ラブライブ!School idol diary風 ~µ'sの樹~ 作:@ぷくぅ
「明日も雨ですか…」
作詞のために机に向かっていた私は、いまだ降り続いている雨を窓の外に見やり、携帯電話を取り出します。ディスプレイに映っている天気予報には『明日の降水確率 80% / 70%』の表示。これで五日連続の長雨ですね。じめじめした空気に嫌気がさします。
「私たちは問題ないのですが
雪穂と亜里沙。音ノ木坂の新しいスクールアイドル。新入生による初めてのライブが九月の文化祭に控えていて、二人は今、文化祭に向け猛特訓しています。
音ノ木坂アイドル研究部は雪穂と亜里沙を含めた八人の新入生と、三人の在校生を迎え入れ、本年度の活動をスタートしました。
とは言え、八人の新入生の内、アイドルを始めたのは雪穂と亜里沙の二人だけ。あとの六人は、――私としては嬉しくもあるのですが――全員裏方志望でした。作詞に一人、作曲に一人、衣装に二人、あの時のことりの嬉しそうな顔は忘れられませんね。
そしてミックスとメイクに一人ずつ。三人の在校生はヒデコ、フミコ、ミカの三人です。私たちが海外ライブから帰って来た時、無理にライブの開催をせがんだことに負い目を感じていたようで、今後は部員として協力してくれることになりました。
新年度を迎えるにあたり、私たち元
私は作詞、
「ですが、一番変わったのは
メンバーのことに想いを馳せていると、不思議と言葉が口を突いて出ました。
来年、私たち三年生が卒業してしまったら、パイプも、作詞も、衣装も、すべて一からスタートになってしまう。そんな危機感からでしょうか、部長という肩書も後押しして、花陽は、裏での作業のほぼすべてに関わっています。
『これが今の私にできることだから。絶対、やり遂げるんだ!』
四月に入って最初の話し合いで、花陽はそう宣言しました。全く心配ない、というと嘘になってしまいますが、花陽ならやり遂げられる、私はそう信じています。
「私も負けていられませんね」
握っていた携帯電話を机の隅に置き、代わりにペンを握ります。せっかくなのですから、雨にまつわるような詩を書きためておきましょう。雨、梅雨、憂い、曇り、あぁ、空のような曇った顔も、いつか晴れる、これは使えそうなフレーズですね。晴れ、太陽、日向、陽に向かう、それから……
ぴしゃあっ
「きゃあ!?」
その時でした。外が眩く光り、同時に轟音。
「雷…?」
続いてばきばきと破砕音を立てながら何かが倒れる音がします。
「何事ですか!?」
慌てて窓を開け、外を確認します。
「あっ!」
そこには、黒く焼け焦げた庭木が、庭の中央に横たわっていました。
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「夜分にすみませんでした……では明日の土曜日の日に、時間は八時からで、はい、お願いします。ご無理を言って申し訳ありません……」
母が電話をしています。かけている先は、いつもお世話になっている庭師の方。どうやら、先ほどの雷が庭木に直撃し、倒木したようでした。
「早急な対応ありがとうございます。はい、はい、では明日、よろしくお願いします」
母は謝辞を述べて受話器を置きました。そして、ふぅ、とため息を一つ。私の方へ向き直ります。
「海未ちゃん、申し訳ないのだけれど、明日、留守番をお願いできないかしら?」
「あ、明日ですか…?」
「ええ、そうなの。ごめんなさいね、部活のお友達と集まることは知っているんだけれど、お庭の木をそのままにしておくわけにもいかなくて」
先ほどの電話で庭木の撤去を依頼したようです。そういえば、父と母は明日の朝から日舞の大会の審査員として呼ばれていましたね。
「そうですね……わかりました。部活の皆さんには事情を説明して、集まりは延期してもらうようお願いしてみます。業者の方は何時ごろにお見えですか? 先ほどの電話で八時とおっしゃっていたような…?」
母から明日の概要を聞き、部屋に戻った私は携帯電話を手に取ります。
『夜分にすみません。明日の作詞会議ですが、両親から留守番を頼まれてしまったため、参加できません。皆さんのご都合がよろしければ延期していただきたいのですが、どうでしょうか。もしよろしければ、日時については月曜日に学校で話し合いましょう』
送信。作詞班には申し訳ないですが、仕方ありません。
再び外を眺めます。相変わらず降り続く雨は、横たわっている庭木に当たり、小さく煙を上げていました。
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「何もせずただ待っているというのも、なかなかに退屈ですね……」
朝、幸いにも両親の出立時刻より先に庭師の方がお見えになり、私も一緒に挨拶を済ませました。庭師の方に、両親が家を出ること、私が留守番していることを告げると、我々のことはお構いなく、と言い、作業車へと戻っていきました。
「とはいえ、十時と三時にお茶をお出ししなければいけませんし……」
それに、いつ声をかけられるかわからないので、部屋に籠っているわけにもいきません。あと
ピンポーン
台所でお茶とお茶菓子の準備をしている最中でした。インターホンが鳴り響きます。宅配でしょうか。
『はい。どちら様でしょうか』
受話器をとり、来客に声をかけます。すると予想外の返答が返ってきました。
『すみません……小泉です』
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「今日の作詞会議については連絡したはずですが……」
花陽を居間に案内し、ちょうど用意していたお茶とお茶菓子を出します。
「あ、うん。連絡は来てたし、わかってはいたんだけど……」
花陽は少し言いづらそうに、もじもじした様子で言葉尻を濁しました。何か言い出しづらい理由でもあるのでしょうか。いえ、言いづらいというよりは恥ずかしがっているように見えますが……
「では、どうして…?」
しばらく逡巡したのち、それでも花陽から訪問の理由が聞けなかったため、やんわりと尋ねます。花陽はそのあとも少しの間、目を伏せたり、私の方をチラッと見たりしてから、その柔らかそうなほっぺたを、ちょっとだけ赤らめて答えました。
「えっとね、海未ちゃんに見てもらいたい詞があって、その、ごめんね、お家の用事だと知らなくて……」
なるほど、そういうことでしたか。
作詞会議とは、毎月一回、私の主催で行っている会議です。日時は概ね第二週の土曜日。私と花陽、それから作詞に興味を持っている新入生二人の計四人で、一か月の間に書き溜めた詩について意見交換し、インスピレーションを沸き立たせる手助けをしています。花陽は、今月の詞に自信があったのでしょう、そして来週まで待ちきれなかったと。
「いえ、作業が終わるまでは家にいなければいけませんし、途中で業者の方との対応で抜けるかもしれませんが、それでもよろしければ……」
幸い、家には誰もいません。花陽と作詞会議でしたら騒ぐこともありませんでしょうし、問題ないでしょう。
「ありがとう、ごめんね。ところで、お庭のところに大きなトラックが停まってるけど、お庭、どうかしたの?」
花陽は居間の襖から庭の方を見やり、尋ねます。大きなトラックとは、きっとあの大きなクレーン車のことを指しているのでしょう。
「実は、昨日、庭の木に雷が落ちて倒れてしまって」
「えぇっ!? 雷が落ちちゃったの!?」
「はい、それで、倒れてしまった木の撤去作業を、業者の方にお願いしていたんです」
「そうだったんだ……」
庭の外では、樹木の撤去作業が続いていました。親方さんが小型のチェーンソーで細かい枝を切り落としています。切り落とされた枝は、両手で抱えるほどの束にされ、子方さんが車の荷台へと運んでいきました。
「ねぇ、海未ちゃん?」
二人して外を眺めていると、ふいに花陽が話しかけてきます。
「私がこんなこと言うのはちょっとおかしいんだけど、こんな機会って滅多にないと思うの。せっかくだから見学させてもらえないかなぁ」
何事にも真剣な、花陽らしい発想でした。パイプ役、衣装作り、作詞といろいろな方向から部活にかかわっている、柔軟性に富んだ花陽ならではの。花陽もずいぶん積極的になりましたね。
「なるほど……何か新しい発見があるかもしれませんね! 少しお願いしてみましょう」
そろそろ十時になりますし、お茶菓子を持っていきがてら聞いてみましょう。
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「お茶菓子をお持ちしました。休憩なさってください」
「あ、ありがとうございます。親方! お茶いただきました!」
近くにいた子方さんに声をかけます。子方さんは、私からお茶とお茶菓子の乗ったお盆を受け取ると、大きな声で親方さんを呼びました。
「おー海未ちゃん、そんな気を遣わなくてもよかったのに、悪いね」
親方さんは腰道具をその場に置き、こちらに向かいながら私に話しかけます。
「いえ、今日は小雨とはいえ雨降りですし、こういう時に怪我をしてしまうものです。適度な休憩は大切ですから。どうぞ、縁側へ腰かけて召し上がってください」
「こんなびちゃびちゃな体で縁側に座るのは申し訳ないよ。
「お気遣いありがとうございます」
そんなやり取りをしながらお茶を出します。六月とはいえ最近は小寒い。暖かいほうじ茶を四つと、それからほうじ茶にぴったりのお茶菓子――緑茶も捨てがたいが、一番はほうじ茶だと思う――ほむまんを二つずつお出ししました。
「おや、こっちの人数は二人だけど……」
親方さんは、お盆の上の異変にいち早く気づき、お茶の数、間違えちゃった? と私に問いかけます。
「いえ、実は、今日はもう一人お客様がいらっしゃって。花陽」
「あ、あの、すみません。お邪魔してます……」
私に呼ばれた花陽が、襖の裏からひょっこり顔を出す。ふふ、隠れていたんですか?
「か、隠れてなんかいないよっ!」
「どうもどうも。海未ちゃんの後輩かな? うるさくってごめんよ」
親方さんは、私たちのやり取りに、わはは、と笑って見せ、お茶を一啜り。
「あ、はい。小泉花陽っていいます。海未ちゃんは部活の先輩で……」
「はなよちゃんか、この辺に住んでるのかい? 庭木のことならうちによろしく頼むよ!」
「あ、は、はいっ」
豪快な親方さんに、花陽は少し萎縮気味になってしまいました。ぐいぐい来られるのは、やはりまだ苦手なのでしょうか。
「それにしても、海未ちゃんに後輩かー。いやーずいぶん大きくなったもんだねぇ。美人さんになっちゃって!」
「ふふ、親方さんもお上手ですね。覚えていただけてうれしいです。最後にお会いしたのは小学校低学年の頃でしたか」
「そりゃ覚えてるよ! 最後に会ったのは確か小学校三年生の時だったかな。そん時は、穂乃果ちゃんとことりちゃんと遊びに行ってきます! って急いで走ってって……」
懐かしい。
そんなこともありましたね。あの頃から、私のお稽古が忙しくなって、中学高校と部活で帰りが遅くなり、お会いすることもめっきり減ってしまいました。
「減った、というよりは、なくなった、ですけどね……」
「ん?」
「あ、いえ、何でもありません。それはそうと、今日は何時ごろまでかかりそうですか? 両親は少し遅くなるようなことを言っていましたが、おおよその終了時刻を連絡しようかと思うんですが」
独り言が口から洩れていたようです。少しの恥ずかしさを平静で隠し、別の話題を。
「んー、そうだな……枝払いはあらかた目途が付いたんだけど、根っこに手こずってて。昼前くらいにはどうにかならないかな、と思ってたけど、お昼は回っちゃいそうだなぁ」
「わかりました、そう連絡しておきます。ただ、お昼過ぎでは、まだ帰ってこられないかと思いますが……」
「いいよいいよ、また何かあったら電話いただければすぐ飛んできますんで」
「ありがとうございます。そういっていただけると安心です」
「それが庭師の責任ってもんよ。……んっ。ごちそうさん。そろそろ作業を再開させていただきます」
そんなやり取りの後、親方さんはほむまんを一口で平らげると、残っていたほうじ茶をずずずっと飲み干し、立ち上がりました。行ってしまう前にお願いしなくては。私も慌てて立ち上がります。
「あ、親方さん、一つお願いがあるのですが、聞いていただけませんか?」
「海未ちゃんからお願い? なんだろ」
「あの、お邪魔でなければ、お仕事の様子を少し拝見させていただけないかと思って…」
親方さんは一瞬、面食らったような顔をしましたが、それもつかの間。にこっと微笑んで、快く了承してくださいました。
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うぃーーーん
「すごいね」
うぃーーん
「そうですね」
それから私たち二人は、縁側に残ったまま作業風景を眺めていました。
大きなクレーン車が横たわっている庭木を吊り上げ、塀を飛び越え、外へと運び出されていきます。きっと外で子方さんが待機していて、荷台に積み込むのでしょう。
「ですが……」
「うん、作詞にはあまり参考にならないね」
「そうですね」
結局、工事風景とアイドルを結びつけることは、私たちのユーモアではできませんでした。
「そういえば花陽、お昼はどうするんです?」
「あっ!」
花陽が甲高い声をあげました。どうやら、私に詞を見せたらすぐ帰るつもりだったようで、すっかり忘れていたみたいですね。
「では、うちで食べていってはどうでしょう」
「そんな、悪いよぅ」
「一人分作るのも二人分作るのも一緒ですよ」
花陽なら遠慮する、それくらい私にもわかります。ですから切り札を使いましょう。
「それに、今日の昼食はチャーハンです!」
「炒飯!」
チャーハン、と聞いた途端花陽の眼の色が変わります。お米が大好きな花陽なら、必ず食いついてくると思いました。そしてとどめの一言。
「実は私、こう見えてチャーハンと餃子が得意料理なんですよ。ですから……」
「お母さんに連絡します!」
花陽は本当にお米が大好きなんですね……
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ぼーん ぼーん ぼーん……
古い置時計が正午を告げます。チャーハンは、花陽の助言もあり、会心の出来です。時間も少しあったので、お味噌汁も作りました。これは作業をしてくださっているお二人にもお出しする用にと少し多めに。
私はお味噌汁を二つ乗せたお盆を、花陽はバスタオルを持って縁側へと届けます。
「お味噌汁を作ったので、よかったら召し上がってください」
「バスタオルもお持ちしました。お昼はお座敷に上がっていただいて、ゆっくり召し上がってはいかがですか?」
いやー申し訳ない、と言いながら二人はバスタオルを受け取り、頭と顔をふきます。カッパを着ていたので、体は雨に濡れていないようでしたが、代わりに、蒸し暑さで少し汗ばんでいるようです。泥だらけになるような作業ではなかったため、たいした時間もかからずにニ人は座敷へと上がり、席に着きました。
「お味噌汁までいただいてしまって……恐縮です」
「馬鹿野郎。こういう時は恐縮です、じゃなくてありがとうございますっていうんだよ」
二人はお弁当を持参されていて、机の上に広げていました。一般的なお弁当。卵焼き、焼き魚、梅干し。中身は、いつも母に作ってもらっているものとほとんど変わらないものでした。
ほどなくして談笑が始まります。穂乃果とことりの家には、昔からお世話になっていることや、五年位前から真姫の家からも仕事をいただいている話も挙がりました。大病院のお屋敷ですからね、大きな庭があっても、なにも不思議なことはありませんが、改めて世間は狭いことを実感させられます。
ふと、上機嫌に話す親方の奥に、作業が進み、少し寂しくなった外の景色が映りました。
『きれいなお花~!』
『穂乃果、このお花大好き!』
『穂乃果! 走り回っては危ないです!』
『そうだよ穂乃果ちゃん、お花見は静かに座ってするんだよ』
『だって退屈なんだもん! そうだ! 木登り勝負しようよ!』
『しません』
『えー、海未ちゃんのケチー』
『ケチとは何ですか!』
『あはは~♪』
「海未ちゃん、どうかしたの?」
少し物思いに耽っていると、それに気づいた花陽が心配そうに声をかけてきました。
「あ、いえ、小さい頃、穂乃果とことりと三人であの木の下で遊んだことを思い出して……サクラに似た、きれいなピンク色の花が咲くんです」
「そうだったんだ……思い出の木だったんだね」
「はい……」
小さい頃は毎日のようにあの木の下で遊んでいました。最近は花が咲くころ以外、あまり気に留めていませんでしたが、いざなくなってしまうと寂しいものです。形あるものはいつか壊れてしまうものですし、思い出は消えたりしませんが、私たち三人の、何か大切なものがなくなってしまったような、そんな感覚に襲われました。食指も止まってしまい、庭に釘付けになってしまいます。
「あのー……あそこに別の木を植えられる予定ってありますか?」
ふいに子方さんが話しかけます。
「え、いや、両親に聞いてみないとわかりませんが……」
「もし、植えられるようでしたら、差し出がましいようですが、自分、苗木持ってきますんで、そのお友達と植えてみてはいかがでしょうか。同じ木でも違う木でも構わないんで……」
「ほ、本当ですか!? 一度両親に相談してみます!」
予想外の提案に、素っ頓狂な声を出してしまったような気がします。ですが、私たちで植える……考えもしませんでした。
「よかったね海未ちゃん!」
花陽が自分のことのように嬉しがっています。この子はいつもそう、人の幸せを、自分のことのように喜べる。私にはもったいないくらい素晴らしい後輩ですね。
今日、花陽が来てくれたことに感謝しなければなりません。花陽がいてくれなければ、作業風景を見学することもなかったでしょうし、お茶を出しても一言二言話して、それでおしまいだったでしょう。ですから、感謝の意味も込めて……
「はい!」
私も満面の笑みでそう返しました。