た道を走って戻る。
懐から聞こえてくる真昼の警告を無視し、決して早くない足を動かしフィアは必死に当麻たちがいる場所へと向かって、走り出した。
そして、彼女は最悪のタイミングでその人物と再会した。
フィアが角を曲がろうとしたときに、同じようにその角から飛び出してきたその人物は、前も見ずに走っていたのかフィアに激突し、しりもちをつかせる。
「――っ! ぁ、風斬さんっ!」
「ひっ!」
ぶつかった人物はどういうわけかひどくおびえた様子を見せる風斬だった。
服のあちこちに砂埃がついているが何とか無事な姿を見せる彼女に、フィアはそっと安堵の息をつき、
「もう大丈夫です! 上条さんたちと合流して、早くここから逃げましょう」
「い、いや。だめなの……私、私人間じゃ!!」
「え?」
だが、そんなフィアの申し出を風斬は震えながら断わる。
何かがおかしい? と、フィアが気づいたときには、
「見つけたわよ、虚数学区の鍵」
「っ!?」
巨大な石像を従えた女性が、フィアたちのすぐそばまで迫っていた。